死んどるんかい!
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降〈2丁目の交差点に喫茶店があるんだがサンドイッチが美味しいらしい〉
萩〈あーあそこの店員さん可愛いよね。渡来ちょっと身体貸してよ〉
松〈その言い方アウトだな〉
赤〈10歳女児の姿でナンパするつもりか?〉
萩〈いやじょうだ、冗談だからね!?志保ちゃんそんな目で見ないで!〉
今日も今日とて彼らは賑やかです。パピコを1人でずごーっと吸いながら彼らの他愛のないやり取りを見守る。物心ついたときから霊が見えていた。それが前世で共に警察官になった同期や同期の部下、挙句でかい組織壊滅の為にやむを得ず手を組んだFBIエースや組織の関係者やら被害者なんだからもう盛大に突っ込んだ。「いやお前ら死んどるんかい!!」って。宮野さんや工藤君は流石に分からないけど、他のメンツはその死を目の当たりにしてたもんだから、赤井は別として嬉しいやら悲しいやら。
“個性”と呼ばれる異能、前世より遥かに進んだ科学技術それだけなら「凄く未来?」で終わったかもしれない。ただ歴史のページをめくってみれば私らの知る歴史と対してかわりはなかった。中国で発行する赤ちゃんが現れるまでは。そこから急速に進んだ科学技術と今や人口の2割が持つ異能。降谷達と審議した結果、「私らの知る世界とは異なる世界」であると結論づけた。
霊が視えるってのは単純に私が前世持ちで、初めて見た霊が彼らだったから個性だとは思わなかった。しかしやがて彼ら以外の霊が視えたり、彼らに力…霊力と呼んでる…を与えることができたりと明らかに人間の域を超えた能力であることが分かった。つまるところ、これが私の個性なんだ。粗方試したから自分の出来ることは一応把握している。
工〈渡来さん!向こうで事件が!〉
(お前相変わらずだよな…)
どっかで事件を見つけたらしい。ただの殺人事件だの何だのも個性のおかげで複雑怪奇。なんせ科学だけでは証明できない殺害方法が数多とあるから。それでも工藤はその相手の個性すら推理で導き出すんだから恐ろしい。
腐っても、じゃない、生まれ変わっても元は警察官。解決するしないはおいておいて、事件が起きたという現場にとりあえず向かうことにした。
ヒーローって職業があるから警察の影はかなり薄い。工藤に連れていかれて向かったのはシャッターの閉まったお店だった。喫茶モリカワと看板が立ってる。
(閉店じゃん)
工〈さっきまで開いてたんです。ヴィランが中で立てこもってます〉
すっとシャッターの向こうへ降谷達も入っていった。続くように工藤も入っていく。いや私壁通り抜けできんから。とりあえず
降〈ヴィランは5人、人質は3人か…〉
松〈1人はここの店主、他2人は老夫婦で客として来てたみたいだな〉
赤〈目的はここの店主が宝くじを当てたと知ったヴィランが、金目的で強盗〉
萩〈ヴィランの個性は、髪の毛がロープになってる、肘から銃弾が撃てる、目を合わせると相手の動きを封じる、触れると相手の思ってることが分かる、音を消す個性、おっけー?〉
(おっけー)
中々面倒な個性を持ったヴィランが立てこもってるらしい。宮野さんは中へ入らず私の隣にいる。
宮〈随分厄介な個性ばかりね〉
(ねー。おまけに人質の方が少ないから、ヴィランが1人ずつ人質に着いても2人あまるよ)
降〈肘から銃弾撃てるヴィラン以外は拳銃を所持している。全員攻撃手段を持っているな〉
人通りが多い道ではないけれど全くいないわけじゃない。ただパッと見てヒーローがいないと分かるくらいには人通りは少ない。
工〈あ!渡来さんあの人!〉
シャッターからすっと出てきた工藤は周囲を見て誰かを見つけた。指さされた方向を見ると、言い方悪いけど小汚い男性が1人。包帯みたいなものを首や肩に緩くぐるぐる巻いている。
工〈抹消ヒーロー、イレイザーヘッドですよ。目で見た相手の個性を消せる個性を持ってるヒーロー〉
宮〈工藤君の口からヒーローって言葉、違和感しかないわね〉
(同じく)
工〈うっせ。とにかく、あの人に〉
話を聞いてもらえるかどうかはともかく、言うだけならタダだろう。私が個性で制圧ってこともできるけど、許可のない使用はヴィランと同じになってしまう。自衛ならオッケーでも人救けでオッケーなんて言ったら、「救けようとしたんです」で個性つかって人殺しなんて簡単にできてしまう。
「すんません、ちょっといいすか?」
「…あ?」
スタスタと歩いていこうとするイレイザーヘッドの正面に立ち声をかける。突然声をかけられた彼はいぶかしげな顔をしている。
「あのシャッター閉まった店から、さっき危なそうな声聞こえて」
「危なそうな声?」
「言うこと聞かないと殺すぞって」
勿論聞こえてない。それっぽいこと言っておかないと悪戯と思われてしまう。
「間違いじゃなきゃイレイザーヘッドっすよね?」
工〈その人はイレイザーヘッドですよ〉
(何で声かけたかって分かるようにしてんだよ)
不穏な言葉聞こえたからって見知らぬ男性に言うのはおかしい。だったらこっちが知ってるってことにすればおかしくはない。
イレイザーヘッドは閉まったシャッターに近寄った。その後ろに着いていく。この人隙ねぇな…流石というべきか、現役ヒーロー。
松〈店主の金はここじゃなく息子夫婦のところにあるってことで、今その息子夫婦を呼び出す為電話してるぞ〉
萩〈ヴィラン2人が顔見られたからって殺す気でいる。急がないと不味いんじゃねえか?〉
シャッターの前に立ち止まるイレイザーヘッド。中の音は一切聞こえてこない。結構頑丈なシャッターらしいな。何て面倒な。
降〈!まずいご婦人が撃たれた〉
撃たれた!?
「は!?音聞こえねえよ!?」
「あ?」
赤〈俺たちも音は聞こえない、個性で消してるんだ〉
宮野さんがシャッターの奥へ入っていった。工藤も続くように中へ入っていく。
宮〈傷は深くないけど、早く手当したほうがいいのは確かね〉
「ヴィラン5名が中で立てこもってます。店主1名と老夫婦2名が中に、1人今怪我しました」
「…お前、中の様子見えるのか?」
「いや、教えてもらいました」
手短に中にいるヴィランの個性を伝える。イレイザーヘッド1人では相手にできないだろうか、でも他のヒーローを呼んでいる暇が果たしてあるのか。
「どういう個性か分からんが、警察を呼んでおけ」
「了解っす」
イレイザーヘッドはゴーグルをかけると建物の裏に回ろうとした。まさか1人で行くつもりか、おいおい。
「いやいくら個性消せるからって5人相手は、人質いるんすよ?」
「救けを求めてる人を救けるのがヒーローだろ。相手の人数なんて関係ないよ」
萩〈カッコいいねぇ!〉
すげえな、これがヒーローか。工藤も探偵よりヒーローの方が向いてるんじゃない?目立つの好きだったし困ってる人見かけたら救けずにはいられないし。
建物の裏に今度こそ回ったイレイザーヘッドを見送り、今度こそ警察に電話をかけた。立てこもり事件が起きていて、ヴィランが5人、人質3人、負傷者1名、ここの住所。直ぐに駆け付けてくれるという。名前と電話番号を伝えて通話を切った。危険だから近寄らない様にって言われたけど、そうは言ってられないよね。
私の個性は霊能、霊の行動は他の人には分からないし、彼らの行動自体私の個性によるものじゃない。つまり、言わなきゃ私が個性を使ったとは分からないのだ。
(イレイザーヘッドのお手伝いしたげて、やっぱ1人はキツイでしょ)
降〈言われなくても〉
赤〈そのつもりだ〉
守護霊である彼らは触れなくても霊力を渡すことができる。中にいる6人へ霊力を流した。
「譲渡、完了」
遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。そんで中から何かが割れるような音や悲鳴が聞こえてきた。ガシャン!と大きな音を立ててシャッターが吹き飛ぶ。間一髪横にそれてぶち当たらずに済んだ。これは流石にイレイザーヘッドの仕業じゃないだろ…。
中をのぞくとイレイザーヘッドの首に巻いてた包帯みたいなのでぐるぐる巻きにされたヴィラン5名と、顔を真っ青にしている男性、片腕を抑えるご老人とそのご老人の腕にしがみ付くご婦人がいた。
通報者として事情聴取の為警察へ行った。今回の人生初の警察署。個性で中の様子が分かったと大雑把に言ったら透視的な個性だと思われた。まあ別に訂正するほどのもんでもないか。
両親は仕事で迎えに来れないわけだけど、被害にあったわけじゃなく通報しただけだから態々迎えに来てもらうほどでもない。送迎を断り警察署を出たら、イレイザーヘッドがいた。
「あ、お疲れ様っす。ヒーローの
「お疲れ。あの人らが助かったのは渡来のおかげだよ。ところで、その個性について詳しく聞かせてくれないか?」
「へ?まあいいっすけど」
話聞きがてら送ると言われ断ったけど、聞きがてらだからと結局送ってもらうことになった。宮野さんは怪我したご婦人が気になるみたいで病院へ、他の連中もどっか行った。あいつら自由人過ぎんだろ…。
「透視や地獄耳と言った類、ではなさそうだな。中の様子を教えてもらったってのは誰に?」
「あー、守護霊?」
そもそも幽霊と言った存在はいくら個性がありふれた現代でもオカルトな話だ。むしろ信じていない方が多い気がする。怪我が治る個性があるなら幽霊が見える個性があったって不思議じゃないだろうに、よく分からん世界だ。
「私の個性、端的に言うと霊能なんすよ。霊見えたり力渡したり憑依させたりとかなんかそういう感じのこと出来ます」
「…そうか、君が、…驚いたな、まさかこんな子供だったとは」
個性言っただけで何か分かったらしい、というか、私のこと知ってる?私のことって言うか私の個性?
「ちょっとその反応について詳しく聞きたいんすけど」
「死んだ人間の声を聞いたり蘇らせたりする個性がある。ここ数年ヴィランの中で広まってる噂だ」
「おっと予想外の展開」
自分から個性を言いふらしたことはない。友達にも適当に言ってる。
「母さんがお喋りだからそっからかなぁ…。そんなに有名人になっちゃってるんすか?私」
「そうだな。そういう個性がいるらしいとヒーローの中でも広まってるぞ」
「そりゃ大変だ」
ヒーローにも広まるほどヴィランが知ってるってことなのか、ヴィランに広まるほどヒーローが知ってるってことなのか。ここ数年、個性発現は5年前だからまあ十中八九親かその周辺だろうな。
「幽霊だ何だ信じない奴が多いが、狙われてるってことは覚えておけ」
如何にも現実主義者に見えるイレイザーヘッドの言い方、まるでイレイザーヘッドは信じているみたいだ。
「イレイザーヘッドは信じてるんすね」
「信じちゃいなかったさ。でもあの時…突然ヴィランが地に伏したりシャッターが吹き飛んだりしたのを見たからね。見たもの否定するなんて合理的じゃない」
「ああ、やっぱシャッターあいつらがやったんか…」
「あいつら、…守護霊だったか、何人いるんだ?」
「9人いますよ。あんときいたのは6人っす」
「そんなにいるのか…。いつも近くにいるわけじゃないのか」
「そっすね。みんな自由人なんで、あんま遠くには行けないですけど守護霊なら都内くらいは自由に動き回れるんすよ。だから都内のどっかにいるんじゃないすかね」
「守護霊なのに守護してないな」
「まだ子どもだから自衛にも限界有りますが、自分で出来ることは自分でしろやってタイプばっかなんすよ。前誘拐されたときも「縄抜けくらいできるだろ」って自力で脱出したし…あれ、あんとき誘拐されたのも個性のせいか…?」
「……それ本当に守護霊か?」
「本当にヤバい時と他人がヤバい時はちゃんと守護霊しますよ」
「そうか…」
「あ、わたしんちここなんで」
5階建てのアパートに着く。うちはそんなに裕福な家庭じゃない、むしろ貧乏の部類に入る家庭だと思う。
「送って頂いてありがとうございました」
「ああ。さっきも言ったが渡来の個性を狙うヴィランもいる。気をつけろよ」
「了解っす」
イレイザーヘッドって結構甲斐甲斐しいというか、面倒見がいいな。
将来の選択としてヒーローは考えていなかった。なるとしても個性を使用できるようにする為とか、人助けってよりその権限目当てだ。だけど、ヒーローってのも悪くないかもしれない。