死んどるんかい!

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「あ、イレイザーヘッドだ」
「久しぶりだな」
 終業式で今日は半日で下校だった。学校帰り、後5分で家というところで出会ったのはイレイザーヘッドだった。立てこもり事件以来だから1年ぶりだ。
「仕事っすか?」
「今日は渡来に用があってな」
諸〈渡来ー。昨日言ってた店見つけたぞー〉
 丁度いいタイミングで戻って来たのは諸伏だ。テレビ番組でチラッとだけ映った喫茶店のパフェが美味しそうだったという話をしていた。店のある通りは大体わかるけど店名が分からない、って話をしたら諸伏が探しに行ってくれていた。この後食べに行く予定。
(お!ありがとう)
 今はイレイザーヘッドと話をしているから声をかけられたけど、テレパシーで諸伏にお礼を言って目はイレイザーヘッドに向けたままだ。イレイザーヘッドはちらりと諸伏を見た。
「知り合いか?」
「ゆうじ…へ?」
諸〈俺が見えるのか!?〉
 諸伏をバッと見る。イレイザーヘッドを見る。イレイザーヘッドは諸伏を確かに見ている。守護霊である諸伏が見えているってことは…。
「イレイザーヘッド…まさか死ぬなんて…」
「勝手に殺すんじゃない」
「こいつ私の守護霊っすよ?視えるってことはそういうことじゃないすか。今具現化してないし」
「へぇ、彼が渡来の守護霊の1人か…」
「1年前のあんときいなかった奴です」
諸〈つか結局、死んだんだろ?〉
「死んでいないと言っているだろう。そのことで渡来に用があったんだ」
 イレイザーヘッドの話はこうだ。仕事でヴィランと戦闘して無事確保したはいいけど、ヴィランが暴れたせいで半壊していたビルの瓦礫が一般市民に落ちてきそうになったらしい。身を挺して庇ったところで一旦ブラックアウト。意識を戻すと病院で、ナースコールに触れられず、それどころか自分の身体を見下ろすことができたと。
「誰も俺に気付かないし触れることもできない。幽霊になった気分だと思った時に渡来を思い出してな。ここまで来て正解だった」
「んー…幽体離脱ってやつすかね」
諸〈それが一番可能性として高いんじゃないか?生霊ならみたことあるけど、幽体離脱は初めてだな〉
「情けない話俺ではどうにもできなくてな。渡来、何とかできないか?」
「幽体離脱は私も初めて見ますからねー…とりあえず肉体の状態を見てみたいっす。どこの病院です?」
 イレイザーヘッドは少し言いづらそうに病院名を言う。聞き覚えのない病院だ。
諸〈この辺りにはない病院だな〉
「静岡の病院だからな」
「静岡ぁ!?こっから1時間じゃないすか、態々ここまで来たんすか」
「言っただろ、俺じゃどうにもできなかったって」
 東京から新幹線で1時間…行ける距離だけど、問題はお金だ。小学生に1万は高いぞ。とはいえこのまま放置して元に戻る確証もない。
「交通費は後で払う。頼む」
「プロヒーローに頭下げられんの嫌だな…とりあえずランドセル置いてきていいですか?」
 ランドセル背負って新幹線に乗る勇気はないぞ。頼む立場だから都合がつけばいつでもいいと言ってくれているけど、早いに越したことはない。
 早急にランドセルを置き、使わず取っておいたお年玉から往復分の交通費を財布に入れる。スマホと財布以外特にいらないか。ボディバッグに財布だけ突っ込んで家を出た。
「静岡まで行くならいっそ富士山見に行っちゃおうかな」
「そんなに近くないぞ」
「じゃあやめよ」
 お昼も食べていなかったから、駅弁を買い新幹線で食べながら静岡へ向かう。車窓から残念ながら富士山を見ることはかなわず、静岡駅に着いた。案内されるままついていき、病院へたどり着いた。
(イレイザーヘッドと無関係な人間がお見舞い装って中入れんの…?)
諸〈意識不明の状態ならどうだろうな。一般人じゃなくてヒーローだし〉
「これ、テレパシーか」
(周囲にいる霊なら使えるんす。守護霊なら常時使えるんすけどね)
「なるほどな。俺の病室は一般病棟だから普通に入れると思うぞ」
(そうなんすか、良かった)
 個室ではなく4人1部屋の病室に入り、イレイザーヘッドが寝てるらしい窓際のカーテンからそっと顔をのぞかせる。頭に包帯を巻いて横たわるイレイザーヘッドがいた。見たところ他にケガがあるようには見えない。首筋に手をあて脈を測ると確かに生きている。
(ほんとに生きてた)
「死んでねえって言っただろ」
諸〈自分を見下ろすって中々ないよな〉
「そうだな、随分不思議なもんだ」
(わざわざ東京まで出てきたってことすから、触れたりとかして元に戻る試みはしたんですよね)
「思いつくもんは粗方試したと思う」
 寝ているイレイザーヘッドからは生気を感じる。バイタルも正常、魂というか意識だけ外に飛び出てしまったような感じだ。自分に憑依させることはできるけど、他人の肉体へ魂を憑依…今回の場合は戻るだけだけど…そういうのは流石にやったことがないからなぁ。自身へ憑依させるときは霊に力を流しながら、霊は私に宿ろうとする。
(イレイザーヘッドって霊感とかあったりします?)
「あると思ったことはないな」
(もしかしたら、幽体離脱しちゃったけど身体に戻るほど霊力が無かったってことかもしんないっすね)
諸〈なるほど、それはあり得るな〉
「戻ることはできないのか?」
(霊力あれば元に戻れると思います。私の霊力あげるんで、ちょっと試してみてください。というわけで手ぇ貸してください)
「分かった」
 右手を差し出してきたイレイザーヘッドに握手するように手を握る。戻るに必要な霊力だけあれば十分だろう。霊力をイレイザーヘッドへ少し流す。
「譲渡、完了」
「…不思議な感覚だな。何か流れてきたことは分かった」
諸〈なんかこう、暖かい感じするよな〉
(へー、そうなんだ)
 譲渡する側なのでされる側がどんな感覚か分からんけど、気持ち悪い感じしないならいいや。イレイザーヘッドは手をぐーぱーさせた後、ベッドに横たわる自分に触れた。その瞬間イレイザーヘッドは肉体に吸い込まれるように消えていった。
(上手くいった感じするね)
諸〈そうだな〉
 待つこと数十分。少し苦し気に唸りながらイレイザーヘッドが目を覚ました。
「はよございます」
 瞬きしてゆっくり起き上がるイレイザーヘッド。あれ、霊体時の記憶ないとか言わないよね?
「…おはよう、ありがとう渡来」
「あ、覚えてた。良かったー、これで覚えてなかったら面倒だった。特に違和感とかないですかね?」
「少し頭が痛むが、まあこれは怪我が原因だろう。今のところ他に違和感はないよ」
 無事帰れたようで良かった。幽体離脱を元に戻すことができるのか…。
「にしても、肉体の方も無事でよかったですね」
「どういうことだ?」
「魂が死んだ肉体に他の魂が宿ることありますから。幽体離脱ってことは肉体に魂が宿っていない、ここ病院だから、きっと死んだ人多いし未練が残っている人も多い。魂の宿っていない肉体って気づいたら宿りつく可能性がある」
 魂だけが死ぬっていうのは意識の消滅とほぼ同義。精神的ショックなどで魂だけが死んで肉体が残り、現世に未練があった霊が宿ったところを見たことがある。新たに宿った肉体をうまく扱えず馴染めず、その後車に轢かれて結局死んでしまった。個性発現して間もないころの出来事だ。
「俺の身体で違う人間が入る、ってことか」
「そういうことっす」
 相手は怪我人だしこれ以上長居は不要だろう。ああでも、もしもに備えておくのもありか。スマホをプロフィール画面にして赤外線送信の状態にする。
「私これで帰ります。いちおーもしものために、連絡先どぞ」
「そうだな、今大丈夫でも後でまたってこともある。ほら」
 イレイザーヘッドと連絡先を交換した。ヒーローと連絡先交換するのは初めてだ。
「ああそうだ、交通費」
「いや、いいっす」
「何言ってるんだ。小学生に万は高いだろ」
「今度会った時に飯奢ってくれれば」
「…高い飯代だなおい」
「私の個性も幽霊の存在も信じてくれたの、すっげー嬉しかったんすよ。信じてくれたから、態々東京まで来たんしょ」
 私らの感覚からすると個性は漫画やゲームのような話だ。幽霊の方がいっそまだ現実味がある。お盆っつー物があるのに個性蔓延る今の日本はオカルトチックな話はかなり信用されていない。どうせ誰かの個性だろう、それて片付けられるから。個性届では役所に信じてもらえず、念動力で登録されてしまってるのだ。
「退院して怪我治ったら快気祝いに楽しみにしてます」
「俺が奢るんだがな」
「へっへ、それじゃあお大事にです」
 一つまた個性のことを知ることができた。あと幽体離脱を生で見れた。
(幽体離脱を任意でできたら今以上にできること広がるよな)
諸〈霊力の強い渡来が肉体放置したら、他の霊が集ってくるぞ。やめとけ〉
(だよねー。まあ諸伏たちパシればいいか)
諸〈ふはっ!パシるって〉
 霊がいやすい病院からさっさと離れ、諸伏と会話しながら静岡のご飯巡りをしてから帰った。静岡と言えば…お茶?ということでお土産にお茶を買って帰った。