愛する我が祖国の為

準備と猶予を

「以上から、オールマイトの活動限界は確実に…5年前の事件を境に短くなっている」
 入学してまだ1ヶ月も経っていないどころか、2週間目に突入したばかり。会議室、赤井・降谷・諸伏・風見・工藤は橘から現状報告を受けた。映像とプロファイリングを見せられ、“活動限界の短縮は5年前のヴィランとの戦闘による後遺症”と言われた。雄英での教師活動は、将来への投資、後輩育てとのこと。風見の言っていたお気に入りは個性が似ていることから教えやすくてそうなったのだろうと。言質を取ったとか物的証拠…例えば診断書とかそういうものは一切ないのに、状況判断だけで十分事実と認められた。雄英が襲撃を受けた、USJ事件は昨日起きたばかり。一体いつ休んでるんだ、と会議前に呟けばお前が言うかという視線を風見や新一君から受けた。
 赤井は前世でFBI、俺とヒロ、風見は公安、新一君はただの探偵というには惜しいくらいの逸材だった。だから橘の報告は嘘を織り交ぜた真実だと分かる。どう思う?というヒロの視線に全てが真実ではないだろうと視線で返す。
「個性が似ているからお気に入り、これまで特別を作らなかった平和の象徴にしては安易な理由じゃないか?」
 本当にそれだけなのか。赤井が橘を探る。橘は聞かれると分かっていたのだろうスラスラ答えた。
「プロヒーローとしてはNo.1でも教師としては新米も新米。国語だ数学だみたいなヒーロー科以外の学科で受けるような授業には教員免許が必要だけど、ヒーロー授業はプロヒーローになれば必然的に着いてくる教育権だけで教壇に立てる」
「…つまりその生徒だけ特に助言しちまったりよく見ちまったりしているってことですか?」
「ヒーローとして平等に対応できても、教員、指導者として平等に見る能力はなかっただけのこと。その生徒を目にかけてるってのは教員や同じクラスの生徒も思っていることだ。それだけあからさまなんだ、あの人は」
「それ教師として問題なんじゃ…」
「…ま、イレイザーヘッドがそれについて苦言を呈していた。彼のような人間が近くにいるわけだし、他の教員は特定の生徒を贔屓している様子はない。周りがフォローするだろう。それでも直らなかったら教育委員会だな」
 個性に関してではなく、生徒の贔屓という点を解決するには特務公安省で動くより教育委員会で動いた方が効果がある。
「ヒーローとしての活動継続が可能かどうか。昨日の件もある、“できる”と言わざるを得ないのが残念だ」
「局長はオールマイトの弱体化や活動限界はデマだったのではって考えてる。他の幹部もその意向が強そうだ」
「つってもあの映像見る限り、結構ギリギリだろ。このままは不味いんじゃないか?」
 今の流れだとオールマイトに関する調査目的はこれで終了する。後はオール・フォー・ワンの動向調査のみ。潜入を続けるか否かはこの後の幹部会で決まるだろう。この後控える体育祭を考えると、USJ事件を理由に自主退学の流れで潜入調査を終了、という可能性が高い。今回襲撃してきたヴィラン連合とやらがオール・フォー・ワンと繋がっていたとしたら、雄英に潜入し続けるより警察と連携を取った方が早いからだ。
「今日の幹部会では、活動時間の短縮傾向は伝えて弱体化や活動限界については保留としておく」
「橘さんの意向は潜入調査を続けると」
「ああ。気にかけておいた方がいいことがまだあってな。今回の調査とは関係ないけど」
 調査に関係ないが気にかけておいた方がいいこと。オールマイト関連とは別のところで気になったことがあるんだろう。考えられるのは、エンデヴァーの息子あたりか。親が、家族がヒーローだからといって真っすぐ育つとは限らない。インゲニウムの弟とは対照的な少年を気にしているのだろう。ヒーロー足る資格があるのかどうか。それとこの前2人だけの間に留めた緑谷出久の個性。入学した生徒の中でオールマイトの個性に一番近いのが彼だ。お気に入りは間違いなく彼のことだろう。
「赤井、脳無の件は」
「ああ。どうやらある凶悪ヴィランに複数のDNA反応があったらしい。橘の言っていた改造人間の線が一番濃い」
 映像でオールマイトに吹っ飛ばされた脳無というヴィラン。改造人間…なんて非人道的な。
「…オールマイトの為に用意、ヴィラン連合がオールマイトに殺意を持っていることは確か…そしてオールマイトの弱体を知っている」
 橘の中では答えが出ているのだろう。俺たちを導くようにヒントを散りばめた。
「連合のバックにオール・フォー・ワンがいる可能性が高いな」
 雄英を狙ったヴィラン連合、そのバックに潜む脅威。激動の始まりを伝えていた。


「緑谷出久は白、遅くに発現しただけの少年だ」
 会議が終わり部屋を出ようとしたのを止めたのは橘。降谷はちょっと残れと他の4人は出ていった。聞き耳立てようにも防音の部屋だし、前世では馴染み深かった盗聴器は橘相手に使えない。すぐバレるからだ。
「オール・フォー・ワンが与えたものじゃないと?それはオールマイトのお気に入りだからそう判断したのか」
 オールマイトのお気に入りが緑谷出久だと分かっていることは驚かれなかった。少し考えれば分かることだ。
「そうとも言えるし、そうとも言えない。彼の人間性からそもそもヴィランと手を組むことはまず有り得ない」
 随分はっきり断言した。たった1週間で彼の人間性を理解した?…橘ならできそうだからそれこそ有り得ないとは言えない。
「オールマイトの弱体、活動限界を知らない人間が、平和の象徴、No.1ヒーローオールマイトに危険が迫って思わずと身体が動いていたんだ。そんな根っからのヒーロー人間がオール・フォー・ワンの手駒になる可能性は0」
「どうしてそこまで断定するんだ」
 人は変わる生き物だ。何がきっかけで正反対の思想を持つか分からない。橘は表情の硬い俺を見てフッと笑った。
「風見みたいな顔してんぞ。お前も、緑谷出久と接してみれば分かるさ」
「…………」
 4つ年下、そうでなくても前世をカウントすれば精神年齢は遥かに下。この魂が経験してきたことは彼女よりはるかに多い。だというのに。
(…なんで勝てると思えないんだろうな…)
 橘は上の存在だ、俺より遥かに。奢り高ぶっているわけではなく事実として、俺には実力も能力もあると自負している。過大評価も過小評価もしていない。部下になった当初は、彼女の家柄やたった23歳でその立場に上り詰めたことに「コネか身体でも使ったか」と軽蔑すらしていた。今思い返してもあの時の自分を殴りたい。全部実力だった。前世で自分も同じようなことを一部で言われていたのに、同じことを思った自分に腹が立つ。
 幹部会の時間が迫ってくる。話は以上だと橘は会議室を出ていった。


 降谷のあの好奇心だ。納得いかないことはどこまでも追求するだろう。だから先手は打った。オールマイトの個性は生まれた時から…個性変更届をなかったことにし、5歳の時届け出たということにした。更に志村菜奈に関する資料の中であの“継承による身体能力”を使用したであろう事件は全て改竄。志村菜奈は元々個性を持っていたから、その個性で解決したことにした。身体能力についても素で高かったことにし、明らかに個性なしでは出来なかっただろう諸々も全て改竄しておいた。私は勝手に“身体能力の継承”としてるが実際はどうなのか、これは知っている人間から聞かなければ分からないだろう。そこは保留だ。無理に聞き出そうとして私の状況が悪くなるのは防ぎたい。
 幹部会でオールマイトの弱体や活動限界については保留を提言した。個性公正委員会代表幹部となっている私以外の2人も、「昨日の事件で決定するには尚早ではないか」と保留を認めた。オールマイトを狙った犯行、更に奇襲を無傷で生還した生徒が再び狙われる可能性から、潜入調査は引き続き続行することになった。緑谷が怪我をしていたが、あれはヴィラン連合の攻撃を受けてではなく、自身の個性によるものだからカウントしない。あと、潜入中ではあるがプロヒーローでもある私もカウントはされない。ヴィラン連合に対しての対応としてプロヒーローの資格を持つ私は嫌味を言われまくったけど、「潜入調査を続行するためにはやむを得ない判断だった」というフォローもされた。結局どう立ち回るべきだったのかは未だに分からない。26歳の若い女だからってのもあるんだろうな、こういう嫌味を言われるのはもう慣れている。
 学校の方針として雄英体育祭は警備を強化したうえで実施されるそうだ。まあかつてのオリンピックに代わる祭典、そう簡単に中止は出来ない。ただ私に関しては「何が何でも参加するな」と命令された。難しいこと言うなよ…。個人的にはちょっと参加してみたかっただけに残念だ。


 迫る体育祭。各々個性の強化や体力づくりに勤しんでいた。ある日、オールマイトに呼び出される緑谷を見つける。右手でこっそり盗聴器の創造を実現し、指をはじいて緑谷のズボンにつけた。同色だから分かるまい。盗聴内容は橘のスマホで録音するようにした。後で聞こう。
 入学以来蛙吹は私と教室でお昼を食べてくれていた。学食食べたいだろうと思って、何度か学食で食べることもあった。しかし私は当然お弁当、居心地の悪さからあまり学食で食べたいと思えず。轍としてでなく、橘としても非常に申し訳ない。そこで考えた。
「はい、というわけで第一弾“レンレンのガチ料理”でーす!」
「…凄いわ…」
 学食以上の魅力あるガチ料理を蛙吹に作ってあげる。第一弾ということで量を多めに、バラエティーに富んだ内容物だ。和洋中全てを織り交ぜそれでも見た目も栄養バランスも考慮した、まさに完璧なお弁当。重箱に敷き詰められたその量は2人で食べられる量ではない。
「余ったら私の夕飯になるから、超多めに作ったし食べられるだけで良いよ」
「本気でやらないだけって言っていたけれど、本当だったのね…」
 いただきます、と蛙吹は割りばしを割り春巻きを取った。一口サイズに分割された春巻きをパクリと食べる。
「…おいしい、おいしいわ!!」
「いえーい!」
 ほっぺたが落ちそうになるくらい蕩ける笑みを浮かべながら、重箱の料理を食べる蛙吹。それをみてニヤニヤ私も喜ぶ。その時教室の扉が開き、八百万と轟が入って来た。2人とも両手にノートの山を持っている。昨日提出した数学と今朝提出した古典の課題だろうか。
「あら、梅雨ちゃんと錬さんはお弁当なのですね」
「百ちゃん、轟ちゃん、凄いわよ、このお弁当!」
 2人はノートの束を一度教壇の机に置きこちらに来た。八百万は重箱のお弁当に驚き目を輝かせている。轟も「おぉ」と驚いていた。
「凄いですわ!とてもおいしそう!」
「錬ちゃんが作ったのよ」
「轍が?…意外だな…」
「えぇ、本当に意外よね」
「梅雨ちゃんは兎も角轟にそう思われるくらい料理できない人間と思われてたのか私は!つか量多いし、2人ご飯まだなら一緒に食う?」
「いいのですか!是非!」
「轍と蛙吹がいいなら…食いたい」
 2人は持ってきたノートをさっさとそれぞれの席に配った。私の席だと4人で食べづらいから、八百万の机に重箱を移した。私の椅子を八百万の窓側に置き、蛙吹は峰田の椅子に座る。ノートを配り終えた2人も椅子に座った。轟は机を常闇の方に寄せ椅子を八百万の机の隣に置き座る。
「「いただきます」」
 礼儀正しく手を合わせ挨拶をし、2人は割りばしを割って重箱の料理を口に入れた。
「…美味しい、美味しい…!」
「ヤオモモ語彙力」
 只管美味しいとしか言わない八百万にケタケタ笑う。轟も美味しいと零すと和食を中心に箸を進めていた。私も食べたいものを摘まんで食べる。
「ああ、そうだ、このこと…こんくらいには料理できるってこと、皆には言わないでね」
「これだけおいしいものを作れるのにどうしてですの?」
「これ事情があったから作ったんだけどさー。美味しいって言われたりまた作ってって言われるのは構わないんだけど、あんまり囃し立てられたくないんだよね」
「事情…?」
 蛙吹はその事情を知っているからケロっと困った顔をしていた。
「それって、轍がいつも弁当なのと関係あるのか?」
「え、轟よく私がいつも弁当って知ってるね」
「前蛙吹と学食にいたの見かけたけど、そん時も弁当だっただろ。学食に来てんのに弁当食ってんのが不思議だったから」
 やはり目に入るか。目立つって程じゃないだろうけど、気にはなるよな。
「…言いふらさないでね?」
「勿論ですわ」
「私さ、人の作った料理食べられないんだよ。だから学食食えないんだよねー」
「潔癖症ってやつか?」
「そういうわけじゃないんだー。潔癖症だったらUSJで轟にあんなことできないって」
 突然抱き着いて猛スピードで飛ぶ。潔癖症ならまず抱き着きすらできないだろう。つかヒーローになれなくね。
「それもそうか」
「あんなこと…?」
「ケロ、凄く気になるわね」
「まあいいや話戻して。人が作った料理は目の前で料理されてても食べれない。ぶっちゃけ身内のもきつくて、目の前で料理されてたらギリギリ食べられなくはないって感じ」
「家族のもきついって…いつからそうなったんだ?」
「ぐいぐいくるね轟氏」
「気になるだろ」
「轟ちゃん、あまり聞きだすのも錬ちゃんが可哀そうだわ」
 蛙吹のそういうところ好きだわ。
 いつから…そういえばいつからだろう。多忙な両親に代わってお手伝いさんが家にいたわけだけど、その人が実は料理に微量の毒を入れて1年かけて殺そうとしてたと知ったのは、個性発現して間もない頃。銀食器は毒に反応するって聞いて試してたら反応したんだよな。あの時は…誰が作ったか分かればまだ食べれたし今ほど酷くなかった。決定的だったのは…両親も私も信頼していた両親の部下が作った手料理に…。
「悪い轍、嫌なら言わなくていい」
「顔色が悪いですわ」
 嫌なことを思い出しかけたが顔色に出てしまっていたらしい。いけないいけない、小さく頭を振って振り払う。
「10歳ちょい前くらいだったと思うよ。何があったとかは言いたくないからごめん」
「俺こそ、嫌なもん思い出させちまったみたいで悪ぃ」
「まあほら!折角ずぼら人間の私が作ったんだし!楽しい話しながら食べようぜ!」
「そうね、そうしましょ」
 ちょっと暗い空気になってしまったのを払拭し明るい会話をする。轟は基本聞いているだけだったけど、箸は止まらず料理は消えていく。流石成長期の男子、八百万も個性の都合上結構食べるらしいから、重箱の中身は綺麗に空になった。
「ごちそうさま、錬ちゃん」
「とても美味しかったですわ」
「ああ、美味かった」
「へっへー!おそまつさん!」
 他の生徒が戻ってくる前にと重箱をさっさと片付ける。
「また気が向いたら作ってくるよ」
「楽しみにしているわ」
「……そん時、俺も一緒にいいか?」
 おお意外だ。そんなに美味しかったか。エンデヴァーの息子ともなればこんなのよりもっと美味しいもの食べているだろうに。
「見たところ梅雨ちゃんの為に作って来たようだけど、私も、もしよろしければ…」
「おーいいよいいよ!よく食べる2人がいれば量気にせず作れっから!持ってくるとき連絡…するから連絡先頂戴」
 そういえば蛙吹と交換したけど2人とはまだしていなかった。チャラ男代表の上鳴に聞かれて、その時一緒にいた切島と爆豪とは何だかんだ交換したのに。近くにいた耳郎も流れで交換したんだった。
 轍のスマホに新たに2人の連絡先が入る。潜入調査でここまで親しくなる必要はないのだが、外堀から埋めていくのも大事だ。そう言い聞かせた。