愛する我が祖国の為
襲撃
オールマイト、八木俊典…個性「筋肉増強」、15歳の時提出された個性変更届での内容。それより以前は、無個性となっていた。そして届け出が出されたとき、八木が住んでいた街に頻繁に現れていたのは志村菜奈。雄英ヒーロー科在学中、彼の担任となったグラントリノは志村との間に関係があると分かっている。グラントリノは元々ヒーローでもなかったが突然ヒーローになった。更に1年間だけ雄英で教鞭をとっている。…八木俊典の担任だ。八木俊典は高校卒業後アメリカに留学している。その直前、志村はヴィランとの戦闘で亡くなっていた。そしてそのヴィランは不明となっているが…戦闘時の状況は誰かがきちんと記録して残しておいてくれていた。ありがてぇ。
(……これが複数人対志村であれば納得でいる、が…)
1人の個性にしては随分いろんなものが暴れまわったような写真だ。映像が無いのが惜しい。いや、写真があるだけで御の字か。5年前のオールマイトが戦ったヴィランとの戦況と見比べる。…全く同じではないが、似ている。ヴィランが同一人物である可能性が非常に高いな。
(…志村は息子を里子に出していたか。…その息子夫婦及び子供は今行方不明?)
結婚し1人の子どもを授かったらしい。3人揃って行方不明。子どもの名前は分かってるが…個性の届け出が出されていない。年齢を考えても、発現したかどうかというところか。したとしてもまだ出していなかった可能性がある。
志村の家庭事情については一旦おいておこう。焦点はオールマイト及び緑谷の個性だ。八木俊典は緑谷と同じように遅咲きの発現、八木俊典は緑谷と同じように筋肉増強型の個性。許られた個性、人に知られてはいけない、秘密。
(…認めた相手の身に継承できる特別な個性ってところか。志村は当時のNo.1ヒーロー。オールマイトが緑谷に個性を継承したということは、雄英で教師をしているのはグラントリノ同様緑谷を育てる為。その結果の“お気に入り”ってところか……)
継承の個性で身体能力が爆上がりするってのも妙だ。継承されているのは何か、恐らく身体能力。志村が最初か分からないが、オールマイトは志村から受け継ぎ、それを緑谷に受け継いだということか。リスキーなのは緑谷の身体に合っていなかった…といったところだろう。なんせオールマイトのあの身体能力だ。今の緑谷には到底手に負えまい。無個性だった機会が長い分、個性を身体の一部ではなく“個性”という道具として見ている節がある。0か100か、それしかできないくらい調整が出来ていないのだろう。んで、オールマイトが直々にご指導ご鞭撻っと…。
まだ確定するには尚早、私の中じゃほぼチェックメイトだけど、こればかりは直接聞くわけにもいくまい。そんで上に報告ってのも、ちと難しい。個性の悪用は十分あり得る。知られていないのはそれを危惧したオールマイトの配慮だろう。
緑谷の件は一先ず区切りとみていいだろう。後は本題である、オールマイトの活動限界についてとオール・フォー・ワンの動向捜査だ。
「今日の救助訓練は俺、13号、オールマイトの3人体制で見ることになった」
(…見る“ことになった”)
意味深な発言に誰も疑問符を浮かべない。麗日は「スペースヒーロー13号!私一番好きなヒーローだ!」と興奮していた。13号…降谷達の後輩だったな。聞いたことはある、個性は脅威だが使い方が非常に上手いと。
13号のお小言とやらに拍手が上がる。話が上手いな、身体や経験で悟らせる相澤先生とは正反対、言葉で相手を悟らせる、素晴らしい。さて、始まるという時だ。
(っ!?)
轍であることを一瞬忘れ完全に身構えてしまった。隣で轟が不思議そうな顔をしている。その辺のチンピラではない、悪意を持った、ヴィランの気配だ。
「全員一塊になって動くな!13号、生徒を守れ!」
靄の様なものが噴水近くに現れ、続々と現れてきたそちらの集団からはそこまで脅威を感じない。問題は、あの奥の…。侵入者センサーはと慌てる八百万、それをどうにかできる個性を持っているってことだろと冷静に推理する轟。
「上鳴、轍、お前ら個性使って連絡図れ」
「あ、うっす!」
「うぃっす!」
上鳴が耳元の通信機に手を当て連絡を測るが無理らしい、「俺はダメだった!轍は?」と聞かれ私も校舎の誰かと図ろうとした、のだが。
ザザザ!!
キーン!
バチィ!!
「いっ!!??」
電磁波の方向を双方向にした瞬間、ノイズ音と耳に響いたハウリング音のような音、更にヘッドホンから電気が漏れたような音がダイレクトに響いた。あまりの音の大きさに思わずゴーグルごとヘッドフォンを投げ飛ばした。ヘッドフォンはバチバチと電気を放っている。
「轍!?大丈夫か!」
「いってー!!!」
右耳の方で交信を測っていたから左耳は生きている。右耳が果てしなく痛い。両手で右耳を抑えながら状況を把握する。
「電波妨害の個性ぜってーいるよ!送信と受信の電波の方向が同時にこっちにきて、くっそいてえ!」
「おいおいマジかよ…」
「上鳴は平気なのか?お前も通信しよとしたろ?」
「俺は平気、轍と通信方法違うから、よく分かんねぇけど轍にはダイレクトにダメージ来たんじゃねえか?」
「とにかくここを出ます!出口まで走ってください!」
こちらはこちらでわちゃわちゃしていたが、その間に相澤先生が囮となり先陣切ってヴィランに突っ込んでいったのは見ていた。通信はダメだと判断した13号は早々にUSJから出るよう指示を出す。右手で右耳を強く抑えつつ、私も倣って出口に向かい走り出した。
(ここで逃げるのは轍として正しい。…だが私も、ヒーローの1人だ。この選択は正しいのか?どちらを優先すべきだ?…ダメだ、向こうにはどうやら空間移動系の個性を持つ奴がいる。ここで私の素性がバレて連れてかれたらことだ。いや連れてかれることは無いし連れてかれても問題は無いけど…ここには“人質候補”が多すぎる)
自己保身の術はいくらでも学んだ。とはいえ20名の人質になり得る存在がいる状態での素性公開はむしろ危険を招きかねない。今は轍として動くことを早々に決め、足を進めたが…。
「初めまして。我々はヴィラン連合…」
黒い靄、空間移動の個性を持つ人間がピンポイントで私たちと出口の間に立ちはだかった。13号は個性で黒い靄を何とかしようとするも、それより先に爆豪と切島が動いてしまった。
「ちっくしょ!」
ここから衝撃波を放つには間に生徒がいる。音波も同じだ。結局私も黒靄に飲まれた。…轍ならこうなるだろうと冷静に判断する橘に嫌悪しながら。
黒が晴れ視界に入ったもので瞬時に土砂エリアだと分かった。近くに複数ヴィランの気配あり。そして、轟と葉隠もいる。1人なら遠慮なくできたが…仕方ない。
地面の着地に態と失敗し尻餅をつく。そうしている間に轟はヴィランを一瞬で氷漬けにした。
「つえー…躊躇ねー…」
葉隠は少し離れた所に落ち、近くにはいない。
「相手はヴィランだぞ。躊躇してたらやられる」
知ってる。
轟は背後から襲い掛かって来たヴィランも凍らせ、オールマイトを潰すという算段に付いてヴィランから聞き出そうとしていた。だが彼らは本当に何も知らないらしく、情報は得られなかった。
「…こいつらなんかもう知らんそうだし、とはいえこのままだと凍傷ヤバいし、とりま寝かしとく?」
音波使う?と指をパラパラさせながら轟に聞く。お互い拘束するものを持っていない、しかし放置は殺しかねないし、解かせば反撃される。
「ああ、頼む」
轟は自分も食らわないよう私の後ろに下がった。私は彼らに手を翳し音波を出した。死なない程度、でも気を失うほど、という調節をし音波を食らったヴィランは、氷漬けされたまま意識を飛ばした。
「やっぱ調節むずいなぁ…」
轟は左手で氷を溶かす。ヴィランはバタバタと地に伏した。
「俺は相澤先生のところへ向かう。危険なのはその辺のヴィランじゃねえ、一番奥にいたあのでけぇのだ」
電波妨害をする個性を持つヴィランがいると把握した推察力、短い時間で最も危険なヴィランを判断力、降りた先の状況を理解し最も有効な方法で打開する手腕と実力。エンデヴァーは随分教育がよろしいようで。しかし左を使わない時点で心の距離は大分離れているようだ。あそこの家庭の噂は悪いものばかり聞くしな。
「入口に戻るには先生のとこ通らないとだし、私も行く」
「耳はもう大丈夫なのか」
「ぶっちゃけ右耳今死んでるから何も聞こえない」
先ほどの衝撃で右耳が難聴状態だ。耳元で銃を発砲されたときとよく似ている。一時的なものだろうから放っておけば治るだろう。
「それは大丈夫じゃないんじゃないか」
「一時的なもんだと思うよー、とにかく行こうぜ!」
右側が聞こえないハンデを少しでも減らす為、轟の左側に並び相澤先生の元へ走る。その途中だ。
「もう大丈夫!!私が来た!!!」
遠くからでもわかる存在感。安心させる言葉でありながら厳しい音で発せられている。いつものように笑っていないのかもしれない。オールマイトが来た。
「って、狙われてる当人来て大丈夫なん!?」
「オールマイトがやられるとは思えねぇ。けど、急いだほうがいいかもな」
「おっけー!私に任せたまえ!轟ちっと失礼!」
50m走も持久走も轟より私の方が早い。私は轟の腰に思い切り抱き着いた。は?と驚く轟を無視し、足から衝撃波を放出した。
「爆速ターボ!轍バージョンってね!」
50m走で爆豪が爆速ターボと言いながら両手を爆発させ猛スピードで飛んでいた。私の場合両手足を使い同じ要領であの時やったが、轟を捕まえているから両手は使えない。足のみから衝撃波を放出し風を切った。
「!轍あそこだ!」
「あいよ!」
方向を微調整して轟の視線の方向へ向かう。オールマイトとあの脳みそ丸出しのヴィランが奇妙な形で対峙していた。黒靄のあいつの個性で不利なのは分かる。近くで一度止まり轟を降ろした。轟は降りた瞬間足から氷を這わせ、半身が靄から出ているヴィランを凍らせた。
「かっちゃん……皆…!」
「間一髪?もしかして今ヒーローっぽい?」
オールマイトはヴィランの手から抜け出した。近くには爆豪と切島もいる。
「攻略された上に全員ほぼ無傷……すごいなぁ最近の子どもは…恥ずかしくなってくるぜヴィラン連合」
マズイ
爆豪はオールマイトのおかげで脳みそヴィランの手を逃れた。みんな脳みそヴィランと襲われそうになった爆豪のいた方向に意識が向いている。だから私は、隙をつくように轟に襲い掛かろうとした、恐らく主犯格のヴィランの右手首を掴んだ。
「かっちゃん!!!かっちゃん!!?避、避けたの!?すごい……!」
「違えよ黙れカス!」
ヴィランは私に掴まれたと気付き顔を下げた。苛立たしい表情、ヴィランを掴む左手に力を籠める。
「は?お前なに」
ヴィランは私の左手首を左手でつかんだ。その瞬間、コートは崩れ痛みが走った。
「いっ!!??」
咄嗟に右手をヴィランに向け衝撃波を放った。痛みで威力が弱かったが吹っ飛ばすには十分だった。ヴィランは黒靄の近くまで飛んでいく。
「轍!?」
右手首は皮膚が崩れ血が出ていた。…分解個性か?いや、この“崩れ”方はおかしい。崩壊、破壊、そのあたりか。
「私は兎も角、オールマイトは!?」
「オールマイトも無事だ」
オールマイトは脳みそヴィランの攻撃に耐えたようだ。その表情に余裕はない。
(……“録画開始”…)
密かに実現の個性を使い、自身の目をビデオカメラの様に録画できるようにする。轟達の加勢する言葉にプロヒーロー…現No.1ヒーローとしての意地とプライド、そしてその圧倒的な実力を見せてくれた。
「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!ヴィランよこんな言葉を知っているか!!?」
Plus Ultra!!
脳みそヴィランはUSJの天井を突き抜け吹っ飛んでいった。私はその間もずっと、オールマイトを見ていた。
黒靄に「シガラキトムラ」と呼ばれたヴィランは、逃げの姿勢を見せたと思ったがそのままオールマイトとの戦闘を続行しようとした。途中、「弱まってるなんて嘘じゃないか!」というような言葉を叫んでいた。オールマイトは大丈夫だ、このまま足手まといになるより言われた通り離れよう。隣で切島たちが話しているのが聞こえる。
(……あれのどこが余裕なんだよオールマイト…!)
「轍、俺たちも行くぞ、お前も怪我してるし…」
口の端から吐血したのをしかと見た。轟に声をかけられ、ここまでか…と録画を終了した。しかし…。ここは離れるべきか、一ヒーローとして手助けするべきなんじゃないか、いや今私は轍錬、雄英の一生徒に過ぎない。まだ本来の目的を果たせていない。その状態で潜入を止めざるを得ない状況を作るか?今回の侵入で雄英のセキュリティは爆上がりするだろう。ここで抜けて別の形で潜入は厳しいものになるのは間違いない。じゃあこのままオールマイトを放置するのか?彼だってプロヒーロー、ここでやられるわけない。さっきの吐血を見ても言えるか?300発撃ったと言った、そして小さく前なら5発で済んだと言っていた。明らかに、本人も弱まっているのを認めているじゃないか。
―君は、君自身の“価値”を十分に理解しなければならない―
「…そうだね」
橘を、橘の仕事を選んだ。轍として私は轟達とその場を去ろうとする。
「緑谷!?」
その流れをぶった切ったのは緑谷だ。オールマイトの、恐らく後継者。シガラキも緑谷に気付き手を伸ばす。咄嗟に手を伸ばしシガラキに向かって音波を発生させ動きを一瞬鈍らせた、と同時にシガラキの手に何かが撃ち込まれた。銃弾だ。
「プロヒーローが!救けに来てくれたんだ!」
階段の上に立つのは雄英の教師陣でありプロヒーローの面々。プレゼント・マイクの声が良く響き、スナイプが山岳ゾーンやシガラキに向かって発砲している。今度こそ無理だと理解したのか、シガラキと黒靄はあの靄…ワープゲートに入っていく。
「今度は殺すぞ、平和の象徴オールマイト」
13号がブラックホールを使っているのだろう、入り口の方向へ吸い込まれそうになる。結局主犯格には逃げられた。オールマイトに視線を向ければ、先程までと風貌が少し異なっているように見える。
「緑谷!」
切島が緑谷を心配して近づいた。それより先に、緑谷たちと切島の間にしたから壁が突き出た。
「怪我人はこちらで対応します。生徒の皆さんは入口へ向かってください」
セメントスだ。まるで見せたくないものを隠すかのように、オールマイトと緑谷の前に壁を作った。
「轍、腕大丈夫か」
轟に声をかけられ改めて左手首を見る。相変わらず出血している。
「何だっけ、なんどかリンバンバン出てるからかな、今んとこ痛くない」
「アドレナリンか。…緑谷と一緒の方がいいんじゃねえか」
「そうだ!轍も怪我してんじゃん!セメントス先生、轍も怪我してるんです」
「分かりました、轍さん、一緒に来てください」
「うぃっすー。つか切島も爆豪も怪我ないんだね」
「誰が怪我すっかよ!」
「パネェ」
轟達と別れセメントスに着いていく。オールマイトと緑谷は一緒じゃない。…それだけ隠しているということか。あの壁の作り方、隠したいことを緑谷は知っている可能性が高い。
セメントスに連れられ保健室に行く。リカバリーガールの治癒で右腕は綺麗に治った。疲労感が出てくる。彼女自身にデメリットが無いその個性、本当に貴重だ。
「オールマイトとみどりやんは?」
「あの2人もすぐに来るよ。2人の治療があるから、教室に戻りなさい」
それらしい理由をつけられ保健室を追い出された。流石に着替えないと。教室には戻らず更衣室へ向かった。更衣室には他のクラスメートの荷物が無いから、彼女らは既に着替えて教室にいるだろう。恐らくこの後事情聴取があるはずだ。今更衣室には誰もいない、カメラは当然ない。
常時肌身離さず持っている橘のスマホを出した。カバンからデータ送信用のケーブルを取り出し片方をスマホに繋げる。もう片方を口にくわえた。
「“現像”」
スマホに先程録画した映像が映し出される。見たものをスマホに映像として残すことを実現した。なるべく瞬きしないようにしたが、時折ブラックアウトしてしまうのは仕方ない。映像を映し終えると家のPC、そして今一番手が空いているだろう赤井宛てに映像を送った。
[オールマイトが撃退したヴィランは脳無と呼ばれていた。「オールマイトを殺すために作った超再生とショック吸収を兼ね備えたサンドバック」という発言から、人造人間、改造人間の可能性がある。警察の捜査状況を調査してくれ]
あの脳無は命令されるまで動かなかった。自主的に動くことは無さそうだ。意思のないマリオネットの様。
授業開始前に、オールマイト含め3人体制で見ると言っていたのにオールマイトはいなかった。相澤先生は13号先生とそのことについて話していたようだった。13号は指を3本立てていた。今朝3件の事件を解決したことは知っている。それを意味するのか、将又別のことか。
(…緑谷は確実に何か知っているな)
時間が、そう零していた。正直状況判断だけならここでもう王手だ。後は証拠…事情を知る人間か本人の言質を取れたら1つ目的は果たせる。
(つか今回の件でちと動き辛くなったな。内通者、いたら厄介だぞ)
この前のメディアが押し掛けてきたときにカリキュラムを盗んだのだか、内通者がいるか。これで私が疑われたら、素性を明かす必要が出てくる。それだけは避けたい。
また、忙しくなりそうだ。制服に着替え終え更衣室を出た。