愛する我が祖国の為
情報学
緑谷につけた盗聴器はさり気なく回収した。帰宅後、2人の会話を聞いた。
「…はぁ…」
ため息が出る。ワン・フォー・オール、それが2人の本当の個性。継承ではなく譲渡。渡した本人から完全に消えるのではなく、徐々に力が無くなっていくもののようだ。そして何より、
――ぶっちゃけ私が平和の象徴としていられるのも、そう長くはない――
決定的証言。これだけなら良い。ただ前後の会話に個性の話が出てしまっている。…故にこれを上に渡すことはできない。証言を違法でゲットしたからじゃあ本人の突撃、なんてしたら身分を明かすも同然。赤井達経由にしても、この会話が校内で行われていたからどこから聞き出したかとなれば教員か生徒となる。リークした、なんて今後の関係に響く勘違いはさせるべきじゃない。しかし、オールマイトを狙うヴィランが、雄英を襲撃したヴィランの存在がある中で引退なんてできるわけがない。させることも免許剥奪も可能だ。しかしどう考えても日本の為にならない。
(……現ヒーローの底上げが必要だな…)
そもそもオールマイト1人に寄り掛かっている状態が不味いのだ。だったら、オールマイトが引退しても問題ない状況にすればいい。オールマイト程のカリスマ性と実力に並ぶことはNo.2エンデヴァーじゃ無理だ。人間性的にも。そもそも今のヒーロー界は飽和社会故に「ヴィラン争奪戦」に近い。歩合制だ、仕方ないと言えばそこまでだが…。同じ敵なのに争奪、それじゃ不味いだろう。
「求められるのは、一個人の強さではなく、協調性か…」
学生はこれからいくらでも教育できる。既に活躍しているヒーローにも意識を改めさせる必要がある。この話ができるのは…代表幹部だけだ。
「……もしもし、橘です。明日お時間作れませんか」
『君が直接電話で、ってことはよほどのことだろう?構わない。人形君も呼んでおこう』
「ありがとうございます」
特務公安省の代表幹部、TOP3、私橘はNo.3で、人形さんはNo.2。今電話を掛けた相手であるNo.1念動さんは、特務公安省の大臣だ。
「今日のヒーロー情報学は、ヒーローを統括する組織についてやるぞ」
体育祭が近くても授業は普通に進む。ヒーロー情報学ではヒーローの法律系も学ぶし、警察との上下関係、ヒーロー公安委員会についてなどを学ぶ。
「ヒーローを統括する組織って、ヒーロー公安委員会じゃないんですか?」
まず彼らが真っ先にお世話になるとしたら仮免許試験でだろう。芦戸の疑問に相澤先生は黒板に組織図を映した。ヒーロー公安委員会の下にプロヒーローや高校ヒーロー科とあり、ヒーロー公安委員会の上には特務公安省と警察庁が横並びになっている。
「ヒーロー公安委員会は確かに我々ヒーローを統括している。免許の交付、試験もここが主催しているというのはこの前授業でやった通りだ。今日はその更に上、特務公安省についてやるぞ」
「特務公安省…聞いたことあるような…」
「中学の時の政経でやった、確か…」
「個性届を管理している省庁☆」
「青山の言う通り、個性届を管理している省庁だ」
(自分のいる省庁がどう教えられてるのか、どういう印象を受けているのか、それが知れるな。いい機会だ)
「特務公安省。ヒーロー公安委員会はこの中の一つに過ぎない。ここは警察とヒーローの橋渡し的組織だ。日本国内の個性届での管理、そして個性の研究を行っている。研究と言っても、個性がなんであるか不明な奴やより正確に個性を知りたいって奴に対してサポートしてるだけだ。んで、さっきも言った通りヒーロー公安委員会はヒーローの統括、免許試験や交付をしているわけだが、省としては他にも各校のヒーロー科、サポート会社、ヒーローだけでなく“個性”に纏わるものは全て管理・統括を行っている。ここの上層部は警察と同等の逮捕権・捜査権を持っている。つまり警察とヒーローの融合組織ってところだ。上層部ってのがどこまでかは分からないがな。ああでも、幹部10人は日本国内全ての個性及びヒーローの情報を把握しているらしい。その知識はヴィランに狙われやすい、だから個性なくともヴィランを圧倒できるようずば抜けた身体能力を持っているらしい」
「個性なくとも?」
「俺の様に、個性を抹消するだの、他に個性を打ち消す個性ってのもいたな。個性が使えない状態に陥ってもその知識を悪用されないようにってことだ。最悪の事態に備えて脳に爆弾仕込んでるとかも聞いたことあるな」
それはない。流石にそれはない。不発したらヤバいだろ。頭に爆弾の言葉に「ひぃ」と誰かが漏らした。
「その実力から裏のTOP10とまで呼ばれてる。オールマイトより強いってことはないと思うが、トップヒーローを凌ぐ強さだと囁かれている」
「裏のTOP10…何かゲームの裏ボスみてぇ」
裏のTOP10ってのは聞いたことあるな。そもそもヒーローとやり合うことが無いし実力の上下に興味はない。因みにここまでは前提知識、と言われ密かに情報管理は今以上に厳しくしないとなと決めた。
「教科書やテレビ、ネットには一切載らないが、ヒーローであれば誰でも知っている特殊な部署がこの特務公安省にある」
「ヒーローなら誰でも知っている…ってことは知らなきゃヒーローとして恥?」
「そうだ。知らなくても正直問題はないっちゃない。が知らないと言えば無知として信頼は損なわれるな」
そんな部署あんのか…違うな、そう思われてる部署があるのか。やはり一番お世話になってるだろうサポート部門だろうか?
「それは“個性管理局個性管理課”、通称“ブレイン”と呼ばれる特務公安省の中でも特に情報が秘匿されている部署だ」
(知られてる時点で秘匿感激減だなおい……確かにググっても出ないだろうけど。そういや引き抜いたときにあいつらもマジかって顔してたな。知らなかったって顔はしてなかったがそういうことだったのか)
警察組織からの引き抜きだったから知っていたと思ったけど、彼らは全員雄英卒。こういう授業で知ったのかもしれない。
「俺たちヒーローの間で言われてるのは、“逆らったら消される”部署だ」
「逆らったら消されるって…」
「あくまで噂だが、過去に何らかの形でここに関わったプロヒーローがいたらしい。関われた興奮からか、サイドキックにベラベラそれを話したと。その結果、その事務所は翌日消えた」
「え、消えた?」
「プロヒーローとサイドキックは免許剥奪、事務所で働いていた人間も全員飛ばされ、事務所の建物自体忽然と姿を消した、らしい」
ああ、十数年前にそういうことがあったらしい。ヒーロー界ではそういう風に広まっているのか。綺麗な広まり方の様で良かった。実際はもっとえげつない。私が入省してから今日に至るまで、そういった問題は起きてないからその件が響いてるのだろう。
「ひいぃ、絶対的権力!」
「免許管理をしているのはヒーロー公安委員会だが、免許の剥奪は公安委員会の一存ではできない。特務公安省の中でも特に特殊な部署、それがブレインだ。ま、普通に過ごしてりゃお目にかかることはない。普通に過ごしてりゃな。それともう一つ、こっちは聞いたことある奴も多いだろう。特務公安省TOP3も入っている組織、個性公正委員会」
「ジャッジと呼ばれている組織ね」
「ああ。法務省、防衛省、警察庁、外務省、そして特務公安省の幹部で構成されている。ヒーローと言う職業が定められたとき、初めてヒーローになったのは7名だがそれを決めたのがここだ。国外のヒーローが日本で活動するとき、もしくはその逆をするときはここの許可を取らないといけない。国外でヒーロー活動考えてる奴は頭に入れとけよ」
特務公安省、ブレイン、ジャッジ、相澤先生の教えの内容に問題は特にない。TOP10云々については、そもそもその10人もプロヒーローだから多少漏れてしまうのは仕方ないのかもしれない。誰が、ってのが分からなければ問題ない。TOP10が誰なのかは省内でもシークレット情報だ。省の人間にはいわば社員番号の様なものが割り振られる。8桁の番号が割り振られるが、TOP10のみその順位に基づいた番号が割り振られる。私の番号は3だ。
(そう考えると、私は裏のNo.3ってことなのか)
USJ事件での行動が蘇る。プロヒーローとしては間違いなく失格だろう。プロヒーローを優先すべきか自身の立場を優先すべきか、また同じ状況になった時悩んだら致命的だ。はっきりしておく必要があるだろう。