今更ヒーローになれやしない

AFOとオールマイト、5年前の戦闘

 AFOを救ける理由は十分にあり過ぎた。しかし救ける必要はない。とはいえ一応裏社会での生き方を教えてくれた先生だ。
 見るも無残に、もはや死んでるだろと思えるほどぼろぼろの先生、殆ど瀕死状態の血まみれオールマイト。オールマイトこそ救ける理由も必要もないが、オールマイトに対する恨みは何もない。…坊主憎けりゃという発想はガキくさいと思っているから、ヒーローだから憎むのはやめた。やめたからって感情が素直にOK出すわけじゃないけど。音もなくオールマイトの側に立ち息も絶え絶えな彼を見下ろす。
 ヴィランに助けられるのはどういう気持ちだろう。
「……でもあんたそういうプライド無さそうだよな…」
 これがエンデヴァーならヴィランに救けられた事実に、己に憤るだろう。オールマイトは寧ろお礼を言ってきそうだ。それはそれで腹立つ。
「……あんたの為じゃねぇからな」
 そう、これはあくまで己の信条とステインの為だ。ここで見過ごせば平和の象徴が崩れ社会の為にならない。何よりステインが悲しむだろう。いや悲しむなんて生ぬるい感情じゃないだろうな。先生殺しに行きそうだ。腰のナイフをとり思い切手首に突き刺した。
「…き、み……なに、を…」
 辛うじて意識はあるらしい。果たして次目が覚めた時どこまで覚えてるかな。ナイフを抜けば止め処なくドクドクと血が流れオールマイトの傷に流れ落ちる。
「せいぜい死なねーこったな」
 傷に落ちた血はじゅうと音を立て蒸発しているようにみえるが傷口をふさいでいるだけだ。この怪我の量だと流石に私も貧血でぶっ倒れる。オールマイトが死なない程度まで怪我を治すと、ナイフで血の流れる手首を撫でた。私の手首からもじゅうと音を立て、傷口は綺麗に塞がった。
「俊典ぃ!」
 オールマイトを呼ぶ爺さんの声が僅かに聞こえた。あれがグラントリノか。これでオールマイトは大丈夫だろう。私はオールマイトから離れぼろっぼろの先生を肩で担いだ。先生の方は完全に意識が無い。
「これで借りはチャラだ」
 存在希釈を使い私と担いだ先生を透明化・軽量化する。オールマイトに一度目を向けた後、振り返ることなくその場を去った。


 腕のいい闇医者に電話を掛ければすぐにつながった。先生を闇医者のもとへ担ぎ運べば、「こりゃあ大層な怪我なこった」と直ぐに治療に取りかかった。
「お前さんの個性ならすぐに治せるだろう、エンフォーサ」
 メディアに私の所業が出始めたころから呼ばれ始めたその異名。本名は忘れたし冥と呼ぶのは弔と先生だけだ。丁度いいのでそのままエンフォーサと名乗るようにした。名乗る相手も特にいないけど。
「私が失血死するっての」
「造血薬作って飲めばいいだろう?」
「…めんど」
 その手があったかと良い案は頂いたがそんな面倒なことしたく無い。先生だから助けたが、関わりがないただのAFOだったら容赦なく殺していたと思う。…ここがMHAの世界と気付いていなければ。
 時計を見ると“仕事”の時間が近い。外していたマスクを再びつけた。
「ここまで運んだだけでも十分っしょ。ほっときゃ死んでるか、檻の中さ」
「もう行くのかい?」
「クズ狩り」
 亡き愛人との間にできた子供をヴィランに売ろうとしているお偉いさんがいる。そいつへの仕込みの為に東京へ行かなければならない。「後はよろしく、くらいは言っておくわ」と闇医者に言い部屋を出た。


 生と死の狭間を何度も彷徨いながらも目を覚ました。白い天井にカーテン、身体中に医療器具がつけられているのが分かる。カーテンが引かれ看護師が顔をのぞかせた。
「!目が覚めましたか!!すぐ先生呼んできますね!」
 看護師は私が目を覚ましていることに気付くや否や部屋から出ていった。まもなく白衣を纏った医者と、それからグラントリノと塚内君が入って来た。
「ようやく目を覚ましたか俊典!!」
「ああ、よかった、無事生きていて、本当に」
「ぐらん、とりの…つかうち、くん…」
 どのくらい寝ていたのだろう。声が掠れている。
「1週間目を覚ましませんでした。…生きているだけでも奇跡と言えます、胃は損傷が激しく全摘、その他内臓も損傷がありますが、なんとか生きています。固形物は食べられませんが液状のものやジェル状のものであれば口にしていただいて大丈夫です。不自然な治癒が無ければ間違いなく今頃死んでいたでしょう」
「不自然な、治癒?」
「俊典、わしがお前を見つける前に誰かがお前に治療を施していたらしい。傷口の塞がり方からただの手当てじゃなく個性を使ったものだと思われる、覚えておらんか?」
 見つける前、そうだAFOと戦って奴を仕留めて、こちらも瀕死状態で…。
――せいぜい死なねーこったな――
 そうだ、誰かいた。視界はぼやけていたが覚えている、黒と白、黄色と細い赤。
「……あの時は意識が殆ど無くて、あまり覚えていないのですが…黒い服の誰かが…」
「AFOではなく?」
「いえ、白…そう、多分白い髪で、黄色いマスクをした…」
 必死に思い出そうとしてもそこまでしか思い出せない。輪郭もぼやけて背丈も声色も覚えていない。のに言われた言葉は覚えている。不思議な感覚だ。
「…黒い服に白い髪、黄色いマスク……いや、まさか…」
「塚内、知っているのか?」
 心当たりあるらしい塚内君にグラントリノが「誰なんだ」と問いただす。
「当てはまる人物で思い浮かぶのは、エンフォーサ」
「エンフォーサじゃと?あの“ヴィラン殺し”と呼ばれている」
 エンフォーサ、ヴィランや犯罪者を殺している暗殺者の呼び名。明るみにならない犯罪者…例えば権力を持った人間だとか、ヒーローだとかをどこからかその罪の情報を知り殺しているヴィラン。被害者は心臓が破裂したり内臓が溶けたりと内側から殺されている。殺害方法も個性も正体も不明。認知されたのは1年ほど前だが、関連性から2年ほど前からすでに活動しているものと思われる。
「あぁ。今週エンフォーサに殺された〇×貿易の社長、死ぬ前に室内の録画カメラを回したようでね、目撃情報が一切なかったが漸く姿を捉えることができたんだ」
「その姿が、黒い服に白い髪、黄色いマスクをつけていたというわけか…」
「一瞬だけ映った姿だと特徴は一致している。年齢性別は未だに一切分からないけどね」
 エンフォーサが自分を救けた?今一ピンとこない。仮に救けてくれたとして、何故あの場にいたのか…。
「そうだ、AFOは、どうなったのですか?」
 あれだけの大怪我だ。しかしヒーローとして殺しはご法度。殺さないよう戦ったが治療は避けて通れないほどボロボロの筈だ。
「俊典しかおらんかった。…AFOは俊典の倒れていた場所にも、その近辺にもおらんかった」
「何者かが連れ去ったと見るのが妥当だろう。その人物とオールマイトを救けた人物が同じなら…随分不可思議な行動だ」
「うぅむ、気にかけておくべきだろうな」
 AFOを連れ去ったならこちらの味方ではない。しかしそれだと私を救ける理由が分からない。逆も同じだ。私を救けて、AFOを連れ去る理由が分からない。