今更ヒーローになれやしない
信者と偽物の出現
「実は死んでたってびっくりだよねー」
「エンフォーサの仕業ってバレたらそいつが何かしてたって諸分かりだもんね」
「よく3ヶ月も生きてることにできたよね」
「それな」
すれ違った女子高生の会話に心当たりがある。3カ月前に殺したヒーロー、死が公表されず活動休止状態になっていた。女子高生の言う通りだ。世間でエンフォーサは断罪人だのなんだの言われ、殺された人間は必ず黒い何かをしていることから、「エンフォーサに殺された人間は犯罪者」と認識されるようになった。
1年前に貿易会社の社長を暗殺した際、奴の個性で姿を一瞬捉えられてしまった。どこでもれたか分からないがエンフォーサは「黒いノースリーブコート、白い髪、黄色い目元を隠したマスク」姿をしていると知られてしまった。黒・白・黄色はエンフォーサカラーみたいな風潮になってるのはいかがなものか。
(死んで当然、か)
矢鱈目ったら殺しているわけじゃない。激しい憎しみの果てに人を殺した犯罪者は殺さない、しかし殺すことに喜びを感じている犯罪者は殺す。目的は、感情は、そこは鑑みている。
まごうことなきヴィラン、その私に妙な憧れと信仰を寄せる輩が出て来たらしい。これはステインからの情報だ。
「所詮、それを口実に暴れまわりたいだけの三下なんだな」
口から血を滴らせ死んでいるヴィランはその輩だ。ああ、胸糞悪い。
自分で蒔いた種だ、落とし前はきっちりつける。
エンフォーサが殺害予告を出した、らしい。
「私はあからさまに狙いが分かるからこうなるのも予想できた。ステインはお前の口から語らなければきっと誰も分からないだろうな」
ステインが投げて寄越したミネラルウォーターを口にしながら殺害予告の件を話す。ステインは鼻で笑った。
「放っておくつもりはないのだろう」
「殺害予告を出された奴は政治家だ。危ない発言はあるが薄暗いことはしていない、己が信念に従い馬鹿正直に言葉をぶつける真っすぐな奴だ。殺害予告を出した奴はそいつが当選したことで落選した別の政治家…。そいつの方はヴィランと手を組んでるわけだから、そのヴィランによるものだろう」
「その政治家、殺すのか」
「殺す価値もない。あらまし流せばそれで終わりだろう。…とはいえ、私を騙って人殺したぁ胸糞悪い」
いっそ信者の方がまだ許せる。エンフォーサを自称されるだけなら放っておいてもいいが、エンフォーサを騙って実害を出すのはいただけない。ミネラルウォーターを飲み干しからのペットボトルをステインに投げ返した。
「ごっそーさん」
「予告出されて放置するわけがない、ヒーローが護衛に着くだろうな」
「護衛はエンデヴァーらしい、まあ誰が相手でも関係ねえな」
物理攻撃無効だからヒーローがだれであれ関係ない。しいて言うならイレイザーヘッドが厄介だが、彼もずっと目を開けてられるわけじゃない。瞬きのその刹那で十分だ。
「…言っておくがエンデヴァー殺しにはいかねぇからな」
「あれも紛い物だ、真のヒーローではない」
「No.2の実力、そしてエンデヴァー事務所周辺の治安が良いのは事実」
ステインの実力ではエンデヴァーは敵わない。ステインの思想からエンデヴァーは真のヒーローではなく殺すに値するが私からするとそうではない。…そうさな、エンデヴァーが死んだら喜ぶ奴はいるかもな。ただそれは自己中心的な喜びに過ぎない。アンチの多いヒーローだが、存在が周囲の犯罪を抑制しているのもまた事実。オールマイトの存在が大きすぎるが故差が激しいが、オールマイトを抜けば間違いなくNo.1だ。…性格は兎も角として。
ステインは納得していないが、理解はしているのでそれ以上何も言うことは無かった。
殺害予告に書かれていた殺害日当日。予告を出された政治家尾島は地方への出張だった。受け入れ先の地方自治体は最初渋っていたが、エンデヴァーが護衛としてついていると知り安心して受け入れた。
エンフォーサからの殺害予告、更にエンデヴァーの護衛、嗅ぎ付けたマスコミに政治家もエンデヴァーも鬱陶しさを隠すことなく「仕事の邪魔だ」と明言した。
(……でっけ)
エンデヴァー、メディアでしか見たことなかったが実物を見ると大きい。サイドキック含め周囲に気を張り巡らし怪しい人物がいないか常に警戒している。その様子を正面から見ていた。もし個性がただの透明化とか相手の視界に映らないようなものだったら音でバレるし、幻術含め真の姿を見ることができる個性で見破られていただろう。存在希釈、真の姿以前にその存在を薄めているのだから関係ない。要するにいないことになっているのだから。やりすぎると自分が迷子になるのは困りものだけど、血薬操作事体扱いが難しいもの。存在希釈はその点自分がなんであるか分かっていればいいのだから楽だ。…という話をしたら先生からは「君に授けた私の目に狂いはなかった」と褒められ弔には「チート過ぎんだろ…」と呆れられた。
しかし、エンデヴァーがいるのにヴィランはどうやって殺すのだろうか。これだけの厳戒態勢…と周囲を見渡すとチリッと殺気を感じた。エンデヴァーも反応するが私の方が早かった。
突き飛ばす方が早い、しかし近くないとはいえ周囲には自治体の人間もいる、躱して他に被害が及ぶのはよろしくない。その判断は一瞬だった。
ザクリ
ヴィランは政治家の前、に立つ私の前に立っていた。咄嗟に突き飛ばした政治家は背後で尻餅をついている。瞬間移動、にしては動きは捉えられる。高速移動か。左腕に深々と刺さるナイフは政治家の心臓に向けられていた。
「なっ!!」
ナイフを握るヴィランの腕を右手でつかみ捻り上げる。透明化は解いていないがナイフは透明化していない。血の滴るナイフが宙に浮いて見えるだろう。そしてヴィランが突然地に伏したようにも。
姿を見せるつもりはない、がこうなってしまっては釘を刺す必要がある。ヴィランの右手を今度は左手で捻り上げながらその背を強く踏みにじる。上半身のみ透過をとき左腕に刺さったナイフをヴィランの顔面すれすれにつき下ろした。
「ヒィ!!」
ヴィランは完全に戦意喪失、力がへなへなと抜けていった。
「…騙るなら、お前に金握らせた奴こそ殺すべきだろう」
エンフォーサの殺害予告なんざマスコミからするとさぞ美味しいことだろう。強かにもカメラを向けるマスコミを、正確にはそのカメラに顔を向ける。
「エンフォーサを名乗るなら相応の覚悟をしておけ」
カメラの向こう、エンフォーサを騙る人間と信者に向け放つ。名乗られようが信者だと豪語しようが関係ない。しかし私欲の為に名を利用するなら話は別だ。
熱波を感じ直ぐにヴィランから離れる。エンデヴァーだ。
「貴様が殺害予告を出すとは思えなかったがやはり偽物だったか」
サイドキックが襲い掛かってくる。透明化を全身に回し全て躱した。滴る血で居場所がバレるのを防ぐ為、直ぐに左腕を治療する。コートの裾で拭えば傷口は跡形もない。
「透明になる個性か!」
「厄介だが、音は聞こえる筈だ、耳をすませれば」
ポケットからボイスレコーダーを取り出す。ヴィランと、尾島の殺害を依頼した政治家の会話だ。音もなくエンデヴァーの側により、その掌にそっと乗せた。
「それが真実だ」
「!!」
振り返りざまに攻撃しようとするエンデヴァーだが、当然姿は見えない。政治家を狙ったヴィランはサイドキックにより拘束されている。真実はエンデヴァーの掌。ここに用はない。地面に点在する自身の血がアスファルトに染み込むのを横目に、跳躍しながらその場を去った。
<殺害予告はデマ!“本物”が真実片手に現る!!>
その日の夜からの報道はそればかりだった。尾島がエンフォーサと手を組んでいたとか、エンデヴァーがエンフォーサ相手に手も足も出なかったとか、そういうコメントもちらほらあった。それよりもエンフォーサの名を利用し尾島の好感度を下げつつ、ヴィランと手を組み殺す依頼をした政治家の所業の方が大きく取り糺された。また、「エンフォーサを名乗るなら相応の覚悟をしておけ」の言葉をカメラがしっかり拾いそれを全国放送。
「度々エンフォーサを名乗るヴィランや、“ヴィラン殺し”に共感するヴィランが現れていましたが、今回のエンフォーサの行動で全て本人に筒抜けと言うことが分かりましたね」
「そうですね。何より、殺害予告がデマである証拠もきっちり携え今回の件が自身に無関係であったと証明して見せました。これまでエンフォーサに殺害された被害者は何かしら罪を犯していた者と言われていますが、実際にエンフォーサはその証拠をつかんだ上で殺人を繰り返していることが改めて証明されたのではないでしょうか」
「直前まで姿が見えなかったことや、実際カメラの前で消えたこと、さらに下半身が一切見えなかったことから身体を透明にする個性ではないかという見解が広まっています。隠密行動に優れ情報収集はずば抜けて高いのでしょう」
「いやそれはどうでしょう、単に透明化であれば、過去に人の出入りを探知する機械の付いた部屋にいながら、その機械に反応されることなく亡くなった方がいましたが、それについて説明が難しくなります」
「未だ謎が多い“ヴィラン殺し”エンフォーサ。果たしてヒーローはエンフォーサを捕らえることができるのでしょうか」
コメンテータやアナウンサーがあれこれ予想しているが個性に関しては外れている。透明化は個性の一部に過ぎない、私のはそれより上位互換だ。
思惑通り、この件以降エンフォーサを騙るヴィランはほぼ聞かなくなった。信者は相変わらずいるにはいるようだが、信者自身犯罪を犯しているわけではなく「犯罪者は死して罪を償うべきだ!!」という主張をしているだけ。私の思惑とずれたその主張に呆れたが、自身の行動動機を明言していない以上そういう発想が出るのも仕方がないか。
「まぁたお前の話だよ、冥」
趣味の悪い白い右手をテーブルに置きグイッと酒を煽る弔。私も私で仮面をテーブルに置き、黒霧とかいうワープゲートを個性に持った弔のお仲間さんが出してくれたオレンジジュースを煽った。
「なぁ、お前、そんなくだらないことしてないで戻って来いよ。先生もそれを望んでいる」
先生の望みはよく分からんが、今は弔の育成に力を入れている。私が去ってから益々入れ込んでいるようだ。
「お前がいればこんな、連合なんて作らなくてもオールマイトなんて瞬殺だ」
果たしてどうだろう。オールマイトの個性、ワン・フォー・オールの能力は計り知れない。毒すら相殺しそうな気がする。ああ、だから存在希釈で心臓握りつぶすとか物理的な方法で殺せば一瞬か。内臓握るのは気持ち悪くてやりたくない。
「つか、連合なんて作ってるんだ」
「先生が今とっておきのサンドバックを作ってるんだ。オールマイトはそいつに殺させて、オールマイト周辺にもし他のヒーローがいれば、足止めくらいにはなるだろう?」
「杜撰な計画だなぁ」
原作に出てきたヴィラン連合はこの段階で作り始めていたのか。あれだけの人数だもんな、そうパッと集められるものでもないか。
「…オールマイト殺しねぇ……興味ねぇわ」
「なんだよ、お前もヒーロー嫌いだろ」
「私が最も憎んだヒーローはとっくに殺した」
私を絶望に叩き落したあのヒーロー。名前も覚えていない。憎悪のあまり今の私からは想像できない惨たらしい殺し方をしたと思う。惨殺はあのヴィラン組織やヒーロー相手が最後で、後はスマートに毒流して発動させ終わりだ。殺害現場にいる必要はない、私を捕らえられない最大の要因はそこだろう。なんせそもそも現場に犯人がいないのだから。
「連合に入るつもりも手ぇ取りあってオールマイト殺しに協力もしない。が、兄妹のよしみで弔個人の手伝いは、気が向いたらしてやらんことはない」
「そういうツンデレいらないんだよ」
「あぁ?ツンデレだぁ?寝言は寝て言え」
原作はまだ始まらない。先生も弔も着々と準備を進めている。
「弔は弔のやりたいようにやりゃいい。私は私のやりたいことをやる」
「………泣きついても知らないからな」
今の今まで泣きついたことがあったか、答えは否。台詞をそのままそっくり返してやりたいところだけど、弔なりの強がりだ。若干微笑ましく思いながら弔の頭を乱雑に撫でた。