今更ヒーローになれやしない
ステインとの邂逅
自分より一回りは年上だろう男を見下ろす。裏路地、ヴィランと秘密の取引をしていたある事務所のサイドキックと、取引相手のヴィランの死体は私の背後で転がっている。
「お前はどういう了見で、こいつら殺そうとした?」
取引の近くで男は明らかに2人を狙っていた。それより先に私が殺したわけだが。血を吐いて倒れた2人に戸惑った男は背後から近づく私に気付いた。「お前も狙ってたのか」と声をかければ私が殺したと瞬時に理解したらしい。ナイフで襲い掛かり私の頬にそれを掠め、ぺろりと血を摂取した瞬間男は崩れ落ちた。私の血は相手が触れただけで効果を発揮することができる。あえて血を流し相手に触れさせようとしたが、男はナイフを舐め自ら摂取してくれた。血液接種によって発動する個性の持ち主か。頬から垂れ流れる血は触れるだけで身体が痺れ身動きが取れなくなる痺れ薬と化している。そして冒頭に至る。
「お前も…血の個性か…!何故立ってられる!」
「なるほど、血の摂取で立てない程の身体異常を来すことができるわけか。なら、私の個性がお前を上回っていただけのことだろう。んで?お前こいつら何で殺そうとした?」
答えによっては直ぐに殺すつもりだ。両手の人差し指には進撃の巨人でアニ・レオンハートがつけていた指輪と同じものがついている。親指をひっかけ即死の効果を相乗した血が指からぷつりと出る。指輪のフックを仕舞い男の首裏を掴んだ。
「殺そうとした時点でヴィランか。なぁ、お前は何で?」
狙いはサイドキックかヴィランか、将又両方か。
「…お前は、今のヒーロー社会をどう思う」
その一言から男は語り始めた。この状態から私の手を逃れることは不可能でありきっと死ぬであろうと覚悟しているようだった。静かに、それでいて瞳はヒーローの在り方を強く訴えていた。
「…要するに、人救けを“目的”ではなく“手段”としているヒーローは排除すべきだと」
「誰かが、血に染まらなければならない!ヒーローだけではない、己が欲望の為に個性を武力として振り回すヴィランも粛清しなければならないのだ!」
「……ふはっ、くっ…あっはっはっはっ!!!」
笑ってしまう。ああ、なんだこいつ。
「お前、私と似たようなやつだな」
首を掴んでいた手を離し再び親指から血を流す。そして首筋にもう一度付け立ち上がると指を鳴らした。男の痺れを直す薬と先ほど付けた即死の薬を無効にする薬。その効果をつけた血が発動される。
「…殺さないのか」
身動きが取れると分かるや否や男は素早く起き上がり間合いを開けた。にったりと口角を挙げる。完全に一致はしていないが同類を見つけた高揚感が隠しきれない。それが周囲に圧を掛けているのが自分でも感じ取れた。男は飲まれたのか目を見開き、個性を解除したのに微動だにしない。
「ああそうだ、全ては正しき社会の為に、誰かが血に染まらなければならない。己が欲望の為に関係のない人間を不幸に陥れるヴィランも、その地位を維持せんと平然と罪を犯す政治家も、より名声を得る為ヴィランと手を組むヒーローも、本来ならば白日の下にさらし法の元裁かれなければならない。だが実際はどうだ?日本に死刑制度はあるが実際に執行される死刑囚は大臣に左右される。加えて権力者はその権力で自らの罪をもみ消す、ヒーローは誰も疑いの目を向けない。何より死してこそ価値のある人間が何故のうのうと生きている?ヒーローが、警察が裁けないなら、法律で甘やかされるなら…私が血に染まってやる」
人の身体を好き勝手したあいつらも捕まればタルタロスに収監されるだけ。ヴィランと手を組み私を利用したヒーローも逮捕されて終わり。生命活動を維持するその金を他に回せば豊かになるだろう?そいつの所業による被害者が怯えることなく安心して暮らせるだろう?
「私はヒーローの在り方に興味はねぇ。だが、お前がヒーローの贋物を粛清し正しき社会を目指すように、死してこそ価値のある人間を粛清することで私は正しき社会を目指している」
ふっと静かに息を吐く。高揚感も落ち着き圧が消えた。男はへなへなと尻餅をついた。私は男に近づき手を差し出した。
「見ての通り私はガキで力勝負は弱い。だがお前に勝てるくらい分析力も頭脳もある。どうだろう、お前の分析力を高めてやる代わりに私の身体能力を鍛えてくれないか?」
手を組めとは言わない。利害関係の一致だ。目指す社会が一緒なら何ら問題ないだろう。男は震える手で、しかしながら瞳に強い光を放ちながらその手を掴んだ。
これが男…後の“ヒーロー殺し”ステインとの初対面であった。