つかここどこだよ!
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「正直興味あるよな、バーチャルバトルロワイヤル」
HRで注意喚起された件に早速触れるのは上鳴だ。相澤先生が聞いていたらまず怒られるだろう。
「怪我しても引き摺らねえんだろ?訓練し放題じゃん」
「馬鹿かアホ面。怪我する癖ついたら終わりだろうが」
ケッと上鳴を否定する爆豪。爆豪の言う通りだ。怪我しても引き摺らないらしいが、その癖がついたら現実でも同じように怪我をしてしまう。
「でも確かに気になるよな。どんな対戦相手なんだろう」
切島も反応する。仮想現実というくらいだし、対戦相手も個性だかなんだかに作られた存在だと思う。現実に存在しない相手だから、ヴィランも容赦なく相手できるんだろう。存在する相手だとヒーローが直ぐに駆け付けて捕らえられる。訓練するにはもってこいの環境であることに間違いはない。
「被害届は出てないらしいけど、何かあってからじゃ遅いもんね。そのヴィラン早く捕まるといいんだけど」
「そうだな」
緑谷の不安そうな声に同意する。今のところヴィランで流行ってる遊びらしいが、市民が巻き込まれたら大変だ。ヴィランで流行っているならきっと連合の耳にも届いているかもしれない。真相解明してヴィランが早く捕まればいい。
「バーチャルバトルロワイヤルについて分かったことがありますので、ご報告させていただきます」
警察がヒーローへ態々捜査報告をする必要はない。だが今回の案件がいつ連合に伝わるか、もしくはすでに連合の手中にあるかもしれない。念の為に関係者である雄英高校のヒーローへは報告をしていた。塚内と共に来たのは案件を担当する増川と言う刑事だ。
「このバーチャルバトルロワイヤルは主催者と呼ばれるヴィランの個性を利用して行われていることが分かりました。主催者は、1人最長1時間、3名なら20分間、主催者が想像した“もしも”の世界へ飛ばすことができる。舞台となる“もしも”の世界は、体験したヴィランの供述によると“誰もいない静岡”と言う世界だそうです。主催者は元々、ヴィランランキングとやらを作るために始めたそうです」
「ヴィランランキング?ヒーローランキングのヴィランバージョンってか」
「恐らくは。純粋な強さのみでランキングを作ろうとした。とはいえいきなりヴィラン同士を戦わせて負けた方に逆恨みされたらたまったものじゃない。そう考えた主催者は、最初の対戦相手を適当に選んだ」
「適当に…?」
嫌な予感がする。市民への被害は0、と聞いているが、まさか。
「だが、主催者にとって予想外だったことが2つ起きた。1つ目はその適当に選んだ相手が現実に戻ってこれなくなったこと。2つ目は、その適当に選んだ人間がまさか4年間勝ち続けたこと。最初は逃げていたそうですが、段々応戦するようになって今じゃ本当に勝ち続けている。主催者はランキング作りから変更し、誰が倒せるかで荒稼ぎしているそうです。勝てたら金銭と名誉を、負けたら支払った分の金は返さない。そういうルールで」
「…その、現実に戻ってこれなくなった、4年間勝ち続けている最初に選ばれた相手と言うのは」
「…ご想像通り、一般人の様です」
初めから被害が出ていた。それを誰も気づかず、4年間野放しにしていた。オールマイトがぐっとこぶしを握り締める。引退したオールマイトが救けに行くことはまずできない。
「ヴィランは予め対戦相手についてこう聞かされていた。相手は高校生くらいの女、個性は不明だが窮地に陥ると戦況が有利になるような不思議なことが起きる、相手の怪我は戦闘の度に治ることはないから前の戦闘の怪我が治っていなければそのまま戦うことができる」
「女子高生がずっと、個性の中で戦わされていたということか!」
「何て卑劣な…」
「その女子高生の情報はないのか?」
「近い年齢で似た容姿の人間を探したのですが、行方不明の人間の中にもヴィランとして追われている中にも当てはまるものはいませんでした。…ただ、つい先日確保したヴィランの供述によると、被害にあったと思われる女性からメモを奪った体験者がいるそうです」
「メモ?」
「内容は不明ですが、主催者は興味なく「欲しければやるとくれてやった」、と言っていたとのことです。幸いなことにメモを奪ったとされる体験者と思しきヴィランが東京で目撃されています。今夜確保する方向で東京にいるヒーローの協力を得ています」
「そのメモの内容によって、女子高生が白か黒か分かるな」
「えぇ。現実に戻ってこれなくなったのが個性によるものだとすれば、個性を解除すれば帰れるのではないかとみています。その際はイレイザーヘッドのご協力を得たく」
「勿論だ」
女子高生が被害に合っている。当時女子高生なら今は二十歳を超えているだろう。一般市民ならなお早く救けなければならない。女子高生が行方不明ともなれば全国的に報道されてもおかしくない。ヒーローや警察関係者だって、何より家族が探すはずだ。増川刑事の口ぶりからそれすらなかったことが伺える。
真相は分からない。捕えない事には。救けを求めてるかもしれないその子の為にも、早く救けなければ。
このよく分からない世界に来てからどれだけ経っただろう。初めて来た次の日から、オフィスに合ったノートとペンを拝借して正の字をつけ始めた。なんかもう付けるのが嫌になるくらい月日が経った。
食べるものも飲むものも店に行けばある。ここは私の知る日本より未来の世界なのか将又別の世界なのか、硬貨は同じなのに紙幣が違った。諭吉さんじゃなかった、誰だよこの人。初めはお金を置いて置いたけど意味が無いなと思いやめた。罪悪感はとうにどこかへ行った。
ライフラインは生きているみたいで電気は点くし水も出る。電気屋で充電器を借りてスマホやウォークマンは定期的に充電してる。幸か不幸か充電器と型がハマったから充電は何とかできた。最初に着ていた服はもう駄目になってしまって、でも捨てられなくてリュックに突っ込んである。服屋で服をもらって洗濯して普段は過ごしてるけど、ダメになったらすぐ捨てた。
時折現れる人や、人の形をしたよく分からない生物は私を見ると必ず襲い掛かってくる。カイリキーごとく腕が数本生えてる奴とか、スプラのイカみたく水に変化して襲い掛かってくるやつとか。逃げ切ることなんてできなくて、死にかけると必ず不思議なことが起きて九死に一生を得ていた。一番最初におきたみたいな突風が起きて相手が吹き飛ばされたり、相手がピクリとも動かなくなったり。そんでそいつらは1時間くらいすると必ずスッと消える。あれは人間じゃないのかもしれない。ザキでも食らったかのような消え方だった。現れるタイミングはまちまちだけど、一度現れると連続で現れることが多くなった。一度に数人、ってこともあったけど多くて3人くらい。後そういう場合は1時間もしないで消えた。
不思議なことというのが“自分が強く念じたことが起きてる”と気付いたのはそんなに遅くなかった。タイミングが良すぎるし、そうなって欲しいと思ったことが起きていたから。どんだけ逃げても奴らは追いかけてくるし、殴られたり蹴られたり首絞められたり切られたり本当に痛かった。
このままずっと過ごすわけには行かない。帰りたい。正の字が70個を超えたあたりで覚悟を決めた。時折現れる奴らを倒せば、何か変わるんじゃないか?今までずっと逃げてきた。そうじゃなくて、ちゃんと戦えば何か情報が掴めるかもしれない。奴らが何をしゃべってるか分からないし会話を試みても襲い掛かってくるから、もう会話は諦めてる。ゲームじゃ良くある話だ。出てきた奴ら全員倒すとアイテムが出るとか脱出口が開かれるとか。ここはゲームの世界じゃないけど、逃げてて何も変わらないなら、受けて立とうじゃないか。
スポーツ店で竹刀を見つけた。授業で剣道やったけど陸上部の友人に惨敗だった過去を思い出した。振り回すには何気に重い。馴染みあるのは中学時代に触れてたテニスのラケットとか、一番好きなスポーツであるバドミントンのラケットとか…。ガットが頼りない。やめておこう。王道はバットだよな…一番殺傷力あるし、下手すら本当に殺しちゃうかもしれない。まだラケットの方がマシな気がする。本当に怪我させたら、いくら自分を襲ってくる奴でも罪悪感で死にそうだ。大人しく竹刀にしておこう。子ども用の、サイズの小さめの竹刀にして振り回しやすさを重視した。
スポーツ店は衣料品もあるしサポーターとかテーピング、包帯もあるから拠点としては最高かもしれない。そう思って、今まで拠点にしていたオフィスビルからスポーツ店に拠点を移した。
「おうおう逃げるって聞いてたけど応戦する気満々じゃねえの」
『……………私の言葉分かりますか?』
「あ?何言いてぇのかわからんけど死ねぇ!」
ダメだ、やっぱり言葉が通じない。追いかかって来た男を躱し竹刀で応戦する。パシィンと当たるも何のダメージも与えていない。
「よえぇな!」
『っ!ア”ッ!』
横っ腹を殴られ吹っ飛んだ。痛みで涙目になりながらも男を睨みつける。力が弱いから、竹刀じゃダメなのか。
その戦闘も残りの時間はほぼ逃げまどい終わった。ぐずぐず泣きながら拠点に戻り怪我の手当てをする。
『…そうよな、私は言わばレベル1だもんな…武器持ったからって勝てるわけじゃないよな…』
ここはスポーツ店。トレーニング用品は豊富だ。レベルアップ方法、目の前にあるじゃん。
運動は嫌いだ。それでもやるしかなかった。正の字が150個くらいになるころには、前より運動できるようになった気がする。嫁入り前なのに身体中傷跡だらけだ。交際相手すらいないけど。
『いつもどーりのとーりひとーり こんな日々もはやこりごーり もうどこにも行けやしないのに 夢見ておやすみー』
更に正の字が250くらいになるころには、現れる奴らを応戦できるようになった。不思議な力も何とか使えるようになって、前より怪我も減ったと思う。その代わり前より現れる回数が増えるようになった。強くなったから?ふざけんなさっさと帰らせろよ。
『いつでも僕らはこんなふーに ぼんくらな夜にあきあーき また踊り踊り出す明日に 出会うためにさよーなら』
相変わらずネットは使えない。電気屋のネットも全滅だった。文字も変わらず読めないけど、読めるようにならない事には話にならない。本屋でそれっぽいものをもらい文字を読めるよう勉強中だ。イラストのしたにマス目があり、灰色で文字っぽいものが書かれてる。小学生のひらがなの勉強みたいなあれだ。コップに入った水のイラスト、下には2文字。これはコップ?水?どっちだ?同じ文字がないか調べ当てはまるもので考え、と非常に時間をかけ文字の習得を試みる。この世界も私のいた所と同じように、多分1種類じゃないんだ。ひらがな、かたかな、漢字みたいな、複数文字の種類がある。本屋にあった地図や地球儀は私の知ってるものと同じだから、私の知る世界とよく似た別の世界なんだと思う。
『歩き回ってやっとついた ここはどうだ楽園か? 今となっちゃもうわからなーい』
今日は少し離れたところを探索することにした。このあたりの地理もだいぶ把握できたと思う。少し離れたところ、行ってみよう。駅の場所も分かったし。
千と千尋のごとく線路の上を歩く。線路なら複雑じゃないから迷子にならないはずだ。今日は運よく誰も現れない。これからも遠出するなら、拠点の数を増やしたほうがいいのかもしれないな。
『四半せーきの結果出来た 蒼い顔のスーパスターがお腹すかしては待ってる』
なんか小高い丘っぽい上にビルの様な建物が見える。なんだろあれ。周りは森で囲まれてるけど、なんか施設的な?いや施設ってよりホテルとか大企業のビルの方が可能性としては濃厚そうだな。
『アイムアルーザー どうせだったーらとーぼえだってーいーだろー もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声』
改札を飛び越え駅から出る。あの建物場所が分かりやすい。駅の方向を見失わなければ戻れるだろう。
『アイムアルーザー ずっと前かーら聞こえてたー いつかーポケットに隠した声がー』
駅から歩いて20分ほどで着いた。結構近いな。門には文字のような記号の様なものが書かれている。やたらデカい建物だ。門をくぐり建物の入り口っぽいところに立つ。3つあんな、記号がそれぞれ振られてる。そんで扉デカい。とにかくビッグな建物だ。扉はやっぱり簡単に開いた。建物内を歩いてるとどうやらここが学校らしいことは分かった。机が20個並んで教壇があって黒板があれば分かる。机の大きさ見るに、高校かな。大学はこういう感じじゃないと勝手に思ってる。大学出てないから分からない。…そうか、専門学校って線もありえるか。とにかく学校なのは分かる。
職員室っぽい部屋に来た。書類を漁るとなんかテストっぽいものが出てきた。赤く丸とぺけが付けられ右上に記号が書かれてる。数字も読めないとかヤバいよな。私の常識と同じならこれはきっと点数。
『…おお、これベクトル計算じゃん』
図形があるから分かる。これベクトルだ。三角形に矢印が引かれてて、矢印の上に記号がある。ベクトル計算んん!懐かしいな。数学の授業は寝てた。文系の数学ってすっごいぬるいから、教科書解いてりゃ点数8割は余裕だった。一番苦手科目は英語。下から数えたほうが早いくらい低かったのを覚えてる。
時間を見て建物から出た。「UA」と書かれた門を見上げる。高校っぽい馬鹿みたいにデカい建物。私立かな?私立にしてはデカすぎじゃね?