つかここどこだよ!
3
正の字が300を超えた。なんだか疲れてきた。
「こんな強ぇって聞いてねえぞ!」
「だから連勝してんだろこいつ!うわっ!」
今日は2人同時に来た。木刀を振り回し男の首裏を強く殴った。初めてダメージを与えられた日の夜は吐いた。暫くそう言うことが続いたけど、今は吐かなくはなった。慣れたくなかったというのが正直なところだ。
応戦できるようになって、相手が動けなくなるようになると1時間経ってないのに消える。動けないってのは気を失ってるとかじゃなくて、ボロボロで動けない感じ。喚いてるし睨まれてるから間違いなく生きてる。相変わらず何を言っているのか分からない。
簡単な文字は読めるようになったと思う。合ってればだけど。動けなくなった2人に、持ってきてたメモを見せた。
「ここ ばしょ わからない かえりたい」
「あ?お前ここがどこだか知らねえのかよ」
「あいつ言ってたじゃねえか、その辺歩いてた一般人とっ捕まえって」
「あれから4年も経つのに未だ分からねえのか!ふは!こいつぁ傑作だ!」
答えをもらうには文字で書いてもらわないと分からない。もう1枚メモを見せ、男の前にメモ用紙とペンを置いた。
「おしゃべり わからない もじ すこし わかる」
「こいつ外人か?日本語通じねえのかよ」
「きったねえ字だし通じてねんじゃね?何も知らずずっとここにいるとか笑えんな!」
男2人はメモを見るとけらけら笑いながら2枚のメモを奪った。答えて欲しいのに答えてくれない。ペンを指さしジェスチャーで書いてほしいと示すと益々笑われた。ムカつく。結局答えがもらえないまま、2人は消えてしまった。
ジューダススタイルも慣れてきた。左が開いてしまうから防御できるものをと剣道の小手をつけてたけど、ひもが緩むと気が散ってだめだった。小さい木刀見つけて逆手持ちしたら意外に使いこなせた。普通に持つと利き手じゃないから押し負ける。逆手にして、いなしたり不意を突くためだけに使うようにした。
最近よく戦う。昨日は4回も戦った。リュックに入った名刺を撫でる。頑張って入ったのになぁ…今頃どうなってるかな、探されてるといいな。家族にも心配かけてるだろうな…弟はもう大学生か、そもそも大学受かったかな。受かってると言いな。
『あの日の少年には 空を征く鳥が何よりも自由に見えた
鳥すらいねえよバカタレが。学生時代良く捻挫してたせいで足に癖がつき捻挫しやすくなってしまった。ここに来てからも変わらず捻挫しては治しての繰り返しだ。捻挫経験があるおかげで治療法と言うか、手当ができるのは不幸中の幸いだ。左足をガッチガチに包帯やらテーピングで固定して、今日も現れた人間を相手にした。左腕をざっくり切られた。この服はもう駄目だな。足を引き摺り左腕を抑えながらとぼとぼ拠点を目指す。ドラッグストアや他の店から集めた包帯もそろそろ切れる。調達しないと。
『月日流れても…繰り返す愚行…血汐流しても…止められぬ不幸…』
あーあ…いつまでこんな日々が続くんだろう…。帰りたいだけなのに、現れる人間ちゃんと倒してるのに、というかメモみて笑ってたぞあいつら。あれが結構堪えて、あれからもうメモを見せるのを止めた。
『平等なんて幻想 死以外の約束など 交わせはしない』
自殺は考えた。左腕にはリストカットの後がある。飛び降りたりとか首釣ったりとかも考えた。でも自殺する度胸の無い私は、結局リスカして終わるのだ。深く切ることもできない、ただの死にぞこないだ。
『
まわりまわってここまで生に執着する自分に驚きだ。こんな未来も希望もない絶望的な状態で、よくまあがんばろうって思うもんだ。
『諦めるな 抗うのさ 無力な奴隷は嫌だろ? 剣を取る勇気があるなら 私と共に来るがいい』
音楽は偉大だな。こんな状態でも精神を保てる。知っている言葉が流れてくるこの安心感。良かった、ウォークマンあって。外にいるときはいつ奴らが襲い掛かってくるか分からないから私物は全て拠点に置きっぱなしだ。壊れたら嫌だし。戻ったら早速流しながら手当てしよう。
捕らえたヴィランが隙を見て暴れまわり警察の手を逃れた。エンデヴァーがパトロールでその場にいたのは偶然中の幸いだった。
「ありがとうございました。あの状態で暴れると思わなくて…お恥ずかしい限りです」
「構わん。それよりあれはどの案件で捕らえたヴィランだ?」
自分のパトロール範囲内で何か事件があったというより、元々罪を犯していたヴィランがこの地に隠れていた、と考えるのが妥当だった。突発的なものであればこの近辺をパトロールしているエンデヴァーやサイドキックが気付かないわけが無いのだ。
「BBR、ご存知ですか?」
BBR…バーチャルバトルロワイヤルと呼ばれるヴィラン達の間で最近流行っているというゲーム。ヒーローネットワークでその情報はすでに共有されていた。開始当初から勝利を納め続けているという対戦相手が、拉致された一般市民の可能性が高いという情報も含めて。
「仮想現実とやらで戦闘できるゲームだろう。あのヴィランも関わっているのか」
「はい。体験したそうですよ。そして被害者に繋がる重要な手がかりを持っていると。…それが、恐らくこれです」
確か増川と言う名だったな、とエンデヴァーは漸く刑事の名前を思い出した。塚内とは関わる機会が多かったが、増川は少し前まで別の部署にいたらしく、塚内と同じ部署に来たのはつい最近だった。しかし警察官としては実は塚内より長いのだが、エンデヴァーは当然それを知らないし知る必要もなかった。
増川は懐からビニール袋を2つ取り出した。事件の証拠品を入れるときによくつかうあの袋。その中にはメモ用紙が1枚ずつ入っていた。一度握りつぶされたのか、くしゃくしゃになっているメモ用紙には拙くひらがなが書かれていた。
ここ ばしょ わからない かえりたい
おしゃべり わからない もじ すこし わかる
「…まさか日本語が通じないのか」
場所が分からない、というのは突然拉致された可能性が高い。ひらがなを覚えたばかりの子どもが絵日記に頑張って書いたような、汚いというより拙いひらがながそこに書かれている。言葉が通じない相手がまさか拉致されているとは。
「そもそも日本人ではない可能性は否めません。大使館とも連携を取り消息不明の観光客、もしくは留学生がいないか今確認中です」
「その市民の容姿は分かっていないのか」
「確認している限り、共通しているのは黒髪に黒い目、身長は恐らく150~160近辺の女性ということです」
ヒーローネットワークでは女子高生と共有されていた。
「怪我をしていた、包帯を巻いていた、という証言も上がっています。どの程度かは不明ですが、早く救けなければならないことにかわりはない」
メモ用紙を見つめぐっと眉を寄せる増川。見ず知らずの場所に連れていかれ、帰る方法も分からず言葉も通じない。おまけに現れるヴィランは自分を襲い掛かってくる。一般市民が、ヒーローを目指しているかどうかは分からないがそれでも子どもにとってはあまりに辛い。
「俺にできることならいつでも協力しよう」
「ありがとうございます。もしBBRに関わる情報を入手したら直ぐにご連絡を。肝心の主催者の情報が圧倒的に少なすぎる」
こちらに、と渡された名刺には階級と名前。階級は思ったより上、塚内より上だ。捜査現場に来る階級にしては高い。だが現場を知らず上に立つ連中と違うなら好感を持てる。
パトロールに情報収集を加えるか、エンデヴァーは早速この後サイドキックを集めることにした。
エンデヴァーがヴィランを捕えていた同時刻。東京某所でもう1つ偶然が起きていた。BBRの主催者がヴィランに声をかけているところを、偶然パトロール中のヒーローが目撃したのだ。ある事務所のサイドキックとして活動している若いそのヒーローは、同年代のヒーローがトップ10に輝いている現状に焦りを感じていた。その焦りが最悪の事態を招いた。
BBRは咄嗟にそのヒーローを仮想世界へ飛ばした。ヒーローはBBRのことは事務所のヒーローから聞いていた。ただそれしか知らなかった。ヒーローネットワークで新たに共有された「対戦相手は拉致された一般市民の可能性が高い」と言う情報を知らなかったのだ。その結果、仮想世界で対戦相手を見つけたヒーローはヴィランと勘違いしてしまった。もしかしたら向こうが勘違いして襲い掛かって来た可能性も当然、いやその方が高い。とはいえ市民とヴィランの違いが分からないでどうする。ヒーロー何年目だ全く。相澤は隠すことなく舌打ちした。
「それで、そのヒーローは結局拉致された市民を連れ戻せたんですか?」
先日捕らえたヴィランの聴取とそこで得た情報の裏付けの為、増川の代わりに塚内が雄英に来ていた。その表情からいい結果ではなかったと悟る。
「連れ戻すどころかやられたそうです。気付いたら現実に戻っていたと」
「おいおいヒーローが聞いてあきれるぜ…」
「でもこれでBBRと被害者の容姿も明確になったのよね?」
「BBRは黒いハット帽子を深くかぶり黒いコートで身を包んだ190cm中肉中背の男性。被害者は黒い短髪に黒い目をした身長150前後の女性、両腕と頭に包帯を巻いていたそうで、恐らく怪我をしています」
「怪我人相手に襲い掛かるのもそうだが、怪我人の市民に負けるってのは…呆れてもの言えない」
「連勝しているらしいからね。それだけ強いってことだよ。いや、強くならざるを得なかったのかもしれないね」
やられなければやられる。これは被害者を救けだした後のケアも重要だ。最悪ヴィランに本当に陥ってしまう可能性もある。
「相手の姿が分かったんです。もう奴の好きにはさせません。それと同じことが無いよう、生徒への連絡もお願いします。良くも悪くも好戦的な生徒が多いですからね」
心当たりがあり過ぎて相澤は頭を抱えため息を吐いた。やられたらやり返す、襲い掛かってきたらヴィランと判断し応戦する、普通に考えたらまあ当然の判断ではあったが今回は悪手だ。B組と違いどうもうちのクラスは直ぐに手が出る。少ししたら市街模擬演習も行われる。その時に遭遇する可能性だって0じゃない。
ぴちょん ぴちょん
蛇口から水が滴り落ちるような音が聞こえた。うっすらと目をあけると、窓の向こうにうっすらとした青空が見えた。いつの間にか朝が来ていた。
ぴちょん ぴちょん
音はまだする。まさか誰か入って来たのか。眠気も吹き飛び身体を起こそうとして痛みが走った。そうだ、昨日来たやつに結構な怪我を負わされたんだった。
店内にあったベンチをスタッフルームに運んでそれをベッドとして過ごしている。寝心地は良くないが慣れてしまった。壁に手をつけながらゆっくり起き上がる。床を見て水音の正体が分かった。
『…あぁ、血か…』
この世界に来てから独り言が増えた。誰もいないことをいいことに堂々と歌うようになった。そうでもしなければ言語を、しゃべることを忘れてしまいそうだった。
ついっと右腕を見る。包帯が完全に緩み、ぱっかり開いた傷口から出た血を包帯が吸いきれず、中指まで伝いそこから滴っていたようだ。視覚に捉えると痛みを自覚する。
『ほーたい、あー、これでラストか…』
元々私物で持っていた鎮痛剤は随分前に使ってしまった。文字が読めないから何の薬か分からない。だから薬屋の薬に手を出せない。湿布とか包帯で対応するしかなかった。すでに解けている包帯を完全にとりゴミ袋に突っ込む。真新しいタオルで傷跡に触れないよう血を丁寧に拭い、大量にガーゼを当て包帯をきつく巻いた。血の水たまりはA5ノートで収まるくらい小さく、タオルでしっかり拭えば匂い以外の跡は無くなった。そういえばタオルもこれでラストだ。スポーツ店だからタオルは事足りない。
ゴミはそのまま放置するには不衛生なので、ある程度貯まると外で燃やすようにしていた。虫どころか菌すらいないような気がする世界だけど、匂いはどうしたって気になる。
『生まれたときからボクらの未来はすべて 喰らい尽くされ何も残っていなかった』
包帯を巻きなおし服を着る。黒い半そでの前開きシャツ、紺のジャージのズボン赤いスニーカー。怪我してるときとか、怪我した時にぴっちりした服は脱ぎ辛いことが分かった。だから脱ぎきしやすい服をチョイスしている。腰の上にベルトを指3本入るくらいに緩く巻き、両サイドに木刀をそれぞれ刺した。包帯巻いてるから今日はいいか。怪我していないときはヘアバンドをしている。汗が目に入るのを防ぐ為。
『ぶらさげられた刹那の夢に縋れば たどる道は破滅と後悔』
拠点であるスポーツ店から出てゆったり歩きだす。包帯やガーゼはやはり病院が多い。この前見かけた病院へ向かおう。
『息が詰まりそうなほどの閉塞感に 思考停止して倒れこみたくなる』
相変わらず看板の文字は読めない。簡単な文字は多分結構読めるようになった、と思う。かけるかって言われると、未だに調べながらじゃないと書けない。漢字読めるけど書けないみたいな、そんな感覚。そもそも書いたところで見せる相手がいない。いないというのにポケットにいつもメモ帳とペンを入れてるのは薄い望みにまだ縋っている証、か…。
『二度と晴れることの無い空と 二度と訪れない繁栄と……過去を知らないだけマシだとでもいうのか』
いつも晴れてるわけじゃない。雨の時とか、曇りとか、たまぁに雪が降る。何となく1年を感じさせるような天気の流れだ。天気が悪い日は7割の可能性で奴らは現れない。梅雨時はほぼ来なかった。なんでだろうか。
『夢も希望も取り上げられたボクらの 声は響かずポトリ地に落ちた』
まだ帰れない。もう諦めてしまおうか。諦める、何を?帰ることを?……生きることを?
『こんな時代に生まれた意味は何だろう 行き場のない問いが蟠る』
ボスキャラとか現れてそいつぶっ飛ばせば終わるかな。終わる、何が、この生活が。
そんなことを考えていたからだろうか。病院から拠点に戻り、今度は食料の為に街を歩いていると奴が現れた。
「ヴィランだな!!あのヴィランの個性を使って、今連勝しているとかいうあの!」
そいつはいつも現れるような奴と少し違った。何か服装が…痛い…。いつも現れるような奴の中にも偶にファッションセンスを疑うような奴はいた。ファッションに疎い私に言われるのは相当だと我ながら思ってる。とはいえそいつは今まで見た中で群を抜いて、変な服だった。
『…コスプレかよ』
私を睨み襲い掛かって来た。今日は珍しいタイプ…。いや、ボスっつーのは今までと一風変わっているって相場が決まってんだ。こいつがもしやボスキャラ的存在なのかもしれない。そうか、こいつ倒せば何か分かるかも。
いつもと違う相手のせいで喜びのあまり興奮した。襲い掛かって来たそいつはやっぱり変な技を使ってきたけど、それをいなして木刀を構えた。いつもの奴らよりやはり苦戦する。これは期待できるかも、しれない。
呻き声をあげ地に伏すそいつの側にしゃがんだ。忌々しく睨み上げられる。流石にそういう目は慣れた。慣れてしまったなぁ。
「くっそ…くっそ…!こんな、怪我してる奴にも負けるのかよ…俺は、ヒーローなのに…!」
いつもの奴と違う。悔しそうに涙目で睨んできている。泣かれると居たたまれない、というか今まで泣く奴いなかったから気が動転した。
『え、もしかしてどっか怪我…』
相手を無傷で倒せるほど技量はないから少なからず打撲とか裂傷は出来てしまってると思う。それでも致命傷とか後遺症が残るような怪我を負わせないようなんとか配慮で来てるはずだ。だから私は怪我が多いんだけどさ。相手が殺す気でかかってんのにこっちはそうじゃないんだから。
やばい、やり過ぎた?おろおろとしている間にそいつはやっぱりザキのごとく消えた。結局いつもと違う奴と戦っただけで、それ以上のことは何も起こらなかった。