つかここどこだよ!

「バーチャルバトルロワイヤル?」
「数年前から存在してたらしいんだけどね、今裏社会で流行ってるんだって」
 警察が調べを進めているらしい、裏社会で流行っているというお遊び。個性の力か、科学技術の力か、仮想現実に連れて行きその世界で個性を使って戦うことができるらしい。ヒーローを目指す人間は学校もあるし環境も整えられているから鍛えられる。裏社会に生きるヴィランじゃ表立って個性を使用したり鍛えたりなんて当然できない。使用目的が犯罪だからだ。校長は続ける。
「しかもそこで負った怪我は現実に響かないんだって」
「ヴィランが自分を強くするために使ってるゲームってか?」
 やれやれとプレゼント・マイクがため息を吐いた。ただのゲームじゃなく仮想現実で個性を使用できる。どういうものか分からないが、もしその仮想現実と現実が大して差が無いものであれば、戦闘経験がそのまま現実で発揮されてしまう。オールマイトが引退して1年。ヒーローたちが己を磨くと同じく、ヴィラン達も己を磨いているというのか。
「連合との繋がりはあるんですか?」
 自クラスが狙われた自分にとって最も気にするのはそこだ。特に緑谷は何かと連合と接触している。
「今のところ確認はされてないんだって。やったことあるヴィランが数名確保されてるんだけど、どうやらそこで戦う相手は同じく参加したヴィランじゃないらしい」
「対戦相手は不明なんですか?」
 ミッドナイトの問いに校長は分からないと首を振る。
「仮想現実に連れて行く、と言うのが肉体諸共なのか精神だけなのか分からないけど、生徒を連れていかれるわけには行かない。生徒たちにも十分注意するよう喚起をよろしくね」
 許可が無ければ基本敷地外に出ることはできないが、閉じ込めるつもりは当然ない。休日に出かける生徒は当然多い。ヒーロー科なら寧ろ首を突っ込みそうな案件だ。一般市民の被害報告は出ていないとはいえ、もし接触しても一存で動かないよう注意することにした。


 イヤホンで曲を聞きながら帰路につく午後3時。おやつでもかって帰ろうかな。ちょっと贅沢してミスドのドーナツとスタバのダークモカチップフラペチーノ。いやミスドのドーナツは止めてスタバでおやつ買えばいいか。
 信号待ちでスマホを出す。Twitterで業界人のツイートを流し見ながら青になるのを待っていた。
 急に風が吹いた。帽子が飛ばされないよう抑えていると目にゴミが入り思わず目を閉じる。
「お前でいいや」
 風が止んだのを見計らい帽子から手を放して目を軽くこすりながらスマホをリュックの横ポケットに突っ込んだ。目をパシパシさせると涙が出てくる。袖で乱雑に目元を拭うと目の違和感が無くなった。
 …あれ、ここは街を流れる川の上に掛かる大きな橋の近くにある信号機のはずだ。上は高速道路が通っていて、真上に青空が見えるなんてことないのに。というか信号渡った先に建物なんてなかったはずなのに。
(なんだ?あれ、ここどこ?)
 きょろきょろ見回す。明らかに私のいた場所じゃない。ここどこだよ。人っ子一人いない。車も通っていない。音楽の再生を止めイヤホンを外しポケットに突っ込む。音が何にも聞こえない。信号機は青でも赤でもなく黒いまま。青空が広がる街中…。いやマジでどこだよここ。誰もいねぇ。
 スマホを再び取り出しマップを開いた。現在地…ダメだ分かんねぇ。この前の飲み会の後、何かGPS機能しなくて現在地取得できなかったんだよな。一時的な不具合だと思って放置してたけど本当にバグったか?このスマホにしてまだ1年くらいしか経ってないし、スマホ自体に故障の気配は見受けられなかったからアプリの問題だと思ったんだけどなぁ…。GPSがついてるのを確認して気付いた。そもそもネットワークが繋がってない。LTEが死んでる。電池の残量は98%なのに…ネットが死んでるとか…。あるフリーホラーゲームに出てくるキャラの言葉を叫びたい。今時富士山の頂上でも通じんぞ、どんな辺境の地だよ。つかどう見ても街中。
 近くに見えた標識を見上げる。私がいた場所のままだったら矢印の上が確か北九州を指しているはずだ。
「静岡駅」
(え、よめねぇなんだあの記号みてえな文字)
 もしかしてこれは夢か?そうか夢なんだな。腕を思い切りつねると痛みがある。眠くて仕方ない時はどんだけつねっても痛くないのに、今は眠くないせいですっげー痛かった。一昨年講演会の途中で眠くてずっとつねってたら左腕が悲惨なことになったのを思い出す。自分でやっといてなんだけど強くつねった後や爪痕がくっきり大量に残ってて気持ち悪かった。もうやらない。
 人気も音もない。他に誰かいないか、手がかりは、周囲を散策した。
 コンビニを見つけた。自動ドアは反応せず、ても手で開けられた。不法侵入とかで訴えられないかな…。ちょっと不安になって辺りを見渡したやっぱり人はいない。少し力を入れて自動ドアを開ける。
『すみませーん…』
 しーん
『……失礼しまーす…』
 返事はなくそのままコンビニ入った。コンビニには雑誌が勿論あるわけで、更に言うなら観光雑誌もある。置かれている観光雑誌を見ればどの辺りか目星が付く。更に言うならコンビニ弁当にどこ県産を使用した、と書かれていればその場所がその県か、もしくは隣県の可能性が高い。2度引越しして得た知識だ。
 まずはコンビニ弁当。並ぶ弁当は見覚えのある弁当が多い。
「静岡県産しらす弁当」
『いや読めねぇよ』
 しらすの乗った弁当、ラベルに書かれてる文字が読めず口に出して突っ込んだ。嫌な予感がする。他の弁当も、コンビニ陳列する商品、雑誌を見た。文字が全部読めない、1文字も。文字は読めないけど書かれてる絵や図から何なのかは分かる。観光雑誌をめくっていると、その雑誌が愛知県の観光雑誌らしいことは分かった。愛知県はカンガルーみたいな地形しているから、地形を見ただけで県が分かる。あと家族が1人愛知にいるから下手すりゃ実家帰るより行く頻度が高い。その他の雑誌はどうやら静岡、山梨県、東京、長野、神奈川…。可能性として1番高いのは、長野南部か静岡県。しかしこちとら長野出身。生まれは北部だから南部と気候は大分違うけど、長野の特徴である山が見えない。街中でも空が見えるならどっかしら山が見える筈だ、多分…いや同じ長野なんだ、信じてるぞ南信地方。
 とにかくここが静岡だと仮定して…いやおかしいだろ。私さっきまで福岡いたんだぞ。あほか、瞬きしたら静岡とか、あほか。著しいボキャ貧。混乱を極めてる。
(…おーけーおちつこうおれ)
 どういうわけだか分からないけど文字が読めない。スマホの文字は読める。コンビニを出てカバンを漁った。財布、名刺、ハンカチ、ティッシュ、クランキー、カロリーメイト、家の鍵、印鑑とシャチハタ、生理用品が入ったポーチ、手鏡や絆創膏や薬が入ったポーチ、折り畳み傘。さっきまでは郵便物も持ってたけど郵便局で出したから、カバンの中はこれだけだ。リュックの横ポケットにスマホで、私が来ているカーディガンの左ポケットにはウォークマン。持っているものに書かれている文字は読める。ウォークマンから流れてくる曲は知っている曲だし、スマホに入っている曲も知っている曲だ。私物は問題なし、世界がおかしくなった。
『…困った時の駅…駅目指そう』
 曲聞きながら歩きたい。でももし音がすれば誰かいるって分かる。ウォークマンの電源を切ってリュックの、スマホの入っていない方の横ポケットに突っ込んだ。スマホは相変わらずネットが切れてる。TwitterもLINEもFacebookもどれも繋がらない。ダメ元で電話をかけてみたけどやっぱり繋がらない。
 駅ならマップがあるかもしれない。コンビニに売ってるような広範囲の観光マップじゃなくて、本当に地域を絞った、この周辺のマップ。私の予想はここは静岡県。静岡に来たことは記憶の限りじゃ片手に数えても指が余るくらいだから何も知らない。文字読めない時点でそもそも日本じゃない説あるけど、コンビニの観光雑誌から見るに一応日本の筈だ。
 闇雲に歩いても辿り着かないだろう。駅…線路…高い場所から見渡せば線路の1つくらい見えないかな。いかんな地下鉄の線も忘れてた。あとバス。結構大きい街だから、そう簡単に駅は見つからないかも。
 動かないと気が休まらないので、己の勘を信じて歩き出した。せめて日が沈む前に休めるところを確保しないと。持ってるお金は下したばかりだから3万はある。普段の買い物やちょっと高いものを買うときはクレカで買うからここ最近は現金持ち歩かなかったけど、念の為と最低1万は持ち歩くようにしている。降ろすときに3万下ろしといて正解だった。
 若干早歩きになりながら歩く。誰かいねえかな、誰かいろよ、何でいねえんだよ馬鹿じゃねえのと段々イラつきながら歩いていると物音を拾った。立ち止まり耳をすませる。足音だ、足音と声が聞こえる。それも近づいてきた。私も音を探りながらその方向へ向かう。
 車が1台通れるくらいの道、そこに人がいた。いかついおじさんで、正直第一印象はヤバそうなやつ。私に気付くとニタニタ笑いながら近づいてきた。人いて欲しいって思ったけどこういうの求めてねえよ!とはいえ困ってるのは事実、この人に聞くしかない。
『すみません、道に迷っていて、駅行きたいのですが分かりますか?』
「あぁ?何言ってんだこいつ?」
 え、何言ってんだこの人。言葉分かんねぇ。もしかして英語?英語っぽくは聞こえねえけど…外国の人か?どこの国の人か分からんけど、英語なら伝わるかな。
『あー、I …迷子、って何て言ったっけ、迷子、lost way?』
「言葉通じねぇのか?まあ関係ないけどな!」
 男は何か言うと、腕が伸びた。
 もう1度言う、腕が伸びた。
 その伸びた腕の先、握り拳が私の腹に命中した。
 何が起きたか分からなかった。頬にアスファルトを感じる。腹の痛み、ああ、殴られて倒れたんだ。何で殴られ、え、襲われた?腕伸びてなかった?ルフィかよ、ルフィもっとイケメンだわぼけ、え、なにこれどうなってるの。
「あんだぁ?こいつが相手なんだよなぁ、随分よえぇじゃねえか。こりゃ俺が暫定1位確定だな!」
 いたい、お腹が、ただでさえお腹弱いのに、じゃなくて、いたい、すごくいたい。痛いけどあの時程じゃない。病気で腫瘍ができた時の痛み程じゃない。あんときは本当にヤバかった。それにまだ動ける。
 ボロボロ流れ落ちる涙をそのままに殴って来た男を見上げる。男は何故か残念そうな顔をしたかと思うと、すぐに嬉しそうにニヤニヤし始め、伸びた腕をゆっくり私に近づけた。
(逃げなきゃ、ヤバい、にげ、にげないと)
 身体が動かない、なんて、恐怖で動けないってあるんだ。痛みか恐怖か呼吸が浅くなる、ぜぇはぁ呼吸音が耳に響く、耳の裏が、殴られた腹が、ドクドク脈を打って。男の腕は伸びてきていて、このままじゃマズイのだけは分かってて。
(やだ、くんな、くんな!くんなよ!!)
「うぉ!?なんだ!?こいつの個性か!」
 突風が吹いた。突風は男を襲うかのように吹き、男が突然吹っ飛んだ。何が起きた?わからないけど、今がチャンスなのは分かる、逃げねぇと!
 痛む腹を、恐怖を、抑えながらなんとか立ち上がる。腹に手を当てながらとにかく走り大きな道に出た。直線に逃げちゃダメだ、でも私はこの辺りの地理が分からない。でも逃げないと。
「くっそ待て!何だよ逃げるなんて聞いてねぇぞ!」
 とにかく走った。男の視界から少しでも外れられるよう、すぐに細い道に曲がりその後も何度も何度も道を曲がった。追いかけてくる足音は止まない、何か言ってるのも分かる。元々体力無かったから少しでも体力つけようと散歩を日課にしてたのに効果なんてなくて。このままじゃ、追いつかれる。
(どっか、に、隠れ)
 ビルの裏口が目に入る。開くことを祈りドアノブを回せば簡単に開いた。身を滑り込ませ直ぐにドアを閉める。鍵をかけられる、ラッキーだ、音を立てないよう慎重に鍵をかけた。
「どこ行きやがったあのガキ!」
 そう遠くない場所で怒鳴り声が聞こえた。息を殺して、すぐそばにあった階段を上った。足音を立てないよう慎重に。良く歩き回るから歩きやすい靴が好きで普段履きはスニーカーだ。荒い呼吸を繰り返しながら階段を只管上った。
 最上階に着いた。ひとつ下の階までは廊下があったのにここは扉1つ。屋上に続く扉だと察する。扉の前でいよいよ身体を横たわらせた。腹の痛みは消えていない。ずくずくと痛みを主張してる。体中から汗が噴き出てて、涙が止まらなくて、ぐずりと鼻を鳴らした。
(なんだよ…なんなんだよ…)
 誰もいない世界、文字が読めない世界、ネットが途絶えた世界、ようやく見つけた男に突然殴られ、追いかけられ、しかも何を言っているか分からない。震える手でリュックからハンカチをだし目に強く当てた。
(ここどこなんだよ…なんだよ、ほんと…どうすりゃいいんだよ、帰りたい、家帰って、風呂入って、ゲームして寝たい…)
 呼吸がようやく落ち着きたものの汗で身体が冷えてきた。服をめくってお腹を見ると見事に痣になっている。お腹をしまい擦りながら腕時計を見る。時刻は19時…。さっきの男はまだ外にいるだろうか。殴られたからお腹は空いてない。今食ったら寧ろ吐きそうだ。
 最上階の扉をゆっくり開ける。やはり屋上で、空は暗く夜の訪れを告げている。そっとでて他の建物を見渡したが、明かりがついている様子はない。誰も、いないのか…。まあさっきみたいな男がいるくらいなら1人の方がマシだ。
 明かりがついてないなら明かりは付けない方がいい。さっきの男に居場所がバレてしまう。今日はこのビルで一晩過ごそう。もう分かった、誰もいないんだ。不法侵入だの何だの気にしないことにした。
 階段を下りひとつ下の階に着く。数えたのがあっていればここは10階のはず。私頑張ったな…屋上分含めたら11階分上ったのか…。人間死ぬかもしれない時は頑張れるんだな。
 何か使える物…ここはどうやらオフィスビルか…。普通は鍵がかかってるだろうにどの扉もすんなり開けられた。中に入って色々漁るもやっぱり文字は読めない。
『…疲れた…』
 ダメだ、今日はもう疲れた。目が覚めたら戻ってたらいい。そういうのってフラグなんだろうな…じゃあきっと戻ってないって思えば戻るかな、それもそれでフラグか…。あぁ、疲れた…。
 10畳くらいの応接室っぽい部屋。ローテーブルにリュックを置いてソファに横たわる。スマホは相変わらずネットも電話も繋がらない。充電は95%。充電できるか分からないから必要最低限使わない様にしよう。セットしてあったアラームを切った。
 疲労で疲れた身体は正直で、目を閉じれば呆気なく眠りについた。

名前
東堂桜
年齢
23歳→27歳
概要
気付いたらmha世界に。そしてヴィランの個性に掛かり誰もいない静岡に飛ばされる。mhaという漫画が存在しない世界からきた。異世界人のせいか相手の個性の影響をバグって受けてしまう。今回でいうと一定時間で退出できるはずのヴィランの個性から出られなくなってしまった。
成人すぎているのに飲み会で「未成年者への飲酒は…」と店員に言われるほど童顔。化粧したら大人っぽくなる。この日は休みだからと横着して化粧をしていなかった。
個性?:念力(ただしバグ)
どういうわけだかトリップと同時に個性が身についた。が、異世界人のせいかバグっている。本来なら物を動かす程度の念動力なのに、「強い意志で念じれば実現できる」とより強力な力になっている。
できること・できないことの範囲が未知数。