重たい身体に鞭打って
9
長いようで圧倒的に短い職場体験。結局矯正に失敗したベストジーニストは隠すことなく盛大なため息を吐き落ち込んでいた。
新幹線で爆豪と隣同士で座る。窓の席を取った爆豪は窓の外を眺めている。私はスマホでヒーローニュース、今話題のステインや街中に突如現れた3体のヴィランについて読んでいた。
野外ではなく屋内にいると風読みの範囲がどうしても狭まってしまう。風が通らないからだ。だとしても風読みは継続して使用している。
目が疲れて、静岡に着くまで寝てしまおうとスマホをポケットに入れた。窓の外に見える「新横浜」の文字に40分くらいかなと、寝る態勢に入ろうとした時だ。
(……!!??!?!?)
ざわり
風読みが、引っかかった。あの、クソ野郎に気付けるよう、使用していた魔法。
(ちかくに、ちかくにいる)
読んだ方向、距離、間違いない、ホームだった。心臓がドクドク音を立てる。手先から血の気が引く。乗車してきた客が入ってきて、車両の扉が開閉する。そこでは引っかからなかった、ホームにもういない。でも何度目かの開閉で再び引っかかった。
(同じ、新幹線にい、る)
どうしよう、まずい、今隣には爆豪が、しかも私は今、制服で。
(ダメだ、この状況じゃ、ダメだ)
どうするべきだ、落ち着け、バレないことが。
車両前方の扉が開いた。家族連れが入ってくる。そして風も。
ざわり
(距離が、さっきより、ちかい)
落ち着け、落ち着け
呼吸音がおかしくなりそうだ、口元に手を当てて必死に息を整えようとする。
(爆豪、は)
窓の外を見ていた爆豪は目を閉じていた。正直、この状態はしんどい、怖い、逃げたい、見つかったら──。
震える手で爆轟の腕に触れた。爆豪は目を開けてこちらを見た。
「おい、どうし…」
ドクドクと心臓が煩い。新幹線は既に発車している、間違いなく、同じ新幹線、しかも前方方向の車両に、クソ野郎が。
「ば、く…」
「…酔ったわけじゃなさそうだな」
頭がぐらぐらする、動けない
ふわりと頭に何かが被った、そしてグイッと些か乱暴に引き寄せられる。額に爆豪の体温が伝わる。
「ゆっくり呼吸しろ、落ち着け」
「はっ、…ふ、ぅ…」
言われてようやく自分の呼吸音が聞こえた。ゆっくり、深呼吸を。
「…ご、め…」
呼吸は落ち着いた。それでも手先の冷えも震えも、全く収まらない。
気配を感じただけでこんなにも怯えるとは思わなかった。離れたことで、解放されたと錯覚していた。
「しっかりしろずっと耐えてきただろ、今更怯えんな大丈夫落ち着け怖くない、流されんな感情を捨てろ、死にてぇ程の地獄はもう味わっただろこれ以上恐れるもんなんてねぇ」
小さな声で自分に言い聞かせる。上から舌打ちが聞こえ、抱き寄せる腕に力が入った。
自己暗示のおかげか爆豪のおかげか、静岡に着くころには震えは止まっていた。
自分で持てると言ったのに「うるせぇ」と一睨みされ、爆豪に荷物を奪われたまま改札を出る。風読みでクソ野郎が私たちと同じように静岡に降りたのは分かった。ただ、私らと違い奴はどうやら乗り換えて別の電車に乗っていった。本当なら私らも乗り換えないといけなかったが、爆豪は私を引っ張りながら改札を抜けた。
比較的人の少ない方向へ行きベンチに腰掛ける。爆豪は未だ私の腕を掴んだままだ。
「もう大丈夫なんか」
「おう。爆豪…マジありがとう」
「…吐け」
「あ?」
「あんな状態見せられて終わりにできるわけねぇだろ、てめぇ、誰かに脅されてんじゃねぇのか」
まぁ、そうだよな。特に爆豪は素の私を知ってしまったから、あまりの怯えように余計に気になるだろう。
「……その前に、相澤先生呼ばせてくれ」
ポケットからスマホを出し、相澤先生に電話を掛ける。3コール目で出た。
『どうした』
「お疲れ様です。あーっと…」
そういえば風読みについて先生に言って無かった。そこから説明しないといけないか。言い淀んでいると爆豪にスマホを奪われた。
「爆豪っす。…新幹線中で雑魚女がいきなりガタガタビビりだして過呼吸になりかけたんすよ。…静岡駅っす…こいつは大丈夫つってっけど、信用ならねぇ」
「ひでぇな」
相手が相澤先生だと爆豪も大人しいし敬語っぽいの使うんだな。キレなきゃ普通なんだけどなこいつ。
「……ああ…」
電話が終わったようでスマホをタップすると私に投げて寄越した。
「迎えに行くから動くなだとよ」
「うあー、申し訳ねぇ…」
私がビビった理由やら原因について聞きたそうにする爆豪に「ここじゃ言えねぇよ」と伝える。相澤先生が迎えに来るまで2人無言で座っていた。爆豪の腕が離れたのは先生が来てからだった。
「教師が生徒を車に乗せて大丈夫なんすか」
「軽口叩けるくらいには回復しているようだな」
運転する相澤先生、助手席にはプレゼント・マイク、後部座席には私と、ついでに送ると爆豪もいた。
「せんせー、爆豪に話しといてください」
「いいのか女子リスナー、あれだけ隠してたのに」
「いやもうここまで来たら無理っしょ…」
「柳がいいなら、爆豪には明日話すよ」
爆豪は終始無言だ。大人しい爆豪は新鮮、ってわけでもないな。普段だってきっかけなければ基本静かだし。
会話が一区切りついたところで爆豪いるのを気にせず本題を出した。
「外にいるときは風読みっつー魔法で周囲の情報確認してたんすよ」
「外にいるとき、ってずっとか」
「家と学校以外では基本。名前通り風を読んで、風が来た方向の情報を得るってやつなんすけど。新横浜で引っかかったんす。私らの乗ってた車両の前方車両に乗って、静岡駅で降りた後乗り換えてどっか行ったとこまでは分かりました」
「分かった、あとはこちらで調べてみるよ」
新横浜で前方車両に乗った人を洗い出せれば、特定は出来なくても絞ることはできる。さらに静岡駅で降りた人と照合すれば、上手くいけば、見つかるかも…。
「雑魚女、てめぇ風も使えんのか?」
「…隠してたもん全部言わなきゃいけない感じかこれ、言いふらすなよ」
「んなくだらねぇことすっかよ」
「あー…私の個性、魔眼魔法っていうのなんだ。魔眼で相手の視界奪ったり、周囲の人の視界を交換したり、オーラ見えたり透視とか拡大とか…イレイザーヘッドみたいに個性消すってのはできないけど、目に纏わることなら大抵できる。んで魔法は、まあ想像通りゲームとかファンタジーであるような魔法。簡単な物なら詠唱も魔法陣もなしにできるけど、難易度や精度が上がるとその分時間かかる。いつもは水と炎の簡易魔法を使うことで「柳理桜の個性は水と炎」と勘違いさせてた」
「…くそつえぇ個性じゃねぇか…。手ぇ抜いてたってことかよ」
「否定はできない。外にバレないようにする為が一番の理由」
「…つまり、てめぇを脅してる奴はてめぇの個性をよく知ってるってことか」
爆豪は頭がいい。エンデヴァーとの会話を聞いていたんだから、何故水と炎なのかってのもきっと察しただろう。
「爆豪、普段からそんくらい大人しければみんな認識改めると思うよ」
「ア”ァ”!?っせーな周りなんざどうでもいいんだよ!!」
「うるさいぞ爆豪」
爆豪のことだ。個性を知ったからと言ってみんなの前で本気出せだの水と炎以外使えだの言ってこないだろう。なんだかんだで信用しているからね。
(原作知識前提で見てきたから、ここまで信用出来たんだって思うと、案外私はちゃんと爆豪のこと見てないよな)
認識を改めなければ。彼らはもう紙面の存在じゃない。だからこそ、クソ野郎にバレないよう慎重にならなければ。
翌日、職場体験後最初の登校日。ガチで熱出して休んだ。精神状態が不安定だったことを考えると分からんでもない。こんなに弱かったっけな私は。
(…心なしか、大きくなってる気がする…)
魔眼でぼんやりと天井を見上げる。3つの爆弾は入学前より大きくなっているような気がした。気がするだけで本当に大きくなってるか分からない。
「誰にも言わない」という条件も魔法で抑制したら、持っている情報をベラベラ喋られるのは分かってる。ただそれをするには私の精神力が足りない。多分寝た切りで動けなくなるし、ファントム・コーズの発動もできなくなる。
(爆豪は先生から話聞いただろうか)
先生がどこまで話すか、話したかは分からない。爆豪の「脅してる奴」発言で大体のことは話したんじゃなかろうか。聡い爆豪のことだ、スノーフィリアの一件も結び付けるだろう。
「お礼、しないとなぁ」