重たい身体に鞭打って

10

 実技の手抜きは目を瞑るが筆記で手を抜いたら即除籍だ。入学間もない小テストで可もなく不可もなくな点を出したとき先生に言われたことだ。おかげで手が抜けない。そもそも前世知識もあり今世でもクソ野郎とは関係なく勉強頑張っていた…正確にはやることなくて暇だった…から、普段の授業は復習みたいなもん。ノー勉でどのくらい点を取れるか確認してみたい欲求はあるけど、それで除籍になったら洒落にならないから一応テスト勉強っぽいことはしている。ただそのテスト勉強も、感覚的には小学校の問題を解いているような感じで…。
(前世の高校時代に比べればそら難しいけど、こちとら大学でた身だしなぁ)
 テストが近いおかげでみんな必死だ。いや、みんなっていうか赤点組。八百万が複数人家に招いて勉強会開いているらしい。1人ほのぼのとクラスの雰囲気を眺める。
「そういえばクラストップは柳だったよな?」
 八百万を囲んで質問していた上鳴たちが私を見る。そういえばそうだった気がする。
「クラストップの勉強方法教えてくれよ!なんか秘訣あるんだろ?」
「秘訣って言われてもなぁ」
 教科書見れば分かるじゃんとか言ったら流石に心折れるよな…。何と言えばいいか考えていると中学時代を知る轟が代わりに答えた。
「中学んときは教科書一回読めば分かるって言ってたよな」
「うわ!出たよ出た!天才型!柳そういうタイプかよ!」
 あーやだやだと上鳴が苦い顔をする。芦戸がもしかしてと続ける。
「じゃあテスト勉強してないの?」
「テスト勉強…言われてみればテストのために勉強したことないな…」
「俺一回はその台詞言ってみたい…」
 テストの為に勉強してる時点で学んだことが身に着いてないよね、とは言わないでおこう。これ以上彼らのHPを減らす必要はあるまい。


 私の事情を知った爆豪は、職場体験前と態度は変わらない。それが私を酷く安心させた。相澤先生には「柳が息を抜ける相手が他にも出来て良かったよ」と頭を撫でられた。顔には出さなかったけどちょっと照れた。
 そして実技試験。組み合わせと対戦相手が全て発表されたわけだが…。
「お前呼ばれたか?」
「呼ばれてないねぇ」
 呼ばれなかった。どういうことじゃ。
「ああ、人数の都合上、柳は明日行う。ペアは爆豪、相手はオールマイトさんだ」
「詰んだ」
「勝手に詰んでんじゃねぇぞ雑魚女ぁ!!」
 なんでや、なんでや。なんでなんですかい先生…。というか
「爆豪が2回試験受けることになりません?」
「あくまで柳の試験だ。だから今日爆豪が赤点になっても明日の試験は考慮しない」
「誰が赤点になるかよ!」
 まさかの明日に、爆豪ペア、相手オールマイト…。爆豪にとって2回目の戦闘…。まじかい。
(…事情を知った、個性を知った爆豪と組ませることで本領発揮させるため?)
 それはあるかもしれない。入学してこの方、授業では水と炎しか使ってない。つまり本来の力を出していない。先生としてもどのくらい成長したとか、今どのくらい出来るようになったか把握しておきたいんだろう。
(…爆豪が私の事情を知っているからこそ、そうか、ファントム・コーズを解除しても伝えたことにならない…)
 相手が事情を知っていて且つ目的が別であれば、ファントム・コーズを解除して爆弾を見せたところで「個性に掛かっている」と伝えることにはならない。目的が別であっても事情を知らなければそれは「伝える」ことになるだろう。この辺りなんか無理やり感あるけど、実技入試で問題なかったからそういうことだ。
「…わー…」
 最後のペア、緑谷と爆豪の試験がようやく終わり何とも言えない表情でモニターを見る。
「爆豪君、ボロボロだね。明日柳ちゃんとの試験大丈夫かな…」
「彼は他人とのコミュニケーション能力が著しく低い。柳君、大丈夫かい?」
 麗日と飯田が心配そうにこちらを見てきた。そうだねと苦笑しておく。
「爆豪との接点“一度もないし”、いっそいい機会なのかも」
「柳ちゃんポジティブ~!」
「相手はオールマイト。先ほどの戦いを見ても分かるが、手加減なしだ。柳君、頑張れよ!」
 飯田から激励を頂いた。麗日は更衣室とかで会話したことあるけど飯田も大して会話したことなかったな。彼自身その辺りあまり気にしないタイプだもんな。緑谷は気にしてたけど…彼らしい。


「おーピンピンしてる」
「っせーわ猫かぶり女!」
 試験結果は今日発表。試験が終わっていない私は授業前に試験をすることになっていた。それは試験を手伝う爆豪しか知らない。つまり、見に来そうな緑谷たちはいない。
「条件は昨日と一緒!制限時間20分。私にカフスをつけるか、どちらか一人でも脱出ゲートから脱出すれば試験終了だ!」
「試験は他の生徒は見ていない、俺とリカバリーガールがモニタールームから見てる。柳、死なない程度に本気出せよ」
「ここまでしてもらって手を抜くわけないじゃないっすか」
 久々に他の魔法も使えるって考えるとちょっとテンション上がる。昨日はしっかり寝た、体力も精神力も爆弾除けば万全だ。
 試験会場は、瀬呂・峰田ペアと同じだった。街中に比べ弊害物が少ないし、峰田ほど背が小さくないから隠れる場所も中々限られてくる。
「先に伝えておくわ」
「あぁ?」
「私の魔法は攻撃対象にしか効かない。だから爆豪が突っ込んでも大丈夫だから安心して」
「ハッ、手ぇ抜いて死ぬんじゃねぇぞ」
「勿論」
 試験まであと2分。両手をパンと合わせた。緩やかに風が吹く。
「…ファントム・コーズ…解除」
 爆弾を隠している幻術を久々に解除した。頭上の爆弾、纏わりつく2色の鎖、それは心臓に繋がっている。
「ところでカフスか逃げるかだけど…爆豪?」
 爆豪はカフスを優先してたけど結局逃げに転じざるを得なかった。クソコミュニケーションではじめっから逃げの姿勢でいた緑谷と違い、私は正直カフスを狙っている。逃げる算段がついているからこそ、だけど。全く応答のない爆豪を怪訝に思い視線を向けると、爆豪の視線は私の頭上にあった。
「ばーくごー」
「…チッ、言っとくがてめぇの“それ”に気は遣わねえからな!」
「当然だろ?んで、爆豪的にはカフスと逃げどっちよ」
「てめぇの試験だろ、てめぇが決めろや」
 昨日の今日でこの変化。全く歯が立たなかったこと、結構気にしてる?
「OK。15分でカフスかけられなかったら逃げる。勝手にサポートすっから、爆豪は思う存分暴れてこい」
「ハッ、はじめっからクソナードよりてめぇと組みたかったぜ!!」
 両手で小爆発をしやる気満々の爆豪と、オールマイトをボコす気満々の私。
 試験開始の合図が鳴り響いた。


 オールマイトにデバフかけまくり爆豪と私にバフをかけまくる。今回はチームプレイだ。なるべくサポートに専念しよう。下げられるものは一緒くたに下げてしまえ。
「(距離、範囲内!)しっかり下がれよぉ!ブーイング!」
 攻撃力、防御力、速度、どれもただでさえカンストなオールマイトだ。私らからすれば大して変わらないかもしれないけど、本人からすればかなり下がってるはず。爆豪は昨日と同様、オールマイトに正面からぶつかりに向かったがその表情は昨日と全く違う。今度は私らの火力、防御力、速度を上げに掛かる。
「チアダンス!!」
 ふわっと身体が軽くなる。これなら今までよりもっといい動きができるはずだ。とはいえ相手はオールマイト。甘く見てはいけない。
「猫かぶり女ぁ!てめぇ今何した!」
「火力アップに決まってんだろ!オールマイトは下げた!」
「そういうこともできるんだね柳少女!だが!」
 片腕を振り上げた、あれはSMASHだ。軽い身体で地を蹴り爆豪の右腕を掴んだ。
「テレポーテーション!」
「SMAAAAAAAASH!!」
 パッと視界が、いる場所が変わる。爆豪と私はいた場所の上空に飛んでいた。
「試験中、につき加減まだできねぇ…ゲホッ」
 難易度高い呪文やったせいで心臓がきしむ。血の味がする咳がでた。
「まだ始まったばっかぞ!へばってんじゃねえ!」
「わぁってるよ!」
 爆豪は右腕を少し捻り私の腕を強く掴む。左手を爆発させながらオールマイトの真上に来るよう軌道修正した。
「てめぇ俺の肩掴めや!」
 爆豪が何かをしようとしている。落下しながらなんとか右手で爆豪の肩を掴めた。そして爆豪が左腕の手榴弾に手を掛ける。
(確かに爆豪の手榴弾、オールマイトにダメージ与えてたな!)
「援護するぞ!!その動き封じさせてもらう!シールドチェイン!!」
 左手をオールマイトに向け魔法を放つ。オールマイトの足元に白い魔法陣が描かれ、そこから5本の太く白い鎖がオールマイトに向かって生え伸びる。オールマイトの肢体に絡みついた。
「焔の御志よ!災いを灰燼と化せ!…ゲホッ、爆豪、合図しろ!」
 オールマイトの動きを封じるには魔法が弱く、バキリバキリと2本の鎖が弾けた。それでも必死に精度をあげ動かさないようにする。もう一つの魔法を寸止めし、爆豪のタイミングに合わせる。
「オールマイトぉ!今日こそ死ねぇ!!柳!」
「エクスプロード!!!」
 バキリ、バキリ、また2本鎖が弾けた。爆豪の左手とオールマイトとの距離が1mと近づいたところで爆豪がカチリと栓を引いた。同時に私らの上空から一閃の赤い光が、私たちを貫きオールマイトに直撃して爆発した。最後の1本の鎖が弾け飛ぶ音は聞こえなかったが、拘束魔法が解けたのは分かった。
 あたりを粉塵が舞う。爆豪の手榴弾の反動でまだ地に足は着いていない。心臓の痛みと咳き込みで爆豪の肩を掴む手が緩んだが、ガシリと掴まれ引っ張られ背負われる。爆轟が私を背負いなおしたんだ。爆轟は右で私を背負い、左で粉塵舞うオールマイトがいるであろう場所からゲート側に離れた。
「おい、死んでねぇだろうな」
「生きてる、はぁ、はぁ、オールマイト、マジ、クッソ、バカかよ…」
 相当強く拘束したのにバキバキ壊しやがった。あのクソ力ヤバすぎだろ…。舞い上がった粉塵が落ち着く。オールマイトは。
「中々良い一発だったぜ」
 ダメージは食らってるものの、今だピンピンしているオールマイトの姿。そして
「まさか負けるとはね!!」
「柳・爆豪、実技試験終了」
 オールマイトの左腕にかかっているのは、カフス。試験終了のアナウンスが流れた。
「チート女てめぇ、パクリやがったな」
「ふはっ、いいタイミング、だったからな」
 爆豪の考えに気付き、オールマイトをシールドチェインで拘束した後、爆豪が持っていたカフスを抜き取った。そしてオールマイトが手榴弾、エクスプロードから逃げられないと確信し、魔眼でオールマイトの姿を確認後舞い上がる粉塵に紛れその左腕にカフスを掛けた。オールマイトは両腕をクロスして爆弾から逃れた、だからこそ掛けやすかった。オールマイトにかけていたデバフと私ら2人にかけていたバフを解除する。
「まさかこんな派手な魔法もできるとはね!実技入試から随分訓練したんじゃないか?」
「いや、派手、だから…ゲホッ、使える場所なくて、使ってなかっただけっす」
「前から使えてたのね…」
 爆豪が乱暴ではないが雑に私を降ろす。座り込んだ私は両手で胸を鷲掴みながら背を丸める。やっと呼吸は落ち着いたのに、心臓はまだ痛い。バフデバフの中級魔法継続しながら咄嗟に使った試験中の上級魔法である瞬間移動、からの高精度の拘束魔法に上級魔法。流石に無理しすぎた。
「つか爆豪、私の呼び名ころころ変わり過ぎな」
「るせー手抜き女」
「いや、今手ぇ抜いてねぇし」
「柳少女、大丈夫かい?動ける?それと…」
「…あぁ…そういえば」
 頭上に浮かぶ爆弾、消さないとか。ゆっくり深呼吸をし、ファントム・コーズを唱え爆弾を消した。そこでやはり意識はあるものの動けなくなり、パタリと地に倒れた。
「も、無理、動けん」
「リカバリーガールのところに行って休みなさい。爆豪少年!彼女を頼んだぞ!」
「あぁ!?んで俺が…」
 とか言いながら背負ってくれる爆豪はやはりツンデレに違いない。粉塵で多少汚れてるが2人とも怪我はない。リカバリーガールの個性の厄介になることは無いだろう。
「…あれがてめぇの全力か?」
「あ?あぁ…現時点では…身体重てぇし、やりすぎっと心臓いてぇし…全力っちゃ全力、になるか…」
「クソが。てめぇの抱えてるもん無くなったら俺と勝負しやがれ。このままじゃ完膚なきまでのトップになれねぇんだよ」
「おー…おー?…」
 抱えてるもん無くなったら勝負、完膚なきまでのトップ。それって…。
(問題解決した後学校やめんなよって意味なんか…?)
「やっぱお前良い奴だな…」
「うるせー雑魚女」
 あんまり私に対して他の人見たいな暴言吐かないなって思ってたけど、よく考えれば爆豪を褒めることは合っても弄ったり癇に障るようなことしていない(と思う)からか。後は単純に、爆豪なりの気遣いってところか。
 常に向上心、暴言罵倒は吐きまくる癖に誰よりも同じ土俵に立つ人間に敏感、己の過ちを認めうじうじ悩まず次に活かす、そして日々精進する男、爆豪。
「……緑谷はいいなぁ…」
「ア”ァ”!?なんでクソナードが出んだてめブチ落すぞ!」
「幼馴染なんだろ、お前と」
「……時間じゃねぇだろ、大事なのは」
「爆豪のくせに良いこと言うじゃねぇか」
「俺の癖にってなんだクソが!」
「10年前にお前と会いたかった」
 ポロリと漏れた今の気持ち。爆豪の背中は恐ろしく温かくて眠りに誘うには十分だった。


 林間合宿前の買い出しはパスした。爆豪、轟と共に峰田から「KY集団」と言われた。3人だけだから集団って言わなくね…?
 そして来る林間合宿当日。飯田が「席順に並びたまえ!!」と誘導してたけどそもそも席順決めてないからな。一番後ろの窓際に座る。その隣にどすりと座ったのは爆豪。林間合宿にテンションが上がる他の人たちはあまり気にしていないようだ。
 バスが出発しどんちゃん騒ぎする面々。相澤先生の「1時間後に一度止まる」が聞こえていたのは果たして何人か…。
「…あれから大丈夫なのかよ」
 小声で声をかけてくる爆豪。爆豪は私に対して穏やか過ぎると思うぞ。そこに恋情が無いのは確かだからありがたい。…今後発展する、とかないよな、ないない。
「…あれってどれ」
「新幹線」
 ああ、クソ野郎の気配を感じた時の。先月の話なのに職場体験が随分前のことのように感じる。
「基本家から出てないし、今住んでるとこ雄英近いから、まず雄英付近は大丈夫」
「そーかよ。…ヴィラン連合にいる可能性はあんのか?」
「…限りなく低いと思う。連合がオールマイト狙ってっからな。目的が違う」
 クソ野郎がエンデヴァーを憎んでいながらエンデヴァーに対して復讐しないのは、自分の方が下だと捕えられたことにより理解したからだ。奴は負けると分かってる勝負に手を出さない。だから息子を狙った。直接手を下そうとしないのは、警察やヒーロー関係者が自分の捜索に難航していると分かっているからだ。コマであった私を利用して手を下す。そして私が捕まろうが死のうが、クソ野郎は個性さえ出さなければ逃げ続けることができる。私の様なコマを増やすことはないだろう。「反抗心のあるコマは多いと管理が面倒だ」と殴って来たから、増やすなら反抗心のないコマだ。
「つっても、連合にとっても恐らく私の個性は利用価値が高い。連合にもバレねぇようにしねぇとな」
「…せーぜー不意突かれねぇようにするこったな」
「勿論」