重たい身体に鞭打って
7
復帰の早い相澤先生から雄英体育祭を伝えられてから当日に至るまで、轟と会話することが見事に一回もなかった。各々も体育祭に向け準備していた。
「客観的に見ても、俺の方がお前より上だと思う」
轟の「お前に勝つ」宣言、待合室の空気が戸惑いと緊張に包まれる。その視線は緑谷を見ているようで見ていない。相変わらず彼はちゃんと見ていないのだ。
(分からんでもないっちゃないけどな。結局私も、相手じゃなくクソ野郎の影を見てるわけだし)
今日の体育祭、如何にメディアの目に留まらないかがカギだ。悪目立ちする爆豪には絶対近づかない。
飯田に呼ばれ入場した会場は、形状がサッカー場みたいだった。360度人、人、人。ひっそりと風読みを使ったが奴の空気は感じない。
「最初の競技はこれ!障害物競走!」
如何に目立たずここで脱落できるか。Aクラスは全員2回戦行ってたっけな。唯一の脱落者ってのは、ちょっと目立ちそうだ。
スタート地点での轟の妨害。炎を使えるとクラスメートに認知されてる私が避けられないわけがない。難を逃れた後続の集団に紛れるよう走っていく。こういうときチビでよかった。
(…カメラは、あそこと、あそこ、…あれもか)
カメラに自分が映らないよう間に他の生徒を入れながら、ごちゃごちゃとわたついている第一関門のロボ・インフェルノを躱した。聞こえてくるプレゼント・マイクの実況から、戦闘集団は既に第二関門を過ぎたことが分かった。はっや。
第二関門、フォール。水も炎もここでの使い方は難しい。ロープを渡らず飛び飛びで行けば行けることは無いけど、「この後のことを考えて個性の使用を控えた」という考えから個性を使わない事にする。そしてバランスを崩して落ちる…という計画だ。先を行こうと焦って進む集団に混じりタイミングを伺っていたら、ロープを渡らず飛んで進もうとしていたらしい他の生徒の足に頭を蹴られた。
「いっ!?」
「うっわ!悪い!」
これで落ちてもいいけどそれだと轟に不審に…いや、今のあいつは私に目じゃないから大丈夫か。それでも落ちないようロープを掴もうとした。が、ヌルっとしてて掴めずそのまま落ちた。落ちながら手に着いたヌルヌルを見る。潤滑剤っぽい。そういえばすごい勢いで追い越す生徒いたな…なんか飛び散らしてると思ったけど、あれか。
誰が通過したか、よりも自分に割り当てられたポイントと組み合わせに夢中な彼らは、私がいないことに気付かない、はずだった。自クラスの観客席は誰もいないからいるには目立つ。雄英ジャージは観客席の中にいるには目立つから、カーディガンを羽織って交渉の様子を見ていた。
やはり囲まれる轟と爆豪。しかし2人してなんだか誰かを探しているような素振りをしている。
(…おっとぉ?)
あいつ意外に目がいいのか?偶然だろうけど、囲んでくるクラスメートから視線を上げた爆豪と目があった、様な気が、いやあれは目が合ったな。手から小さな爆発をボンボンしながらなんかキレてる。轟が爆豪の視線の先を追い…おい、お前もか。少し驚く表情をしていた。既に組んだ後だろう八百万や飯田が同じようにこちらを見てビックリしている。自惚れでなければ私を見つけたからか。
(…そうか、炎使えると分かってるから轟対策になる。轟からすれば、それを防ぐのと同時に私の水で確実に氷漬けできるって考えか)
原作で言う芦戸や上鳴ポジ。なるほど。だから2人は私を探してたのか。さらに視線をずらせば、緑谷と麗日が驚きの表情でこちらを…。てか何で君らそんな驚いてるんだ。
原作通りの展開で騎馬戦が終わる。飛んでる爆豪の身軽さと、引き戻すためにテープを出す瀬呂の正確さはすげえ。轟チームも中々チートだ。上鳴がもっと自在に個性を操れたらあそこ最強なのでは?
騎馬戦が終われば昼飯挟んでレクリエーション。……レクの存在忘れてた…。
(どうする?トーナメント出場者以外は強制だよなこれ…いやあれだけの大人数だ、大丈夫か…?)
根本的にクソ野郎が雄英体育祭を見ているかについて。この時期はどこもかしこも雄英体育祭の話題でいっぱいだ。だからこの時期の暴力が一番多かったし痛かった。過去10年を思い返してみれば、「どいつもこいつも雄英、雄英!」「何が雄英体育祭だ!オリンピックに代わる祭典だ!」「あんな胸糞悪いもんでギャーギャーうるっせえんだよ!」…これ案外見ていないのでは?
お昼時間はかなり混む。ここ最近、というか襲撃以来お昼はしっかり採っているけど、家で食べる朝と夜はゼリー生活になった。いい加減ウィダーゼリーは飽きた。お昼の込み具合がいつもより酷いだろうと考えると、やっぱりもってきたゼリーの方がいいか。
(屋台のご飯食べてーなぁ…でもあの人ゴミだろ?やだなー…)
ゼリーは控室の荷物の中にある。人気のない階段を上がる。上から気配を感じて視線を上げれば。
「貴様は…」
な ん で エ ン デ ヴ ァ ー が こ こ に。本気でびっくりして謝りかけた言葉が中途半端に止まる。轟と接触するのは知ってっけど、まだお昼だぜ?おいこら何でここにいるん。いやいてもおかしくないのか?中学時代、話したことは無いけど、轟家から帰るときに顔を合わせたことはあったから、一応顔見知りだ。
「……お、ひさしぶりです?」
「…何が目的で焦凍に近づいたか知らんが、焦凍は貴様ごときにやられはしない」
ぎろりと見下ろすその視線、なるほど、私の状況を知っているようだ。階段を降りてきたエンデヴァーは立ち止まる私を通り過ぎる。
「2度と家の敷居をまたぐな」
「……ふっ、はは!」
オールマイトに盲目的なエンデヴァーは、父親への憎悪でいっぱいの息子とよく似ている。逆か、この父有りて、息子あり。
「何がおかしい」
階段を降り切ったエンデヴァーが睨み上げる。トップヒーローの圧をブワリと感じた。あのクソ野郎から感じた死の恐怖に比べれば大したことは無い。
「私が近づいたのは“エンデヴァーが丹精込めて育て上げた息子”。雄英に入った今、その必要は無くなった」
ヒーローとしての活動中も、こんな圧をヴィランに向けてるんだろうか。No.2ヒーローは伊達じゃないな。己の命を懸けた決意を、エンデヴァーの目をしっかりと見つめ表明した。
「轟焦凍は死なせない、例え心臓が破裂しようとも、ぜってー守る」
僅かに心臓がきしんだような気がした。条件は破っていない。
「あんたの家には行かないさ。卒業までに終わらなければ、潔く死んでやる」
こんだけバカでかい爆弾だ。被害は相当な物だろう。どこか、誰も被害に会わない、誰も死なない死に場所を探しておかなければ。
死にたくない、生きたい。プレゼント・マイクの前では言葉が震えて言えなかったのに、エンデヴァーの圧に押されたのかストンと心に入って来た。完全な格上相手だとここまで覚悟できるもんなのか。いや、あのクソ野郎を捕えたエンデヴァーだから、なのかもしれない。
一度エンデヴァーに捉えられたクソ野郎は、エンデヴァーを超警戒している。エンデヴァーの息子が受験しようとしている中学校を突き止めたほどだ。エンデヴァーに関わる情報はどこかしらから調達しているんだろう。轟経由で私の存在がバレることも危ぶまれるが、あいつの警戒対象はエンデヴァーであって息子じゃない。轟がエンデヴァーを嫌ってることも相まって、私の情報が轟経由で漏れることは低いんじゃないだろうか。
「あんたは精々、あいつがヒーローになるのを楽しみにしてればいい」
「みんな可愛い格好してるね」
「柳さん!!」
再集合の為再び会場へ戻れば、胸元にUAと書かれたチアリーリングの格好をする女子がいた。みんな可愛いな。着ていたカーディガンは脱いできている。
「なんで柳は着てねぇんだよ!!」
悔しそうに私を見上げる性欲の権化峰田がギギっと歯を食いしばる。1人着ていない私を耳郎が恨めしそうに見てきた。
「わたくしが…騙されなければ…」
がっくりと落ち込む八百万を見て状況を察する。地面に落ちた黄色いポンポンを触ってみれば、小学校で作るような安物じゃなく本格的な物だってのが分かる。
「折角だし、柳ちゃんも着ようよ!ね?」
ノリノリの葉隠がぴょんぴょんしながら提案してきた。ね、のとき絶対小首傾げてたな。
「遠慮しときます」
「遠慮するなよぉぉおおぉお!」
そんなこんなでトーナメントの組み合わせが発表される。ちゃんと強さが考慮されてるように見える。
レクレーションに参加する耳郎達とそのままとどまる。トーナメントに参加するほとんどはフィールドから出ていった。
「にしても意外だったなー。騎馬戦の時柳いなくてビックリしたよ」
耳郎の個性を考えると、耳郎は素の身体能力でゴールしたことになる。葉隠も同様だ。
「第2関門で運悪く落ちちゃったんだよね」
「着地に失敗したとか?水の勢いで飛んでいけそうじゃん」
「後々のこと考えて個性温存してたんだよ。そしたら後ろからの衝突でバランス崩すし、ロープ掴もうとしたら滑って掴めないし…」
「あー、それは、どんまい」
耳郎と葉隠と共にレクレーションに参加する。一斉借り物競争って、観客に声出さないと行けんよな。参加者で賄えるものがいいな。
そうして引いたお題は「自分より小さい人」。クラス内では蛙吹と同じく2番目に低い身長だ。選択肢が一人しかない。
「峰田ぁ。一緒に来てよ」
「おいら!?何々どんなお題!?」
「自分より小さい人」
どことなくがっくりした峰田を引っ張りゴール。因みに峰田のお題は「ムキムキなマッチョ」で「野郎はおよびじゃねえんだよぉおお!」と嘆きながら障子を呼んでいた。
滞りなくレクレーションも終わり、いよいよトーナメント戦。緑谷と心操の試合は第一線を飾るにはあまりにも大人しかった。まあ心操の個性を考えれば仕方がないかもしれない。ヴィラン向けだの、ヒーローに向いてないだの、個性にかまけて努力を怠ったのは紛れもない心操なのだから、これを機に鍛えると良いと思う。
轟vs瀬呂の試合で周辺が一気に寒くなったのは言うまでもない。溶けるのに時間がかかっているが、この位置で溶かすと溶けた氷が水になって滴りびしょびしょになるからあまり好ましくないな。「寒いですわね」と肩を擦る八百万とりあえず持ってきていたカーディガンを羽織らせた。
爆豪と麗日の試合で飛び交うブーイングを余所に上を見上げる。麗日の作戦、中々凄いな。ゼログラビティは風系の個性と一緒に動けば相当強いだろうな。今の彼女は上から落とすしかできないけど、風が加われば四方八方好きな方向へ飛ばすことができる。隣に座る八百万も、私に合わせ上を見上げ「まぁ」と言葉を小さく漏らした。
「凄い…爆豪さんは気づいていないようですわね」
「麗日なりの、渾身の作戦っぽいね。問題は爆豪の最大火力を把握できていないこと」
「あれだけのものが一度に落ちてきたら、流石の爆豪さんも無傷ではいられないのでは?」
「それはこの後分かるよ」
ぼろっぼろのフィールドを覆う粉塵。それが消え視界が開けた時、麗日が仕掛けた。垂直化猛スピードで落下する大量の瓦礫。それを爆豪は強力な一発で消し飛ばした。
(魅せるよなぁ、爆豪)
正直、爆豪と幼馴染の緑谷が羨ましく思ったり。あんなストイックに上を目指す人が近くにいたら、救けてもらえたんじゃないかなぁなんて。
(無いものねだりよな。やめとこ、みじめになる)
緑谷と轟の試合。終わった後の轟は随分スッキリした表情をしていた。無事乗り越えたようだ。
(主人公だなぁ…緑谷は)
心を救けられた轟が羨ましい。でもそれは本気で戦った緑谷、轟の背景を知った緑谷だからこそ、響いたんだ。相手の懐にズカズカ入ってというと言い方は悪いが、救けを求めていたわけじゃない轟に手を差し伸べた緑谷は酷く眩しく見えた。
その後も順調にトーナメントが進み、記憶の通り爆豪が1位になって終わった。明日明後日は休校。学校の方が比較的安らげる身としては、2日間家にいるのが正直しんどい。
「おい雑魚女」
体育祭のテンションが若干抜けきらない空気を尻目に教室を出たら、爆豪に声を掛けられた。雑魚女って呼び名なのね。
「お疲れ爆豪、どうした?」
「面貸せ」
教室内は体育祭の話で未だ熱が引いていない。対して廊下は静かだ。不機嫌がデフォルトの表情をした爆豪が静かだからだろうか。
(つつかなきゃ静かなんだよな爆豪は)
スタスタと歩いていく爆豪の背を追う。一体なんだろうか。彼に呼び出されるようなことはしていないと思うのだが。正確には「彼にバレるような」だけど。
周囲は人気がない。爆豪は途中で立ち止まり振り返った。
「てめぇ、半分野郎と何かあるのか」
「同じ中学校の出だけど、それ以外は何もないよ?」
彼は何が聞きたいのだろうか。
「……あいつ、誰かに命狙われてんのか」
理解した。エンデヴァーとの会話、こいつ聞いてたな。
(関係者以外入れないからって油断した。しかも相手がエンデヴァーだったからそっちに意識行き過ぎた)
「…盗み聞きたぁ、趣味わりぃんじゃねえの?」
聞かれていたなら隠してても仕方ない。あの時の口調もどうせ聞かれているなら、被ったってしょうがない。素の口調で返せば爆豪は少し驚いたようだ。直ぐにいつもの挑戦的な顔になりハッと鼻で笑った。
「んなことするかよ」
「偶然聞こえた、か」
クラスで一番警戒していた男に聞かれた。他人に言いふらすような男じゃないけど、代わりに何かと突っかかってきそうで面倒だ。
「お前に話せることはなにもねぇよ」
「んだと!」
「わりぃが目立ちたくねえんだ。良くも悪くもお前は目立つ。必要以上に関わってくんな」
「なんでてめぇに命令されなきゃ」
「そこで何をしている」
キレて胸ぐらをつかんできた爆豪に抵抗せず大人しくしていたら相澤先生の声が響いた。爆豪の姿で見えなかったけど、爆豪の後ろから相澤先生が近づいてきた。爆豪は盛大な舌打ちをして私から手を離した。
「今日はもう下校、さっさと帰りなさい」
邪魔されて苛々を隠さない爆豪。言いふらす性格じゃないと分かっていても、一応釘を刺しておくか。
「クラスの奴らに言うなよ。お前の邪魔するつもりはねぇから心配すんな」
「誰が心配するか!!」
何だかんだ打てば響くよな爆豪って。じゃあな、と手をひらひらさせ2人に背を向けた。