重たい身体に鞭打って

 オールマイトが雄英教師に!?
 家を出る前に見たネットニュース。そして前門のマスゴ…マスコミ。
(超早く来て良かった…)
 雄英って空き教室あるんだと密かに驚きながら空き教室で時間を過ごす。距離が近いと学校が開いたと同時に入れるから便利。待ち時間クッソ長いけど。
(…ヒーロー殺し、この時点で話題にあがってたんだ…)
 何人かのヒーローを殺害、活動不能にしているステイン。今の私はステインの抹殺対象待ったなし。保須にさえ近づかなければ大丈夫っしょ。ヒーロー盛りだくさんの雄英付近に出現するとは到底思えない。
(ヴィラン連合、動き出してるだろう…。クソ野郎が奴らに加わったら最悪だ)
 授業のカリキュラムをどうやって入手したか分からないが、内通者がいるうんぬんの話が上がってたはず。あちらに回復キャラはいないと言っていた。クソ野郎が加わって、何らかの方法で私がここにいると分かれば。間違いなく私も狙われる。…スパイ活動も強要されかねない。
(体育祭、意地でも目立たないようにしないと)


 安パイを取るなら飯田に投票するのがいい。飯田は緑谷に入れて0票だ。緑谷に入れてもいいっちゃいいけど。
「俺に1票…!?一体誰が」
「自分で自分に入れたんじゃねえのかよ」
「あれ、委員長やりたかったんだよね?」
(何で私にも2票入ってるんだおい)
 緑谷3票、八百万と私が2票。何故だ。
「副委員長どうする?決選投票?」
「私パス。八百万頑張って」
「え、いいんですの?」
 みんなの視線がこちらん向き若干の居心地の悪さを感じつつ、ハッキリ断る。
「何で2票あるのか不思議でしょうがないけど、そういうの得意じゃないから」
「柳さんがよろしいのであれば、わたくしに是非やらせてください」
「んじゃ副委員長はヤオモモに決定だな!」
 名前がないメンツを見れば誰が私に入れたか一発で分かる。飯田、麗日は緑谷。轟は八百万、私は飯田に入れた。あと名前が無いのは…。
(尾白、と、障子?)
 昨日の訓練が原因だろう尾白は何となくわかる。というかやっぱあれやり過ぎたか。作戦がっちり立てたもんな。でも何で障子が?反省会で尾白から聞いた…とかか?
(いやいや、物理的に会話疲れそうって言ったぜ?そらないな…)
 ガタイいいけど一番前の席に座る障子。おかげでよく見える。後姿見たところで何も分からんけど。


 プロヒーローのご飯は食べてみたい。しかし弁当の方が安い。今朝見つけた空き教室で食べていると、けたたましく鳴り響いた警報。
(…原作じゃマスコミだったよな…)
 動じずしっかり食べ終える。しかし一抹の不安をぬぐい切れずにいると相澤先生からメールが来た。
>マスコミが侵入しただけだ。
 相澤先生名義のスマホに登録されている連絡先は相澤先生のみ。一件のみのスマホは流石に初めて見た…いやこれなんだけど。
 記憶にある原作通り、緑谷が委員長として飯田を推薦。飯田が委員長になり他の委員を決めた。…つか、ちゃんと他に委員会あるんだ…。
 午後の授業が終わり昼間の飯田を思い出した切島と上鳴が飯田を茶化す風景が見える。
(真っすぐ帰って大丈夫か…?)
「柳さん、この後ご予定ありまして?」
 前の席の八百万から声を掛けられる。入学してから速攻帰ってる私が立たないのが珍しかったのか、何か誘おうとしてる空気が漂う。
「ん?どうして?」
「実は…行ってみたいお店があるのですけれど、柳さんがよろしければご一緒に行きませんか?」
 交友を深めようとしてくれてるのがよく分かる。…可愛いなおい。
 今朝の件も考えると出歩くのはちっと怖いというのが本音。断ろうと口を開いたら
「柳」
 去った筈の相澤先生の声が聞こえて教室後方の扉を見る。寝袋を抱えながらこちらを見ている。
「職員室に来い」
「あ、はい」
 ナイスタイミング。いや、狙ってないよな?
「ごめん八百万、また今度でいい?」
「気にしないでくださいまし」
 荷物を持ち「んじゃ」と手をひらひらさせながら教室を出た。
 ところで斜め前の轟、お前もいつもさっさと帰るのに今微動だにせずいたけど、会話聞いてたな?

「伝えてある通り、今日の騒ぎはマスコミが入って来ただけのことだ。気にするな」
 態々その為だけに呼び出すわけがない。いや、言葉でフォローしてくれている?
 職員室には教師以外生徒はいない。オールマイトは非番でいないようだ。
「……何か気になることあるなら、ちゃんと言え」
 微妙な顔していた私に気付き「ほら」と促す。張りつめた静けさはないけど、これ他の先生も聞いてんだろうなぁ。
「マスゴ…マスコミが押し掛けたくらいで警報が鳴るとは思えなかったもので」
「お前マスコミ嫌いなのか」
「『お父さんとお母さん死んじゃったけど本当に何も覚えていないのか』とか抜かしてんすよ?爆豪の方がよっぽど心がある」
 施設に入って間もない頃、里親になりたいと嘘を吐いて接触してきた記者に言われた言葉。事情は違えど訳ありの子どもがいる施設。情緒不安定な子供たちの相手は先生たちも骨が折れる。だから負担にならないよう大人しく、出来る範囲の手伝いをしていた。初めは大人しく賢いだけで良かった。次第に物分かりと察しが良すぎて「気味が悪い」「親を亡くしたショックでヴィランになるんじゃないか」と忌み嫌われた。あれ、私中々ヘビーな過去だな?今更だけど。
「でもまあ、先生が気にするなって言ってくれてるんで、気にしないことにします」
「…マスコミが嫌いな理由は分かったが、今は雄英生。喧嘩売るなよ」
「分かってますよ」
 帰っていいとお許しが出たので失礼しますと職員室を出た。分かっちゃいたけど、気疲れした一日だった。


 来る救助訓練。休もうかとか思ったけど、変な疑いを掛けられたくなくて出ることにした。学級委員長として張り切る飯田、そして中に入って知る“こういうタイプ”ね。前方だと寝辛いから後方前寄りに座る。
 …あ、ここ轟の席じゃん。そういえば爆豪の後ろに座ってたな。今そこに座ってるのは私。何も言わず隣に自然に座ったのは轟。つかそこしかないとはいえ、爆豪の隣に座る耳郎すげえ。隣座られたくらいじゃ流石の爆豪もキレないか。
 全員乗ったのを確認し出発。マフラーを鼻元まで上げ、窓に寄り掛かった。
「寝るのか?」
「うん、すぐ着くかもだけど」
 寝るとき顔を見られたくないタイプの人間なので、ゴーグルもしっかりつける。
「頭だけ見ると雪山行く奴みてぇだな。暑くねえのか?」
「このマフラー結構通気性あるよ」
 横に伸びたマフラーの端を持ち感触を確かめる轟。「お、ほんとだ」とそのままマフラーを弄ってた。暇で手遊びする子供みたいだなと思いながら目を瞑った。轟は私が寝に入ったことに気付き、マフラーから手を離して大人しくなった。
 流石高校生。わちゃわちゃと煩い。特に前方組の会話。「派手で強ぇ個性と言ったら、爆豪と轟だよな!」「爆豪キレすぎて人気出なそう」「人気出るわ殺すぞ!」「この短期間でクソを下水に煮込んだような性格ってのがよく分かった」上鳴のその表現、個人的にツボです。思わず前に座る爆豪に聞こえないよう静かにクツクツと笑った。
 到着してバスから降りた時、隣にいた轟は笑っていたのに気づいたらしい。
「ちょっと笑ってたろ」
「上鳴、面白い表現するなって思って」
「起きてたのか」
「あれだけ賑やかだと、流石に。今更だけど今日は半身氷じゃないんだね」
「救助訓練だと動きづれぇからな」
「そのままの方がマシだと思うよ」
「…マシ…」
 しゅんと少し落ち込んだ轟。半身氷に赤い目とかぶっちゃけヒーローってよりヴィランだし、その前身真っ白な服が前世のお笑い芸人を髣髴とさせるんだよね。もうちょっとなんかあったと思うんだ。


 3人体制と言う割にいないオールマイト。それを心配そうに聞いている緑谷。ほんと隠すの下手だよな、ポーカーフェイス身に着けた方がいいぜ。13号を見て嬉しそうな麗日、きゃっきゃと喜ぶ姿がまさにJKで何となく心にダメージを食らった。花も恥じらう乙女の姿ってああいう感じなんだろうな…。
 13号のありがたいお小言が終わり、じゃあ始めるか、というその時。ピリッと覚えのある空気を確かに感じた。
「なんだあれ、またもう始まってるってパターン?」
「全員一塊になって動くな!」
 相澤先生の指示、13号も空気を変えた。そしてそれは生徒にも緊張の空気が伝わる。隣に立つ轟は他の生徒に比べ、やはりと言うべきか物おじせず真っすぐ見据えている。黒い渦から続々と現れるヴィラン。どいつもこいつもニヤニヤ笑っている。
─言うこと聞かないと、分かってるよな?─
(んでこういうときに思い出すかね)
 格下と嘲るその笑み、欲望の為に嬲るクソったれども。見ていて不愉快でしかない。
 相澤先生と13号の指示に従い避難しようとする。1人躍り出た相澤先生を分析する緑谷は流石というか。出入り口に向かって走り出す私たちを阻んだのは、先程の渦と同じ色をした黒い靄。
「はじめまして。我々はヴィラン連合」
 口が無くても言葉の色から笑ってるのはよく分かる。そうさ、ここにいるのは三下のヴィランじゃ敵わない、ヒーローの卵だぞ。爆豪と切島が先走り殴りかかろうとする。攻撃を阻まれた13号は動けず、奴は靄を生徒全員を包むように拡大させた。
「っ、うわっ」
「柳っ!」
 踏ん張り切れず体が前のめりになる。後ろから轟の焦る声が聞こえ、次いで右腕に何かが当たった。浮遊感の直後、黒い靄の中にしっかり吸い込まれた。


 視界が開けると赤い色が視界を覆った。赤から生えるグレーはビル。
(火災ゾーンか!!)
 炎に混じって見えるのはヴィラン。炎が効かないタイプのヴィランか、厄介だな。
「来たぞぉ!獲物だ!」
 落下の威力を殺さずヴィランに向かって落ちる。ヴィランの顔が目視できるほど近づき、身体を捻ってその頭に回し蹴りをした。更に勢いのまま周囲にいるヴィランの頭や首を狙って確実に伸していく。落下地点にいた6人ほどのヴィランを伸し着地したところで、さっきの声に気付いた他のヴィランがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
 どうせ炎で魔法陣なんて見えない。この距離なら詠唱時間もしっかり取れる。足元に蒼く魔法陣が光り出る。
「…滄溟たる波濤よ…戦禍となりて、厄を飲み込め…タイダルウェイブ!!」
 足元から水が間欠泉の様に湧き出る。そして津波となってこちらに向かってくるヴィランを襲った。消火音とヴィランの叫ぶ声が聞こえる。
「っ、いって…」
 上級魔法に加え精度増した。縛られるような圧迫感と痛みを心臓に感じる。命令を反故にし条件を破っている今、爆弾が爆発しようとする。それを抑えているのがリストレイン・フォー・リバティ。難易度の高い魔法か精度を上げれば上げるほど、この魔法の効果が弱まるのだ。休めば、ゲーム思考ならMPを回復すれば大丈夫だ。
 胸を掴み深呼吸、痛みを抑えようとする。周囲の炎は消火されてるけど暑いことに変わりはない。暑い空気が肺に入るだけだ。他に誰かここに落ちているはずだ。探しつつ火災ゾーンの出口に向かおう。
 周囲の気配に気を配りながら、時折馬鹿の一つ覚えみたいに殴りかかったり火をぶっかけようとしてくるヴィランをその都度撃退し、やっと私と同じくヴィランに攻撃している誰かの姿が見えた。あの白いコスチュームに尻尾、尾白だ。周辺のヴィランは殆ど倒せているが、尾白の死角からヴィランが攻撃しているのが見えた。
「っアクアレイザー!」
 高圧の水流がヴィランに向かって放たれた。ヒットしたヴィランは押し出され、ビルに衝突し動かなくなった。
 中級魔法を陣なしに強制発動。負担が大きい。撃退時にも魔法を使っていたから、疲労度が半端ない。
(くっそ、痛くはねえけど、おもてぇ)
 水流と、吹き飛ばされたヴィランに気付いた尾白がこちらを向く。「柳さん!」とこちらに走ってくる尾白に片手をあげて返事をした。
「柳さんも飛ばされたんだね。怪我は?」
「無い、大丈夫。尾白も無事みたいで良かった」
 お互いの無事を確認し、周囲を警戒しながら火災ゾーンの出口を目指す。状況確認もしつつだ。
「靄に包まれたとき、飯田が誰かを抱えて逸れたのが見えた。全員が全員飛ばされたわけじゃないと思う」
「何人かは13号先生のところにいるってことか…」
「このあたりにいたのは私ら子供にやられるようなヴィラン、ってことは寄せ集めに過ぎない。私がここに飛ばされたってことは、相手は私たち生徒の個性を把握できていないんじゃないかな」
「そっか、水使えるから炎は効かないね。オールマイトを狙ってるようなこと言ってたけど…」
「できる算段が付いたから、いるってことだね。それが何なのか分からないけど」
「オールマイトが勝てない相手がいるわけ…」
「とにかく、ここを出てみんなと」
 合流しよう、と言おうとしたら足がふらつき躓いた。尾白が腕を掴み灼熱の地面へダイブは防げた。
「ごめ、ありがとう」
「いいよ。足場がいいわけじゃないから、気をつけていこう」


 相澤先生、13号、オールマイト、緑谷が怪我をしたらしい。それ以外全員無事無傷で生還。疲労による怠さから項垂れる。…相澤先生が重傷、保護下にいる私はどうなるのか。
(自分のことは一旦おいておこう。知っている記憶と相違なくて一先ず安心だ)
 学校に戻り生徒一人ひとりに事情聴取。終わった人から帰っていいことになった。名簿順だっていうから、私は最後だ。待ち時間、ぐでっと頭を机に伏していたら誰かに突然右腕を掴んで来た。びっくりしてガバッと顔を上げる。
「おっと、轟?どうした?」
「…飛ばされる直前、掴み損ねて…」
 そういえば右腕に何か当たった感触がしていた。あれは轟の手だったか。
「うまく言えねぇけど、何か…やべぇって思って」
「みんなヤバかったけど結果的に、生きて帰ってこれたから良かったじゃん」
 私らの会話が聞こえていた八百万が同意する。
「そうですわ。皆さん、無事、ではありませんが生きて戻れて良かったですわ…」
 とりあえず手を離そうかと視線で訴える。轟は掴んでいた手を離した。
 その後は呼び出されるまで、八百万と轟と会話をして待った。割とお喋りな八百万の話をいい感じに盛り上げ、無関心代表男轟が食いつくようにする。そうして過ごし漸く私の番になった。教室には誰も残っていない。


 警察側は私の事情を知っている。事情聴取で初めて知った。知らな方がおかしい、かもしれない。
「一先ず、今回捕らえられたヴィランの中に指名手配されている凶悪ヴィラン、リミットボンバーはいなかった」
「…………」
「ヴィラン連合の主要人物とされる人物も、リミットボンバーの特徴と合わなかったが…」
 他の生徒はどんな事情聴取だったんだろう。ただ分かるのは、絶対他の生徒と私の聴取は違う。
「君が最後に見たリミットボンバーの特徴、教えてもらえないかい?」
 向けられた視線には疑いの色がはっきりと見て取れた。
(……言えるわけねぇだろ…)
「だんまり、か。これは言えない内容なんだね」
 聴取してきた警察官は原作で出てきた塚内という刑事ではない。
「学校のカリキュラムをヴィラン連合が入手していた。だからUSJに現れた。オールマイトがいるはずだから」
 学校側から事情を伝えられているなら、私がクソ野郎の個性に掛かっていることは分かってるはずだ。まさか、個性が掛かってることを利用して被害者ぶり、ヴィラン連合に情報を流したと思ってるのか。「個性のせいで話せない」とすれば、言えば爆発、言わなければ流さざるを得ない。
「今君はプロヒーローのイレイザーヘッドの保護下にいる。その彼が今重傷を負った今、彼が動けるようになるまで我々の保護下に入ってもらう」
 イレイザーヘッドの保護下と警察の保護下じゃ意味が違う。この目は保護じゃない、監視だ。
「念の為今君が住んでいる部屋に盗聴器をつけさせてもらうよ。それと、スマホのGPSは常にオンにしておくこと。…いいね?」
 んだよ…なんだよ…。私は…
(犯罪者じゃ、ない)


 部屋に盗聴器、付けられる日が来るなんて思わなかった。本当に。付けると言ってくれただけマシか。付ける場所は教えてもらえず、部屋の鍵を預けるよう言われた。盗聴器が設置されている間、プレゼント・マイクが気を遣ってくれて、相澤先生が運ばれた病院まで連れて行ってくれた。「この子も襲撃を食らった生徒だぞ!そこまでする必要があるのか!」と怒鳴ってくれたマイク先生には今度お礼をしよう。それでもヒーローと警察じゃ警察の方が上。逆らえない。
「そんな怒らんでくださいよ」
「怒るところ!柳は落ち着きすぎなんだよ!!」
 いつもは生徒をリスナーと呼ぶのに余程キレてるのか苗字で呼ばれた。
「え、そこまでキレる…?」
「ほんと…もうさぁ…!」
「感情としてはクソったれって思いますけど、論理的には警察の考えも理解できますから」
 被害者のふりをしてヴィランに協力している。つい最近の話じゃない、10年という歳月のせいだ。
「ストックホルムシンドローム、みたいなのに掛かってるとか思ってんじゃないすか?普通の子どもなら10年も隠せないっすから」
 個性に掛かってることも、ヴィランを匿っていたことも。イレイザーヘッドが雄英に来たのは8年前。その時点で来ればまだしも、10年経って今更やってきて、からの襲撃だ。
「疑われんのも、仕方ないんすよ」
「柳はそれでいいのかよ」
「良い悪いの話じゃない。証拠もないのに潔白の証明なんて無理だ。泣き喚いて否定したところで、はいそうですかなんて言われるわけがない。行動で示すしかないんだ」
 そうだ、その為に私がすべきことは、クソ野郎に見つからないようにすること。見つかって、捕まれば最後、逃げられる自信はない。クソ野郎がヴィラン連合に入ったら私のアカデミアは終了も同然だ。
「学校は巻き込んでしまうかもしんないですけど、殺人は嫌なんで、カウントダウンが始まったら山奥にでも個性で飛びますよ」
 死へのカウントダウン。生きたい、死にたくない、でも、周りを巻き込んでまで、人を殺してまで生きたいかと言われると…。
 静かに息を吐く。震える、だって怖い。
(ああ、ダメだ…やっぱり死にたくない)
「…んとに…!」
 いつぞやの相澤先生にやられた以上に頭を掻き撫でられた。


 病室に入るとぐるぐる巻きの相澤先生がいた。リカバリーガールもいる。
「おや、お見舞いかい?」
「重傷だとは聞いてたんすけど…ミイラマン…」
 私は相澤先生がどんな怪我をしたのか知らない、ことになっている。
「疲労も激しいからね、続きの治療は明日やるのさ」
「疲労…そっか、疲労を対価に治癒なんでしたっけ」
 実技入試の後、手当を受けて翌日リカバリーガールのところに行くよう言われていたが、翌日の朝にそれを忘れていて治癒魔法で治してしまっていた。だから彼女の治癒は受けていない。
「よぅイレイザー、無事生きていて何よりだ」
 目元の包帯の隙間からちらりと眼球が見えた。意識はあるらしい。プレゼント・マイクと相澤先生の様子を見る限り、先生は生徒が無事だと報告を受けて居そうだ。緑谷はおいといて。
「柳、無事だったか」
「はい。火災ゾーンで疲れながら無双してました。途中で尾白と合流して、出たら救けが来ていたって感じっす」
「そうか…」
 両腕、顔、病衣から覗き見える胸元、全部包帯でぐるぐる巻きだ。消毒の匂いと、ボロボロの先生。目にすると、中々に堪える。イレイザーヘッドを殺せと命令された過去を思い返すと、なんか、うん。手を伸ばし首元の動脈に指を添える。傷に触れないよう優しく触れてるけど、確かに温もりと脈を感じた。
「…ちゃんと生きてっから、柳、今日は帰って休め」
「…うぃっす……リカバリーガール、相澤先生の怪我詳しく聞いてもいいですか?」
 首から手を離す。リカバリーガールは相澤先生の怪我を教えてくれた。両腕の骨折、頭部に裂傷、内臓も傷ついていたらしい。今の私の疲労度を考えると、些細な回復しかできそうにない。でも、堪えるもんは堪えるので。
 先生の身体に向かって掌を翳す。
「…ファーストエイド」
 淡い緑と白の混ざった光が先生の身体に落ち消える。頭の中で回復音が聞こえた気がした。
「気休めにしかなんないかもっすけど…」
「いや、さっきより痛みが引いた気がする。ありがとう」
「っつーか、リスナー治癒できんの?マジで?」
「ちゃんとした回復魔法だと時間かかるんすけどね。治癒は出来ますよ。でなきゃ今頃死んでますって」
 クソ野郎の指導や暴力で。回復できるって分かってるからボコしてきたんだよなあいつマジクソ。いてぇもんはいてぇんだよ。
「ほんと何でもありだな、魔法…」
「そうでもないっすよ」
 個性発現期に頭に浮かんでいた魔法文字の解読、発動する魔法がどんな効果でどんな風に現れるのか、そしてそれは作成した魔法陣と紐づけられるのか、エトセトラ。結構頭使う個性。
「何でもありならこんな苦労しませんって」
 どうせならもっと単純で簡単な個性ならよかったのに。


 自分の勘の鋭さがここまで良いとは思わなかったし、それが弊害になるとも思わなかった。部屋に仕掛けられた盗聴器の場所が分かる。知らない人が入ったという事実が、いろんなもの位置が微妙にズレていることが気持ち悪い。家宅捜査よろしく、家の中色々漁られた。今朝使ってたものを使うのがどうしようもなく嫌だった。でも聞かれてるってことは、普段通りに生活しないと怪しまれるわけで、あれ、盗聴器だけだよね、監視カメラってないよね。帰って、何とか風呂浴びて速攻布団に入った。いつもは気にならない外から聞こえる音が気になって仕方ない。
 幸い本当に疲れていたから、寝るには寝れた。朝ごはんを食べる気になれなくて抜いた。昼は頑張って作って食べたけど戻してしまった。夜は食べず布団に入る。なかなか寝付けないまま、結局眠れず朝を迎えた。