重たい身体に鞭打って
5
「当たりを引いたのは柳少女だね!」
初のヒーロー基礎学。そして原作でもあった戦闘訓練。白紙のくじを引いた。
隠し事できない素直なオールマイトが私を気遣うことによる弊害を防ぐため、相澤先生にお願いして「緑谷みたいに接さないよう」釘を刺してもらった。今のところその様子はないから大丈夫だろう。
「最後に訓練ね。ペアはその時選んでいいよ!」
いいなー、と言ったのは峰田か。最後に訓練ってことは全員の個性を見ている。自分の不利な部分を補える相手を選べる。
ヒーローコスチュームはTOAのシンクの色違い版にした。彼の場合、二の腕からリングが垂れ下がってたけど、それは無し。黒基調で、緑のラインは青色に。通気性のある赤いマフラーで口元を隠し黒いゴーグルを装着。ゴーグルは外から目が見えないようになってる。フードとかつければ顔は完全に隠せると思ったけど、風や音を感じ取りにくくなりそうでやめた。
(目元隠せれば他はいらんかったんだけどな…)
取説によるとサーモグラフィ機能がついている。確認がてら更衣室で使ってみたら、高性能だってのは分かった。ただのゴーグルではなく耳もすっぽり覆ってる。耳部分には高感度収音マイクがついていた。すげえなおい。
これまた隣にそっと立った轟に「男っぽいな」と感想頂いた。そら服のモデルが男だしな。身体のラインが出るピチピチスーツも、可愛らしいフリルもいらん。なんかこう、精神的にキツイとこがある。視線で轟のコスチュームの感想を訴えられたから、要望通りなのか聞いたらそうだと返って来た。ダサいとは言えないからユニークだねと言っといた。…全身白…つか片目のそれはねえわ…。
他生徒の訓練観戦は、轟と八百万と並んで見ていた。席近いしね、轟と会話してると流れで八百万とも会話するよね。…八百万の前って峰田、轟の前は常闇、だとそうなってしまうのか…?
注目の一組目が終わる。八百万の指摘に轟は感心していた。これ見て委員長に投票したってことよな。
先生の講評を交え次々と終わる。轟がビルを氷漬けした後に悠然と核に向かって歩く姿に対して「訓練だから許される隙だな」とか思った。言わないけど。
そして最後、私の番だ。
「柳少女、誰と組みたい?」
やるからには勝ちにいかないと、ペアになった人に申し訳ない。体力の低い私をカバーできて、冷静に動けそうな人。
「…尾白」
「俺!?」
「よろしく」
「よ、よろしく」
ビックリしながら選ばれた理由が分からないようで疑問符を浮かべる尾白。「轟君じゃないんだね」とぽそっと聞こえた。
「はい、じゃあ柳・尾白ペアの対戦相手は─…チームB!」
「まじかよ…」
さっき轟にやられた尾白はまた同じ対戦相手に嫌そうだ。瞬殺だったもんな…。
「チームBはさっきヒーローやったからね、今度はヴィランにしようか!てことで、柳・尾白ペアはヒーローで!」
「正直、轟選ぶと思ってたからビックリしたよ。なんで俺なの?」
「私体力面自信ないんだよね。だから後方支援がもっぱらになるかなって。だとすると体力のある前衛が欲しくて。轟と組んだら私やることなくなりそうだし」
「ああ…まあそれは何となくわかる…。前衛って、他にもいたと思うけど」
「冷静に動けて接近戦ができる人が良かったんだ。切島と砂糖は脳筋思考、常闇は間合い取られたら厳しい。爆豪は絶賛センチメンタル中」
「センチメンタル…。対戦相手になったけど、障子は?索敵もできて万能じゃん」
マップを頭に叩き込んで尾白に目を向ける。さっきの瞬殺をまだ引き摺ってるのか、自信なさげだ。
「背が高すぎて会話疲れそう」
「ぶっ、理由…あはは」
150cm舐めんなよ。40cmくらい差があるんだぞ。
「とにもかくにも、全員の個性を知ったうえで尾白を選んだんだ」
「今度は瞬殺されないよう、頑張るよ。でもどうする?障子の索敵もある、入った瞬間氷漬け、避けられてもこっちは核の場所が分からないから時間の問題だと思うんだけど。柳さんの個性って水だよね?分が悪いような…」
右掌に炎を出す。さっきこちらを見ているカメラの位置は確認したから、この角度なら見えないはずだ。
「マジ!?」
「マジ。轟とは中学一緒だったんだよね。だから、私が水と炎使うことは知ってる」
「あいつと同中だったんだな…。これで氷対策は大丈夫、か?」
「氷は問題ない。轟は右で氷、左で炎を出すけど戦闘で左は絶対使わない。なら轟の左側を常に取ればいい。障子の戦闘能力はまだ図れてないけど、体力測定の結果を見る限り強いと思う。そんで、轟はさっき障子を外に出して1人で終えた。だから障子の動き方が分からないはずだ。轟を誘導して、轟の氷で障子を凍らせよう」
「難しそうだな…でもそうか、柳さんの炎を知ってるなら轟は柳さんを警戒する」
作戦はこうだ。身体能力面はこの中で一番低い私は直接やり合うと尾白のお荷物になる。尾白は私を背負いながら最上階を真っすぐ目指す。私のゴーグルにつけられたサーモグラフィと収音マイクを使って核のある部屋を目指す。核を放置はない筈だ。障子か轟どちらか必ずいる。尾白が私を背負うのは、轟の氷対策。道中で轟がいたら私が炎を使って妨害しながら核のある部屋を只管に目指す。捕えるより、核に触れることを優先する。
「時間だ!スタート!!」
オールマイトのアナウンスが聞こえた。訓練開始だ。
モニタールームで訓練の様子を見ている時、他の女子に比べ声が聞こえなかったから多分あまり喋っていなかった。だから、柳さんは物静かな人だと思っていた。
「冷静に動けて接近戦ができる人が良かったんだ。切島と砂糖は脳筋思考、常闇は間合い取られたら厳しい。爆豪は絶賛センチメンタル中」
クラス全員と会話はまだできていない。さっきの訓練で個性は分かっても弱点や性格まで把握した様子の柳さんを見て、純粋に凄いと思った。1組目の後の八百万さんの講評も凄いと思ったけど、柳さんは個々の動きまで見ていたんだ。
(なんかもう、凄い)
開始前の作戦会議。さっきの訓練で瞬殺されて落ち込んでるのさえお見通しなのか、「背が高すぎて会話疲れそう」と面白い理由で障子を選ばず気持ちを上げてくれた。「全員の個性を知ったうえで尾白を選んだんだ」の言葉は嬉しかった。
開始の合図が聞こえ、柳さんを背負う。
「尻尾、乗って大丈夫だよ」
「ありがとう」
おんぶの形だと俺の両手が塞がってしまう。柳さんは俺の肩を掴み、バランスよく尻尾の付け根に乗った。そのまま慎重に中を進んでいく。
「音、聞こえる?」
「…何も聞こえないな。近くにはいないみたい。このまま進もう」
暫く音がしないまま上へ上へと進む。そして次が最上階というところで漸く音が聞こえたらしい。
「2人とも同じ部屋にいる。核兵器そこにあるね」
「迎撃か…」
迎撃の場合の作戦も、柳さんは考えてくれた。戦闘能力の高い2人相手に、核を狙いに行くのは難しい。意識が核に行き過ぎて隙を生みやすいからだそうだ。態と核を狙いに行かず、兎に角障子の動きを轟に封じさせる。俺が轟を相手にし、柳さんが障子を相手にする。「強いからこそ単純な動き」と評した柳さんから氷を躱すアドバイスはもらったけど自信はない。障子にどうやって氷漬けさせるか聞けば、轟、俺、障子が一直線上になるよう動いて俺を凍らせるのに巻き込むという。そんな高度な技できるのか…?とはいえこの作戦、お互いの信頼と動きにかかってる。
扉は空きっぱなし。いつでも来い、と言われているようだ。柳さんは背から降りた。自身を励ますよう気合を入れ、声をかける。
「行こう!」
「あい!」
氷を警戒して先に部屋に入ったのは柳さん。直ぐに続けて入れば氷を使わず柳さんに殴りかかろうとしている轟の姿が。柳さんはそれを躱し、轟に背を向け障子の元へ向かった。その背を追う轟に向かって蹴りをいれようとする。
「邪魔だ」
一言、足元から氷が這い寄る。
(マズイ、間に合わない!)
轟は完全に柳さんを見ている。柳さんは障子の捕獲を躱そうとしていた。やっぱりダメかと諦めかけた時、氷を追いかけるように炎が来た。氷も炎も俺の足に到達する前に消える。
(凄い、後ろも見えてないあの体勢から助けてくれたんだ)
冷静に動けるところを買われたんだ。安心している場合じゃない。俺を凍らすのに失敗した轟が振り返る前に今度こそ一撃与えようとした。
(轟は強い、だから倒そうとするんじゃない、意識を俺に向けるだけでいい!)
ギリギリで攻撃と回避しつつ、視界に柳さんと障子が入らないようにする。背後から聞こえる音から、作戦は順調だってのが分かる。「大きければ大きい程溶かすのに時間はかかる。一度溶かされれば、轟は全身凍らせる勢いで使ってくるはずだ」その言葉通りだった。ひと際大きい氷が襲い掛かって来た。
(ダメだ!避けられない!)
アドバイス通り前寄り横に逸れた、のに間に合わなかった。左足と尻尾が完全に凍っている。
「轟!」
「!悪い!」
轟が背後を見て謝罪をした。振り向くと障子も氷漬けされていた。
「柳さん!核を!」
俺を救けに来ようとする柳さんが視界に入る。轟がフリーの今、俺より核を優先したほうがいい!
柳さんは一瞬目を見開くと、視線をすぐに核に向けた。
(勝てる…!!)
空を切るように轟が柳さんに向かった。あと少しで左手が届く、ってところだった。轟の氷が核諸共柳さんを凍らせた。
「あめぇよ、柳」
炎で溶かしても轟がフリー。いや、あの距離だと核に炎が触れてしまうのかも。轟みたいに熱だけ出すのはできないと言っていた。あと一歩だったのに…。
「ヴィランチーム、ウィィィィン!」
「轟少年が氷を出すタイミングで障子少年に水をかけ一緒に凍らせる。発想はGood!ただ仲間を犠牲にするような作戦だったね」
「柳さんごめん、躱しきれなかった…」
「謝るのはこっちの方だよ。水出し過ぎた…」
やっぱり尾白は身体能力が高い。障子の影で尾白が見えず水の調整に失敗してしまった。あれさえなければ、尾白は躱せていたと思う。
「核を前に突進しない冷静さ!そしてヴィランチームもヒーローチームも、核を傷つけないよう戦っていた!んんー素晴らしい!」
障子みたいな個性は動きが読めないから難しい。正直躱すのにいっぱいいっぱいだった。異形型相手は課題だな…。
講評を受け授業が終わり、オールマイトは颯爽と緑谷の元へ向かった。反省しながら更衣室へ向かおうとすると八百万が隣に並んだ。
「柳さん、炎も出せるのですね」
「轟みたいに熱だけ、ってのは出来ないけどね。威力の調整は課題だな…」
「氷を溶かしつつ仲間を燃やさないようにする正確さ、素晴らしかったですわ」
「ありがとう。そういってもらえると励みになる」
八百万は頭がいいから会話のテンポがいい。そしてしっかりとダメなところはダメと言ってくれるから参考になる。オールマイトにも言われた「仲間が儀性になりうる作戦」について、あの場面ならどうするのが良かったか八百万の考えをなるほどなるほどと聞く。客観的に見たから分かることもあるからね。
放課後に反省会しようよ!というお誘いに「用事がある」と断りを入れる。緑谷が戻ってくれば始まるだろうから、その前に帰ろうと教室を出ればタイミングがいいのか悪いのか、爆豪も一緒だった。後ろから着いてくる足音に、爆豪の宣言聞かずに帰れるか心配になったが、背後から聞こえた「かっちゃん!!」を無視して帰路に着いたら無事聞かずにすんだ。