重たい身体に鞭打って
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表向き入試の最下位が2名いたということになっている。だから今年のヒーロー科は41名。Aクラスが21名、Bクラスが20名。私をAクラス、相澤先生のクラスにするための口実だ。原作キャラ1人もれたらどうしようと思ってたから安心した。
クソ野郎の配下から一時的に逃れている今、轟と仲良くする理由は正直ない。「言うことを聞く」命令で保護にしているのは現状「イレイザーヘッドを殺すこと」だけ。轟と仲良くしろって命令はあったが達成は一応したし、「不仲になれ」「接触を止めろ」という命令はない。魔法で条件を1つ抑制しているとはいえ、反故にした命令が多ければ抑えきれるか自信がない。今は1つだけだからいいが、初期段階で「プロヒーローになり、プロヒーローになったエンデヴァーの息子を殺せ」と命令されている。轟の夢を邪魔するわけにはいかない。事が片付くまで、私は少なくともサイドキック止まりでいなければ。
Aクラスなら「全力のモブどもを上からねじ伏せトップになりたい」爆豪がいる。生半可なことをしてたら突っかかられるな。筆記はまだしも、実技はバレないよう手を抜く必要がある。つっても身体重いから長期戦は向いてないけど。轟がそれをどう捉えるか…。いや、作戦勝ちで進めよう。緑谷方式だ。ガチンコバトルなら雑魚だけど戦略ありきなら勝機あり。
(轟は今盲目的だ。体育祭までは大丈夫だろう。それまでに私が実技に置いて周囲より劣っていると刷り込ませる。爆豪がただ聡いだけならいいんだけど、あいつ騒ぐから面倒だな…)
最悪、相澤先生に要相談、か。
みんな来るんだから扉あけっぱにしておけばいいのに。開けたら閉める精神が大事なのは青鬼だけだと思うんだ。バカでかい扉を開け中に入ると、予想通りの人物が予想通りの動きでこちらに近づき
「俺は聡明中学校出身、飯田天哉だ!よろしく!」
「…柳、よろしく」
「席順は黒板にあるぞ!」
どうも、と素っ気なく返事をして黒板に向かう。まあ柳だしな、八百万の後ろ、ポツンと一つ飛び出た座席。
(…在学中に解決したら、いなくなっても問題なさそうな位置だな)
そういえば在学中に解決した場合のことを考えていなかった。ヒーローになりたい理由も己にかかったクソ個性を解除するためだし、自主退学、もありかもしれない。その時次第になるだろうな。
自分の座席に向かう途中でふと目が合ったのは、久しぶりに見るツートンカラーな彼。
「柳…?」
「久しぶり」
推薦入試以降会っていなかった。元々クラス違って接点なかったし、私は携帯電話を持ってないから連絡手段もなかった。そのまま席に着けば轟は身体をこちらに向け会話を続けた。
「卒業式んときどこにいたんだ?その前の登校日も一回も見つからねえし」
探されてたんかい。しかし何も知らないということは先生には聞いてないってことか。
「色々あってさ、引っ越したんだよ。バタバタしてて卒業式も行けなかったんだ」
いきなり素っ気なくしたら不審に思われる。徐々に、じわじわと、体育祭までに距離を離していこう。
計算尽くしの関係。3年間ただただ罪悪感が増す一方だった。轟家に行ったことはあるけどこれから起こる濃厚な高校生活を考えれば、何とかなると思う。
(自分を変えてくれた緑谷や似たような状況に陥った飯田と距離が近くなるのは自然だ。私との薄っぺらい思い出は廃れていくさ。だって)
そういう風に接触してたから。
「元気そうで何よりだよ」
「柳もな」
状況が違えば前世同様キャーキャー言ってただろうな。
今の轟が隣にいても気にしない人物像は、会話が大人しくパーソナルスペースにズケズケ入らない、会話が続かなくても沈黙が続いても気にならない、そんなタイプ。私自身短気ではないが口調は爆豪に近いから、中学校3年間は心の声が増えた。
(…イケメンはどこから見てもイケメンだよなぁ…)
話すことが無くなった轟が正面を向く。カッコいいっちゃカッコいいけど、精神的に生きている年数が相澤先生より上の私からすると可愛いの比率の方が多い。
続々と生徒が入ってきて原作で見た景色が入り口で起きている。何とも言えない気持ちでそれを眺めていた。
爆弾を隠す幻術魔法、ファントム・コーズは対相澤先生様に組みなおした。一々相澤先生が私を気にしなくていいように、どこから私と相澤先生の関係が漏れるか分からないことを考えての対応だ。それについて伝えたところ複雑な表情で「助かる」と言われた。その表情の意味を詳しく聞かせてほしかったり。
入学式の最中に行われる体力測定。平均下くらいを狙おう。個性ありきなら上位にいなくても轟は不審に思わないはずだ。轟相手に魔法陣を出したり詠唱したり技名を言ったりしてない。先生から態々魔法だと生徒に公言することはないだろうから、水と炎を使う個性、ということにしておこう。
ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走で水魔法を使いあたかも「水を操る個性」と錯覚させる。私の個性が魔法だと知っている相澤先生は私のやり方に目を細めたが咎めはしなかった。後で何か言われそうだな…。
水の応用力が高すぎて半分いい成績を出してしまった。でも順位は12位。狙ってたくらいの位置。我ながら素晴らしい。
「体力、少し落ちたんじゃないか?」
人気を寄せ付けない雰囲気を出す轟が隣にいるおかげ、なのか分からんが今のところ誰とも会話をしていない。というか轟、お前そんな気にする性格じゃなかったろ。腐っても15歳、周囲の空気に押されてるのか?
「あー、分かる?」
「後半バテ気味だったよな」
「…合格して浮かれてたかも…」
先生に聞こえないように小声でぼそりと呟く。私がただの生徒であれば、この発言を聞いたら一睨みしてくるだろう。相澤先生の保護下に入った1カ月半の間、家の中で出来る範囲で個性を伸ばしたり体力づくりをしていたのを先生は知っている。聞いてもスルーしたらおかしいと誰かが勘づくかもしれない。何かに気付くきっかけはいつだって些細なものだ。
「……家でまた特訓するか?」
「相当ヤバくなったら伺おうかな」
基本高校と家の往復以外で外に出たくはない。日本家屋の轟家は大きさを除けば実は凄く落ち着くんだけどね。
更衣室で女子と自己紹介し合い、轟との関係について突っ込まれ「中学が一緒」とだけ答え、テンションの高い葉隠や芦戸の期待を裏切る。女子の中じゃ耳郎と気が合いそうだ。推しキャラ蛙吹ともっと話したい衝動をぐっと抑え、「サバサバした物静かな女子」を印象付けた。
「あの体力測定、本気じゃなかっただろ」
「今更っすけど、なんで家でご飯食べてるんです?合理主義どうした」
「出てるところは一緒なんだから問題ないよ」
料理は人並みにできる。施設にいる間、大人しさゆえに姉ポジにいたから自然と手伝うことが多かった。前世より上手かもしれん。ずずっと味噌汁を飲んだ相澤先生は、で?と理由を問うてくる。
「轟には、私の個性が「水と炎を使う」と勘違いさせてます」
同じ中学という接点、更に今日の様子で轟と関りがあったというのは分かるだろう。
「自分で言うのもあれですけど、自身の個性が割とチート気味なのは分かってんすよ。能力を知られれば知られるほど、体育祭で目立たなかった時不審に思われる」
「…随分先のことまで考えてんだな」
体育祭に出場しない、というのは難しい。なら出場したうえで如何に目立たず終えるかがカギ。
「人の口には戸が立てられない。もしクラスメートが口外で私の話題をだして、偶然近くに」
クソ野郎がいたら、クソ野郎が耳にして私の生存を、雄英にいることを知ったら。いけないいけない、これはアウトかもしれんから言えない。
「………………」
「…全部自分の為っすよ、死にたくないんで。つかここまでくるとそうせざるを得ないんすけど」
一人爆発で終わる威力じゃない。絶対巻き込む。最悪の場合はテレポーテーションでも使って人気のない場所へ行かないと。
「…何も考えたくねぇなぁ…」
身の振り方、交友関係、授業態度、エトセトラ。一々考えながら動くんじゃなくて、その場のノリと勢いと感情で動きたい。特定の親しい人を作れば弱みになりかねないと作らないようにしている。
こういうのってフラグだと思うんだよね。結局、どうしても親しい人ができちゃって、みたいな。
(立ち振る舞いをもっと考える必要あるか…)
フラグはポッキリ折りたい。自己紹介だってみんながフルネームを言う中態と苗字だけ言い、名前呼びさせないようにした。柳の苗字はそこまで珍しいものではない。…いや、周りが珍しすぎるからかえって目立つか?
「お前、考えすぎだよ」
クラス内の立ち位置を練っていると相澤先生にため息を吐かれた。すんませんねそうするしか方法思いつかないもんで。
「俺たちはそんなに頼りないか」
「…?」
先生の言葉の意味を読み取ろうとする。自分のしたいように生きろ、クソ野郎はこっちで何とかする、とかかな。私を助けようとしてくれてんだろうな。そうだと信じていいよな。
…頼ることと、助けを求めるは同義なんだろうか。
「……あんとき、イレイザーヘッドに初めて会った時、命も未来も賭けてたんすよ」
魔法の成功はやってみないと分からない。イレイザーヘッド殺害命令の反故はいつ何からかも自信が無かった。
「そんでそれは、今も同じっす」
死にたくない、生きたい
ただ生きるんじゃだめだ。殺人だなんて罪犯さず平穏…はもう無理でも、これ以上罪も後ろめたいことも犯さず生きたい。自分でもこんなに生に執着があるとは。いや、一度死を経験してるから、余計に死に対する恐怖が大きいのか。