重たい身体に鞭打って

 その後は早かった。流石雄英、流石プロヒーロー集団。私の経歴を調べた後施設及びその周辺を隈なく探索したとか。施設周辺を探したが、あのクソ野郎は痕跡1つ残さずまた行方を晦ました。念には念を、元々施設に子供は10人もいなかったから別の場所へ移動するのは簡単だったらしい。そして私は雄英の保護下、具体的に言うとイレイザーヘッドの保護対象になった。何この展開予想外。
 一身上の都合で、という理由で卒業式含め中学校には試験以降行っていない。イレイザーの住む部屋の隣、雄英まで徒歩10分ほどのマンションでの生活が始まった。イレイザーは合鍵を持ってるから出入り自由、まあ個人的にはありがたい。クソ野郎は私を知っている、だから外に出るときは常時「風読み」という魔法でクソ野郎が周辺にいないか警戒した。風が吹いたときにその風の方向の情報が分かるというもの。クソ野郎スペシャルとして、範囲100m以内に奴が現れたらその方向から風が吹いて教えてくれるという効果付き。当然、外に出ている時間が長ければ長い程私の疲労度は溜まる。おかげで引きこもりっぱなしだ。買い物すら行きたくない。ネットショッピング万歳。家から出なくても食材は買える。ただ、生活費は保護者であるイレイザーから頂いているので極力使わないでいる。働けるようになったら全額返せるよう苦手な家計簿を頑張ってつけている。
 とはいえこうも引き籠っていると身体が鈍る。でも修行できる場所はない。家の中で魔法の精度を上げる訓練と、発動上限や発動個数を上げる底上げをしていた。ただでさえ爆弾が重いのに幻術魔法と抑制魔法、外では探索魔法を常時発動しているのだ。校内では探索魔法は切る予定だけど、精度の高い魔法2つを使用している状態で他の魔法を違和感なく使えるようにするには訓練あるのみ。
 生卵にバリアを張る。ウィングで生卵を宙に浮かしつつ、グラビティで重力を掛ける。3つの魔法を同時に発動しつつ、バリアが割れないよう、生卵を落とさないよう、天井に飛ばないよう調整しながらそれぞれの威力を上げる。魔法を使っている最中は他のことがおろそかになりがちだ。そこは弱点となる。魔法を使いつつ魔法とは全く別のことができるように、鼻歌を歌う。
「夢であるように…何度も…願ったよ……うつむいたまま…」
 クッソしんどい。精神力がゴリゴリ削られてる。ヤバいバリア壊れる壊れる。強度は上げるのみで下げて調整はしない。汗が頬を伝い落ちる。
「囁いた言葉、哀しく、繰り返す…」
 カチャ
 誰かが室内に入って来た音が聞こえた。玄関を開ける音は聞こえなかった、誰だ。瞬時にグラビティとバリアを解除。ウィングを床からではなく扉の方向に向かって発動させる。威力を上げ、扉に向かって生卵が一直線に飛んでいく。扉から入って来た人物を視界に入れるのと、入って来た人物が片腕で顔を防御するのは同時だった。
「あ」
 ぐしゃと顔面に上げた腕、黒い服に生卵がぶつかる。割れた殻と中から出てきた君がボトリと床に落ちた。
「…随分な歓迎だなおい」
「うあ、すんません、つい」
 入って来たその人、イレイザー…相澤先生がため息を吐いた。ティッシュ箱を持って慌てて近寄る。
「玄関が開く音、聞こえなかったのか?」
「すんません…個性の訓練してて」
 服に着いた卵と床に落ちた卵を掃除する。洗って返すべきか悩んでいると、どうせ隣だからいいと先に言われた。
「今日はどういった御用で?」
「試験結果を伝えに来た」
 相澤先生に保護されている身として、高校教師も兼任している先生は殆どを学校で過ごす。だから雄英に入学した方が楽。しかし試験に遅刻してきた事実は変わらないし、加えてヒーロー科への入学を希望していると来た。爆弾を背負ってること、爆弾を幻術で隠していることは勿論知ってもらっている。条件の一つを魔法で打ち消していることは分かってもらってるか自信がない。ただ「俺の個性で消えない白い鎖はなんだ?」と聞かれたときに「抹消で消されないようにした抑制魔法です」って伝えたから、多分大丈夫。とにかくそんなハンデを持っていてもヒーロー科に耐えられるかの確認を含めて、試験内容はめっちゃ厳しかった。
「筆記も実技も一般入試より難易度を上げていたからな。まさか受かるとは思わなかったよ」
「おお、合格、やった」
 落ちたら落ちたで普通科に通うことになるんだろうけど、3年間で決着がつかなければ奴をどうこうする術がない。資格無き者が個性を使うことは許されないから。資格を取るためだけに、奴を捕え自由を手にするためにはヒーローにならなければならないのだ。
「筆記満点、実技は動きの鈍さが気になったが合格ライン。おめでとう」
「筆記満点…実技は、訓練あるのみか…」
 勉強はクソ野郎から教わらず自力でやっていたから、理由はどうあれ自分の力でできたのは嬉しい。ただ実技に関わる個性の扱いや体術、体の動かし方周りはほぼあのクソ野郎の指導のおかげだと思うと素直に喜べない。奴の指導は確実に相手を殺すものが殆ど。致命傷を確実に、素早く、そして一発一発を重く正確に。戦い方は変えないとダメだな。
「急所を的確に狙った攻撃。一歩間違えれば相手が死んでもおかしくないぞ、やり方を変えるんだな」
 分かっていたことを指摘される。そう教えられたんだ、なんて言い訳に過ぎない。相澤先生は合理主義だってことを抜いて、言い訳をするのは嫌いだ。指摘されたことは事実だし理解できてる。
「…はい」
色んな思いを飲み込んで素直に返事をした。それ以外言えることなど無い。
急所を狙いつつ殺さないやり方…もしくは死に至らない急所を狙う…。身に着いた癖は一朝一夕には直らない。相手を確実に殺すために戦いながら相手の癖を見る。周囲の環境を、知り得る相手の情報を、使えるものは全て使って。違う、殺すんじゃなくて捕らえる方に思考を変えなければ。
思考にふけっているとぽすんと頭に手が乗った。びっくりして顔を上げる。
「な、んすか、相澤先生」
「…………」
 何も言わずぐしゃっと頭を乱暴に撫でられ、相澤先生の表情が見えなかった。


 落とすつもりで作成した筆記試験はまさかの満点。これには流石に舌を巻いた。中学の内申を見て優秀であるのは分かっていたが、ここまでとは予想していなかったのだ。そしてそれは実技試験でもだった。
 実技試験内容は難易度を上げ、俺とスナイプ相手に戦闘。正直落とす為だけに用意した内容だった。ヒーロー科ではなく普通科に通わせるつもりで。20分間耐久するか俺たちを戦闘不能にすれば合格。合格基準は伝えていない。ただ戦闘するとだけ伝えてある。
「…この試験って、見てるのは教員だけでしょうか?」
「そうだ」
 何か考える様子を見せるもその後は何も言わず。しかし、その意図は会場について理解した。
「…ファントム・コーズ、解除」
 開始合図前。柳は目を瞑り両手を合わせると静かに言った。すると柳の周りに緩やかな風が吹き、いつもは見えない、柳の心臓から伸びる2種類の鎖と頭上に浮かぶ例の爆弾が現れた。
「これが…例の…」
 爆弾を初めて見たスナイプが思わずと声を漏らす。見えるだけで実際には心臓に存在しているらしい。だからあれに実体はない。
「柳自身が個性で隠してたってことか…」
 リミットボンバーが周囲に見えないよう爆弾を隠すことができると資料にあった。てっきりそれで消えているものだと思ったがそうではなかった。逆に言えば、ここで見えているということは、リミットボンバーは隠していない、柳が逃げ出したか死んだと思っている可能性もあるだろう。
「柳理桜の特例実技試験、開始!」
 アナウンスが流れ実技試験が始まる。遠距離からスナイプ、近距離から俺が攻撃する。後ろからスナイプの援護射撃を聞きながら一気に距離を詰める。こちらの攻撃を受け流しつつ、スナイプの射撃も正確に避ける。何で銃弾が見えるんだこいつは。さっさと終えようと容赦なく攻撃をするのに、綺麗に受け流している。しかも反撃がえぐい。恐ろしく急所を的確についている。恐らく自身のハンデ、動きの鈍さを考慮して最小限の動きをしている。だから何でスナイプの攻撃避けられるんだ。俺に対する動きが緩、スナイプの攻撃は急。緩急つけた防御と反撃。個性を使わせないよう開いていた目を瞬きした瞬間、僅かコンマのその時間が勝負を終わらせた。
「視界操作(ジャック)!」
 目を開くと自分の意図しない方向に勝手に目が動いた。驚きで動きが一瞬止まる。その隙を柳は見逃さなかった。
「ライトニング!」
 身体に痛みと痺れが走る。視界に雷のような青光りを一瞬捕らえた。背後からスナイプの発砲音が聞こえる。目が自分の思うように動くと分かり個性を使っても遅かった。
「アイシクル!」
 足元から急激に身体が氷漬けされ身動きが取れない。視界に柳はいない。バサッと頭から何かが掛けられ頭の後ろできつく縛られた。肌に触れる材質からジャージだと分かる。
「イレイザー!」
 くぐもったスナイプの声、発砲音が聞こえる。変わらず身動きは取れない。聴覚だけが周囲の情報を知る頼りだった。
「っ、重てぇ、くっそ」
 足元から悪態がわずかに聞こえた。よく耳をすませば、荒い呼吸音が聞こえる。こちらに向かって走ってくる足音はスナイプだろう。向かいつつ聞こえる発砲音。
「視野交換(トレード)!」
 急に視界が変わった。見えるのは氷漬けになって頭から黒いジャージを被る黒い…俺だ。そして傍らには黒いTシャツを着ている柳。左腕を抑えている右手からは血が滴っていた。その眼は蒼く光っている。
「な!?」
「っ、視界が入れ替わってんだ!気をつけろ!」
「アイシクル!!」
 視界が再び急激に変わり視界は真っ暗になった。アイシクル、俺が氷漬けにされるときにも同じ魔法をかけていた。
「身動きがっ」
 スナイプもやられたらしい。お互い身動きが取れない。さっさと終わる?馬鹿か。油断していた自分に腹が立つ。本気では戦わない、だからと言って油断していいことにはならない。聞こえてくるのは柳の荒い呼吸音だけ。
「実技試験、終了!」
 アナウンスが聞こえた。はあぁああと背後から息を吐きだす柳の声が聞こえる。パキン、と音が鳴り身体を拘束していた氷が割れたのが分かった。自由になった腕できつく縛られたジャージを外す。先ほどまであった氷は無くなっていた。振り返ると身体の動きを確認しているスナイプ、地面に座り込み左腕を抑えている柳。スナイプの攻撃を食らったらしい、左腕に血が滴っていた。
「マジ、重てぇ、クソかよ、クソ」
 ぶつぶつと女子らしからぬ言葉をもらす柳。柳の疲弊具合の方が酷い。頭上には変わらず爆弾が3つ。
「おい、動けるか」
「…あー、っと…これ隠したら動けなくなる、と思います…」
 ちらっと頭上の爆弾を見上げ、恐る恐る俺を伺う。
「運ぶから」
「お手数おかけします…」
 本当に身体を重たそうにしてよろっと立ち上がる柳を支える。深呼吸し、出血を無視して心臓に手を当てた。
「……我に刻まれし悪しきものを現から隠蔽せよ……ファントム・コーズ」
 ふわっと風が吹く。淡い光は爆弾の周りを浮遊し、やがて心臓から伸びる鎖も爆弾も消えた。いや正しくは見えなくなった、か。そして膝から崩れ落ちそうになる柳を今度こそしっかり支えた。
「その様子じゃリカバリーガールの治癒は難しそうだな」
 スナイプの言葉に同意を示す。疲労を対価にするリカバリーガールの個性は、柳との相性があまり良くなさそうだ。
「とにかく、手当だな」
「…おねがいします…」
 殆ど力の入っていない柳を背負う。あんなデカい爆弾背負ってるのに、柳の身体は想像以上に軽かった。


 推薦入試、一般入試を受けた生徒の中で最も動きが“それらしかった”。個性も勿論強いが、個性を抜いた強さ、身のこなし、体術。ヒーローというよりも正直ヴィランのような動き。ハンデのせいか体力が無いのは分かる。長期戦には向いていない。とはいえプロ2人の動きを封じたのもまた事実。
 Vを見直せば柳の戦闘能力の高さだけでなく、計算高さもよく分かった。後方支援のスナイプの攻撃を食らわないよう俺を必ず間にいれ、しかし態と隙を作りスナイプの射線に入ってスナイプに攻撃させることで、俺を盾にしていると悟らせない動き。射線が分かっていたから銃弾を躱せたのか。
「あの動き、ただ防御したり反撃したり、じゃないね。相澤君の動きやスナイプ君の動きを非常によく見ている。まるで癖や弱点を探しているかのようだ」
 隣で見ていたオールマイトさんが固い声を出す。柳の動きは感心していいものではない。
「そう教えられたんでしょうね。ヴィランに」
 リミットボンバーを捕えようとした武闘派ヒーローが3名死亡している。エンデヴァーによって捕まったが、手練れのヒーローを殺したその実力は伊達じゃない。柳は元々の運動神経が相当良いのだろう。父親は医療ヒーローDr.Eye、東京大学医学部を首席卒業した頭脳明晰さ。母親の当時の全国学生の中でもトップレベルの運動神経。綺麗に良いところを受け継いでいる。素の能力を更に伸ばし才能を開花させたのはヴィラン。
「ヒーローとして活かすならこれ以上にない逸材。我々教師のすべきことは、柳がヴィランにならないように指導すること」
「相澤君がそこまでべた褒めするなんて」
 ─私は、なるなら、ヒーローがいい!!─
 ヴィランになるくらいならヒーローがいい、という意味ならば、彼女は元々ヒーローになるつもりが無かったということだ。…ヒーローになるよう指導、ではなくヴィランにならないよう指導、か。
「……いや、優先すべきは救けることか」
「必ず救けよう。まだ柳少女は、ヒーローじゃない、守るべき1人の子どもだ」
 脱走時期と両親の死亡時期を考えれば、柳の両親はリミットボンバーに殺されたとみていいだろう。
 10年、10年間、ヴィランによりヴィランになるよう育てられた柳の瞳は、死んではいなかった。