重たい身体に鞭打って
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あのクソ野郎の計画に置いて、雄英に最大の難敵がいることを奴は気づいてしまった。国立の高校、先生は全員プロヒーロー。毎年行われる体育祭。気付かないわけがなかったのかもしれない。
「クッソ!クソが!あいつ!雄英の教師なのかよ!イレイザーヘッド!!!」
八つ当たりとばかりにサンドバックにされる。腹パンが諸に入り吐きそうになるのを堪える。
クソ野郎の個性で見えなくしている爆弾。イレイザーヘッドの能力を使えば見えてしまうだろうし、一時的にではあるが個性の効果が切れる。その隙に私が助けを求めることを奴は危惧していた。
「待てよ?イレイザーヘッドは個性を消すわけじゃねえ。仮に消している間にこいつが余計なことを言ったとしても、条件を破ったという事実は変わらねえ。なら奴が個性を使うのを止めた時、俺の個性が発動するな!ふははははは!何も心配するこたねぇ!!」
ガシッと髪の毛を掴まれ頭を持ち上げられる。ブチブチと何本か抜けた音がした。
「だが奴のことだ、俺のことは知ってるかもしれねぇ。てめえが俺の個性にかかってることが奴にバレるのは面倒だ。…つーわけで」
お前ちょっと殺してこい
言われた命令に愕然とした。殴られ蹴られた身体の痛みが、血の気が引く。
「…んに、言って…プロヒーロー、だぞ…」
逆らったら死ぬ、Noとは言えない、否定せず事実を述べると頭を地面にこすりつけられた。
「てめぇの個性はなんだ?あぁ?便利な個性あるじゃねえか、その目ぇ使えば奴に個性を使わせる前に視界塞いで、ご立派な魔法で、遠距離からぶっすりできるだろぉ?あぁ!?」
それとも死にてぇのか?
人を殺すくらいなら自分が死んだ方がマシだと思った。でも、どうしようもなく私は生にしがみ付いていたかった。生きたいと思って、何が悪い。誰に言われるでもなく心の中で悪態をついた。
私が入学することで原作に歪みが生じるのは好ましくない。私は、博打に出た。
雄英に特例で入学し、更に雄英に保護されるように。
自身にかけられた個性が解除できないと悟った私は、掛けられた個性を抑制することにした。常時私の個性が発動状態になるが、覚悟の上だ。目の前で起きた両親の死、弱みを握られないよう施設や学校では特定の中の良い人を作らず、奴の暴力や時に凌辱に耐えた日々。回復魔法が使えるせいで傷跡が残らないから、誰も気づかない。回復魔法じゃ流れた血は戻らないけど、殴る蹴るが主だから流血自体少ない。
(今頃、試験、やってんだろうな)
一般試験をすっぽかして誰もいない海岸にいた。そう、主人公緑谷が掃除したあの海岸。元々ゴミだまりだったから、ここに人気は一切ない。
クソ野郎の言いなりになるのは、ごめんだ。今までは耐えられた、でも、殺人命令は絶対に受けられない。
深呼吸、先ずは、幻術魔法から。心臓に胸を当て、個性を発動させる。足元に薄い紫がかった魔法陣が描かれる。この魔法はこの為だけに作ったもの。
「……我に刻まれし悪しきものを現から隠蔽せよ……ファントム・コーズ」
緩やかな風が私を中心に吹く。魔法陣は淡い光となって爆弾の周りを浮遊し、やがて爆弾に触れないよう文字の刻まれた帯状に変化した。地面と平行に三本の帯が爆弾を囲む。魔眼で頭上を見ればきちんと魔法が掛かっているのが見えた。ポケットから取り出した鑑で頭上を移しても爆弾は見えない。クソ野郎の個性で爆弾は見えなくなっているから、奴の個性が消えた時も同じようになっているか確認する必要がある。
次だ。奴から下された最後の命令「イレイザーヘッドを殺す」。私がイレイザーヘッドに認識される、もしくはイレイザーヘッドが私に個性を使ってくるまでに殺さなければならない。期限は言われていないけど、バレたら面倒、ということはそういうことだろう。
3つの条件全てを抑制するのは正直厳しい。個性を常時発動したままであることも踏まえると、日常生活にかかる負担が大きすぎる。イレイザーヘッドを殺すという命令、あれは「言うことを聞く」という条件だから、この条件だけ反故にする。そうすればこれまでの命令…定期報告しろとか奴に個性を使わないとかも抑制できるはずだ。命令されたものの数が多すぎて、どれだけ抑えられるか。
条件を破っても爆発させない、この為だけの魔法パート2.
魔法陣が再び描かれる、白というよりオーロラに近い、4年かけて作った魔法。
「…我が命にかけられし災いよ、下されし命(みこと)は何たる為か?抑えよ、刹那に滅せよ、我が生の為に…!」
殺さない、生きたい、自由になりたい、んだ!!
「リストレイン・フォー・リバティ!!」
感覚で分かる。心臓の周りにまとわりつく黒い鎖を更に覆うように白い鎖が現れる。黒い鎖に寄り添うように胸から頭上に伸び、幻術魔法の帯に囲われた爆弾をギチギチに縛る。
「…っ、はぁ…はぁ…」
ドクドクと心臓が生を主張する。痛みはない、大丈夫、大丈夫だ、大丈夫。
後ろ向きに倒れる。ここまで波が来ないのか、砂浜に水気は無い。荒い呼吸を整える。今、何時だろう。「高校生になるんだから、もっと良いものがいいわね」と施設の先生がくれた銀色の女性用腕時計を見る。今から雄英に向かえば試験が終わった生徒と鉢合わせる。もう少し待ってから向かおう。雄英は生徒も先生も校門は同じのようだから、先生が出てくるところを見計らえば、大丈夫なはずだ。
倍率300、定員36名、高校にして万を超える受験者数ともなれば、帰るのが遅くなるのは仕方ないのかもしれない。時刻は18時。施設に帰りが遅くなることは言ってある、けど。あまり遅いとクソ野郎がどう出るか分からない。あわよくばクソ野郎が捕まれば最高なんだけど。奴は根倉を変えて私と会うとき以外は廃墟にいないことが分かっている。
受験票片手に校門の壁に寄り掛かり待てども、肝心の人物が来ない。制服なら怪しまれないだろうと制服で来た。いい加減出てきてくれ頼むから。
足音が聞こえてきた。校内からだ。やっと来た!壁から離れ校門に立つ。敷地内からこちらに向かってくるのは、
「お~っと、その紙、受験票か~?いやいや流石に遅刻しすぎだぜ受験生~」
呆れと軽蔑の眼差しを向けたその人は望む人ではなく、プレゼント・マイクだった。
「さっきからず~っといるけど、受験は終わり!さぁ帰った帰った!」
「っイレイザーヘッドを!」
魔法は成功している、大丈夫、爆発しない、私は死なない。心臓をぎゅっと服越しに掴む。今までにない緊張で動悸が激しい。
「イレイザーヘッド、を、呼んでください」
「あいつのファンか?珍しいこともあるもんだ、悪いけどそれは」
「お願いします!!!!」
これを逃したら私は本当に死んでしまう。今の私じゃクソ野郎に対抗する術がない。
頼むから、殺したくない、死にたくない、生きたい、自由が欲しい、自由に生きたいんだ
覇気迫る私の様子が異常だと思ったのか、プレゼント・マイクは私に警戒しながら電話を掛けた。
「リスナー、名前は?」
「…凝山中学校、柳理桜です」
「OK。…イレイザー、お前に用があるっつー受験生がいるんだけど、凝山中…そうそう、唯一来なかった受験生。…お前に、用があるんだってよ」
相当嫌がってるんだろうな。分かるよ。何となく向こうからため息が聞こえたような気がした。電話を切ったプレゼント・マイクは着いてくるよう言った。
異形型に合わせたバリアフリーの校舎は何もかもがデカい。その大きさのわりに扉は軽そうだ。足を進める度に、ドクドクと心臓が大きくなる。命を懸けた大博打だ。魔法が成功したかどうか、会わなきゃ確認する術がない。
正面からこちらに向かって歩いてくる黒い姿が見えた。記憶と違わない、イレイザーヘッドその人。
「9時間大遅刻の受験生が、俺に何の用なんだ」
私を見るその目はさっきプレゼント・マイクに向けられたものの比じゃない。発動していないから私の爆弾が見えないんだ。イレイザーヘッドが私を認識している、爆発は、しない。
「あの、」
言葉が詰まる、大丈夫だ、死なない、死にはしない、生きるんだ、こんなところで死んでたまるか
「早くね、言いたいことは簡潔に、君に割いてる時間はないんだよ」
「シヴィー!容赦ねえなイレイザー」
「うるせえ。…おい、お前大丈夫か、顔色悪いぞ」
呼吸が浅くなる、言え、たった一言だろ、耳の裏がドクドクする、明らかに異常な私の様子に目の前の2人もどことなく焦りが見えた気がした。
「個性で、」
視ろと言えば爆弾が分かってしまう。それは「このことを伝える」に触れるんじゃないか?よぎった不安。
「私を、視ないで、ください」
分かってくれ、大遅刻した受験生が、態々イレイザーヘッドを指名して、視るなというお願いの意図を、お願いだ。視線だけで必死に訴える、視てくれ、視て、助けてくれ、重たいんだ、殺したくない、生きたい。
あぁ?と訝し気な声を上げたのはプレゼント・マイク。言葉の真意を、視線の訴えを、イレイザーヘッドは分かってくれた。目の色が赤くなる、髪が逆立ち、私を確かに視た。
命令を反故にした、イレイザーヘッドは個性を使って私を視た。心臓は痛くない、爆発音もしない。
イレイザーヘッドの個性で私の個性まで消えて、もし爆発してしまったら。それを考慮した個性の抑制魔法。リストレイン・フォー・リバティには外から受ける個性を打ち消す効果もつけている。つまり、抹消の個性を受けない。
「な、んだよ…これ」
幻術魔法が消えている、更にクソ野郎による見えない効果も消されている。心臓から伸びる黒と白の鎖、頭上に浮かぶ3つの大きな爆弾。
絶句しているイレイザーヘッドと衝撃を受けているプレゼント・マイク。魔法は成功していた。大丈夫、これでイレイザーヘッドを殺さなくて済む。
「…10年前脱走してから行方不明になっていたヴィラン、いたよな」
髪が降りる、目の色が戻っている。瞬きしたんだ。
魔法がちゃんと効いていた、良かった。スーハーと態と声に出して呼吸を整える。
「おいおい、おいおいまさか」
「柳と言ったな。リミットボンバー、知ってるか」
答えられない。答えてセーフか分からない。私を見つめるその眼を、ただ見つめ返すことしかできない。
左手に持っていた受験票をイレイザーヘッドに突き出した。哀れなくらいに手が震えている。
「私は、なるなら、ヒーローがいい!!」
ヴィランにはなりたくない。私の、精一杯のSOSを、イレイザーヘッドは受験票を受け取ってくれた。
目的を果たせた、魔法もちゃんと使えていた、その安堵から視界がブラックアウトした。