重たい身体に鞭打って
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転生したこととか、ここがヒロアカの世界だとか、とんでもねえ個性持ったとか、色々思うところはあったけどその時の気分で生きていこうと決めたのが個性発現時。そして…
「『俺の言うことを聞け』」
たった今、前世の最期に感じた命の危機に遭遇している。
6歳の誕生日。医者だった父は道端で倒れていた男性を放置できず、訳ありな雰囲気を感じ家に連れてきた。お人好しにもほどがある、けどそんな父を少なからず尊敬していた。天然な母とお人好しな父、私から見れば明らかに不審者な男に夕飯の上ケーキまで一緒に食べようと言ってきた。見知らぬ男性となんでケーキを食べにゃならんのだ。とは思いつつにこにこしている両親の手前、まあいっかと楽観してしまった自分にも多いに非がある。
白いショートケーキは赤い斑点がついた。「俺の個性はこれ」と個性紹介の為、そして見せしめの為に吹き飛んだ両親。防音の部屋が仇となった。爆発音が外に聞こえていないかもしれない。でなければ今頃通報されている筈だ。
「言うこと聞かねえと、こいつらみたいになるからなぁ?」
ニタニタと、良いもん見つけたと、男は笑う。精神年齢は6歳じゃない私であっても、目に見えた命の危機に、恐怖に、泣きながら頷くことしかできなかった。
爆発系の個性を持ったヴィランに強盗殺人された、一人娘だけが生き残り、親戚もおらず施設に預けられることになった。一人娘はショックのあまりその時のことを覚えていない。ということになっている。
両親を殺したヴィラン…リミットボンバーは施設近くにあった廃墟に住んだ。軽い監視状態だ。私は施設の人や子供の目を盗んで奴に食事や服を渡さなければならない。最初に言われた「言うことを聞く」、その後言われた「このことを誰にも言わない、伝えない」、更に「助けを求めない」の3つの条件のうちいずれかを破ると、胸に仕掛けられた爆弾が爆発してしまう。「言うことを聞く」の時点で奴の言った言葉全部が条件になってしまう。「反抗したり俺を殺そうとするんじゃねえぞ」と言われてるから、奴に個性は使えない。更に「このこと」の範囲が分からない以上、下手に助けを求められない。予想はリミットボンバーを匿ってることやら個性を掛けられていること、だと思う。
男は名を名乗らなかったけど、「凶悪ヴィラン、リミットボンバーが脱走」のニュースを知って確信した。そのヴィランの特徴や個性がまんま一致したからだ。
このまま、やられるわけにはいかない。私の個性は魔法だ。なら、魔法で個性の解除できるんじゃないか。
練りに練って個性の解除を試みようとした。リミットボンバーとの会話の中で、爆発したかどうかは奴に伝わらないことは確認済み。魔法陣を何度も構成しなおし、3つ掛けられたことによって心臓まで到達した爆弾を取り除こうと、そら必死になった。結果は心臓が痛くなるだけで、あともう少し、のもう少しをやろうとすれば間違いなく心臓がやられると悟った。このやり方は、ダメだ。
リミットボンバーの最終目的は聞いている。雄英とエンデヴァーへの復讐。私を雄英に入学させプロヒーローにし、エンデヴァーの息子を殺害することでヴィランにする。雄英出身ヒーローがヴィランになることで雄英への信頼を下げる。更に丹精込めて育てている息子がヒーローとなって間もなく死ぬことでエンデヴァーの「これまで育ててきた苦労」をへし折る。最終的に轟家を私に殺させるつもり、のようだ。その為には個性の使い方も、戦闘に置いて重要な体術面も鍛えなければならない。そういう理由からリミットボンバーから嬉しくもない特訓を受けていた。ヒーローを殺すためにヒーローになる、くそったれが。
もし…原作で登場する敵連合にこいつが接触したら…非常に不味い。それまでに何とかしなければ。
「エンデヴァーの息子と接触しろ、仲良くなれ」
エンデヴァーの息子、轟焦凍が凝山中学に進学すると知ったリミットボンバーの新たな指示。あそこは私立中学じゃなかったか。
「…施設で、私立に通うお金なんかないぞ」
「バカが、あそこは特待生制度っつーもんがあるんだよ。学力優秀者は授業料免除だ。てめぇの事情なんざ知らねぇ、言うこと聞かなければ…分かってるよな?」
私の胸元を見、ニヤリと口角を上げる。今の私には睨むしかできない。言葉にしたが最後、吹き飛んで終わりだ。命令を反故したが最後、私は死ぬ。隠すこともなく舌打ちをして、奴の厭らしい笑い声を背に廃墟を去った。
入試1位で入学した凝山中学校。轟焦凍との接触方法について相当悩んだが、予想外の偶然で接触ができた。あれは本当に偶然だ。トラックに轢かれそうになっていた子供を、奴に鍛えられているおかげで運動神経抜群になってしまった身のこなしで助けた。それを見ていたのだ。クラスが違うから教室内での接触はない。接触に悩んでいた翌日の放課後に下駄箱で遭遇した。
「お前…昨日、子供助けてたよな」
そう、クラスが違うからここで名前を知っているのはおかしい。きょとんとした顔で轟を見る。如何に彼の関心を引くか、彼が好む友人像は、彼にとって「心地良い友人」になるには。ここ最近ずっと思考を占めているのはそれだけだ。しかし襤褸が出たら一気に崩れる。なるべく素で接触しなければ。
「…誰?」
名前を知らない体で尋ねたら少し驚いた表情をしていた。エンデヴァーの息子、として既に有名なのは重々承知だ。その上で聞いた。
「轟焦凍。柳理桜、であってるか?入試1位だったよな」
「よく覚えてるね。…昨日だっけ、うん、まあ助けたっちゃ助けたね」
「あの身のこなし、普通じゃねえ。どうやって身に着けたんだ?」
いったいところ突くなこいつマジ。前世じゃ2番目に推しキャラだったイケメン少年。1番は蛙吹さんです。クソ可愛い。じゃなくて。
「知り合いのおじさんに教わって。中学入学して間もないけどさ、実は雄英行きたくて。今の内特訓してるんだ」
彼の目指すところも雄英の筈。さあ食いつけ、仲間意識は無くてもいい。しかし彼の幼少期を考えれば少なからず孤独は感じているだろう。目指すものが一緒なだけで、自分と同じだと勝手に思うものだ。事実同じだし。
「雄英…ヒーロー科か?」
「うん。……ヒーローになりたいんだ」
あいつを捕まえる為、自由に、私の時間を生きる為。なんて言葉を飲み込みぐっと右手を握る。真剣な空気を出せば如何に本気か分かってくれるよな。
「運動面は頑張ってるんだけどね、体力とか反射とか。でも個性の方、特訓したくてもする場所が無くて…って、ごめん、なんか1人語っちゃって」
自分で言うのも何だがこんなキャラじゃない。自分の口調に気持ち悪さを感じながら轟を見た。
「そうか……」
「…あー、何か、用事あった?」
「いや、何でもねぇ」
特待生制度の為に私は常に1位を狙っている。大人げないとか関係ない。雄英の偏差値を考えてもまだ学力足りないんじゃないかと思っている。轟の学力もそんなに悪くないはずだ。クラス編成で学力を偏らせることは無いだろうから、同じクラスになることはないかもしれない。とにかく、ここでとりあえず接触できたのなら上々。今後少しずつ接触して、仲良く…どこまで仲良くなれるか分からないけど、会ったら会話するくらいには仲良くなろう。
クソ野郎の言いなりになりながら過ごした9年。入学して間もなく接触した轟とは意外や意外、初対面から数カ月もしないうちに割と仲良くなった。学力1位で良かったと思う。「分からねぇところあるから教えてほしい」とか、「雄英目指してんなら、俺の家で特訓してみるか?」とか、「組手の相手してほしい」とか、気付けば轟家にお邪魔するほどの仲になった。おかげで轟家の構造把握してしまったし、エンデヴァーとも遭遇してしまったし。クソ野郎の下品な笑いが只管腹立つ。
特待生の推薦入学が近づく。学校では個性を一切使わなかった。それが原因か、将又エンデヴァーの息子という肩書のせいか、推薦されたのは轟だった。
「個性の扱いはままならないにしても、学力は明らかに柳の方が上だろ」
態と個性がまだ扱いきれていないふりをしている。これはクソ野郎の命令だ。手の内を全て見せなければ、来るべき時のアドバンテージになる、と。奴の個性の条件爆弾のサイズは、設置してからの時間に応じて威力が増すものらしい。つけられた頃はピンポン玉サイズだった爆弾は、今や身長150の私に追いつきそうな勢いだ。多分120cm以上。それが3つ。「位置を変えてやるよ」とアリガタイことに心臓につけられていた爆弾は、風船のように頭上に浮いている。爆弾から伸びている黒い鎖は私の心臓にまとわりついている。爆発したら頭上で爆発するんじゃという期待を裏切るように、ただ外に出しているだけで実際についているのは心臓らしい。重さに比例するかのように重たい爆弾。体重の半分、とかじゃないだろうか、分からんけど。身体がくっそ重い、物理的ではなく精神的に。体重計乗っても爆弾分はカウントされないのが腹立つ。
重りのせいで身体の動きが鈍るのは当然で、轟との組手は当然一度も勝てたことは無い。轟は男女差のせいだと勘違いしてくれている。しかし幸か不幸か、重さに慣れれば動きも一般人と変わらないようにはなった。体育の成績は5段階評価でギリギリ4だ。
「偏差値高いとはいえヒーロー科。身体能力と個性が肝なんじゃね」
「柳の個性も十分強いだろ」
「どうもどうも」
個性を使った訓練なら私と轟は五分だ。氷使うならこっちは炎で溶かせばいいし、仮に炎使ってきたとしても水で消せばいい。轟にとって相性は最悪だろう。全身氷漬けにされても思考できれば発動できるのが私の個性。ノーモーションが強み。轟に個性は伝えていないが、水と炎ばかり使っていたからいいように勘違いしてくれた。
「まー、落ちないとは思うけど、頑張れ」
「おう」
学校からの帰り道。明日推薦試験だから私は大人しく帰る。学校を出て帰路に着く轟の背を見た。
「…轟」
「ん?なんだ」
振り返って私に言葉の先を促す。想像していた以上に友人関係を築けた。彼の家庭環境は、聞いてほしいって言われたから知っちゃいる。自身の目的に必死な彼は私に関心がないから、私の家庭環境やら事情は一切効いてくることは無かった。あれ、友人なんだよな。…いや、彼から見ると友人じゃないかもしれん。他の人よりは彼に近いと思うけど、彼しか分からないことだ。
「あのさー」
心臓重いんだけど、助けてくんね?
口から零れそうになった言葉を飲み込む。服の上から爆弾のある心臓部分を掴む。言ってどうする、爆発するぞ。目の前で吹き飛んだら流石にトラウマになるだろ。
「柳?」
「……ヒーローに、なってくれよ」
クソ野郎から私を救ってくれよ、なんて言っても仕方ないと分かってる。私が言える精一杯のSOS。どいういうことだ?なんて顔した轟に今度こそ「じゃあね」と背を向けた。
あーあ、自分で自分のヒーローになるしかねえのかなぁ。