そうきたかぁぁ!!
中3 バレンタイン
秀徳の学校説明会は可もなく不可もなくという印象が強い。設備の古さが非常に気になるけど、そういえば前世では県内トップレベルの古い校舎だったしまあいいかと考え直した。一応視野に入れていた霧崎第一も学校説明会へ向かった。友人で学校説明会に来るという人がいなかったのでちょっとぼっち状態だ。
印象としては…思ったよりお坊ちゃんお嬢ちゃんな感じがする。なんだろ、プライド高い人多そうだなって印象。生花宮が見れなくてちょっと残念である。
兄貴も「いいんじゃないか?校則が厳しいってことはそれだけ安心できるし、俺としては秀徳行くなら嬉しい」と秀徳を推された。校則が厳しいからってチャラい人がいないわけじゃないんだぜ兄貴…。あ、でも学校説明会の印象でチャラそうな人は確かにいなかったな。
受験の為に勉強するなんてこともなく、かといって周囲の空気を壊すわけでもなく無事前期試験を終え高尾と互いに「おめでとー」とお祝いの言葉を投げて終わった。
「降谷ちゃんってバレンタインに誰かにチョコあげるの?」
お昼休みに彼氏持ちの山田ちゃんから聞かれる。青井ちゃんも便乗するように「気になる!」と興味津々だった。
「いや?去年と同じく貰ったら返すスタイル」
「やっぱりかー。最後だし誰かにあげるかと思ったけど」
正直自分がモテる人間だという自覚はある。あの降谷零の妹だぞ?あの、降谷零の、だぞ?国宝降谷零と同じ両親だぞ、可愛くないわけがない。性格は…まあ置いておこう。とにかく、良くも悪くも見た目がいいので何かと大変なのだ。兄貴も大変だったんだろうなと毎年遠い目で兄貴を思う。
一年の時は友チョコとか親しい男子に義理チョコとか上げてた。受け取った本人は義理だと分かっていつつ嬉しさだか何だか自慢していたようで、その男子が本命と勘違いした人が続出したのだ。その上で他の男子にも義理だ何だとチョコをあげてれば、あっという間に修羅場の出来上がり。「人の男とるな!」なんて言われる日が来るとは夢にも思わなかった。
「あんな修羅場二度とごめんだ…」
「…凄い言い辛いんだけどさ」
青井ちゃんが周囲の目を気にしながら私の机に身を乗り出した。青井ちゃんが言おうとしている内容に心当たりがあるのか山田ちゃんも険しい顔をしている。
「去年そのスタイルで、一杯チョコ貰ってたでしょ?女子から」
「そういえば…普段親しくない人とか隣のクラスからも貰ったなぁ」
「あれね、降谷ちゃんのチョコ欲しい男子がホワイトデーのお返しもらうためにその女子にお願いしたらしいよ」
「…マジ?」
「マジ。しかも聞いた話だとお金が発生してるらしい」
「まあ降谷ちゃんの手作りってだけで箔があがるのにめっちゃ美味しいからね…お返し目当てで渡してる女子もいるっぽいよ」
年に一度のイベントにそれなりに燥いでる私は毎年ガチでチョコづくりしている。まさか、それが仇となった…?
「…まあお返しのチョコが誰の胃袋に納まろうが気にしないけど…金銭が発生してるのは嫌だなぁ…」
「自分の知らないところで知らない人に渡ってるのはいいの?」
「あげた時点でその人のものだし、そのあとどうこうは流石に口出せないよ」
もらったものが自分の苦手なものだったとか、実はアレルギーでしたとかだったら寧ろ食べない方がいいだろうし。そこは気にしていない。ただ自分のチョコが原因で金銭関係が発生しているのはトラブルの元だ。
「…今年誰にもあげなんどこうかな…」
「降谷ちゃんが人間不信になった」
「いっそ市販のチョコでいいんじゃない?」
「今年は市販にするかぁ…」
今年何作ろうってルンルンだったのに気分がた落ちだ。こういうとき男子だったらバレンタインは受け身で終わるのにね。
バレンタインに男女は関係なくなったらしい。海外じゃ男性が女性にバラを送るくらいだから、女性が男性にチョコを送る日本の文化がおかしいのか。
「降谷ちゃんおは……なにそれwwwやっばwww」
「ああ、高尾…おはよう…」
下駄箱にはカラフルな包装の数々と手紙が入っている。
「開けたらなだれ落ちてくるなんて経験初めてしたわ…」
「モッテモテじゃん!…俺んとこ一個も入ってねー!」
去年の反省を踏まえて持ってきた紙袋に確認しながら丁寧に入れていく。それを見た高尾が「用意周到www」とまた笑ってた。上履きに履き替え教室に入りると高尾は再び爆笑し私の目は死んだ。
「机やべえwwwww写メwww写メ撮るww」
「引き出しまで入ってんだけど…」
机の上にもまた色とりどりの包装紙に包まれた箱や焼き菓子やらチョコ、引き出しにも及びやはり同時に手紙も何通か見える。親しい人間は直接渡してくるから、親しくない人間だな…。高尾は「男子よりモテてんじゃんww」と爆笑しながら写メを撮ってる。
「おはよー、降谷ちゃん去年より凄いんじゃない?」
「今年最後だからねー」
「最後の力強すぎwww」
「高尾同じ高校行くんだっけ?背後気をつけなよ」
「待ってww俺刺さんの?www」
「高尾マジ笑いすぎ」
机上や引き出しのバレンタインも下駄箱と同じように確認しながら丁寧に紙袋に入れていった。念の為持ってきた2枚はパンパンだ。
お昼休みになり、教室から逃げるように手紙とお弁当を持って出た。この時期は寒いから屋上は誰もいない。寒いから屋上には出ず、屋上へ出る扉の前でご飯を食べ終え手紙を一通一通確認していった。何と言うか、やはり告白だった。
「…下級生もよく知ってるなぁ…」
とりあえず8通。全員男子からの告白だった。前世じゃまず味わえなかったモテル体験は思ったよりキツイ。私と付き合うというアドバンテージを目当てにしてる人もちらほらいるから、本当に恋なのかそれが目当てなのか分からない。直接の告白なら何となくわかるんだけどなぁ。態と教室で「今年は市販」と言ったのに、高尾の言う通り最後の力強すぎ…。
お昼に戻ってきたら少しチョコの山ができていてマジかと額に手を当てた。更に放課後には呼び出しで告白され、下校中に他校生から告白されて回りまわって恐怖を感じた。
「ただい」
「怪我無し!盗聴器無し!香水の香り無し!硝煙の匂い無し!血の匂い無し!車は!?」
「…傷無し」
「All Green!OK!おかえりー」
珍しくバレンタインと言う日に返って来た兄貴の手には私と同じようなものはなかった。そういや公安だもんな、他人の手料理食べられないか。リビングに来た兄貴はローテーブルに置かれたバレンタインの山に顔をひきつらせた。
「…凄いデジャブを感じるんだが…」
「…やっぱ兄貴も同じだったんだね…」
「女子の方が圧倒的に割合多そうだけど…まあ嫌われてないなら何より」
「この中の何人が純粋な気持ちでくれたんだろうね…」
「純粋な気持ち?」
「去年作ったチョコ、裏で金銭が発生してたらしい…」
「……恐ろしいなお前は…」
絶句した兄貴はチョコの山から目を逸らし自室に入った。甘いもの嫌いじゃないけどこうも大量だと嫌いになりそうだ。スーツを脱いでリビングに戻って来た兄貴と夕食をとりながら、あの山について話す。
「全部食べるのか?」
「貰ったからには食べないといけないよね…感想聞かれたら面倒だし…トレーニング増やそうかな…」
「…学生時代を思い出す…」
「兄貴はもらったの全部食べたの?」
「中学時代は食べてたけど、高校入ったら笑い事じゃなくなったからそもそも受け取らなかったな。バレンタイン前に、口の軽い女子にチョコ貰わないって宣言しておいたから。それでも渡してくる女子には返してたよ」
「本命的にはその対応きつそー」
「1人良しとしたら意味ないだろ」
それもそうか。来年も同じ匂い感じたらもっとしっかり先手打っておこ。青井ちゃんと山田ちゃんいないからちょっと不安だけど。
足の早い生ものから消化して、比較的マシであろう焼き菓子は後回しにすることにした。クッキー系統は一番最後。一度に全部食べられるほど甘党じゃないから日分けして食べるか…ダメになっちゃったらごめんなさい。
何個目かの包装紙を開けて綺麗に焼かれた明らかに手作りのマフィンにかぶりつく。舌触りに気持ち悪い違和感を覚え食べかけのマフィンを見て目を見開いた。
「うっ」
マフィンを手放してドタドタと煩く走りトイレに駆け込む。そのまま食べたばかりのマフィンと、あまりの気持ち悪さと嫌悪感から夕飯すら戻してしまった。
「ゲホッ、ゲホッ、うぇっ」
「理桜!?どうし…」
兄貴は未だ吐き続ける私の背を撫でながら、多分吐き出したものを見て眉を染めてると思う。気持ち悪い違和感、そして食べかけのマフィンから顔を抱いたのは意図的に入れたとしか思えない髪の毛だった。生理的涙をぽろぽろ流しながら落ち着いたころにトイレットペーパーで口を拭う。
「ギモヂワルイ」
「水もってくるな」
「ありが、うっ、ゲホッ」
落ち着いたのは40分も経った後だった。荒い呼吸をしながら冷や汗を流しぐったりする私を軽々しく抱き上げ、リビングのローテーブルが見えないよう私の部屋のベッドまで運んでくれた。汗で着替えたいけど正直起きる気力もない。
「あそこにあるお菓子、回収していいな?」
処分じゃなくて回収というあたり何をする気なのか察する。物が何で私が受け付けられないだろうから無言で頷く。
「誰か、分かっても何もしないで」
「何言ってるんだ、嫌がらせにしては質が悪すぎる」
「進学先一緒の人1人しかいないんだよ…そいつからもらってないし、誰か分からんけど高校行ったら会うことないから」
「……何かあったらすぐ連絡すると約束できるか?」
「…善処します」
「はぁ…ったく、そういうとこまで俺に似なくていいのに…」
自分で出来てしまうから人に頼らない。頼るより自分が早いからと言うより、頼る必要性を感じていないから頼らないんだけど兄貴も同じタイプだと思う。必要性を感じたらかなり緊急事態ってことだから寧ろわかりやすいんだけど。
兄貴は翌日の午前半休を取ってくれて、私を病院まで連れて行ってくれた。あまりのショックに何も食べられない私は検査も兼ねて入院することに。面会時間ギリギリに再び病院に来た兄貴によると、あのマフィンの他にも血が入っていたチョコがあったらしい。嫌がらせなのかメンヘラ的なあれなのか分かんないけど、マジで勘弁してくれ。