うちの従兄弟がクソ可愛い

12歳

 月日が過ぎるのはあっつーまだね…。もう小学生終わるんだぜ…。来月から中学生だー…思春期的に一番めんどくせー時期だ…。よく言えば青春、悪く言えば面倒。
 計画的に荷物を持って帰っている私はもう学校にはほとんど荷物が無い。今日はリコーダーを吹きながら帰っていた。スクールバスで止まったバス停から15分歩けば我が家に着く。吹いてる曲は懐かしきかなonly my railgunだ。案外覚えてるものだね。
 ピポポピーと吹いていると、周囲の空気が変わったのを感じた。リコーダー吹いたからじゃないぞ、これは例のあれの奴ですね、良くないヤツ。音量をデクレッシェンドしながら周囲を見渡してギョッとした。
 ここどこやねん。
 あ、ありのままに起こったことを言うぜじゃないけど、つかその元ネタ漫画見たことないんだけど、外を歩いていたはずなのに気付いたら建物の中にいたんですが。やっすいホテルの廊下みたいな場所にいるのですが。
「…こわくねーぞ?こわくねーし」
 いつもその場所の空気が変わるだけだったから、今回みたいに場所事体変わるのは初めてだ。相変わらずグロいのもホラーもダメだけど、適応力と順応力はかなり身に着いたと思う。武器になるもの何かあるかな…。ダメだ、リコーダーもランドセルの中身も、武器にするのはともかくここから出た後使い続けるのが嫌だ。とりあえずリコーダー仕舞おう。
「まずは武器調達か」
 突き当りの窓の外は真っ暗だ。真っ暗ってか、黒い画用紙を張り付けたみたいに黒い。外は出られないだろうなぁ。部屋は4つ、301号室から304号室の札が扉の上に書かれてる。301号室の正面にはエレベーター、304号室の正面には階段がある。30から始まるってことは3階かな。何が歪って安いホテルみたいな内装なのに廊下の幅が車一台通れるくらい広いってところ。無駄に広い。廊下を端から端まで歩いて何となく情報を掴んだところで、正面に階段があって逃げやすい304号室を開けた。鍵かかってないのはありがたい。
 中に入ってこのホテルが何のホテルか察した。うん、ガラス張りで中身丸見えの風呂、キングサイズのベッドと散らばってる個包装に包まれてるアレ。
「ってラブホかい!!!」
 思わずキングサイズのベッドをボスッと殴った。…意外にふわふわしてんじゃねーの…。じゃなくて、武器調達…え、ラブホで武器調達?
 戸棚を漁っていたらコード付きの電動マッサージ機。うん略したら途端に卑猥になるあの道具。正式名称でいうと健全に聞こえるから不思議。コード部分を振り回せば中・遠距離攻撃には使えそうだ。というか他に使えそうな武器が無い。電動マッサージ機を振り回し武器にする来月から中学生の女児…字面がヤバい。
 他に漁ったが目ぼしいものが無かったので304号室から出た。推定3階の他の部屋も全て鍵が開いており、中を漁ったがこれといったものはなかった。
 いつ奴らが来てもいいようマッサージ機をぶんぶん振り回し、更に音に気付いて来てくれればさっさと終わると態と歌いながら廊下を歩く。ここでエレベータ使うとフラグだからね、閉じ込められるフラグ。乗らぬが勝ち。
「だーいたんふてきにはーいかーらかくめいらーいらーいらくらく反!戦!国!家!」
 後で上るとなると疲れるから先に上から見ることにした。


 警察学校を卒業して最初の交番勤務も残りわずかとなったある日、珍しく5人の休日が重なったので「いつまた集まれるか分からないし!」と萩原の提案で遊ぶことになった。久々にゲーセン行って相変わらず零のチートを見たり、松田と意外に伊達が音ゲーでいい勝負してたりと中々楽しかった。
「飯食って解散かなー」
「酒飲めたらよかったんだけどな」
「来年だろ?全員二十歳んなったて集まれたら飲み行こうぜ!」
 萩原と松田の会話に、来年もこうして集まれたらいいなと零と顔を見合わせる。俺と零は春から公安に異動する。集まれたらいい、きっと難しいだろうけど。
 どこで飯食う~?と会話をして道を歩いていたはずだった。歩みを止めたのは全員同時だった。
「…は?」
「え?」
 困惑の声が誰ともなく上がる。覚えのある感覚に、背中に嫌な汗が伝った。
 気付いたらどこかの廊下のような場所にいた。安いアパートの様なホテルの様な内装をした廊下。5人横並びはできないけど3人は余裕で並べるくらい広い廊下で、天井の蛍光灯が弱弱しく光っている。
「ここどこだ?」
「俺たち…外いたよな?」
 零がポケットから携帯を取り出し「圏外だ」と告げる。
「なーんか、嫌な感じすんね」
「萩原、その感覚正解だぞ」
 あの時は知ってる場所が変な空間のようになっていた。今回はあの時と違う、突然知らない場所に飛ばされた。何より違うのはあの子がいない。
「諸伏、何か知ってんの?」
「あぁ…まぁ」
 さてどう説明するか。飛ばされてしまったらしい以上、話せば半信半疑でも半分は信じてくれるはずだ。現実主義の警察官がこんなオカルト的な話をするのはいかがなものかと思うが、信じる信じないは個人の自由だと思う。
「…ヒロが前言ってた“連れてかれた”ってやつか?」
「…恐らくは…」
 東都の高校で偶然にも再開したのは幼馴染の零。その時話した内容を覚えていたらしい。あの時は「非科学的だな、夢でも見てたんじゃないか?」と親と全く同じことを言ったから苦笑しながらもそうだなとしか返さなかった。信じてもらえるとか思ってなかったけど、自分の言葉を信じてくれなかったことより、あの子が一人ぼっちになってしまうんじゃないかと言う不安の方が大きかった。視てしまった、あっちの世界と勝手に呼んでるけどその世界に連れてかれた俺は今でもあの時のことを覚えている。俺ですら恐怖で身がすくんだんだ。小さく泣き虫なあの子はもっと怖いに違いない。
 久しく会っていない遠方の子どもに思いを馳せていると、松田が「何の話だ?」と突っ込んで来た。
「とりあえずここから出てみればいいんじゃないか?1階に行けば外に出られるだろ?」
 冷静な伊達は話の内容を理解できていないながらも、今一番すべきことを提案してきた。
「そうだな。エレベーターは故障してるみたいだし、階段か」
 501号室の正面にあるエレベータは「故障中」と古ぼけた紙が貼られていた。零が「ここはホテルだな」と相変わらずの頭の良さでその理由を説明してくれる。突然身に起きた現象に警戒しつつも危機感は覚えていない4人に対し、またあの時の女のような幽霊がいつ襲ってくるかと身構えていると萩原に「諸伏怖がり過ぎだろ」と笑われた。苦笑しか返せない。零はそんな俺を心配そうに見てきたが何とか大丈夫だと答えた。
階段を下りている途中、階下から声が聞こえてきた。正しくは歌声だ。
 しょーねんしょーじょー戦国むそー うきよのーまにーまにー
「誰かいるみたいだな」
「女の子?」
 ペタペタと階段を上る音が聞こえる。それと同時に歌声も大きくなっていく。その声はどこか聞き覚えのあるので。
「せんぼーんざくらーよるにまぎれー!きみのーこーえもーとどかないよー!」
「諸伏!?」
 間違いない、あの子の声だ。階段を駆け下り踊り場から下の階を見下ろした。
「瑠依ちゃん!」
 向こうはまだ雪解けの時期かどうかで寒いから東都の様な春物はまだ着れない。赤いランドセルに冬服を着た女の子が、何かを振り回しながら4階にいた。女の子…まさしく瑠依ちゃんは俺を見て目を丸くした後「ヒロ君だー!」と何かを振り回すのをやめた。
「ヒロ君だー!一年ぶりのヒロ君だー!」
 最後にあったのは高3の年末年始。清志君と裕也君と、久々に帰って来た兄貴と5人で人生ゲームをしたのが懐かしい。階段を駆け下り笑顔の瑠依ちゃんに目線を合わせる。そういえば何を振り回していたんだろうと、瑠依ちゃんが持つコードの先を見て身体が固まった。
「あれ、女の子だ」
「諸伏知り合いかー?」
「…それ…」
「あ」
 かつかつと階段を降りてきた4人は口々に何かを言うが、恐らく俺と同じものを見て閉口した。
「…瑠依ちゃん、これどうしたの?」
 これ…瑠依ちゃんが持っていた、未成年がそもそも持つべきものじゃない大人の玩具を指さす。瑠依ちゃんは小さな手でそれを拾い上げ…あ、だめ、凄い犯罪臭、主に俺が。
「武器」
「電マを武器っつー小学生初めて見たんだけど」
「松田!シー!」
 瑠依ちゃんは俺の後ろの4人に気付きジーっと4人を見つめた。清志君と裕也君に「意外に人見知りするんだねー」と驚いていたけど、瑠依ちゃんも割と人見知りするタイプだぞ。
「…ヒロ君の友達?」
「ああ、同じ警察官だよ」
「ふぉおお、科学的に立証されるものしか信じない圧倒的現実主義者集団」
「瑠依ちゃん警察に恨みでもあるの?」
 感動したような声色のわりに死んだ目をしながら電マを構える瑠依ちゃん。
「んで諸伏、その子誰?」
「橘瑠依ちゃん、俺の実家の近所に住む子。確か来月から中学生かな?」
「中学生ですねぇ」
 堂々とした言葉と裏腹に、視線を一身に集め居心地悪そうに俺の後ろに隠れる瑠依ちゃん。
「諸伏、お前顔ヤバいぞ、通報案件だ」
「俺がお巡りさんだ」
「絵面が犯罪臭しかしねえんだけど」
「それで?瑠依ちゃんが何でここに?」
 零の問いかけに益々顔を隠した瑠依ちゃん。ジャケットの裾をきゅっと掴みながらそーっと顔をのぞかせたかと思うと、零と目が合うとピャッと顔をまた隠した。
「何だその小動物」
「俺の知ってる中学女子と全然違うわ」
 一向に話が進まないことにそういえば俺も脱線させてる一人だわと気付く。瑠依ちゃんがここにいる理由はともかく、出られるならこの建物から出よう。きっと出れないんだろうけど。


 まさかのヒロ君とどこか見覚えのあるお友達の登場に動揺、激しく動揺、略してはげ動。ヒロ君達も私と同じように気付いたらここの5階にいたらしい。5階から上に行く階段が無かったらしいから最上階は5階か。思ったより大きいホテルじゃないんだな。
 子どもが持つものじゃないと取り上げられそうになった武器を死守して、1階から出るというのでやむを得ず従って階段を降りる。どうせ出られないよー。
「瑠依ちゃん怖くない?」
「毎回怖いって言ってたら帰られないから怖くない」
「毎回?」
「でも今回みたいなのは初めて」
 耳聡く言葉を拾って聞いてきたパツキンの兄ちゃんの言葉をスルーする。この人が一番信じ無さそう。どこかで見たような気がするな?って思ったけど宮地兄弟と髪の色が似てるからそれのせいかもしれない。肌の色全然違うけど。清志君と裕也君美白だから、マジ羨ましい。
「どのくらいの頻度だ?」
「頻度…月一であるかどうか?あ、でも修学旅行で東都来た時は一日に4回もあったから、人の多さと言うか、何かそういうの関係あるのかも。事件の数とか?」
 ニュースで流れる殺人事件だの強盗事件だのなんだのの殆どは東都だ。というか事件多いな?流石都会。…都会怖い…。その怖い都会に清志君と裕也君はいるのか…危ない、とっても危ない。お守り買って送ろうかな…東都の方がそういう神社多そう。
「今日は東都にいた…わけないよな」
「学校帰りだった。ね、なんだろうね」
「こいつら何の話してんの?」
「会話だけ聞くと中学二年生特有のヤツ思い出すわ」
「あークラスに1人いたよな、拗らせてるやつ」
「お前らなぁ」
 頭が高いぞを素でやる中学生がそのうち現れるので、私のはまだマシ…というか私別に中二病じゃねえし!ひそひそ話す天パの兄ちゃんと警察官にしてその髪の長さ大丈夫かと心配になる兄ちゃんの会話にムッとする。ヒロ君がそっと頭を撫でてくれた。ヒロ君これはモテるな?
 1階へ降りて「←ロビー」の張り紙に従い左へ向かう。反対側壁だからそっち行くしかないんだけどね。そしてロビーに近づくにつれピシャリピシャリと水を打つような音が聞こえてくる。警戒心マックスな私とヒロ君に対し他の4人は「水漏れ?」「にしては音強くねえか?」と気楽そうに話してる。
 廊下からカウンターらしき窓口が見える。その奥は直ぐ突き当りで左側にエレベータがあるのだろう。カウンターの奥の部屋はこちらからは見えない。カウンターの反対側がきっと出入り口だ。水音も大きくなっていく。
 完全に身構えている私らを不思議そうに見ながら、天パの兄ちゃんを先頭にロビーへ出た。そして彼らは直ぐに足を止めることになる。金髪の兄ちゃんの後ろからソロっと顔を出して様子を見た。
 ロビーの中央に、血まみれ、内臓飛び出てる全裸、頭の方向や足の方向がおかしい人間ぽい何かがいた。手足も頭も2人分なのに胴体は一つしかない。そいつが腹を床にピシャリ、ピシャリと打ち付けていた。R-18とR-18Gが一気に視界に入ってくる。思わず「きもちわる…」と呟くとそいつが動きを止めた。
「なん、だよこれ」
 こいつが諸悪の根源かな、だったらこいつどうにかすればいいのかな。流石に気持ち悪くて近づきたくないんだけど。あ、でも武器投げればそれでいんじゃね?こういう時のマッサージ機、当たらなかったらアウトだけど、そこそこ的大きいし当たるよな、つか当たれ。
 そいつは器用に8本の手足を動かし振り返った。上にある頭は男のように見える。下に引っ付いている顔は長い髪を垂らした女のように見える。血走った目で口からドロドロ血を流しながら、4つの瞳がピンポイントで私を捕らえた。
「ア”ァ…イ”イ”ナァ…ヂョウダイ”…」
「ヒッ」
 誰かがひきつった声をあげた。後ずさる彼らの前に吐き気を抑えて躍り出る。そしてマッサージ機を思い切り投げた。
「誰がやるかよバァァァカ!!!」
「瑠依ちゃん!?ダメだ!!」
 投げた直後に誰かが私を抱き上げた。ヒロ君じゃない、視界に入った手の色は褐色だった。投げたマッサージ機はそいつの背中にゴツとそこそこ軽い音で落ちた。瞬間、そいつの全身を青白い稲妻のようなものが走る。いつもの光景だ。
「ガァアアァオヂイィイィヂョウダアァア」
 苦しそうな濁った悲鳴と願望を叫びながらそいつはビシャっと倒れた。そしてサァーっと砂のように消えていく。ぎゅっと背後から抱きしめられて背中の温もりが安心感を与えてくれたけど、それ以上に吐き気を堪えるので精いっぱいだ。
 そいつが完全に消えたころ、景色が変わった。ふわっと身体が宙に浮いて直ぐにお尻に硬い何かがぶつかる。お尻の痛みと見える景色から、元居た場所に帰ってこれたと分かった。
 今回もちゃんと帰ってこれた。その安心感にホッとしつつ慌てて近くに流れている小さな川でせりあがる異物を吐いた。


 家に帰るや否や母さんから「景光君から電話来たわよ、折り返してだって」と言われた。家電で折り返し電話をかけると「無事か!?」と慌てた声で問われた。「無事だよー、ヒロ君たちは?」と聞けば向こうも大丈夫らしい。私同様、突然景色が変わって気付いたら元居た場所にいたそうだ。ヒロ君の声の後ろからさっき一緒にいた4人の声がわちゃわちゃ聞こえる。とりあえず無事なら良かったです。私さっき吐いたばかりであんまり体調良くないもんで。「今度お守り送るね」と伝えて電話を切った。