うちの従兄弟がクソ可愛い

ヒロ君14歳

 子どもが少ない地区に生まれて、兄が大学進学の為に東都へ行ってから自分と近所に住む瑠依ちゃんだけになった。地区は違ったけど一番親しかったゼロが2年前に引っ越して凄い寂しかったけど、その寂しさを埋めるように懐いてくれた近所の子がいた。赤ちゃんの頃から知ってるその子の名前は瑠依ちゃん。感情豊かな子でそして泣き虫でもあった。本人は泣き虫じゃないと否定していたけど。転んだらすぐに漫画のごとくびえええ!と泣く姿は瑠依ちゃんには悪いけど可愛かった。小さい子は何しても可愛い。
 そんな瑠依ちゃんが最近、なんというか…変だ。何もないところに向かって突然走り出したかと思ったら持ってたお菓子を「たべるー?」と宙に向かって差し出したり、かと思えばぼけーとしてたかと思うといきなりギョッとしてびえええ!と泣き出したり…。何かを見てるってのは分かるんだけど、何を見ているのかさっぱりわからない。瑠依ちゃんのおばあちゃんは「ささいけねいけね、こわーいおばけがいたかねぇ」と朗らかに笑っていた。瑠依ちゃんのお父さんもお母さんもそんなだから、“何もないところに向かって喋ったり泣いたりする気味の悪い子供”というより、“見ている世界が違う子供”という印象だった。そもそも喃語も喋れないくらい赤ちゃんの時から知ってる子だ。気味悪がるわけがない。
「ヒーローくーんー!あそびましょー!」
 ソフトボールを持って家に来た瑠依ちゃん。遊びの内容がおままごととかお人形さんごっこではなく、野球とかバスケとか虫取りとか、何とも男の子っぽいところをみると女の子の友達より男の子の友達の方が多いのかな?と疑問に思う。でもだれだれちゃんと遊んだとかそういう話を聞く限りじゃ割とトントンみたいだ。一度「おままごととかじゃなくていいの?」と聞いたら「ちゅうがくせいのひろくんにはつらいでしょ」とへらっと笑いながら返されたときはこの子の年齢を疑った。感情豊かで泣き虫な瑠衣ちゃんは時折達観した言葉を言うときがある。おませさんかな?そういう年頃か…。
 宿題も片付いて手持無沙汰だったから「はーい」と返事をして家を出た。うちの庭より瑠依ちゃん家の庭の方が広いから、よくそこでキャッチボールをしていたけど調子に乗った俺が一度離れの窓ガラスを割ってしまった。それ以来キャッチボールは近くの空き地でするようにした。蒼い顔をする俺に対しポカンとした瑠依ちゃんが「ヒロくんおこられるー!!」と泣き叫んだのは懐かしい。笑って許してくれた瑠依ちゃんのお母さんには頭が上がらない。
 空き地でキャッチボールをする。最近ピアノを習い始めたという瑠依ちゃんの手はソフトボールを片手で持てないくらい小さい。片手で投げるより両手で投げる方が飛ぶと理解した瑠依ちゃんは「ていやー!」と掛け声をあげながらボールを投げてくる。俺は瑠依ちゃんの手にダメージを与えないよう下からそっと投げる。
 ボールをキャッチした瑠依ちゃんが上手くキャッチで来た喜びから嬉しそうに笑った。うん、可愛い。かと思えば何故かビクッとその表情を一変させた。
「瑠依ちゃん?」
 表情をこわばらせた瑠依ちゃんは横を見、そして。
「びええええええええええ!!!!」
「瑠依ちゃん!?」
 大号泣しながら俺のもとに走って来た。泣きながらもしっかりボールは持ってる。
「やだああああ!!やだああああ!!びえええええええ!!!」
 わんわんと泣く瑠依ちゃんを抱き上げてよしよしと宥めようとして違和感を覚えた。周囲の空気がなんとなく“よくない”と感じた。ホラー映画を見た時に「あ、この後怖いもの来るな」という予感と同じ感覚。しゃくりをあげる瑠依ちゃんの背を撫でながら周囲を見渡して、瑠依ちゃんが見た方向を目にして一瞬呼吸が出来なくなった。
 髪の長い女性が立っている。その首は傾げているが、明らかに人間が動かせる許容範囲を超えて曲がっている。長い髪で表情は見えない。白いワンピースに黒いカーディガンを羽織って、外なのに裸足だ。長い前髪の隙間からギョロリと血走った目が見えた。
「っ!!」
「うぇっ、えっぐ」
 両手に抱える温もりをぎゅっと抱きしめる。女がニッタリ笑ったような気がした。
「ゾレ…ヂョウダイ…?」
 女が伸ばした腕、その指が指す先には瑠依ちゃんがいた。守らなければ、ただその一心で瑠依ちゃんを更に強く抱きしめた。
「オヂイ…オヂイヨォ」
 伸ばした腕がボキッと折れた。欲しがる女がゆらゆら揺れながら近づいてきた。
 逃げなきゃ、この子を守らなきゃ。
 抱きしめられくぐもった声で鳴き続ける瑠依ちゃんをしっかりだっこしながら俺は走り出した。こういう時、田舎だと直ぐに人が見つけられない。一番近い家を目指して一本道を走り続ける。なのに景色が変わらずまるでルームランナーを走っているかのような錯覚に陥った。いや、実際全く進んでいない。
「ア”ァ…ヂョウダイ…オヂイ…オヂイヨォ」
 声が先ほどより近くで聞こえた。バッと振り返ると2mもしない距離に、その女は手を伸ばしていた。恐怖で足がすくみ、足がもつれ尻餅をついた。瞬きも出来ず、唯々瑠依ちゃんを抱きしめていた。
 すると瑠依ちゃんはもぞもぞ身体を動かしボールを構えた。
「やああ!くるなああああ!!!」
 効果音をつけるならぽーんと投げ出されたボールは、放物線を描いて女の胸元に当たった。するとバチィと音を立て女を包むように青い稲妻のようなものが走った。
「ア”ア”ア”ァァァア”」
 女は苦しんだように胸を鷲掴みばたりと倒れた。そして風に吹かれる砂のように消えていった。
 女が消えて間もなく肌で感じていた嫌な空気がパッと無くなった。いつの間にか止めていた呼吸を再開させると、長時間全力疾走したかのように…実際していたんだけど、はぁはぁと荒い呼吸音が口から出た。
 何が起きていたのか、理解するより先に瑠依ちゃんのしゃくり声でまずは家に帰ろうと、震える足を叱咤して駆け足で帰った。


 起きたことを具に両親と瑠依ちゃんの家の人に話すと、夢でも見たんだよという両親に対し瑠依ちゃんのお母さんは「お祓い行った方がいいかなぁ」と難しい顔をした。もし今まで瑠依ちゃんが見ていたものがあれだったとしたら、泣き叫ぶのも無理はない。そういえば瑠依ちゃんがボールを投げたら消えたけど、あれは成仏したってことでいいのか?瑠依ちゃんにそういう力がある?あの女は瑠依ちゃんを欲しがっていた。この力があるから、だとしたら…お祓いしたところで解決しないような気がした。それでもダメ元で、取り合ってくれない両親を無視して瑠依ちゃんのお母さんにお願いして2人近くにある一番大きな神社にお祓いに行った。
 結局瑠依ちゃんは変わらず視えると分かったのは、神社の帰りにやっぱり何もないところに向かって「ばいばーい」と手を振っていたときだ。ただ、この日以降多分怖いものを視たんだろうときは泣き叫ぶことはせず、涙目でそのとき持っているものを振り回したり「あっちいけ!」と叫んだりするようになった。瑠依ちゃん自身きっと自分にそういうのを祓う力があるって理解したんだと思う。自力で解決しようとする瑠依ちゃんと同じ世界はやっぱり俺には視えなくて、泣きそうになるのを堪える瑠依ちゃんを「怖かったね」と抱きしめて以前のように泣き叫ばなくなった瑠依ちゃんを慰めるしかできなかった。