楽観主義
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あの時降谷さんに言われた言葉はもしかしたら空耳かなにかかもしれん。協力者?的な関係は変わらず、寧ろ前より信頼してもらえてるっぽい?調べ事とかの内容が濃くなった印象。
メールの受信を告げる曲がスマホから流れる。へいへいっと開けば降谷さんからだった。
<沖矢昴とFBIの動向について調べてほしい>
…あり、緋色の真実ってもう終わってんじゃないの…?でなきゃゼロの執行人ないよね…。確執の原因は生きてるし、そこまで確執は無いと思うんだけど。原因さんは公安におるよな?つかFBIが違法捜査してるのってなんでだっけ。沖矢=赤井さんってのはどうなってるんだろ。やっぱりコナン少年により誤魔化したのかな。というかその調べものっておいそれと私がやってええのかえ?それこそ公安に…あ、公安だとバレるからか。ええぇ、私よか情報持ってるっしょ…まあ降谷さんの頼みごとをNOと言うのは神に歯向かうと同義だからやるけど。
東都大学理工学部の大学院生、27歳、左利きで、少し前まで住んでいた木馬荘が放火により全焼。工藤邸に住まわせてもらっている。工藤家との関係は不明。降谷さんは沖矢=赤井を証明する決定的な証拠が欲しいのかな。それとも違法捜査をする理由、組織がらみとは言えどうしてそこまでこっそり捜査するのかの理由を知りたいのかな。
とりあえず来日しているFBIを洗い出してみるか―…。FBI知らない私には気が遠くなるんだけど…。降谷さんもう少し情報くれください。流石にFBIじゃ漠然過ぎて分からんっす。
とりあえずFBIのデータベースにおっじゃましまーす。そんで日本の入国審査のデータベースにもおっじゃまっしまーす。パスポートはちょっと宛てにならなそうだから、指紋と虹彩認証かな。虹彩は流石にFBIのデータにはないろ。指紋でいいや。入国してからまだ日本にいることになっているFBIを解析解析~。…ジョディさんとかキャメルさんとかジェイムズさんとか、死んだことになってる赤井さんは兎も角、思ったよりほかにもいるぞ。感覚的には突然図書館に連れてこられて「推理小説について調べてほしい」って言われた気分。手探りで調べるしかないかー。まあこれで降谷さん会える&声が聴けるんだからやる価値めっちゃあるよね。
仕事を終えて家に帰り再び調べ始める。単純に沖矢=赤井を立証するなら、沖矢さんの指紋さえあればもう照合できる。携帯についていた指紋とFBIのデータベースにあった指紋、どちらの方が、信憑性が高いかなんて考えなくても分かる。動向の範囲というか具体的な何を知りたいか分からんながらも色々分かったぞ。結構頑張った方じゃない?
そういえば姉が言ってた学会の発表って今の時期だよな。今の状況的に一緒に暮らすのは、降谷さんの許可取らないと行けなそうだけど、姉の状況聞いてみよ。
<生きとる?>
すぐに返事は来ないだろうと一旦風呂に入った。風呂から上がってラインを見たら返事が来ていた。
<生きてる>
<学会の発表ってもう終わったん?辞めた?>
<終わった、でも辞めてない>
<まーだ辞めてないんかい。ちゃんと金もらえてる?>
<最近ちゃんともらえるようになったよ。だから当分辞めないかも>
<そらよござんした>
給料ちゃんと貰えるようになったんだ。トップか上長が変わったとかかな。
<お前は?最近どうなの?>
珍しい…姉から私の近況を聞くなんて。いつもはこっちから一方的に話すのに。
<聞いてください、車に傷がついた>
<何で?>
<ヒント:バック駐車>
<バック駐車に失敗したんだ>
あれ?いつものノリなら「それ答え」とか「それヒントちゃう」とかそう帰ってくると思ったんだけど。普通に返された。
<今度地味に練習しようと思う>
<頑張れ>
<そういえば随分前に喫茶店行ったじゃん、イケメン店員がいたところ>
<行ったね>
<あの後にあれだったじゃん>
<どれ?>
<あれがあーしてこーするとってやつ>
既読が継いだのにすぐに返事が来ない。これは忘れてんのかな。
<覚えてないならいいや>
<気になるんだけど>
ここがコナンの世界と知って姉と決めた約束に、残るものにキーワードを残さないようにしようというもの。知ってておかしくないものと知るはずのないことの区別を、私が着けられないのと単純に万が一に備えてだ。
<また今度会った時にでも話すわ、いつになるか知らんけど。どうせ仕事忙しいっしょ?>
<そうだね、当分休みは無いかな>
<だろうと思った。ちゃんと休めよ>
<ありがとう>
そこでラインを止める。何か違和感あるけど特に気にするほどでもないか。
仕事して降谷さんの依頼進めて寝て食って。そんな生活をすること1週間。全然姉と墓参りに行けていない。学会の発表終わって落ち着いただろうし、どこかで時間とれないかな。
<この前行けなかったけど、学会終わって落ち着いたなら、どっかで時間作れない?>
それだけ送って再び作業に入る。FBIがどうして違法捜査してるかを重点的に調べていた。今日は降谷さんが家に来る。時間までまだあるからとヘッドホンをして曲を聞きながら情報を集めていた。化粧はあとでしよ。
肘をつき顎に手を当てながらモニターを睨む。留学した甲斐あって英語は読み書きできるようになった。相変わらず喋るのは苦手だけどヒアリングは大丈夫。今モニターに映っているのは1年前ニューヨークで起きた殺人事件の記事と、FBIの捜査資料だ。多分これだと思うんだよなー、ベルモットにエンジェルが生まれたの。丁度その辺りに劇場での殺人事件があった。コナン少年、じゃないや、工藤新一が関わったあれ。真ん中のモニターにはFBIの捜査資料、右のモニターに事件の記事。左のモニターには、赤井さんがNOCバレした件の作戦資料がある。ヘッドホンから流れてくる曲は前世で好きだった曲を起こしたやつで、この世界には存在しない。声の部分はピアノとかバイオリンとかで代用。
(ジンの捕獲に失敗して、ベルモットに変更したってことなんだろうなー。ベルモットって変装の達人だっけ)
カタカタと更に別の資料を出す。季節外れのハロウィーンパーティのやつ。エンジェルこと毛利蘭の予期せぬ登場により哀ちゃんを殺し損ねた。
(カルバトスはこの後自殺。としても、ジョディさんとかは何でベルモットがあの時発砲しなかったのか気にならなかったんかねぇ。でもこの場にFBIが現れたから、まあベルモット狙いなんだろうけど)
「ベルモットー、シャロン、クリス…ごーるでんあぽー…んんー」
伸びをしてヘッドホンを外した。カフェオレがのみたいのー、と立ち上がったところでベッドに誰か座ってた。
「ふぁ!?」
「随分集中していたみたいだな」
降谷さんが普通に座ってた。全然気づかなかった!!びっくりしてまた椅子に座った。
「いいいいいつのまにいい!!ああ降谷さんが私のベッドに座ってる…家宝にしよう」
「気持ち悪いからやめてくれ」
スーツを着てるから公安モードなのかな。あれ、何だかんだスーツ姿見るの初めて?
「スーツがここまで似合う男がいるだろうか、いや、いない」
「それで、今分かってることは?」
スルーされた。
「…いや、多分降谷さんにとって新しい情報とかないと思うんすけど…」
とりあえずFBIはベルモット狙いだろうって伝える。沖矢昴については普通に出てきたデータを伝えた。
「今のところこんな感じです。まあとりあえずFBIの赤井秀一って人は生きてますね。死体と言われてるものとFBIのデータベース、更に入国審査の指紋が一致してませんでしたし。沖矢昴という学生は確かに存在するみたいですけど…まー、何というか…うん」
「何か引っかかることがあるのか?」
「なんというか…沖矢さんの専攻内容は私の専攻と近いところあるので何やってるか見てみたんですけど、沖矢さんのやってることというか研究の仕方?というか…そういうのに違和感があるんですよねぇ。レポートやら論文やらのの内容も可もなく不可もなくというか、目立たないようにしているような内容というか」
東都大のやることとは思えない、ぼそりと言う。
「あっでも自分その辺の偏差値低い大学中退したような人間なんで!超上から目線でしたね!はは!多分ただ嫉妬してるだけだと思うんで!!」
いかんいかん妬み良くない。手をぶんぶんしながらあははは!と降谷さんに言い訳をする。つか上から目線乙。
降谷さんは話を聞いて何か考え込んでいた。
「何様だよ自分」
言い聞かせる、ほんと何様だっつーの。こういうところ直さないとなー。あー自己嫌悪自己嫌悪。降谷さん前に汚いところを見せてしまった。
昨日仕事で叱られてからどうも気が滅入ってる。言われた通りにやったのに手順が違うと叱られたのだ。その人は割と気分屋でコロコロ意見が変わるって先輩社員が言ってた。気にしなくていいよーって別の上司に言われたけど、気にする…。先に確認するなり確認してもらうなりすれば回避できたはずだ。
(あーあ、降谷さんに頼まれてるってだけで出来る気になってるんだ…結局降谷さんの知ってること以上の情報無さそうだし……あーあ、これあれっしょ、協力者解放的なあれでしょ。遠回しに無能……)
調子乗らないようにしてたけど気付かぬうちに天狗になってたかも。
そういえばこの時期なんだよな、実は家族死んでましたって知ったの。卓上カレンダーを見れば、なんたる偶然、今日が留学から帰った日だ。誰ひとりとして連絡の取れない家族。流石におかしいと実家に帰れば、この前帰った時と同じ風景。何かダメだ、気分入れ替えないとズルズルしちゃう。
突然頭を撫でられた。ぎょっとして降谷さんを見た。撫でられた喜びより何で撫でられたか分かんない。
「ありがとう、色々分かったよ。君のおかげだ」
何が分かったのか分からんけど私のおかげで何か分かったらしい。目に見えて落ち込んだ私を励まそうとかしてるのかな。
「あんまそう言うこと言うと、調子乗るんで…」
「いいんじゃないかな、乗っていいくらいに君は凄いと思うよ」
「ご期待に沿えなかったと思うんですが…」
「そんなことないさ。FBIがベルモットを狙ってるという考えは合っていると思う。そうであれば違法捜査している説明もつくしね」
「そうなんすか?」
「ああ、彼女は変装の達人だ。協力体制を組んでベルモットが紛れ込むのを防ぐためなんじゃないかな。僕も一度ベルモットを利用してFBIから情報を得たことがある」
すげー、やっぱ降谷さんすげーわ。分かるんだなー。
「なんだか今日はいつもよりテンション低い?」
「あはは…昨日ちょっとヘマしちゃって…引き摺らないようにしてるんですけどね…」
人に怒られたときの記憶って褒められた時より覚えてちゃう。昨日叱られたときの言葉がスラスラ頭に流れてくる。「こういう順番だって言ったよな、前も言ったよな、何度言えば分かるんだ?新人じゃねえんだからこんなしょーもないミスすんな」こんな内容。報告書のまとめ方が違ったっていう。以前言われた順番はメモしてあって、その通りに何度も確認したのに違うって言われたんだよな。後で他の人の報告書確認したけど、やっぱり私がまとめてたやり方と同じだった。あれ、私おかしい?時空歪んでる?とか真剣に悩んだわ。
「最近何かと上手くいってたんで…ちょっと調子乗ったみたいで…。まあそれは置いといて、何か他に、私にできることあれば」
それはそれ、これはこれと切り替えないと。降谷さんに弱音吐いてどうすんねん。
「東條さんってお酒飲める?」
「へ?あー、あんまり飲んでないのでどのくらい飲めるか分かんないですね」
留学中はお酒を飲まなかった。戻ってきてからも飲んでない、最後に飲んだのは3年前かな。20歳になってからか。
「それじゃあどれだけ飲めるか確認込めて、今度宅飲みしようか。多分ここになっちゃうけど」
「いやそれは降谷さんが楽しめないと思うんで遠慮し」
「決まりね」
「話聞いてませんね」
みょーな降谷さんに思わず眉を顰める。ふふっと降谷さんはなんか笑った。
手に入れた資料はいつも通りサーバーに上げることになった。降谷さんは家を出るときまたも私の頭を人撫でしてから出てった。
…今になって思ったけど、あの御手で頭撫でられた…?頭洗えない。
寝室に戻ると机に置いてあったスマホがチカチカ光っていた。開けば姉からラインの返信が来ていた。
<休みが取れないから厳しい、ごめん>
…墓参り…行きたくないのかな……。やっぱりまだ、思い出しちゃうから、ダメなんか…。何て返せばいいんだろう。無理に行かせたくはない、けど、でもやっぱ行きたいし。
<どうしても、厳しい?どっかのタイミングでいきたい。半日でも数時間でもいいから>
既読がすぐについた。のに直ぐに返事が来ない。良くない、かもしんない。無理させちゃダメだよな。
<あー、いや、忙しいみたいだし、1人で行くわ、ごめん>
<ごめん>
<いや、私の方こそごめん>
墓参りに行けないほど、精神的に回復していない、のか。全然気付かなかった。今大丈夫かな、事件のこと思い出して、苦しんでないかな。外に出るには遅い時間。
<今家?>
<出張で、家にいない>
残念、行ったところでいない。これまでのラインのやり取りで、姉がまるで私に会いたくないかのような空気を感じる。…もしかして恨んでんのかな、その時のうのうと留学楽しんでた私を。何て言えばいいか分からなくて、結局またごめんと一言謝るだけだった。