楽観主義
5
あれから特に音沙汰が無いまま数日が経った。いや、嘘、あの後メール来たわ降谷さんから。
<君は本当に凄いね>
「ふぁああああああ!!!!褒められたあああああああ!!!!」
褒められたよおおお!!!あの降谷さんに!!!…これって良い意味で捕えていいんだよね、凄いって、あのアプリのことだよね。ふぁああ!!思わず姉にラインをしたよ!
<わたしがかみだ!!>
休憩時間だったのか手が空いていたのか知らんけど、意外に早く返信が来た。
<乙>
<eins zwei drei vier!!>
<それ言いたいだけだろ>
<たまに言いたくなる言葉のひとつ>
<さようでございますか>
<あんな厨二ではないからまだ大丈夫>
返信するも既読付かず。また仕事にでも戻ったかな。夕飯作ろ。
「あーいをふーりまいてっLe defile des baisers」
ルンルン気分で歌いながら鍋を出したとこで電話が来た。降谷さあああん!!
「もしもし!何でしょうか!」
「無人探査機はくちょうへアクセスするためのパスコードを調べてくれ!」
「へ?」
「サミット会場を爆発させた犯人が書き換えた!今から犯人から聞き出すが、万が一の為に頼んだ」
ぶつり
「…はぁ!?」
ちょちょちょ、いや何言って、…うっそやーん…
持っていた鍋をIHの上に静かにおく。冷静になろう、OK、冷静に。つか犯人から聞き出す、ってことは今警視庁に向かってる系?フロントガラスを素手で割って「行け!!」ってシーンの前後ですね!?車同士の衝突事故ですらひび割れだけですむあの、あのフロントガラスを、ひび割れてたとはいえ素手で割った…降谷さん人間じゃないわ。
結末知ってるとは言えあの降谷さんから頼まれて、NOと言ったら私が廃る。
デスクトップ起動。NAZUへはNorを使ってアクセスして書き換えたんだよな。ってことはNAZUから調べりゃとりあえず端末は分かるか。もしまた電話が来てもすぐに出られるようスマホもデスクトップに繋げ、マイク付きヘッドホン装着。
Nor使えばアクセスできるようなセキュリティしてるNAZUのセキュリティは相変わらずだった。犯人追跡する暇があるならまず防衛強化しろし。そういう意味では警察庁は手ごわかったな。ガチャガチャ探ってれば不正アクセスした端末が分かった。パスコード変えた端末もこれか。まあ十中八九あの日下部?とかいう検事のスマホだろうけど。
結局パスコードを変えるためにはNAZUを経由したはずだから、アクセスした方法、そしてどこで変更したか調べる。…これバレたら私お縄じゃね…。いやいや、降谷さんいるし大丈夫っしょ!…でも全てのきっかけの人って自殺に見せかけて世間から消えたんだよね…いやいや、私は姉の結婚式見るまで、叶うなら姉の子供見るまで死ねんぞ。降谷さん信じてっぞー。
NAZU経由で犯人のスマホにアクセスができたので、NAZUと犯人のスマホのキーロガーを見る。変更されたのいつだ…?それが分かるとすっげー絞れるんだけど…。ええい仕方ないな!
「こんな頑張る必要あるか分からんけどなっ!!!はははは!!」
スマホのメール、チャットツールは…ないか、メモ帳とか何か入力が必要なアプリに入力されている文章と、キーロガーのデータを照らし合わせる。日本語は排除。英語、意味のない羅列、パスワードみたいな羅列、エトセトラ。ハッキングの為に作ったツールも駆使して解析を待つ。その間にはくちょうへアクセスするためのパスコードとしてNAZUが決めた制約を調べる。何文字以上とか、数字や大文字小文字や、とか。
「……これだ…」
みっけちゃったよおお!…え、これ降谷さんに言った方がいいの?映画変わっちゃわない?でも誤差程度かな。
「……切られたし」
意を決して電話したのに切られた。あの後の流れを見るに、警視庁の上で確か…あっ爆弾、の電話かけてた感じかもしかして。そりゃそのタイミングで電話来たらブチるわな。
はくちょうの位置を調べてみる。このあとエッジオブオーシャンの方に進路変更しちゃうんだよね。
「ってーと、爆発位置はこの辺で……確かにこの方向行くわな、あー、なるほど、だからここから…」
この状況でここまでパッとシナリオができるコナンはやっぱコナンだわ。映画見たってのと、今ここで冷静に見れるから私も方向は計算できたけど、あの場でどこからサッカーボールあてれば被害が少なく済むかなんてぱっと計算できないって。つかあの後降谷さんってどうやってエッジオブオーシャンから出たんだろう。風見さんたち公安って警視庁にいたよね。コナンはまあ蘭ちゃんとか目暮警部とかいるし最悪どうにかなるけど。…しかも降谷さん怪我してたよね。…あっれれー?
「あの人まさか暫くあの場に止まってたんか……」
エッジオブオーシャンへ行く道路は3本。映画で降谷さんが人間やめてたのは警視庁がある方向。その反対側は、ハッキングした監視カメラを見る限り車通りはほぼない。
「…ふっ。私の降谷さん信者を舐めてはいけない」
コナンの世界と知ればそら銃だのカーチェイスだの興味が出る。留学中に身に着けた技術がここで役に立つとは。流石にあんな人間は止められないけど。
ほとんど車が通っていない道路を猛スピードで進む。姉がいるときは安全運転だから、きっとこんな運転できるって知らないだろうな。ふはっ、やばいテンションちょっとやばい。
こちらに向かってくるはくちょうを目視できる。上を見上げ口を開けていた、って感じな状況のおかげで特に注目されずエッジオブオーシャンの内部まで入ってこれた。ここの図形は流石に把握してないから何となくの方向と、ニュースの映像を思い浮かべながら進めていた。したら、建設中のビルから白い車が猛スピードで空を飛んだ。
「…あっおおおお!!!うぇええあれかああ!!!」
進路変更!キュルルル行ってるね!気にしない気にしない!…車傷ついてたらショックだ…。大破した降谷さんに比べれば安いもんだけど、降谷さんと私の給料を一緒にしてはいけない。
爆発のあった建物の近くに車を止める。降りて建物に近づくと腕を押さえながら丁度建物から降谷さんが出てきた。
「ふぁああああ!!!めっちゃ血ぃ出てる!!!」
「!?なんでここに!?」
「て、手当!わかんね!とりあえず、車乗って、びょ、病院!…どこの病院行けばいいんだ…?」
着ていたパーカーを脱いで降谷さんの腕に縛り付ける。スマホを出してマップを見る、近場の病院…でも降谷さんその辺の病院言って大丈夫なのか?そうか!風見さん!!
「風見さんに連絡すればいいんだな!連絡先知らんけど!」
「とりあえず落ち着いて東條さん」
「いやいやあんたその怪我で何言ってんだよ馬鹿か馬鹿なのかすぐに治療しないと、あっ姉ちゃんがいたじゃん!!!」
ガシっとスマホを掴まれた。怪我を押さえていた手、だから私の手もスマホも血に染まった。
「いいから、場所を移そう」
「ヴぇ、う、うっす」
車に再度乗る。降谷さんは助手席に座った。車が汚れるのを気にしてくれるらしく、血が滴らないようにしてた。後部座席からブランケットを引っ張り降谷さんに渡す。
「それなら汚れていいんで」
「ありがとう。警察病院へ向かってくれ」
「分かりました」
ちらっと見る降谷さんはマジでボロボロ。運転席から降谷さんの怪我している左腕は見えないけど、出血量が多いに違いない。自分が怪我をしたわけでもないし座ってるのに立ち眩みに近い感覚がした。
「それで、どうしてここに?」
「降谷さんに言われてパスコード調べたんですよ。電話出なかったところ見ると無事犯人から聞き出せたっぽいですけど」
「…まさか分かったのか?」
「めっちゃ頑張りました。英語覚えるときだってあそこまで頑張ってないっすね」
「それで、ここにいる理由は?まるで僕があの場所に来ることを分かっていたようだ」
「あー、まあ色々計算したらそうなったと言いますか」
誤魔化すつもりはなかったけど説明がめんどくて適当に返したら言えと命令された。くぅう降谷さんの命令…録音したい…。でも車中に血の匂いが広がるからにやける余裕もない。
映画見たからって流石に言わない。ちゃんと納得できる論理的な理由を言った。はくちょうの墜落座標を求めて、それに対して降谷さんたちがするだろう対応。その対応により発生しうる次の問題。その問題をどう対応するのか。そのあたりを文字通り物理的数学的な計算で、降谷さんがどこに来るのか、来るってか落ちる?
「とまあこんな感じで大凡の計算したら、流石に頭で計算できなかったんでパソコンでやりましたけど」
答えたのに降谷さんは何にも言わない。えっ出血多量でやばい!?ばっと見たら、降谷さん私をめっちゃ見てた。
「ちょ、何か言わないと気ぃ失ったかと思うじゃないですか!!あああもうマジ、死なないでくださいよ!!」
「この程度で死ぬほどやわじゃないよ」
「そういうのをフラグって言うんすよ!ほら!つきましたから!ちゃんと手当受けてくださいよ!」
警察病院の裏口に着いた。流石に中に一緒には行けないんだろうと思って私は降りない。そして一向に降谷さんも降りない!!
「いやはよいけや!」
「…君は、僕が思っている以上の人間のようだ。これからもよろしく」
…What?降谷さん、そのふって感じの笑顔最高なんで写真撮りたいっす。車から降りてった降谷さんをぼけっと見送る。思ってる以上の人間……
「いや流石にそれは気のせい」
血を流し過ぎて思考鈍った?降谷さんが?それはないよな。ちょっと降谷さんがワケワカメ。
この怪我を負った状態でここからどう離れようか思案していると叫び声に近い聞き覚えのある声がした。
「ふぁああああ!!!めっちゃ血ぃ出てる!!!」
バタバタとこちらへ走って来たのはここにいる筈のない東條夕。腕の怪我を見て蒼褪めている。
「!?なんでここに!?」
「て、手当!わかんね!とりあえず、車乗って、びょ、病院!…どこの病院行けばいいんだ…?」
着ていたパーカーを抜いて有無を言わさず怪我をしている腕に縛り付けてきた。そしてスマホでマップを開き病院を検索していた。かと思えばはっとした表情で「風見さんに連絡すればいいんだな!」と名案とばかりに顔を輝かせ、そして「連絡先知んけど!」とその案が使えないと項垂れた。
「とりあえず落ち着いて東條さん」
落ち着かせようと声を掛ければ相変わらず青褪めた顔で、マップ画面で病院を探していた。
「いやいやあんたその怪我で何言ってんだよ馬鹿か馬鹿なのかすぐに治療しないと」
なるほど、彼女は焦ると敬語が外れるんだな。こちらの方が彼女の素なのかもしれない。
「あっ姉ちゃんがいたじゃん!!!」
自分と彼女との関係は家族ですら知られてはいけない。それを伝えたはずなのに忘れているのか再び顔を輝かせ電話帳をタップした。電話させまいとスマホを慌てて掴んだ。
「いいから、場所を移そう」
「ヴぇ、う、うっす」
迫るように言えば漸くこちらの話を聞いてくれた彼女がスマホを仕舞い車に乗った。このボロボロの状態で人の車に乗るのは憚れるが、流石にそう言っていられる状態でもない。せめて血が滴らないよう配慮していると、彼女は後部座席からブランケットを引っ張り渡してきた。
「それなら汚れていいんで」
普段の様子からは全く想像つかないが彼女はかなり気が利く。気が付く、と言った方が正しいのか。
「ありがとう。警察病院へ向かってくれ」
「分かりました」
ちらっと自分を見ると車を発進させた。この子は本当にキャラが定まっていないと思う。凄い面食いでミーハー、思ったことを素直に口に出す。でも仕事となるといつもはこちらが引くような言葉を吐く口は一変する。敬語になってこちらが聞きたいことを先回りして伝えてくれる。
今は仕事モード寄りになってくれている。今なら冷静な会話ができるだろう。
「それで、どうしてここに?」
「降谷さんに言われてパスコード調べたんですよ。電話出なかったところ見ると無事犯人から聞き出せたっぽいですけど」
ドローンを使用して爆弾を爆発させることになったとき、一度彼女から電話が来た。それどころじゃなかったから切った。電話の内容は「やっぱり分からないです」というものだと思っていた、が。
「まさか分かったのか?」
「めっちゃ頑張りました」
英語覚えるときだってあそこまで頑張ってないっすね、と事も無げに言う。警察関係者、NAZU一同が誰ひとり分からなかったパスコードを、あの短時間で分かったというのか。
「それで、ここにいる理由は?まるで僕があの場所に来ることを分かっていたようだ」
面倒そうな顔を隠さず彼女は適当に返事をした。
「あー、まあ色々計算したらそうなったと言いますか」
「言え」
どこをどう計算したらここにいることになる。命令口調で言えば一瞬嬉しそうな、普段の彼女が出掛けた。だがそれも一瞬で、彼女はその計算内容を話した。
「はくちょうへのパスコードが不明ってことではくちょうの状況を調べたんです。それで進路を計算して落下地点の座標を求めたら警視庁だった。もし警視庁から日本海の方向へ落下するはくちょうを進路変更するとしたらどうするか。準備がすぐにできるものから考えるに爆弾を上空で爆発させること辺りかなと。ただあのスピードで落下するはくちょうの進路を日本海までずらせるほど、威力ある爆弾をすぐに用意できるとは思えなかった。上空へ持ってくとしたらドローンあたりでしょうし、ドローンがそこまで大きな荷物運べるとも思えなかったですしね。とすると海に届かない。想定通りの威力で海まで進路変更する為に爆発させると丁度いい位置を求めて、そこから威力不足で落下しうる場所を計算したらエッジオブオーシャンが危なかった。無人ならまだしも、警察庁付近の市民はそこに避難しているとなると、そこから更にずらす必要がある。流石に市民がいる上空で爆弾をおいそれと爆発させるのは危ない。物理的な衝撃でずらすとしたら、降谷さんが車ぶつけると思ったんですよ最初は。流石に乗ったままぶつかることは無いでしょうから直前で車から出るかなって。エッジオブオーシャン近くまで来たらはくちょうの落下予想地点が分かったので、とするとあの建設中のビルから飛び出すとぎりぎり丁度いいのかなぁって。とまあこんな感じで大凡の計算したら、流石に頭で計算できなかったんでパソコンでやりましたけど」
パスコードだけじゃない。あの、たった数十分で、そこまで読んだのか。自分も、そしてあの少年がギリギリの中考えた作戦とその後の展開を。いや、彼女の口から少年の存在は出ていないから、彼女は自分1人でやったと思っているのかもしれない。…どうだろうか、少年のことも加味して考えたのか、彼女は一体どこまで。
思わず黙って彼女を見た。言い終えた彼女は一向に反応を示さない自分を焦った表情で見た。
「ちょ、何か言わないと気ぃ失ったかと思うじゃないですか!!あああもうマジ、死なないでくださいよ!!」
腕からどくどくと血は流れている。ずっとこちらの怪我を気にしてくれていたらしい。
「この程度で死ぬほどやわじゃないよ」
「そういうのをフラグって言うんすよ!ほら!つきましたから!ちゃんと手当受けてくださいよ!」
ここで一緒に降りていくということをしない彼女は思っている以上に冷静、というより頭が回っている。ご丁寧に裏口に車を付けている。本当に、まったく、彼女は。
「いやはよいけや!」
すぐに降りなかったせいか痺れを切らしたようにキレた彼女に思わずふっと笑ってしまった。
「…君は、僕が思っている以上の人間のようだ」
ポアロで見かけた時は、自分目当てで来店する女性客に近いものを感じていた。あの日駅で会わなければ今こうしていないだろう。
「これからもよろしく」
車を降りて病院へ足を進めた。
「いや流石にそれは気のせい」
背後で零した彼女の言葉にまたも笑みがこぼれる。これほどの協力者と巡り会えたのは奇跡に近い。
「全く、恐ろしいと思う人間はこれ以上増やしたくないんだけどな」