楽観主義

 負のスパイラルを脱し気持ちを入れ替えた。相変わらず降谷さんへの変人具合は前より磨きがかかって風見さんに愈々「逮捕する準備は出来ている」と言われてしまった。それに対する私の返答は「風見さんに逮捕されんのもありっすわ」だ。何故か降谷さんに叩かれた。
 家に帰って降谷さんに叩かれた喜びを姉に共有する。
<姉ちゃん聞いてくれよ>
<なに?>
 ここ最近姉ちゃんの返事が前より早い気がする。今も仕事中じゃないのかな。
<イケメンに叩かれた>
<何で叩かれた?>
 そして前よりやたら色々聞いてくるようになった。妙な不信感が募る。姉ちゃんだよな、相手。
<多分ツッコミ、希望は愛>
<そうですか>
 …やっぱおかしい。愛はねえなくらい返してきそうなもんだぞ。なんだ、相手は姉だよな。
<そういえばこの前さー、はくちょうだっけ、が落ちてきたじゃん>
<あれね、避難あったみたいだけど、お前は大丈夫だった?>
<範囲外だったから大丈夫だったー。あれの発射?管理?してるのNASAらしいよ>
<NASAじゃなくてNAZUね>
 ……相手は姉じゃないかもしれない。そもそも姉はテレビ見ない人だ。はくちょうが落ちてくること自体知ってる、か?避難だって。NASAっていって納得するのは分かる。でもNAZUって訂正した。おかしい。
<NAZUか、どっちも一緒っしょ>
<全然違うでしょ>
 確定、仮にNAZUの存在知ってても違うって言うわけがない。私と姉なら、NASA=NAZUの筈だ。
<気にしない気にしない>
 これ…誰だ…私は一体誰とラインしてるんだ…。


 ウイルス入りのメールかなにかを送って、相手の居場所とか盗聴機能とかやってもいい。しかし相手の姉のふりは中々できている。きっと過去のラインやメールも全部見ているんだ。もしスマホをなくしたり乗っ取りだたら?それを気付かない姉じゃない。それなら別の手段で私に連絡の1つくらいくれるはずだ。とにかく、姉の身に何かあったのは分かった。電話は出るのだろうか。くっそ、仕事が無ければ姉のところに行ったのに。
 姉の仕事のルーティーンから深夜帯は流石に出られるはず。加えてまだ寝ていないはずだ。0時、姉に電話を掛けた。意外にも3コールで出た。
「あ、もしもしー今大丈夫?」
『おー、どうした?』
 確かに声は姉だ。さあ、ここからの話を姉はどう返してくるか。
「姉ちゃんって純黒見てないよね?映画のやつ」
『…うん見てないね、それがどうした?』
「いや、見てたならちょっと感動と興奮を分かち合おうと思ったけど、見てないならいいや」
『そのために電話してきたの?眠いんだけど』
 これが姉であると信じたい、頼む、この質問に、ちゃんと返してくれ。
「そういえば、“木吉の通ってた高校名なんだっけ”?冬のバスケの大会で2位だっけか、……姉ちゃん、中学で同級だったよね」
 頼む、頼むから、答えてくれ、”誠凛”だと、”同級なわけない”と。
『あー…っと……日大高じゃなかったかな』
 ………ああ、そう、か…そうなのか……
「…日大高か、この前久々に見かけたんだよね…」
『元気そうだった?』
 だれだ、このひとはだれだ、いったいだれなんだ
「…とっても、元気そうだったよ…。寝るとこごめんよー、おやすみ」
『おやすみ』
 通話の切れたスマホを呆然と眺める。ここまで高度な変声、使える人間は私の中で1人だけ。
 なんで、どうして、……姉の身に…何か、あったんだ…。
 すぐさま姉の勤める会社をハッキングした。…姉は、先々月退職していた。時期が、エッジオブオーシャンへの避難があった日の一週間後くらい。姉の住む部屋はセキュリティがザルだからこそ監視カメラがない。かといって私が直接あの場所へ行くのは、姉の身に何かあったと知ってる人が私に気付く可能性がある。考えろ、考えろ…。
 ガシャン
 テーブルの上においていたコップに肘があたり床に砕け散る。ガラス製で黄色のラインが入ったそれは、姉と色違いだ。
「…くっそ……」
 中に入っていた野菜ジュースがまるで飛び散った血のように見えて、嫌な予感を振り払うように頭を掻きむしった。


<暫く私との接触は控えたほうがいいかもしれないです>
 何かと口実を付けて会おうとする彼女から来たメールは、彼女に何かあったと確信するには十分すぎた。メールは出来る、電話はできるだろうか。
<電話しても大丈夫か?>
<電話なら大丈夫だと>
 風見が書類を持ってくる。受け取りながら東條さんに電話を掛けた。
「何があった、東條さん」
 出てきた名前に風見も何かあったと悟った。険しい顔をしてこちらの様子を伺っている。
『…姉の消息がつかめません』
 震える声で小さく、消えるように呟いた。
「風見、東條瑠依を」
『下手に動いたら私が降谷さんと繋がってることがバレかねない!』
 調べろ、と言い終える前に東條さんの叫ぶような悔しそうな声。風見にも聞こえたらしい、デスクを離れかけた身体はピタリと止まった。
『最初に違和感があったのは先々月のラインのやり取り。その時は気の留めなかった、でも、この前からラインのやり取りで、相手が姉じゃないと感じた。…夕べ、試しに電話でカマをかけてみたんです。姉なら知っているネタ、でも他の人は絶対に知らない、もし聞かれたら正しい答えを言う。そういう質問をしたんです…』
「それで、帰ってきた答えが正しい答えだった」
 冷静になろうと意図的に深呼吸をしているのが聞こえる。悲しい顔をしてるのか、泣きそうなのか、絶望を浮かべてるのか、いつもおちゃらけた笑い顔しか知らない自分には想像ができなかった。
『姉の勤めている会社ハッキングしたら、私が違和感を覚えた先々月に退職していたんです。でも姉はまだ働くって言ってた、そんな嘘ついても仕方がないのに。これは、私の予想です。…姉は…例の組織に、関わってしまった可能性が、高い』
「その予想はどこから」
『先々月、会社周辺と姉の住むアパート周辺の監視カメラから…FBIの姿が確認されました。…あの、少年と一緒に…』
 少年…江戸川コナンのことだ。やはり彼女はあの男を知っているんだ。
 江戸川コナンであれば博士の発明品を使って声を変えることは可能だろう。沖矢昴の様に。結局あいつは公安では赤井と別人で落ち着いているが、間違いなくあれは赤井だ。
『これで降谷さんが、安室さんだとしても姉のことを探れば必然的に彼らの耳に届く。勿論それが妹である私と繋がってると直線になるとは思いません。でも、可能性は減らすべきだ、です』
 律儀に敬語に直す彼女は、思っているより冷静なのかもしれない。唯一の家族の身元が不明、きっと自分と繋がっていたなら、時間問わず姉の元に向かっただろう。それをしなかったのは、自分と繋がったことにより組織の存在を知ったから。
「あの組織なら、妹である君も殺しに行く可能性が高い。我々に保護されるべきだ」
『それなら根本的に姉は死んだことにした方がいい。赤井秀一のように…。組織では死んだことにして、親しい人には生きてるようにふるまっている人間がいるじゃないですか。死んだことにしないといけない、でもそれを表立たせて下手に介入されると困る、だから生きていることにする。とにかく、あの少年やFBIが関わってるなら組織関係で何かあったとしか思えない。FBIは妹の私の存在も知っているはず、なら勝手に監視だのなんだのしてんじゃないすかね』
 ハッと苛々を隠さずいつもの東條さんとは思えない口調。時折落ち着かせるよう聞こえる深呼吸は震えている。情緒不安定のようだ。
 風見を代わりに東條さんの元へ行かせようにも、これじゃ下手に彼女の元に公安を行かせられない。データのやりとりは直接会わなくてもいい。だが、今は少しでも彼女の側に誰かいたほうがいい。
「…分かりました、ではこうしましょう。貴女は安室透の彼女になってください」
『「は?」』
 風見と東條さんの声がダブった。戸惑ってる2人を放置し話を進める。
「FBIが組織がらみである女性を調べていたと知った僕は、その妹である貴女に接触。依頼者と探偵でなく、恋人同士という関係であれば、いつどこで会っても、そして一緒にいても不自然ではない。FBIの目は貴女でなく僕に向く」
『組織はどうするんですか』
「何があったか分からない状況だけど、組織がお姉さんのことを認知しているなら妹である貴女を探って、知らなければ知らないでFBIが関わっている女性の妹だからと言えばいい」
『少年たちに追及されて上手く躱せる自信ないんですが』
「君はいつものキャラでいればいいよ。僕が君の家のカギを持ってると知れば、下手に君の家にはいかないだろうし。FBIの目の中でも堂々と行ける」
『…なんかもうそれでいいです』
 考えることを放棄した彼女が承諾した。よし、これなら彼女の家を出入りしても問題ない。以前より情報を得やすくなる。
『…降谷さん』
「なんだ?」
『……………よろしく、お願いします』
 本当に言いたかった言葉は何なのか、こちらが言葉を返す前に彼女は一方的に通話を切った。
「降谷さん」
「3341の姉、東條瑠依が消息不明らしい。FBIが関わっているようだ。やつらにバレないよう探ってくれ」
「分かりました」
 消息不明の姉からとの電話、そのトリックはきっと彼女も分かってる。
 少し前の協力者を探る、以前の様な手は使えない。さて、どうするか。