現実主義者リアリストは夢を見たい

 哀ちゃんと買い物行ってからというもの、かなり親しくなったと思う。良かったら教えてくれるかしら、と言われ連絡先も交換した。家族と前の職場の人、ポアロの人以外で初めてゲットした交換先が小学生って…。あ、そういえばコナン君とか蘭ちゃんたちとはしてないな。まあそもそも店員と客だからするものでもないか。
「と思ってたんすよ」
「もーそんなこと気にしなくてもいいのにー」
 梓さんが蘭ちゃんたちの連絡先を知ってると知り、そして私が彼女らの連絡先を知らないと知った梓さんの顔。驚いた梓さんの顔初めて見たかも?
「梓さん、誰彼構わず交換しちゃダメですよ。特にメアドとか電話番号ってそう変えることないと思いますし」
「ちゃんと人は選んでるわよ。常連だからって交換しないし、蘭ちゃんと交換した時もお店じゃなくて外でだったし」
「それなら良かったっす。男は気をつけなきゃ駄目っすよ、こっちは本気でも向こうは遊びってパターンもあるんですから」
「瑠依ちゃんもしかして昔何かあった?」
 あの時はまあ向こうも遊びじゃなくて本気だったみたいだけど、途中から遊ばれてたよなー。いい思い出じゃないけど、いい経験にはなった。しかし梓さんは私の中でピュアッピュアな生き物なので、生々しい話はやめておこう
「…ふっ、気にしたら負けですよ」
「気になるー!」
 恋バナは嫌いじゃない、むしろ好きだ。でも話すには人を選ばないと18禁な内容になるのでセーブする。
 ポアロのあるこのスペースは毛利さんの所有物らしく、ポアロは借りているという。毛利さんがここの管理人でなければきっと毛利さんとも蘭ちゃんとも、勿論コナン君とも、ここまで仲良くはならなかっただろうな。例え常連だとしてもこういう接客業であれば、面倒ごとは避けたいしね。
 梓さんがコナン君に何か言ったらしい。夕方上がりでポアロを出たらコナン君が外で待ち構えていた。片手には携帯を持っている。
「るーいさん!」
「…おぬし、何を企んでおる」
「別に何も企んでないよ。ねえ、僕瑠依さんとは友達だと思ってるんだけど、友達なら連絡先知っててもおかしくないよね?」
 暗に交換しようよと言ってるんだろうな。友達なら、の言葉に数年前言われた言葉を思い出す。あの時はなんて言ってたっけ。…あぁ、そうそう、「友達なら協力してくれるよね?」だ。
(友達だからで何でも許されると思うなよな)
「瑠依さん?」
「あ、ごめん、コナン君ならいいよ。はい」
 昔消し去った怒りの感情が湧き出しそうになり静かに抑える。プロフィール画面を開いてコナン君に見せた。コナン君のも見せてもらい、連絡先に新しく追加する。
「ああ、友達によく怒ってるって勘違いされるような文面になっちゃうけど、怒ってることは無いから安心してね?気をつけるようにはしてるけど、気にすると返信遅くなっちゃうんだよね」
「僕は気にしないから、気を遣わなくていいよ」
 嬉しいこと言ってくれるけど、実際はどうか分からない。暫くはメールするとき様子見ながらかな。


 写真好きというわけではないが、気になったものとか引っかかったものは写真を撮るのが好きだ。この前の車もそうだ。あと、突然脈絡の無いメールを送るのも好き。メールの相手は基本弟だったが、新しい連絡先も増えたし、この子ら相手に送ったらなんて返信が来るか気になる。弟は飽きて返信しなくなったから、姉ちゃん寂しい。
 ここ最近晴れていたが明日は猛吹雪だと言う。そういう日に限ってフルで入ってるし、梓さんは休みだし。哀ちゃんにメールを送ってみる。「明日は猛吹雪。スカート、気をつけたし」暇していたのかすぐ返信が来た。「明日はズボンの予定だったから、大丈夫よ。今夜は冷えるから暖かくして寝なさい」哀ちゃんは私のお母さんか。
 天気予報通りの猛吹雪の中頑張ってポアロに着いた。するとマスターの体調がどうも悪そうだ。
「体調悪そうっすね。奥で休んでてくださいよ」
「ああ、すまないね、お願いするよ…」
「…やっぱもう帰った方がいいんじゃないですか?マスターの体調が悪いなら店閉めても誰も文句言わないですよ」
「しかしなぁ…。瑠依ちゃん代わりに頼んでもいいかな?給料増しとくからさ」
 だから一介のアルバイターを信用しすぎじゃない?まあ私もアルバイターとは言え20歳超えてるし、経歴的には社会人経験もあるからまだいいとは、思っていいのか?
「まあマスターが私に任せていいと思うなら、私は構いませんけど」
 結局開店して2時間もしないうちにマスターは帰った。顔色もだいぶ悪かったし、吐き気がするって言ってたからかえって正解だと思う。猛吹雪のおかげか店内も基本空いているし、というかこんな天気で外に出る人がそもそもいないよな。
 偶に来店するお客さんは天気のせいで傘が壊れてたり雪で濡れて居たりした。流石にかわいそうなのでお冷と一緒にタオルも渡した。あとどうせこの入り具合じゃこの後もそう人は来ないだろうと、カップケーキを焼いてサービスした。ほんとにただのカップケーキだけど。
「いらっしゃいまーあ?コナン君だ」
「こんにちは瑠依さん。この天気で休校になったんだ」
 なるほど、そういうことか。定位置に着いたコナン君にホットコーヒーを準備する。
「あれ、マスターは?」
「体調悪くて帰ったよ。飲食扱ってるからねー、店長相手に言う言葉じゃないけど、無理していられると困るし。今日は閉めたらどうかって提案したんだけどねー、店任せられちゃったんだ。ただのアルバイターに任せるマスターの今後が心配だよ」
「……瑠依さんって、やっぱり凄いよね」
「えーどこが。信頼されてるのは嬉しいけど、流石にアルバイターに店任せるのって責任問題発生したらどうするのっていう」
 マスターを非難するわけじゃないが、いやこれ非難してることになるのか。例えばここで店に何か起きたら、私が何かやらかしたら(やるつもりは無いけど)、何故マスターがその場にいなかったのかとか私に任せたのかとか、そういう問題になる。マスターの立場が悪くなるから、やめた方がいいと思うだけなんだけどね。
「瑠依さんのことだから勿論マスターの心配もしてると思うけど、それだけじゃないじゃない。お店のこととか、お客さんのこととか、もしものこととか、一度に色んなこと考えてるよね」
「いや普通のことじゃない?社会人として個人だけじゃなくて周りのことも今後のことも考えて働いてるだけだよ。まあ、夢も希望もないただのアルバイターだけど」
 淹れ終えたコーヒーをコナン君に出す。同時に同じようにサービスでカップケーキを出した。
「あれ、このカップケーキは?」
「こんだけ悪天候の中、態々足を運んでくださったお客さんに特別サービスで出してるんだ。本日限定で」
 コナン君は、私と自分しかいない店内を見渡し、そしてカップケーキを見た。
「やっぱり、瑠璃さん凄いよ」
「いやちょっと意味が分からないかな」
 脳内メモに「コナン君が私を凄いと思う理由が分からない」と書く。警察関係者にやたら知り合いが多い、しっかりした蘭ちゃんの元で暮らしている、聡明で頭の回転が速いコナン君が、適当に過ごしている私のどこに凄さを感じるのか皆目見当もつかない。


 あまりの天気の悪さで学校は休み。高校も休校になったが、試験が近いからと部屋で勉強している幼馴染の邪魔をするわけもいかず、暇を持て余したコナンは昼食をとった後に階下のポアロへ行くことにした。寒いとはいえこの距離なら上着もいらない。
「いらっしゃいまーあ?コナン君だ」
 中途半端に挨拶をした店員の瑠依さん。本来学校がある時間なのにここにいる理由が分からなかったのだろう、疑問符を浮かべた顔をしていた。
「こんにちは瑠依さん。この天気で休校になったんだ」
 瑠依さんは納得すると、暖房を調整した。そこまで寒さの中にいなかったコナンには、ポアロの温度は少し暑かったのでありがたかった。定位置に座り店の奥を様子見ても、マスターの姿が見当たらない。365日、開店から閉店までいるマスターがいないなんて珍しい。
「あれ、マスターは?」
 以前の様に買い出しの可能性もあるが、この天気で外に出るとは考えにくい。それに本当に行くのであれば恐らく瑠依さんが買って出るはずだ。面倒くさがりに見えて店長への敬意があるのは仕事ぶりから見て取れる。こんな天気で店長を外に出すとは思えない。
「体調悪くて帰ったよ。飲食扱ってるからねー、店長相手に言う言葉じゃないけど、無理していられると困るし」
 困った顔をしながら瑠依さんは言った。梓さんなら店長を心配してという意味で帰らせるだろうが、彼女の言葉は店を気にした言葉だ。初対面の人が聞いたら「店長の心配はしないのか」と思うかもしれないが、彼女は口にしないだけで心配していることは、数カ月の付き合いで感じ取れる。同じように小さくなった科学者、灰原も言っていたが、彼女は彼女にとって当然であることを言わない時がある。この場合も、「店長の身体を気遣うのは当然」だから、店長を気遣って帰したと言わなかったのだろう。飲食を扱っているという言葉から、体調が悪くてもやるという判断でもしものことがないようしっかり考えて予防しているのが分かる。
 頼んでいないが何を頼むか分かっている彼女は、ホットコーヒーの準備をしながら続けた。
「今日は閉めたらどうかって提案したんだけどねー、店任せられちゃったんだ。ただのアルバイターに任せるマスターの今後が心配だよ」
 マスターは以前瑠依さんのことをこう言っていた。「彼女は自分を客観的に見ることができる子だから、安心して任せられる」と。コナンからすれば、自分どころか周りのことも含めて全て客観的に見ていると思う。彼女は無意識にしているがこれがどれだけ凄いことか。彼女の視点は常に俯瞰なのではないかと思うくらい、よく気が利くし周りを見ている。それを本人が一切気付いていないことは、むしろ美点として捉えていいかもしれない。
「……瑠依さんって、やっぱり凄いよね」
「えーどこが。信頼されてるのは嬉しいけど、流石にアルバイターに店任せるのって責任問題発生したらどうするのっていう」
 こういうところだ。そういうことが発生しないのが一番であるが、自身も含めてこの店に何か起きたらどうするのかということを考えている。良くも悪くも、最悪の場合を常に、それも無意識に考えている。
「瑠依さんのことだから勿論マスターの心配もしてると思うけど、それだけじゃないじゃない。お店のこととか、お客さんのこととか、もしものこととか、一度に色んなこと考えてるよね」
 知識や座学に関しては、正直彼女より上であると自負しているコナンだが、結局順序立てた理論的な思考になってしまう。彼女の思考は、一つの事柄について同時に様々な展開をしている。事件となったらすぐに首を突っ込む自分とは大違いだ。現に灰原にも同じようなことを言われた。「彼女と同じ思考ができたら、今頃こんなことにはなってなかったかもね」と。
 純粋に瑠依さんに尊敬を示すと、彼女は来店時に見せた顔と同じ顔でコナンを見た。
「いや普通のことじゃない?社会人として個人だけじゃなくて周りのことも今後のことも考えて働いてるだけだよ」
 平然と言ってのけるが、それができる大人がどれだけいるのか。様々な感情から殺人を犯した犯罪者を見てきたコナンには、彼女が眩しく見えた。
「まあ、夢も希望もないただのアルバイターだけど」
 やりたいことがなく高校を卒業してそのまま就職したという彼女。昨年まで何をしていたのかは知らないが、きっとここ米花へも夢を探してきたのだろう。今のところ発展は何もないようだが。
 暖かいコーヒーを一口飲む。今度はカップケーキが出てきた。ポアロのメニューにない筈だし、頼んでいない。
「あれ、このカップケーキは?」
「こんだけ悪天候の中、態々足を運んでくださったお客さんに特別サービスで出してるんだ。本日限定で」
 臨機応変力も文句ないし、天気で気分が低いであろうお客さんのことも考えられる。店内を改めて見渡す。床が濡れていてもおかしくないのに、濡れている様子もない。店の奥にはよく見ると使用済みだろうタオルが積まれている。そして壊れた傘もいくつか。その逆に、店員用で常備している傘が少なくなっている。代わりに渡したのだろう。
「やっぱり、瑠璃さん凄いよ」
「いやちょっと意味が分からないかな」
 彼女は本当に不思議そうな顔をしてコナンを見たのだった。


 閉店したころには天気が落ち着いていた。今日のコナン君は一段と謎だった。多分コナン君は私を勘違いしてる気がする。そんなできた人間じゃないぞ私は。
 壊れた傘を規定通りにゴミ出しし、減った傘の本数を数える。二十四時間やっているコインランドリーへ赴き、湿ったタオルを突っ込んで洗濯乾燥機を回す。一時間か、行ったり来たりは面倒だけど、一度傘を買ってポアロに戻るか。閉店ぎりぎりのスーパーに入り傘を買って外に出る。ポアロにおいて再びコインランドリーに戻ると丁度終わっていた。
(さっむ…)
 ふっかふかのタオルをポアロにおいて、やっと帰路に着く。タオルも傘も私が勝手にやったからお金落ちないだろうなぁ。マスターなら落としてくれそうだけど、「良いことしたでしょ!」みたいな感じで言うの好きじゃないんだよね。言わなくていいや。
 もう帰って風呂入って寝よ、とまっすぐ帰る。急がば回れ、近道だからって裏道を通るような真似はしない。田舎者の私はまだ都会が怖いので、何かあったら面倒だ。実家ではサルをよく見かけたり熊情報が流れてきたりしたが、こっちじゃ事件が多い。都会怖いなぁ。