現実主義者リアリストは夢を見たい

 シャーロックは読み終えた。だがさっぱり分からん。素直に感想を言うと、何とも丁寧にコナン君は噛み砕いて分からないところを解説してくれた。
「なるほどねー」
「…瑠依さん、本当に分かってる?」
「私にはシャーロックは早すぎたってことはよく分かってるよ。物語は分かったけど、ちょくちょく頭にハテナ浮かんでる感じ?…ごめんね?」
 勧めてくれたのに理解できない自分の頭に項垂れる。コナン君には申し訳ないことをしてしまった。
「僕こそ、思えば瑠依さんがどういうジャンルが好きなのか聞かずに勧めちゃったから」
 ほんと大人だなぁコナン君は!脳内メモに書き足す。「コナン君は私より大人」話せば話すほど私も子供として接していない自覚はある。コナン君くらいの年齢だったらこんな風に接してないんだけどな。
「コナン君、もし私の態度とか気に食わなかったり、嫌だったらちゃんと言ってね?」
「え?どういうこと?」
「あー、コナン君凄い大人だから、なんていうか、うん、ごめん」
「…あぁ、大丈夫だよ。僕、子ども扱いしない、対等に接してくれる瑠依さんがいいな」
 私の言わんとしてることを察したのか、何だこの子マジ。「コナン君は聡い」とメモ。
「あー、コナン君と同じ年で生まれてたら、こんななあなあな人生じゃなかったのかなぁー。毎日楽しそう」
 友人に不満があるわけじゃないが、こんなインパクトのある子に出会ったらそう思わざるを得ない。この子本当に7歳児か?
「僕の中じゃ瑠依さんは結構不思議な大人ってイメージがあるよ」
「こんな明け透けな私のどこが不思議なのか凄く気になるね」
「瑠依さんのイメージとか、こういうこと考えてそうだなって思ったら全然違うし、予想を裏切られることがあるし。あ、悪い意味じゃないよ!」
 悪い意味じゃないって後で付けるときは大抵疚しいことがあるときだよね、と思ったがコナン君に限ってそういうのは無いと信じたい。
「イメージ通りだと思うけどなー。いらっしゃいませー」
 会話の途中だったがお客さんが入るのが見え声をかける。脳内メモに「私のイメージ#とは」と書き足した。


 マスターは随分と、私のような一介のアルバイターへの信頼が厚すぎると思う。混まない時間帯は私1人に店を任せることが多くなってきた。マスターはその間に新しいコーヒー豆を仕入れに行ったり、次の季節に合わせたレイアウトの雑貨を買いに行ったり、と店にいない。流石に悪さしないけど、どうなん?と思うこともしばしば…。信頼されてるのは、喜ばしいこと、だよな?
 例のごとくコーヒーとレモンパイを出す。この子ちょくちょく飲みに来るけど、お金どこから出てくるんだろう…。流石にこの年でお金おろしたりとかってしないよな?毛利さん伝いにお母さんからお小遣いもらってるとか?
「はい、カプチーノとショートケーキ」
 そして今日はもう一人小さなお客さん。最近新しく脳内メモに追加された「もう一人の謎っ子」こと、灰原哀ちゃん。コナン君が友達の中で唯一呼び捨てをしている相手。そんでこの子も中々にコナン君に似ているところがある。あんまりポアロ来ないから接する機会は無いけど。
「哀ちゃんは確か阿笠さんのとこで暮らしてるんだっけ?」
「えぇ」
 阿笠さんの親戚?らしく、今は阿笠さんが預かってるらしい。そういえばコナン君も阿笠さんの遠い親戚だって言ってたっけ。あれ、でも新一君とことも親戚?ってことは阿笠さんと新一君は遠い遠い親戚で?コナン君と哀ちゃんは遠い遠い遠い親戚?
「阿笠さんの家系、凄い壮大そう」
「今の会話のどこからそこに行くの…」
 食器を片付け終え哀ちゃんをジーっと見る。何かしら?とおすまし顔の哀ちゃん、将来美人になりそう。
「哀ちゃんの服って阿笠さんが選んでるの?」
「自分で選んでるわ。博士が選ぶと地味なんだもの」
 すげー、自分で選んでるんだ。哀ちゃんのセンス結構好みなんだよね。蘭ちゃんや園子ちゃんは割と足や腕の露出が激しい服が多いんだよね。あとフリルがあったり。哀ちゃんは大人しい雰囲気だけどちゃんと今時感があって、凄く良い。ただワンピースが膝上の丈ってのは私には無理だ。
「色合いとか組み合わせとか、哀ちゃんのセンスすっごい好きなんだよね」
「あら、ありがとう。なら今度一緒に買い物行ってみる?」
 哀ちゃんの言葉に私よりコナン君の方が驚いていた。
「なんでコナン君、そんなに驚いてるの」
「いや、何でもないよ!」
 まあ哀ちゃんの言葉に驚いてたみたいだし、コナン君の中の私との予想外的なものに驚いたわけじゃなさそう。
「じゃあ今度一緒に行こっか!来週の土曜日なら私休みなんだけど、哀ちゃんのご予定は?」
「空いてるわ」
「じゃあ朝10時に駅前でいいかな」
「ええ、楽しみにしてるわ」
 コナン君同様、哀ちゃんの雰囲気や性格は話していて付き合いやすい。だから哀ちゃんも思わず子ども扱いしなくなってしまう。でもまあコナン君と違って、哀ちゃんは結構はっきりものを言うタイプみたいだから大丈夫、だよね?


 哀ちゃんとの買い物はここ数年で一番楽しかった。よくある「これどうかなー」「にあうー!」「かわいーじゃーん!」みたいな気を遣わなければ崩れる友情的な会話もなく、「哀ちゃんこれ似合いそう」 「私の趣味じゃないわね。あなたはこれとかどう?」「ほー、家にある服と組み合わせやすそう。でもここのヒラヒラがなぁ」「ならこっちはどう?」「哀ちゃん最高」とお互い素(哀ちゃんの性格はコナン君から聞いたけど、やっぱり素らしい)で会話していた。といっても私の本気の素はかなり人を選ぶから気をつけている。
 米花駅から三駅離れた場所にある大型商業施設で一日を潰し、帰りの電車から降りる。お昼とおやつはお礼にと驕った。というかここで割り勘したら年上が廃る。
 帰宅ラッシュと少し被ってしまったらしく、駅は混雑していた。はぐれないようにしないとなーと哀ちゃんに目を向けようとしたら、その前に哀ちゃんが私の袖を強く掴んでいた。俯いて、微かに震えているようにみえる。電車に酔っちゃったのか。車持ってれば良かったなー。買うお金もないけど。しゃがんで哀ちゃんに目線を合わせる。
「冷房強かったし人ごみもすごかったし、しんどかったねー」
 大丈夫そうじゃないのに大丈夫?なんて聞いても仕方ない。着ていたパーカーを羽織らせる。あれ、デジャブ。
 歩けそうか尋ねる前に、哀ちゃんは両手で私の服を掴んで来た。先ほどより震えているように見える。結構ヤバそう。
「ちょっとごめんねー」
 人によるとは思うけど、体調悪い時って音も気になる人いるんだよね。カバンから音楽プレイヤーとヘッドホンを取り出す。最近ハマってる合唱曲の再生リストを選び、哀ちゃんにヘッドホンを付けた。驚いた顔をしてる哀ちゃんに、へらっと笑いかけフードを被せた。そしてゆっくり抱き上げる。
(哀ちゃん、大人びてるから忘れがちだけど、ちっちゃいんだよなー)
 簡単に抱き上げられ、そういえば7歳児だったと思いだす。いかんいかん、これからは少し気をつけないと。嫌がられると思ったが寧ろ抱き着いてきたので安心する。置いていた荷物を持ち直し、人ごみを避けながら駅を出た。
 ゆったりと振動を加えないよう歩き帰路に着く。ここで問題なのは、私が哀ちゃんの家、つまり阿笠さんの家を知らないということだ。さてどうしたものかなー…。
「…ごめんなさい、もう大丈夫よ」
 気付かなかったが哀ちゃんの震えはもう止まっていた。ヘッドホンを外した哀ちゃんは小さく呟いた。
「良かった良かった。一人で帰すのがちょっと怖いんだけど、送って大丈夫?」
「…お願いしてもいいかしら」
「いいよいいよー。ただ家が分からないから案内はしていただけると助かりまする」
 哀ちゃんの案内で阿笠さんの家へ向かう。下ろしてほしいと言われなかったことと、哀ちゃんにまだ服を掴まれたままだったので、抱き上げたまま歩を進める。夕日がきれいだなー。
「選曲が合唱って珍しいわね」
「最近ちょっとハマってるんだ―。学生時代は考えなかったけど、改めて歌詞を見ると結構深いんだよね」
「言われてみれば、歌詞をしっかり見るなんてこと、あまりなかったかもしれないわね」
「歌うことが優先だからねー。時の旅人とか、年取ったらすっごい重みありそうなんだよね。あとHEIWAの鐘とか、歌詞がもうヤバい。『つみ』とか『ちから』とか歌ってると分かんなかったけど、あれ戦争と権力のことだったんだね。深いなぁ」
「……歌ってみてくれる?」
「ええぇ、周りに人いないけど恥ずかしいから」
「いいじゃない、減るものでもないし」
「合唱曲ってほら、伴奏もあってより曲が深まるじゃん?ピアノ弾く機会あったらいいよ」
「あなた、弾けるの?」
「伴奏経験あるくらいには弾けるよ。逆に技術求められる曲はほとんど弾けないけど」
 そんな感じでほのぼのと話しながら歩いていたら哀ちゃんの家に着いた。ゆっくり下ろして哀ちゃんの荷物を渡す。
「楽しかったわ。最後の最後でごめんなさい」
「お嬢さんや、ここはありがとうでいいんだぜ?」
 ちょっとかっこつけて頭をなでる。哀ちゃんはくすっと笑った。
「ありがとう、瑠依さん」
 哀ちゃんから初めて呼ばれた気がする。この子めっちゃ可愛いなぁ。いつも笑ってたら最高だけど、偶に笑うから可愛さが際立つんだろうな。ツンデレに萌えるときと同じかな。この子もツンデレ属性ありそう。
 哀ちゃんの突然の体調不良、家に帰って考え直してみたらあれどう考えても電車酔いじゃないと気付いた。電車の中では普通だったし、駅について電車降りたら、ほんと突然って感じだったから。
(なんかトラウマとかあったのかな。スイッチオンしちゃった的な)
 哀ちゃんのことは深く知らないし、こちらから聞くものでもないんだろうな。掘り返して傷が深まったらいけない。私と哀ちゃんの関係は友達…友達でいいんだよね?あれ、店員と客?それも合ってるけど、うん?…深く考えなくていいかな…。哀ちゃんに追及できるほどの仲でもないから、今日の私の対応はあれで正しかったと信じたい。