現実主義者リアリストは夢を見たい

 自然大学校の講師をやるくらいにはアウトドア派だとは思う。バイトの無い日は家でボーっとするより外を出歩くことが多い。家にいない方が電気代節約にもなるしね。出歩いて何をするかっていると、とくに何もしていない。気の向くまま歩いたり、商業施設をうろついたり、目的無くふらふらふらふらしている。本は勿論読んでいるが、一日ずっと読書は、私にはどうやら無理らしい。実家暮らしの時は、休日でも結局自然大学校の敷地内でアグレッシブに動いていた(というより多分あれは遊んでいた)から、今より有意義に過ごせていたのかもしれない。だってここ、気軽に木登りしたり火起こししたり出来ないんだもん。流石に同じことは出来ん。
(高校の友人と卒業後も続いてれば、こういうとき誘えたんかなー)
 親しい人は沢山いたが、卒業したらまあ連絡段々しなくなるよね。現に今私の新しく新調したスマホには、中学高校の友人の連絡先は一つもない。悲しすぎるよ…。
 宛てもなく歩いた先に会ったお洒落な雑貨屋に入る。アンティークな感じでありながら、きらきらとした新鮮さがあふれ出て居る。おお、こういう店めっちゃ好き。
(お、このオルゴールいいな)
 まるで宝石箱のような銀色のオルゴールを見つける。曲は…乙女の祈りか、これは買いだな。あとアゲハ蝶をモチーフにした小さな置物も見つけた。可愛い…。これも買いだ。金遣いは荒くないが、こうして一目ぼれしたものは躊躇なく買う傾向がある。…これって金遣い荒いっていうのかもしかして…。いやでも、普段からじゃないし、出費の中で娯楽が占める割合はめちゃくちゃ低いし。
 レジに並ぶ前に、雨が降っていることに気付いた。傘持ってきてないし、買うしかないか。ファンシーな傘は使いたくないので黒い普通の傘を買う。花柄とかピンク色って、人が使ってるのを見る分には構わないんだけど自分が使うとなると話は別だよね。
 ほくほくと帰路に着く。すると、後ろからワンピースの女の子が走り抜け、盛大に転んだ。赤いランドセルは、蓋がちゃんと占められてなかったんだろう、中身もぶちまけてしまっていた。駆け寄って女の子に傘を差しだす。
「盛大に転んじゃったねー、ほら、これで拭きなよ」
 ポケットから本日初めて使われるハンカチを女の子に渡し、傘も持つよう促す。女の子は半泣き状態だ。ぶちまけられたノートや筆箱を拾い集めるが、先ほどより強まっている雨でだいぶびしょ濡れだ。この子も多分、雨が降って来たから早く帰ろうとして走ってたんだろうな。
「ううぅう、ひっく」
「あああ、ほら、大丈夫大丈夫、乾かせばまた使えるよ。怪我は…大丈夫そうかな」
 手に擦り傷はあるが足は何ともなかった。流石にこんな汚れた服で帰るのは嫌だろうなぁ。来ていた水色のパーカーを脱ぎ、子供に着させてチャックをしめる。これで汚れは見えないかな。
 涙目ながらも泣きださなかった女の子の頭をよしよしと撫でる。
「お、泣かなかったね、えらいえらい。そんな君にはこれをあげよう!」
 袋から先ほど買ったばかりの、アゲハ蝶の置物の入った箱を取り出す。さっと値札をはがし、ランドセルを背負いなおした女の子に渡した。
「これは?なぁに?」
「開けたら濡れちゃうかもしれないから、お家に帰って開けるんだよ?…流石にこのまま持って帰ったらお母さんビックリするか…」
 カバンからペンとメモ帳を出す。バイト行くときのカバンと一緒だから常に常備だ。メモ帳に一筆書いて、箱に差し込んだ。
「帰ったらお母さんにこの紙を渡すんだよ?できるかな?」
「うん!お姉さん、ありがとう!」
「よーしいい子だ。傘もあげるからね、そのパーカーも」
「お姉さん傘は?」
「私は別の傘があるから大丈夫だよ。それじゃあ気をつけて帰るんだよ」
 ありがとう!ばいばい!と笑顔で、今度は歩いて帰る女の子を見送り、近くに会った屋根付きのバス停に駆け込む。しっかり濡れましたよええ!もちろん傘もないっ!
(かっこつけたよね、この雨でどうやって帰るよ)
 このバスは帰る方向とは逆のようだ。コンビニも近くにないし、これはずぶ濡れコースだな。ここから走って帰るのはしんどいから、開き直って歩いて帰るか。
「って自分の無いのかい。あんたってドがつくほどお人好しなんだね」
 え、誰。振り返ると傘を差した小柄な女性がいた。短髪で茶髪、おおよく見ると目元に模様がある。あれなんだろ、タトゥー?
「何で渡しちゃったのさ。しかも、何かあげてたね?」
 随分ぐいぐい来るなこの人。誰やねん。
「まあ、嫌なことの上に嫌なこと重なると、あんまいい気分じゃないじゃないですか。急に雨降って、転んで、ランドセルの中身ぶちまけて、濡れちゃって、だからその分良いことあってもいいんじゃないかなぁといいますか」
「はっ、良いことした自分に酔いしれたいだけなんじゃないのかい?」
「(マジでこの人なんなんだ…)もしかしたらそういう気持ちもあるかもしれないですけど、あの子がハッピーな気持ちになれたならそれでいいんじゃないですかね」
 女性は私をじっと見て、そして、鼻で嗤った。私何でこんな突っかかられてるんだ…?この人暇人か?と考えていると、バス停なのに車が一台止まった。
「やっと来たかい!」
 どうやらこの女性のお迎えのようだ。バス待ちじゃなかったのか、そして暇人でもなかったのか。女性は閉じた傘を何故か私に投げた。
「いらなくなったからやるよ」
 やばい本物のツンデレに出会った。
「おお、ありがとうございます!じゃあお礼にこれどうぞ」
 割とマジでありがたかったのでテンション上がって、オルゴールの箱を渡す。女性は手に取り中を出した。
「なんだいこれは」
「オルゴールですよ。曲は乙女の祈りです。箱、綺麗じゃないですか?曲もいいし」
「はっ、アタイが乙女って柄にみえるかい?」
「いや女性ならいつでも乙女になれますでしょ」
 変な敬語で返してしまった。女性はジーっと私を見つめてきた。なるほど、これが「穴が開くほど見つめられる」ってやつか。いや、何だよ、言いたいことあるなら……オブラートに包んでいってくれよ。
「あんた、随分変わってるね。…名前は?」
「え、ああ、柊瑠依ですけど…。じゃああなたは?」
「……好きに呼びな」
 そういい捨て女性は車に乗り込み去っていった。いや、名乗ったんだから名乗れや。
(って、知らん人に名前言っちゃったよ。…大丈夫だよね?傘くれるくらいだし、ツンデレだし)
 ツンデレは関係ないか。とりあえず年上っぽいし、安直だけど雨のお姉さんって呼ぼう。ネーミングセンス無いからこれが限界だ。


「一般人に目を掛けるなんて…珍しいな…」
 車中で男は女に言う。女はオルゴールを開いた。キラキラした見た目に優雅な曲、こういうのはあの女の方が似合いそうだと女は思った。しかしあの女が嫌いな女は、想像して舌打ちをした。
「このアタイを女扱いする奴なんて、初めて見たよ!あのバーボンですらアタイを女と思ってないだろうからね!」
 女性はいつでも乙女になれる、平然と、当然のように言ったあのガキ。着飾ってないラフな格好をしていたあのガキも、乙女と言う言葉をハメるには似合わない。
「…柊瑠依、ねぇ」
 見た目から高校生以上ではあるだろう。酒は飲めるだろうか?もし次会うことがあったなら聞いてみてもいいかもしれない。飲めるなら、キャンティをしこたま飲ませてやろう。女はオルゴールを閉じた。