現実主義者リアリストは夢を見たい

 高校までの選択肢は、商業とか工業とか選ばなければ将来への幅が広いと思う。大学は、そうはいかない。将来の夢が定まらず、自分が何をしたいのかも分からず、特に勉強したいこともなく、うだうだとしていたら案の定大学進学に失敗した。受験に失敗したのではなく、そもそも受験票を出せなかった。先生に呆れられたのはよく覚えてる。流石に浪人生でもないのに引きこもってるわけにもいかないから、就職しなければと考えていた矢先、「宛てがないならうちで働いてみないかい?」と声をかけて頂いた。はるま自然大学校でインストラクター。学校と言っても教室で黒板に、というものではない。キャンプカウンセラーに近いものだ。そこにサバイバル要素を足した感じ。キャンプと違って家から色々持ってきて楽しくファイアー!というよりは、自然の中でどのように生き残るか、最低限の所持品でどう切り抜けるかというものを学ぶ。切り抜けるっていうと大げさか。仕事内容はそのキャンプカウンセラーとか、小学生の秘密基地つくりの講師とか、冬はスキーやスノボーのインストラクターとか、登山の講師とか。実家暮らしの筈なのに森や山の中にいる時間の方が長かった気がする。3年ほど働いていたが、学校長の奥さんに「若い子がずっとこんな所に籠って!」と怒られてしまった。確かにインストラクターは殆ど三十代後半。学校長と奥さんは五十代。奥さんは元々東京にいたらしく、田舎を否定しているわけじゃないが一度は華やかな都会暮らしをしてみてほしいらしい。まあそんなこんなで、上京したものの何も考えず来たせいで働き口もない。とりあえずアルバイトで生活費稼ぐか…と丁度目についた喫茶店でアルバイトを始めた。結局そのまま変わらぬ日々を過ごして半年が経った。
「はよーございまーす」
「おはよう瑠依ちゃん!」
 うぅ、梓さんの笑顔が眩しい。梓さんのいる日は特に忙しいんだよな。ポアロの看板娘、流石っす。


 ランチタイムを過ぎると一気に閑散とする。少し歩けば喫茶店やらレストランやらがある栄えた米花だから、1か所に集中しないのだろう。しかも今日は梓さんがいないから、ポアロも回転率が良かった。
 珍しくお客さんは小さな1人だけ。それもここ最近の馴染みだから私としても気が楽だ。
「はい、マスターお手製レモンパイ。とコナン君の好きなアイスコーヒー」
「ありがとう、瑠依さん」
 ガムシロなし、砂糖なし、ミルクなし、ブラックコーヒーを顔色変えず飲む小学1年生がいるだろうか、いやいない。最初はオレンジジュースを頼んでいたのに、ここ最近は専らコーヒーだし、誰も突っ込まない。
 江戸川コナン、この子と会ってからと言うか、この子自体が随分不思議だ。例えば、数カ月前までは偶に来ていた、蘭ちゃんの彼氏…あ、まだ彼氏じゃないか、幼馴染の新一君をめっきり見なくなった。代わりに蘭ちゃんからは「新一は事件を追って会えていない」だとか、毛利さんがやたら名を馳せるようになったとか、1番は江戸川コナン君が毛利宅に住むようになったとか。
(なーんか、この子に関することだと謎がいっぱいなんだよなー)
 やることもなくなったのでジーっとコナン君を見る。
「何?瑠依さん、僕の顔に何かついてる?」
 友達の前、少年何とかっていう彼らの前では自分のことを俺って言ってるのに、大人の前では僕と言う。友達と大人の前で態度を変える子供はよく見かけるが、一人称を変えるのは初めて見た。
(そういえばポアロにコナン君が1人だけでくるの初めてか?私がいないときは知らんけど)
「コナン君って、家族と離れて寂しくないの?」
 7歳ってまだ家族に依存してるだろうから、数日ならまだしも長期間離れるって結構寂しいもんだと思う。親戚でも何でもない赤の他人の家で過ごすって結構ストレスだろうし。
「え、あぁ、寂しくないよ!おじさんもいるし蘭姉ちゃんもいるし!」
 あらら、気を遣わせちゃったかな。なんとも利口な1年生だな。ただアイスコーヒーの件や、これは蘭ちゃんと梓さんの会話から知ったことだが事件の時色々気付くらしい件、他にも色々謎めいたところがあるので、気を遣ったかどうか謎だ。…ほんと謎だらけだなこの子。
「なんか、コナン君って…謎だよね」
「へ?」
 謎だらけの少年、江戸川コナン君。最近この子を知るのが一つの楽しみになっている。
「アイスコーヒーが好き、レモンパイが好き、とても頭がいいらしい」
 指を追ってコナン君について知っていることを挙げていくが3つで終わってしまった。しかも最後は人伝。
「なんだろうねー、コナン君のことを知るのが、ここ最近の楽しみ?趣味?」
「趣味って…というか、なんで僕なの?」
「面白いから」
 知識を褒められたりどうして知ってるのか聞かれた時、「新一兄ちゃんから聞いたんだ」と答えること。逆に「僕、子供だから分かんないや!」と濁すこと。時折子供らしさが一切消えること。
「僕、面白いって言われるの初めて」
「あっはは!面白いよ、コナン君は」
 この子の違和感や謎、不思議なところを何故他の人は気づかないのか。それも謎の一つである。


 コナン君についてを除けば、私に趣味も興味があることもない。だからバイトの無い日は本当に暇で仕方がない。ということでバイト付けの日々を過ごしている。シフト希望で「休み希望なし。週7、開店から閉店までフル出勤希望」と伝えたら流石にそれはやめてくれとマスターに止められてしまった。まあポアロは私含め3人しかいないから、休みもそんなに無いけど。しかし22で味気ない日々はどうなんだと思うこの頃。そもそも上京した理由も「都会生活1回は味わっとくか」というものだし。
「瑠依さんて…確か22だったよね…」
「この若さでこの生活は味気なさすぎるって自覚はあるよ、うん」
 呆れを通り越して可哀そうな目で小学1年生に見られる心情を十五文字以内で述べよ。とてもいたたまれないです。
「読書とかどう?」
「読書かー。コナン君のお勧めは?」
「シャーロックホームズ!」
 そこから始まるコナン君のマシンガントーク。シャーロックへの愛をノンストップで語り出した。ほうほうと相槌を打ちながら、「コナン君はシャーロックが好き」と脳内メモに加えた。
「そこまで推すなら、読もうとだけしてみようかなー」
「ほんと!?本貸すよ!」
「汚すのが怖いからやめとくよ。それに、自分で買えば今読まなくてもいつか読むかもしんないし?」
 読書家じゃなかったから本の扱いは、読書家から見たら雑かもしれない。流石に借りものは気を付けるけど、私の部屋未だに殺風景で、寝床とテーブル、衣装ケースしかない。本棚無いからその辺にポイっと置く可能性大。
 閉店後に本屋に寄る。しかし中々見つからず、何件か梯子した。ようやく見つけて(勿論翻訳済みの方)購入したら、本屋の閉店間際だった。やたら店員がうろついていたのは暗黙の「はよかえれ」コールだったか。
 夜の大通りを歩いてると、珍しい車を見つけた。車は全然詳しくないが、運転席から外車だと分かる。昔の洋画に出てきそうな黒い車だ。
(すげー、なんかハリウッド俳優とか乗ってそう)
 周りに誰もいなかったので写真を撮って帰った。帰って調べてみたけど、結局車種は分からなかった。


 シャーロックホームズを読み始めて、1か月経ちました。難しすぎて全然分からない。よって読み終えられず。
「くっ、大人っぽいところ見せようと思ったのに、コナン君より頭が悪いと証明してしまった!」
「あはは…」
「シャーロックじゃないけど、他にも本読み始めてみたよ。読書を趣味にできないかなーって」
「へー、例えば?」
「山月記とか、こころとか、徒然草とか、変身とか」
「また随分と、何でって感じの本読んでるね…。瑠依さんのことだから、流行りの本とかもっと最近の本を読んでると思ったけど」
 なるほど、コナン君からそう見えるのか。脳内メモに「コナン君から見える私は、最近のものを好む」と書き込む。
「徒然草は中学の時に授業でやったのを思い出してさ。結構面白かったから、見かけた時買っちゃった。山月記は高校の授業でやって好きになった作品の一つで久々に読みたくなったから」
「変身はフランツ・カフカ?」
「おーよく知ってるね。そうそうフランツ・カフカ。人間が虫になるって帯見て買っちゃった」
 そこから暫く本の話で盛り上がる。コナン君は本も詳しいようだ。何かこの子、もう高校の授業受けたんじゃないかってくらい、授業で扱った作品も詳しい。
「コナン君は、読書家なんだね。まあ絵本読んでなさそうだなとは思ってたけど、まさかこんなに知ってるとは思わなかったよ」
「えっ、あ、新一兄ちゃんからよく本読んでもらったりとかしてたから、はは」
 出た、新一兄ちゃんシリーズ。それにしても不思議だな。蘭ちゃんは、新一君にコナン君みたいな親戚がいると初めて知ったような話をこの前してた。私は新一君とは片手に数えるくらいしか接してないからよく知らない。蘭ちゃんからの話を聞く限りの新一君の性格だと、コナン君みたいな子を今まで蘭ちゃんに言わないのは違和感がある。こんな子とそこまで親しかったなら一度くらい話題に上がると思うんだけどな。
(益々謎が深まったぞ…。つかコナン君の謎が増えると新一君の謎も増えるのはなんでだ)
 空になったコナン君のコップに無言でコーヒーを淹れる。
「ああ、このコーヒーは私からのサービスってことで、みんなには内緒だぞ?」
 代わりに君の謎一つ答え教えてくれよ、なんて思いながら。
「ありがとう瑠依さん!僕、瑠依さんの淹れるコーヒー結構好きなんだ」
「ええぇ、淹れるようになって分かったけど、私の下手だよ?知ってるでしょ?知らないわけないよね」
「まあ、確かに瑠依さんのコーヒーはマスターのより薄いけど、でもなんか好きなんだよね」
 薄いってハッキリ言われた。なるほど、薄いのか。次はもうちょっと濃くしてみよう。しかしそれでも私のコーヒーが好きだと言うコナン君は、やっぱり謎だ。