CCM

 普段は捜査一課にいる松田と萩原は、爆弾処理班の後輩を育てつつ一課の仕事をこなす二足の草鞋の生活をしていた。怪我により今まで通りの解体は出来ないだろうと医者に言われた萩原はともかく、何ら問題のない松田まで一課に来なくても良かったのにと萩原は未だに思っている。萩原と松田が憎んだ犯人は伊達の後輩と小さな探偵によりお縄に着いたので背負うものはもうない。爆処に戻ればいいものを、惰性か萩原や伊達がいるせいか、松田は一課に留まった。
 防犯の腕章をつけパトロールコースを徘徊する。生活安全課ではなく何故一課が…というのは、生活安全課の人間が情けないことに揃って集団食中毒を引き起こしたことに由来する。飲み会のカキが当たったらしいと何とも言えない顔で告げた目暮警部は、そのまま申し訳なさそうにパトロールの手伝いをお願いしてきた。事務作業より動き回ってる方が性に合ってるな、と松田は快く了承。快くどころか食い気味に了承した。意図に気付いた萩原が「俺も俺もー」と軽く手を挙げた結果、2人でパトロールすることになったのだ。
 素晴らしいことに何の代わり映えもない平和な風景が広がる。公園には元気に駆け回る子供たちとそれを見守る保護者たち、誰も寄り付かないジャングルジムの上で座り込む黒い人。……黒い人?
「明らかに怪しいな」
「だな」
 比較的広い公園の端っこに、松田や萩原の身長をゆうに超え設置されている緑色のジャングルジム。その天辺でフードをすっぽりをかぶった黒いパーカーを着た人間がいた。どこを見ているか分からないが、ゆったりと首を左右に振って何かを探すように動いている。誘拐する児童でも吟味しているか?にしては顔の向きが空を向いているような。警戒するに越したことはない、と嫌な想像をしつつ公園の入り口から様子を伺う。方やグラサン、方や軟派そうなスーツ姿の男が2人公園に目を向け立っている姿もいささか怪しいが、正義のおまわりさんその人である当人らは勿論気付かない。
 黒いパーカーを着た人物はやがて軽々とジャングルジムから降りた。そしてもう一度ゆっくりと辺りを見渡すような動作をしたのち、公園の入り口……松田と萩原の方へ歩いてきた。丁度いいとばかりに2人は公園を出ようとするその人の前に立ちはだかる。
「すみませんねぇ、ちょっといいです?」
 萩原が警察手帳をちらつかせながら声をかける。「け、警察?」と不審者にはテンプレの反応をしたその人は驚きながらも立ち止まった。まごうことなき女性のアルトボイス。身長は恐らく170cm行くかどうか。
「お姉さんお名前は?」
 ぐぐぅ~~~~~~~~
 名前の代わりに返って来たのは盛大な腹の音だった。明らかに女性の方から聞こえてきた。フードを外そうとしたのか掛けた手は、逆にぐっと更に目深に被った。
 両者の間に大量の天使が通る。その道を割ったのはまたも女性から聞こえてくるぐぅという腹の音。思わずと言ったように「はい」と何故か返事をした女性に、警戒心が薄れた2人は「とりあえずご飯でも食べながらってのはどうだ?」と提案した。


 信用できる店員がいるって素晴らしい。それが8年近く音沙汰の無かった同期であり友人であるから尚更だ。何となくどこに行ったか想像はつくので、とりあえず他人として接している。が、気を抜くと直ぐに昔の癖が出てしまいそうなことから、松田も萩原も更には伊達もポアロにはあまり寄り付かなかった。
「いらっしゃいませ」
 友人を全く匂わせない接客ぶりに相変わらずのパーフェクト人間だと感心する。自分の知る人物像から離れ計算され尽くした優男の様子にいっそ尊敬すらしない。自分には無理だと松田はとても思った。
 一番奥のテーブル席に座り、逃げれないようソファの方に女性を座らせる。道中で外したフードから現れたのは若い女性の顔。大学生くらいだろうか。今時の女性、にしては随分まっくろくろすけなファッションだ。パーカーからちらりと見えるシャツも黒い。額や腕には怪我をしていたのか治療用のテープが貼られている。
「ご注文は?」
「アイスコーヒー」
「俺も。君、好きに頼んでいいよ。自分持ちだけどね」
 渡されたメニューを一通り眺めた女性は、「アイスのミルクティー、ハムサンド2人前、このパスタ、をお願いします」と中々の量を注文した。まだ食べていないがいい食べっぷりである。かしこまりましたと引っ込んだ友人……じゃないか、自称探偵アルバイターを横目に、2人は職務質問を始めることとする。どうせ耳聡い友……じゃない、アルバイターのことだ、会話はしっかり聞いて居るんだろう。ピークの時間は終わり客もいなければもう一人の可愛い店員や朗らかな店主もいない。
「えーっと、さっきも聞いたけど名前は?」
「…………柊椎名、です」
「身分証明できるものある?」
 あからさまに挙動不審になった女性はえぇっと、とポケットから折り畳みの財布を出し免許証を出してきた。柊椎名、23歳、女性、住所はここから電車で3駅ほど離れている。免許証をかえしながらさらに質問を重ねる。
「職業は?」
「公務員です」
「公務員、俺らと同じだね。今日は休み?」
「休みじゃないです」
「休みじゃないのに公園のジャングルジムで何を?」
「仕事の一環で…」
 平日真昼間に公園のジャングルジムで周囲を伺うのが仕事の公務員って一体何なんだ。居心地悪そうな態度も加算され、か弱そうな若い女性の見た目よりも怪しい人間の方が浮き出て見える。
「おまたせしました。アイスコーヒーとミルクティー、お先にハムサンド2人前です」
 お盆に置かれた品がテーブルに移される。質問の途中のせいか置かれた品に手をつけず、目はハムサンドと2人の間を行ったり来たりしている。食べながらでもいいかと促そうとした時、ある程度口を挟むことは予想はしていたが予想外の質問を安室がした。
「柊さん、CCMの方じゃないですか?」
 質問と言うより確認をしてきた安室に対し、柊は「ヴァッ!?!?」とあからさまに慌てふためいた。CCM…異形生物対策局の職員というのはどうも予想していなかった。それだけに松田も萩原も思わず「CCM?」と声をあげた。
「少年探偵団ご存知ですよね?実は先月彼らが話しているのが聞こえてしまいまして…」
 少年探偵団といえば小さな探偵が属している(というよりあれは付き合わされていると言うべきか)困ったことを助ける5人組のことか。灰原哀という少女とあまり会ったことはないが、何かと首を突っ込みたがる好奇心旺盛な4人はよく覚えている。特にここの上の階に住んでいる彼には事件のたびに助けられることもしばしば。ヴェッと変な声をあげながら柊はどこか納得したように落ち着いた。
「……どこまで……?」
「探偵団の秘密だという内容は、すみませんが粗方……」
「マジか……マジか……始末書か……」
「んーCCMの人間だって言われてはいそうですかって言えないんだよなぁ、立場上」
 安室がどこまで探偵団の話を信じているかは定かではないが、言葉だけならいかようにも言える。特にCCMはそうだ。CCMと嘯いた犯罪も横行しているくらいだ。お子さんは才能があると保護者を騙し攫うケースもないわけではない。
「……まぁ、そうですよね……」
 始末書だぁ、と嘆きながら女性はパーカーを少し下げ胸元から黒い手帳を出し開いて見せた。
「異形生物対策局三等捜査官、柊椎名……」
「……本物だな」
 下半分は白鳩がモチーフの金色に輝く証、上半分には免許証とは違う顔写真と共に確かな身分が書かれていた。見せ終えると早々に手帳を胸ポケットにしまい、「大丈夫ですかね?」とばかりに顔色を伺ってきた。
「悪い、信じる。疑って悪かった」
「というかもしかして仕事の邪魔した……?」
 CCMの捜査官の立場は警察より事実上上だ。特に住民の安全を要するときは何よりも彼らの言葉に従わなければならない。年若い女性が自分よりも上の立場と言うのは中々に無い経験だ。始末書だと彼女は言ったが、下手すれば書くのは自分たちである。
「職務質問されるような挙動をしていた自分にも問題がありますので」
 すみませんと謝罪のち、食べていいですかね……?と今までと打って変わって落ち着いて聞いてきた柊にどうぞと許可する。そういえば腹の音を鳴らせるほど空腹だったんだ。
「仕事上会ったことはあるけど、若い女性は初めて見るなぁ」
「専ら事務系に着くって聞くな」
 事務職ではなく捜査官は男性の方が多い印象だ。今まで会った中でも女性の捜査官は1人もいなかったこともあり余計に珍しく思えてしまう。セクハラギリギリの感想に不快感を出すことなく柊は「自分も同世代の女性はあったことないです」と同意した。もぐもぐとハイペースでハムサンドを吸収する様はハムスターを連想させる。松田は落ち着いて食べていいと言おうとして、自分たちと同じく職業上染みついたものかもしれないと言うのをやめた。
「そう言えば自己紹介してなかったな。俺萩原」
「俺は松田だ」
「僕は安室です。こちらエビとトマトのクリームパスタです」
 さり気なく混ざりながら最後の注文の品をテーブルに置く安室。ありがとうございますとご丁寧に会釈した柊は、流れのまま「柊椎名です」と改めて自己紹介した。
「仕事の一環ってことは歪み確認ってやつ?」
「はい。公園は視界が開けてて周囲確認しやすのでよくパトロールで回るんですけど……職質されるほど不審者っぽかったですかね……?」
「とりあえずフードは外したほうがいいと思う」
 フード、なるほどと神妙に頷きながら最後のハムサンドを口にした。口の中を空にしてから話すさまは行儀が良く好感度が上がる。
「お2人は生活安全課なんですかね?」
「いや、捜査一課だよ」
「え、あれ、防犯パトロールは生活安全課がしてるって青y…上司から聞いてたんですけど」
 言いかけた名前を上司と言い換え不思議そうにパスタを頬張る柊に、流石に食中毒で動けないとは情けなくて言えず、「色々と事情があるんだよ」と誤魔化した。苦笑した萩原によく分かっていない顔をしながらお疲れ様ですと労う柊はきっといい子なんだろうと3人は思った。特に安室は探偵団からの話があったので株は益々上昇している。
 ぽつぽつと守秘義務に反しない範囲で会話を続けているさなか、話の流れで松田と萩原が元々爆弾処理班にいた話になった。それを聞いた柊は「爆弾処理班っていいですよね」と紅茶を飲みながら感想を漏らした。モテたい思考が同期5人で一番高かった萩原が真っ先に食いつく。
「理由は?」
「あれです、防護服あるじゃないですか」
「えー!防護服の何がいいの?あれ結構重いし動き辛いから正直そこまでいいもんじゃないよ?」
「いつ爆破するかも分からない爆弾でも怪我で済むじゃないですか。私も仕事上爆弾ぶっ放したり解体したりなんてこともありますけど、動きやすさと視界を優先したら絶対着れないですし」
 C4持って特攻とか二度とやりたくないと零した柊。松田と萩原は、時と場合によっては防護服ほどではないがSATくらいの重装備で挑んでいるCCM捜査官を見ている。だからこそ今の発言に違和感を覚えた。その違和感を拭ってくれたのはやはりというべきか我らが主席のふr……鋭い探偵アルバイターの安室だった。
「柊さん、戦闘員なんですね」
「…………いっけね口が滑った」
「……え!?マジで!?」
 驚きのあまり言葉に詰まった松田に対し萩原は素直に驚いた。柊は安室が知っていると言われ思わず松田と萩原も知っている前提で会話を進めてしまっていたため、松田や萩原の知っている捜査官たちは絶対にしないであろう体験を呟いてしまった。
「マジか……」
「てかC4持って特攻とかえぐい作戦するんだな、ハンターは」
「自分らがというより作戦立てたのお上の連中なもので……三等の自分にゃ反論できないというか……」
「つったってハンターは人数少ないから局内じゃ上の立場じゃないのか?」
「いつ死ぬかも分からん前線の人間を上にしたら引き継ぎ大変、って考えなんじゃないですかね知りませんけど。まあいくらなんでも出来ない作戦立てませんから、多分。C4特攻だって生きて帰る算段があったから実行したわけですし」
 どういう状況だったか分からないが特攻して生きて帰れるのは中々凄いと思った。凄いとしか形容できない語彙力の無さに萩原はただただ凄いとだけ思う。
「あの、始末書嫌なので……私のことはご内密に……」
「そうだな、俺も嫌だから職質したことは秘密な」
 ハンターは特異性故に個人情報は機密にしなければならない。しかし柊は嘘を吐くのが酷く苦手だった。一つ嘘を吐けばその嘘の為にまた嘘を吐かなければならない。言葉遊びや心理戦が大の苦手な柊は結局「話す」か「黙る」しか手段が無かった。仕事以外の人間とここまで会話をする機会が無かったからかどうも口が緩くなってしまっていたと柊は反省する。
 自分で払えと言われた代金は結局松田と萩原が奢ってくれた。年上の男性を立てる意味でも、柊はしっかりお礼を言ってそれを受け入れた。