CCM

 少年探偵団のもとに来た依頼は、話を聞いた限りでは首を突っ込まない方がいい内容であった。正確には大人の力を借りたほうが良い内容、である。それでも素直に「大人に言った方がいい」という発想の無い3人の少年少女は、頭脳明晰な同じ探偵団の2人の少年少女を連れ、学区内ではあるが普段の行動範囲からは離れた公園にやって来た。
「あ!あの人じゃない!?」
 大人であれば中の様子が一目でわかるほどの比較的低い塀に囲まれた公園。子どもの彼らでは中の様子はパッと分からない。しかしその塀からぴょっこりを顔を出すように遊具の頭が見える。入口に行かずとも見える水色のジャングルジムの上に、入り口に背を向けどこかを一心に見つめている黒い服の人間が見えた。半そでのパーカーを纏いフードをすっぽり被っており、男女どころか髪の色すら分からない。
「黒いパーカーでジャングルジムの上にいる人…間違いないですね!」
 指さす歩美に同意する光彦。ちらりと灰原を見たコナンはその様子から組織の人間ではなさそうだと密かに安堵する。その様子を見た灰原に「私はレーダーでも発見器でもないのだけど?」と睨まれ、「わりぃわりぃ」と言葉だけの謝罪を入れた。
 彼らに依頼をしたのは隣のクラスで接点もない男の子。内容は「家から見える公園のジャングルジムに、最近黒い人が座ってるんだ。気になるから調べてよ!」というものである。2週間ほど前から、雨だろうが強風だろが昼夜問わず見れば必ずそこにいるらしい。雨風凌がずいる時点でホームレスの推理はしていない。
「よっし!じゃあ話しかけてみようぜ!」
「待てよお前ら。あぶねー奴だったらどうするんだよ」
 さあ行こうとばかりの元太をコナンは止めた。依頼主曰く、ここより少し北の方向にできた大きな公園がへ流れたのか、この公園で遊ぶ人はめっきり減ったという。確かに公園の中から遊ぶ声は聞こえない。公園の入り口に着き、背を向けどこかを見つめるその人はこちらの様子に気付いている様子はない。
「コナン君の言う通りですよ元太君。今は大人しくても声をかけて襲い掛かってきたらどうするんです」
「遊んでるふりして近づいたらいいんじゃないかな!大人だとちょっと不思議だけど、私たちなら遊んでいてもおかしくないよね」
 割といい案を出した歩美ちゃんに「じゃあそうしようぜ!顔が見えるから砂場か?」と珍しく(と言っては彼に失礼かもしれないが)考えた提案をした元太に、コナンも「まあ、それならいいんじゃねえか?」と一先ずOKを出す。よーし、少年探偵団行くぞー!と歩美、光彦、元太は元気よく砂場に向かって走っていった。
「貴方は行かないの?」
「遊ぶって歳でもねーだろ…」
「あら、見た目だけならおかしくないわよ?」
「じゃあ灰原も混ざるか?」
 私子供じゃないから、と手のひら返しな台詞を言いながらも砂場に歩を進めた灰原に倣い、コナンも一先ず砂場へ歩みを進める。ジャングルジムを通り過ぎる際、黒い服の人間の顔を見るのを忘れずに。
(大学生くらいか?黒い短髪に……あの腕時計の着け方、女か)
 フードからちらりとはみ出る髪の色は黒。目深に被ったフードでは目元までは分からない。顎のラインがスッキリとしているのは分かった。女だと予想したのは左手首の腕時計が内向きにはめられていたからだ。しかしガラの悪いヤンキーの様な座り方をしているため、男と言われても違和感はない。ジャングルジムに座りポケットに手を突っ込み、視線はどこか遠くを見ている。辿ってみても目ぼしいものはなく、あっても住居やアパートだけ。あの場所から見たらまた景色は変わるだろうけれど、そう簡単に近づくほど危機管理能力がないわけではない。
「くっそーこっからじゃなんも分かんねぇぞ」
「もっと近づく?」
「うーん、どうしますかコナン君」
 こそこそと話す彼らにコナンは「動きがあるまで様子を見ればいいんじゃねえか?」と提案した。どこを見てるのか、何故ずっとそこにいるか確かに気になるコナンではあったが、正直なところ推理小説の新刊が読みたい思いの方が強い。子どもが読むには難しい本だから沖矢が居候している工藤邸に置いてある。学校から直で向かおうとしていた矢先に依頼が来たから、「念のため様子を見たほうがいい」と言う反面「直接聞いてさっさと解決しちまおうか」とも思っていた。
 コナンに言われた通り動きがあるか暫く見ていた彼らだったが、歩美の「今日は5時までに帰るようママに言われたんだった!」の一言であっけなく解散した。また明日来ようぜ!と意気揚々の彼らに「そうだな」と適当に返事をしたことが灰原にバレ、またも言葉だけの謝罪を入れたのだった。


 コナンが工藤邸に着いたのは17時半ころだった。沖矢が淹れてくれたコーヒーを飲みながら読んでいたが、読み耽っていたところに蘭から電話がかかり三分の一も読まずに帰ることになった。電話がかかって来たのは19時。小学生が出歩くには遅い時間で、帰って来ない蘭から心配の電話がきたのだ。続き読みたさもあったが夕ご飯の準備はとっくにできてるの一言で渋々帰ることにする。夕飯の準備をして待ってくれてる蘭に対し「今日は帰らないから夕飯いらない」と言うほど礼儀知らずではない。明日こそ早く来ると沖矢に宣言しコナンは大人しく帰った。
 翌日、沖矢へ宣言通りコナンは学校が終わると真っすぐ工藤邸に向かった。少年探偵団には「どうしても外せない用があって」と言い訳をしている。3人は「じゃあ仕方ない」とあっさり食い下がったのに、灰原だけが「はいはい推理オタク」と呆れたような視線を向けてきた。常日頃から幼馴染に言われている言葉を相棒にまで言われたがこればかりは譲れない、というより譲りたくない。だって続きが読みたいんだ、しょーがねーだろ。
 その日は金曜日だった。翌日からは三連休で学校は休み、約束や意図しなければ少年探偵団で集まることはない。金曜日に読み終えられなかったコナンは土曜日朝から読み終わるまで工藤邸に入り浸った。そして読み終わり沖矢から感想を求められ、シャーロックほどではないが熱を入れ語り終え、はしゃいでしまった恥ずかしさに加え沖矢の「君もそうしていれば普通の子供だな」と赤井の口調で微笑まれ、気恥ずかしさにそっぽを向いたところでふと例の黒い人を思い出した。
「そういえば一昨日、少年探偵団に依頼が来たんだ。「公園のジャングルジムに黒い人がずっといる」って」
「黒い人?」
 例の組織か、と表情を一変させ反応する赤井に「組織の人間じゃなさそうだよ!」と慌てて否定する。少しほっとした表情を浮かべたような気がする(元がポーカーフェイスなため変化が分かりづらい)赤井に、それで?と続きを促される。
「昼夜問わずずっといるみたい。雨の日も風の日も、傘をささずにだって。一昨日行ってみたけど、どこかをじっと見つめてて確かに動いていなかったんだ」
「ホォー?ずぶ濡れになっても動かないと言うのは気になるな」
 アパートやマンション、住宅の多い地区だ。誰かの家の中をじっと見ているならストーカーの線もあるが、本当に何も持っていない。ポケットの中に何か入っているとしても、手を突っ込んだままだから分からない。耳元が見えないから盗聴している可能性もあるだろう。しかしだからといってずっとそこにいるだろうか?ストーカーだとしたらターゲットが動けばおのずと動くはずである。
「何を見ているのか分からないのか?」
「フードを目深にかぶってて、目線がどこを向いてるか正確には分からなかったんだ。住宅街の方向ってのは分かるんだけど…」
 女性だという予想とその公園を伝える。今すぐどうこうというわけではないが、情報を共有しておいて損はないだろう。コナンの言葉に赤井は「頭に入れておこう」と言った。


 日曜日、ある地区で異形生物……魔物が突如出現した。報道によると軽傷13名、重症5名、重体2名、死者2名と被害は軽くない。戦闘員、ハンターが駆け付けるのが早かったためここまで被害を抑えられたとその道の専門家は告げる。真っ先に駆け付けたハンターは怪我を負ったものの命に別状はないそうだ。
 魔物が出現した地区が学区内であったことや、怪我人の中に生徒の保護者がいたことから祝日の月曜日の翌日、火曜日は休校になった。帝丹高校は被害のあった地区から比較的離れていたせいか、通常通りの授業が行われるようで蘭は登校した。手持無沙汰のコナンはとりあえず外に出ることにした。
「あ!コナン君!」
 丁度そのタイミングで聞き覚えのある声に呼び止められた。歩美、光彦、元太が外に出たコナンに駆け寄る。
「おめーら、どうしたんだ?」
「聞いてくださいよ!あの人が何してたか分かったんです!」
 魔物被害ですっぽり忘れていたがそう言えばそういう依頼を受けていたんだった。あの公園は被害のあった地区に近かったな、と今更気付く。
「でもね、私たちだけの秘密にしないといけないの」
「は?どういうことだ?」
「外じゃなんだしよ、とりあえずポアロはいろーぜ!」
 恐らく目当ては安室のサービスだろう元太がポアロへの入店を促す。外じゃ何だし、というのは確かにそうでもあったので二つ返事でコナンは了承した。
 いらっしゃいと声をかけてきたのは安室で、マスターや梓の気配は感じない。平日昼間、仕事であればおおよそコアな時間帯であり、モーニングのピークを過ぎたこともあって丁度良く、ポアロにとっては嬉しくないだろうことに客がいなかった。魔物被害の対応は警察の範囲外なので、安室がここにいることはそこまで不思議じゃない。
「君たち、学校は休み?」
「日曜日の魔物被害で休校になったんだ」
「なるほどね」
 3人はオレンジジュース、コナンはアイスコーヒーを頼み安室はカウンターへ戻る。
「でねコナン君、あの黒い人なんだけど」
 声を潜めて内緒話をするように話す歩美。しかし客のいないポアロ、耳聡い潜入捜査官にはきっと筒抜けなんだろう。現に「黒い人」と言った瞬間彼を纏う空気がほんの一瞬変わったことにコナンだけが気付いていた。ふと赤井さんもそうだったなと本人が聞けば100%怒りだしそうなことを思う。
「あの黒い人、なんとハンターだったんですよ!」
「……ハンター?って、CCMの?」
 予想外の正体にポカンとした。日曜日に魔物被害があり、ハンターの話題は何ともタイムリーだ。
「魔物が出ないかどうかあそこから監視してたんだって。そしたらほら、日曜日に出たから、あそこからの監視はもうしないって言ってたよ」
 公園は被害のあった地区に近かった。戦闘員が駆け付けるのが早かった、真っ先に駆け付けた戦闘員は負傷。魔物が出ないか監視。
「そうか、じゃあ怪我をした戦闘員はあの人のことか」
「よく怪我してるなんて分かったな」
 元太の驚く声に報道で戦闘員が負傷したことを伝える。その反応からあの黒い人も怪我をしていることが伺えた。
「つかそもそも何で分かったんだ?」
「木曜日から僕たち公園にずっと張ってたんですよ。日曜日は魔物が出たってことで行けなかったんですけど、昨日4人でまた行ったら椎名さんが僕らのこと待ってて」
「椎名さん?」
「あ、柊椎名って言うんだって!これも絶対秘密だよ!」
 いつもなら既に飲み物が出てきてもおかしくないのに全くカウンターから出る様子の無い安室を視界に入れながら、分かったと約束する。名前からして女性のようだ。
「少年探偵団は5人いるって言ったらよ、柊のねーちゃんが「じゃあ探偵団だけの秘密」ってな!だからコナンにも言うことにしたんだ」
「そうそう、それでね、椎名お姉さん私たちのこと気付いていたんだって。ジャングルジム占領してごめんねって謝ってたよ」
 ジャングルジムで遊びたがってる子どもを邪魔していると考え、謝罪のためわざわざ彼らを待っていたということになる。負傷しているうえ忙しいだろうに何ともお人好しだ。
「優しい人なんだね」
 ようやくきたオレンジジュース3人分に喜んだ3人だが、すぐにハッとして「今の聞いてた…?」とばかりに安室を見上げる。安室はにこりと笑い「秘密、ですよね」と口外しないことを伝えた。彼らはコナンに言っているつもりだったため、安室に言うつもりはなかった。人に言わない、と言う点では約束を守ってはいる。
「怪我の具合はどうだったんだい?」
「頭とか腕に包帯巻いてて、でも「大したことない」って言ってました」
「守り切れなかったって、お姉さん悲しそうだった…」
 ミーハーな市民の撮影により出現した魔物の姿は確認されている。魔物退治後の上空からの映像から見ても建物の損壊は激しく、専門家の言う通り「死者2名は奇跡的」とも言えた。たった2名と言うのは簡単だが、1人分でも命は重い。
「柊椎名さん、もう公園には来ないって?」
「パトロールで通るかもしれないけど、いつもあそこにいるわけじゃないって言ってたよ」
 普段表舞台に出ることはないハンター。能力故に国家機密レベルで情報は隠されている。捜査官すらお目にかかることもないのに、更に会えるかどうか分からないハンターに会えるチャンスを逃してしまった。この時ばかりはコナンも推理小説を優先したことを悔いた。3人の話で分かったが金曜日、土曜日、そして昨日月曜日には灰原もいたらしい。自分だけ会い損ねた。
「ハンターは人数が少ないからパトロール範囲も広いって聞くよ。今回会えたのはラッキーだったかもね」
 安室の言葉に益々悔しさが募る。ちぇっと心の中で拗ねているコナンに対し、3人は「えー」と声を上げ「また会えたらいいなぁ」となんとも確率の低い願望を口にした。