禁書ノ記憶
美術館からの脱出
深海へ
人気のない美術館を回る。ゆっくり見て回る、というよりはとりあえずタイトルと絵を軽くチェックしている感じだ。特に今後の攻略でこの動作は意味はない。
「現実でこれがあれば賛否が分かれそうな作品ばかりだな」
「芸術はよく分からんです。あ、でも無個性さんは好きです」
「無個性“さん”?」
「敵キャラの1人ですよ、ああ、これですこれ」
階段を上って広いスペースに立つ頭のないマネキン人形。赤・青・黄のワンピースを着たただの黒いマネキンに見える。
「……敵に見えないが」
「恐らく触れただけで花びら一枚消えるので、下手に応戦するより逃げたほうがいいです」
というか逃げゲーだからなこのホラーゲームは。私だって腐っても警察官。こいつらに襲われても撃退できる自信はそこそこある。逮捕術はトップだったし。
2階を時計回りで回り、青いオブジェの曲がり角を曲がる。2枚の絵画を眺め見て物語が進む大きな絵画の前に立った。
「これは…?」
タイトルが書かれている筈のパネルには何も書かれていない。そういえばイヴは小学生?だから難しい文字は読めないんだったな。でもこれまでのパネルは問題なく読めていた。ということはここは普通に読めないものか。
「それじゃあ1階降りましょうか。フラグが立ったはずなので話が進みますよ」
「フラグって…まるでゲームだな」
「実際ゲームですしね。セーブなしコンティニュー無しってところは現実ですけど」
同じ課の人間だけど部署が違うから直属の関係はない。そう考えるとそこまで身構えることないな?と思いなおした私は肩の力を抜くことにした。というか前回と前々回がぼっち解読だったから、正直今回2人なのは何とも頼もしい。少女はともかく魔女の家とか、そらもう死亡フラグが土筆のごとく乱立してたからね。反撃できるならまだしも、即死のフルコース過ぎて唯々悪態ついていたわ。…もうちょっと大人になろ…。
1階に降りると直ぐに美術館の電気が消えた。完全に消えたというより薄く白い常夜灯が光っているような消え方で、目が慣れれば歩くのには支障はない。
「もう一度見て回るとホラー現象体験できますが、どうしますか?このまま次に進むこともできますけど」
「長居するものでもないだろう」
「では先ほどの絵画のところにもう一度行きますか」
降りたばかりの階段を再び上る。上って直ぐの窓を外から誰かが叩いた。
「今のは?」
「ああ、脅かし要素です。気にしなくて大丈夫ですよ」
「…どうして知ってるんだ?」
「前世で遊んだゲームですからねぇ」
「は?」
さらっと事実を告げてみたら頭大丈夫かみたいな目で見られた。まあ想定内の反応だな。放置放置。理解されようとは鼻から思ってない。でも隠すことでもないかな。
私の言った意味を考えてるのか別のことを考えてるのか無言になった降谷さんをそのままに、再びあの絵の前に戻る。額縁から垂れている青いインクを確認すると、背後からダッダッと音がした。振り返ると床に赤いインクで文字が出現している。
「おいでよレイ…レイ?誰?」
「…俺の名前だ。そういえば自己紹介していなかったな。警備企画課の降谷零だ。貝津さんも言っていたが潜入調査中だ、外では声をかけないように」
レイ、可愛い名前だな。と思っていたらごつっと頭を殴られた。本音が漏れていたらしい。
それにしてもここで名指しとは…。ってことはイヴ役が降谷さんの可能性が高いのか。というか「あの部屋」行く前に分かっちゃったな。
「俺がここにいることを知ってる、のは当然か、取り込まれたんだから」
「個人的には、呼ばれたのが降谷さんでちょっと安心しました」
「何故だ?」
「そちらの方が生存率が高いので」
「…それはどっちのだ?」
あえて言わなかったのに突っ込んできた降谷さん。こういう勘の鋭い人はあんまり得意じゃない。心理戦苦手なんだよ。
「……識ってる者の身としては降谷さんがイヴ(その枠)の方が都合いいんですよ。ギャリー(こっち)は死亡ルートが多いから自力で回避しやすい。イヴ(そちら)の行動次第でギャリー(こっち)の生存率変わるところは確かにありますけどね。そこは“識ってる”というチート力で補正してみせますよ」
もし私がイヴでギャリーが降谷さんだったら。あの人形まみれの部屋で降谷さんが精神崩壊する可能性だってある。…潜入捜査官してるしそれはないか?いやいや油断大敵。7つあるエンディングでイヴが脱出できるのは3つ。というかイヴとギャリーという役柄設定があるということは…メアリーも役がある?あのメアリーが出て来ればいいが…。
「俺はこの世界のことは詳しくない。が、正直俺一人でここから出られる自信はない。だから君に死なれると非常に困る」
思考に耽っていると降谷さんが私の肩に手を置いた。
「“また”目の前で死なれるのはごめんだ。生きて脱出することだけを考えろ、いいな?」
また?
「勿論、です」
異様な気迫に押されながら了承する。というか私だって何も死にたいわけじゃない。また、か。私より警察経験の長い人だ。目の前で死なれたことがきっとあるんだろう。深くは突っ込まないでおこう。
青いインクは滴っていた形から文字に変わっていた。「したに おいでよ レイ ひみつのばしょ おしえてあげる」の文字の通り再び1階に降りる。そしてポスターに描かれたものと同じ「深海の世」の前に立つ。立ち入り禁止ロープが自然に外された一辺。青いインクで足跡が残っている。
「階段が見えるな」
蒼く暗いインクに透けるように階段が見える。インクに触れるとちゃぷっと水に触れる感触がした。しかし手は濡れていない。
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ」
私を先頭に階段を降りる。ちゃぷちゃぷと水につかる感覚はあるのに濡れている感触はない。何とも不思議な感覚を味わいながら絵の中に入っていった。