禁書ノ記憶

美術館からの脱出

始まり

 見つかっている12冊、全て内容が分かるかと言われると確証は持てない。前世の本全部読んだわけじゃないし、映画全部見たわけでもなければゲームを網羅したわけでもない。転生だなんて非科学的なものを現実主義者の警察が信じているってのも中々不思議だ。とりあえず、母親が警察官で偶々母が見つけてしまった禁書の記憶を、偶然居合わせた私が呼んで取り込まれてしまった。その世界がまさか前世のフリゲ「魔女の家」の世界だなんて夢にも思わなかった。0から10まで全部内容覚えてるわけじゃなかったけどその場に行けば「確かこれこうだったよなー」「この先確かあれあったよなー」と思い出した。前世知識と思い出しで脱出したから、今の私がいるんだろうな。解読者、転生読者、確認している限り世界でただ一人の存在、禁書の記憶を解読しきれる唯一の存在。何度も「全てが解読できる保証はない」って言ってるんだけどね、どこまで理解してもらえているのやら。
 警察学校を卒業して最初は交番勤務の筈なのに、それすらすっ飛ばして警察庁に入庁。警察庁は警部補から出ないと入れない。つまり学校卒業後警部補っつー2階級特進をしてしまった。なんか死んだみたいで嫌だなこれ。潜入捜査しているわけじゃないから警察名簿から名前消されることはないけど、特殊な立場故に警察官であることは隠せとか偽名で過ごせとか、潜入捜査官に近い状態でいる。
 入庁して間もなくして解読した本は、前世で小説だった「少女」だった。クリア条件は4人の少女の懺悔を代行すること。これがまたまぁ…まあうん、ナイフ飛んできたりゾンビに追いかけられたりしたわけじゃないから、平和に終わったっちゃあ終わった。
 開かずの図書室は地下5階にある。地下2階に存在する知る人ぞ知る地下5階行のエレベーター。因みに地下3階と4階は存在しない。開かずの図書室のある地下5階は誰でも行くことができる。けどそもそも地下5階の存在を知る人間がほとんどいない。「限られた人しか開けることができない図書室」から開かずの図書室と呼ばれるようになったらしいけど、普通に行けるからね、言わないけど。
 潜入捜査官が禁書の記憶を見つけたと聞いた。裏社会では読んだ人間が悉く行方不明になるから「人を食う本」とか言われてるらしい。強ち間違いでもない。解読に当たる条件は本によって違うから行方不明になったっていうならきっとその条件に当てはまってしまったってことだろう。その潜入捜査官は読んだらしい。中身が真っ白で、噂は頭の狂った人間の妄言としてるとか。条件に当てはまらなかったから取り込まれなかったんだな。潜入捜査官が捨てようとしたところで上司が待ったをかけた。それが禁書の記憶かどうか確認してほしい、ということで今同じ警備局警備企画課の別部署に呼び出された。
 扉の前に立ち、音を立てないよう深呼吸。ひっひっふー、あ、ラマーズ法だこれ。ノックは3回、「結城です」と名乗ると「入れ」と上司の声が聞こえた。音を立てず失礼しますと入室する。
 部屋にいたのは頭が薄くなってきたことを悩んでるとこの前零していた、私を呼び出した張本人である上司、そしてえっらいイケメンな男性と堅物そうな男性。2人は私を見ると表情変えずに上司を見た。何だその意味深な視線運び。
「そういえば降谷君も風見君も初めて会うか。外事情報部の結城警視正の娘さんだよ」
 何故そこで母の名を出すのか。ここにいる時点で警察官であることはほぼ確定だとしても、親が警察官だからなんだって言うのか謎である。
「…警備局特務部隊所属、結城理桜と申します」
「特務部隊…図書室管理としか聞いていないが、この本が関係しているということか?」
 庁内でも知られていないとは聞いて居たけど、そのレベルなのか特務部隊。泣けばいいの?喜べばいいの?とりあえず金髪に褐色の肌のイケメンな男性が差し出してきたのは黒い表紙の本。手に取り肌触りを確認する。
「…見た目と肌ざわりから黒本の可能性が高いかと」
「降谷君、中身は真っ白だったと言っていたね」
「はい、念の為全頁確認しましたが、内容が無いだけの至って普通の本かと」
「結城君、何か聞きたいことがあれば聞いておくといい。何れこれも解読することになるだろうしね」
 イケメンな男性が降谷さん、ってことは堅物そうな眼鏡の男性が風見さんか。ってーと潜入捜査官ってのは降谷さん…?え、こんだけ目立つ容姿で潜入捜査官できるの?とか突っ込んだら負けかな。つか2人ともこちらの事情全く理解して無さそうなんだけど、え。
「遠慮しなくていい。特に降谷君は忙しいからね、今聞かないと後で聞くのは難しいと思った方がいい」
 困惑していると上司がさあさあと言葉で背中を押してくる。とはいえ特に聞くことはない。何れ解読っていったって、正直解読しなくていいならそのままの方がいいと思うよ。解読で死にましたとか洒落にならん。
「特にないので大丈夫です」
「そうか。それじゃその本、頼んだよ。それと降谷君は潜入捜査中だ。くれぐれも外で見かけても声をかけないように」
「承知しました」
「ちょっと待ってください貝津さん。その本何なんですか?まさか人を食うなんて噂本気にしているわけじゃないですよね?」
 退出しようとした私に待ったをかけ上司に説明を求める風見さん。降谷さんも視線が説明を求めているように見えた。
「はっは、餅は餅屋って言うだろう?本のことは彼女に任せなさい」
「餅屋じゃないんですが…」
 思わず反論する。そのままの意味じゃないって分かってるけど、これ扱う専門家みたいにされるのはちょっと困る。
「何言ってるんだ。君は2冊も解読しているだろう?」
 以前は解読者がもっといたらしい。ただ言っても帰って来れないだけで噂通りまるで「人を食う本」過ぎて、触らぬ神に祟りなしと封印されるようになった。自分が所属する部署だからその手の話の詳細は知っている。
「…偶々、“識っていた”だけです」
「偶然が2回も続けば必然になるんだよ」
 そんな必然嫌だなぁ。思わず顔を歪めるも上司は「その顔、結城警視正にそっくりだ」と躱された。
 で結局何なのかと降谷さんも説明を求めて、上司は他言無用を条件に…というか本を見つけて持ってきた時点で降谷さんは知る権利あると思うけど…黒本こと禁書の記憶の話をした。そしてその禁書の記憶を扱っているのが特務部隊であることも。今まではただ「誰にも触れられないよう管理・回収」だけの部署だったが、今は10数年ぶりに解読もしている、その解読をしているのが私であること。禁書の記憶が初めて確認されて以来、初めて“帰って来れた者”だということ。
「正直、俄かには信じがたいですね、そのような話は」
 どっかの誰かが言っていたような言葉と同じセリフを吐いた降谷さんは訝し気に私の手にある本を手にした。さらっと取り上げられた私は「あ」と間抜けな一音を漏らす。
「地下で何を管理していると思えば、中身のない黒い本なだけじゃないですか」
 何ともなしに降谷さんは本を開こうとした。それを見た上司は「降谷君開けちゃダメだ!」と慌て、私も「ちょ、待」ってと言いかけた所で視界が急激に白んだ。


 頬や手に冷たい感触がして目を覚ます。白い床に倒れていたのか。周囲を見渡すと、同じく倒れている降谷さんの姿を見つける。窓が2つ、木製のカウンター、カウンターの壁のポスターには大きく「G」の文字と魚の様な生物の絵。何となくこの世界がなんなのか当たりをつけ、周囲に命を脅かす危険なものが無いと判断し降谷さんを起こしにかかる。
「えーっと、降谷さん?起きてください」
 降谷さんは「ん」とちょっと色っぽい声を出した後驚くほどの素早さで起き上がった。思わずさっと距離を取る。降谷さんは周囲を見渡して、ここが会議室ではないと分かると厳しい表情をしながら立ち上がった。
「先ほどまで会議室にいたはずだが」
「本に取り込まれました」
 降谷さんが現実を理解するかどうかはまあおいておこう。さっきまで信じてなかった人だし、そう簡単に信じるとは思えない。そんなことよりここから出ることを考えよう。降谷さんは潜入捜査官ってさっき上司も言ってたし、どこに潜入してるか知らんけど早く出るに越したことはないだろう。入りたてでほぼ仕事がない上に、いつ解読に入るか、解読期間も不明故に乗じ暇人の私と違って仕事あるだろうし。上司も「忙しくて時間取れない」的なこと言ってたしね。サクッと行こうサクッと。
 カウンターの向こうのポスターに書かれた「Gallery Guertena」に一瞬読めなかったけど、それが「ギャラリーゲルテナ」と分かるとこの本の世界が分かった。
「Ibか…ってことは死亡ありか…」
 カウンターにある紙をペラペラ捲るとこのゲームのルールとクリア条件が書かれている。バラの花びらが無くなると死亡、水の入った花瓶にバラを挿すと花弁は回復。敵キャラあり、退治は出来ない。クリア条件は美術館からの脱出。このゲーム確かエンディング多いんだよな。バッドエンド系は全部死亡と見て置こう。ノーマルエンドとトゥルーエンドが脱出方法か。待てよ、このゲームザッピングシステムあったよな。降谷さんが本を開いても何も起きなかった、でも今取り込まれた。ってことはこの本の解読条件の一つが「解読者が2人以上」だったってことか。ここに2人いる時点でイヴ役だのギャリー役だのは無さそうだけど…ザッピングシステム、の前の「あの部屋」でどっちがどっちかが分かる。ノーマルエンドだろうがトゥルーエンドだろうが兎に角こっから出ればいい。そもそもエンド分岐がこの世界でもあるとは限らない。まあ考えていても仕方ないか。まずは動かないと。さて降谷さんはどうしてるかな…と振り返ると降谷さんが私をガン見していた。
「ど、しましたか?」
「考えがまとまったみたいだな。それで、ここはどういう世界なんだ?」
「おっと思った以上に頭が柔らかい」
 ここが本の中と呆気なく認めたようだ。夢だ何だと喚く姿も正直ちょっと期待していたというか、イケメンの喚く姿を見てみたかった節はあるので思わずぽろっと本音が漏れた。
「…馬鹿にしているのか?」
「すみませんすみません、信じがたいって先ほど言っていたので現実逃避するかと」
「貝津さんから話を聞いて居なければ、君を無視して歩き回っていただろうな。先ほどの君の様子から見てこの世界も君の知る世界なんだろう?」
「やべぇ話が分かり過ぎる。…すみません思わず」
 本音がぽろっと出る癖治さないとな。呆れたような目で見られて口を手で押さえる。カウンターの紙を降谷さんに差し出して一先ずクリア条件と死亡条件を知らせて置く。
「…薔薇?」
「後でゲットします。花びらの枚数は5枚か10枚のどっちかですね」
「なるほど、死亡ありというのはこれのことか。銃が無くなっているのはこの世界に不要だと取り上げられたってことか?」
「そうっすね、その解釈で間違いないです」
 銃ないからなこのゲーム。銃のある世界だったらどうなるんだろう。初期装備か途中入手かのどっちかかな。
「下手に動き回って帰れなくなっても困る。ここでは君の指示に従うとするか」
 明らかに自分より年も階級も立場も上の人間に指示だと?荷が重いわ。つってもここで放置してこの人が帰れなかったら色々と困るだろうな。思わずお腹を擦ると歪めてしまった表情を見て「その顔、結城警視正に似ているな」と上司と同じことを言われた。

結城ゆうき理桜りお(22)
 赤の司書でありながら解読者であり転生読者の肩書を持つ一警察官。開かずの図書室にあるうちの禁書の記憶を既に6冊解読している。その実績と「ただ一人の解読者」という立場から階級は22歳と言う若さで警視。但し肩書のみで実際の事件は警察官でありながら門外漢。これまでの経験から身体能力と射撃術はカンスト。
 結城からすると禁書の記憶は前世での小説・漫画・映画・ゲームの内容が書かれている。書かれている内容が全て既知のものであるとは限らない為、解読には慎重な姿勢で臨んでいる。今のところ偶然全部識っているのでほっとしてる。前世に「名探偵コナン」「黒子のバスケ」は存在していない。
女子力の高い看護師の父とイケメン力が高い警察官の母親を持つ。武器を持つとバーサーカー化。本の世界では、問題が無ければ「とりあえず片っ端からぶっ飛ばしていこうか」という脳筋タイプ。母親に似て無意識にイケメン行動し、父親に似て些細な所作や好きな食べ物・好きな酒が女子っぽく、前世の性格を少し引き摺り関係の薄い(若しくは今後関わることがないであろう)人間に対しドライな性格。
 黒い短髪で黒い目、美白で可愛い女性と言うより綺麗な女性。身長は170前後(毛利蘭よりは背が高い)。後姿がリオンに似ている。容姿は父親似で表情は母親似。上司からよく「その表情、母親に似ている」と言われる。
 鈍感ではない、が「他人にどう思われても気にしない」精神のため自分の行動がどう見られているのか気付いていない。降谷から「彼女といると女性の心が分かる」「女子にモテるタイプ」と影で言われている。
 “死”を経験したせいか元々そういう性格なのか、恐怖や不安といった感情がほぼ皆無。ホラーやサスペンス、ミステリーと言った類を「後学の為」と言う理由でよく見たり読んだりしている。脅かし系も驚かない。学生時代には「(メンタルが)鋼の女」と妙な二つ名がついた。
ケイ・クロス 黒須恵
 結城理桜の偽名。駆け出しの小説家と言う設定。現実世界では「黒須恵」と名乗り、本の中では舞台に合わせて「ケイ・クロス」「黒須恵」のどちらかで名乗っている。名前の漢字から「くろすめぐみ」と読まれることが多いが気にしていない。名前だけ見ると男女の区別がつかないので本人は気に入っている。
禁書の記憶 通称「黒本」
 どこの誰かが書いた知られざる物語が記された本。その本に取り込まれると本に則ったゲームが始まる。取り込まれる条件は不明だが、本によって異なることだけは分かっている。
 現在日本で確認されているのは12冊。一度解読されると二度と取りこまれることはなくただの本となる。解読前は黒表紙になっており、解読されると本のタイトルが彫られるようになる。文章はミミズが張ったような文字に見え解読者以外には読めない。解読中(取り込まれている最中)は表紙に赤い紋章が浮かび上がり解読終了(ゲームクリア、もしくは解読者のゲームオーバー)で消える。
 本の中の世界と現実世界の時間はリンクしていない。但し本の中で過ごした時間以上現実世界で経過することはない。
 本の中での怪我は現実世界に引き継がれる場合と引き継がれない場合がある。
 たとえ本の中で10年過ごしても現実世界で1時間しか経っていなければ身体は1時間分しか老いない。
開かずの図書室
 警察庁のどこかにあるといわれる禁書の記憶を管理する図書室。
 「触らぬ神に祟りなし」と発見された禁書の記憶はこの図書室で封印されている。確認されている12冊全て保管している。
解読者
 禁書の記憶に記された内容を解読する人。本を開くと取り込まれてしまうため、解読者は命を懸けてゲームをクリアしなければならない。帰って来ない者が多く、現在世界でたった一人しかいない。
転生読者
 前世で禁書の記憶の物語を読んだ人間のこと。現在世界でたった一人しかいない。
赤の司書
 開かずの図書室の司書のこと。警察庁警備局警備企画課特務部隊のあだ名。
解読時の注意事項
  • 本の中での経過時間と現実世界での経過時間のギャップから身体若しくは精神に異常を来す可能性があり。帰還後は必ず病院にて検査及びカウンセリングを受けること。
  • 解読中に本に問題が起きると、本の中にいる解読者にどのような影響が出るか不明。最悪戻って来られない可能性があるため、解読中の本は特に厳重に管理すること。
  • 帰還後、可能な限り本を翻訳すること。
  • 解読中の本の中への介入ができるかは不明。