死んどるんかい!
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今年は見込みがある生徒が多い。行間からから喜んでるのがよく分かる。去年と比較して?と聞くと去年は入学初日に全員除籍処分にしたらしい。比較云々より去年酷過ぎだろう。どんな生徒がいたんだ…偏差値79の名門だろ…。まさしく紙や実技じゃ分からない性格面の問題だったのか。
桜木のヒーロー科の授業は恐ろしい程…つまらなかった。言っちゃ失礼だけどね、まあ設備的に期待してなかったけど。3年間もつかな…色んな意味で。1年は基礎的な学習、2年の6月に仮免許を取って、そこで取れなかった生徒は9月に取る。3年でインターンだの職場体験だので現場を経験して就活か進学か。免許の取得は高校卒業時だけど、その免許を取るための最終試験は3年の夏か冬のどちらかで取れるとか。仮免許を取れば緊急時には公の場での個性を使用可能、職場体験やインターンではサイドキックとして活動可能だそうだ。なるほど、だったらさっさと仮免許を取って現場で経験重ねたほうが将来の進路を明確にしやすい。
1年生は入学して間もないから、学校側としてどんなに早くても仮免許を取得できるのは9月だそうだ。先生に直談判し今年の9月に仮免許を取らせていただけることになった。「やれるならやれるだけやってみなさい。応援するよ」とは担任の言葉。担任は当たりだった。
そんな入学してまだ1ヶ月も経っていないころ、世間を騒がす大きな事件が起きた。通称USJ襲撃事件。大阪のUSJが襲撃されたかと思いきや、雄英の設備の一つUSJ…ウソの災害や事故ルームがヴィラン連合と名乗る集団に襲撃されたという。オールマイトが着任したと騒いで間もなくの出来事。黙ってみてられないのが、当然守護霊の彼らだ。
(…工藤…貴様…)
工<わ、わりぃつい…>
(ついで寝ている私の身体乗っ取って静岡まで来る奴がいるかなぁ、あ”ぁ”?降谷、赤井、諸伏、お前らもだ)
ご丁寧に担任に「体調不良で休みます」と連絡まで入れてある。しかも私が出歩いているとバレないよう降谷が化粧を施し変装までしてきた。お前ら覚えてろよ。
雄英の最寄り駅、丘の上に聳え立つ雄英が一目でわかる。ここまで来たなら仕方ない。好きにしてくれや…。
(15時には帰る)
赤<いいのか?>
(ここまで連れてきておいてどの口が…!)
降<悪いな渡来。今度喫茶店でサービスするから>
割に合わねぇ…。だがまあ、こういうのに首を突っ込むのは今に始まったことではない。4人は雄英へ飛んでいった。幽霊の彼らは空を飛ぶのも容易だ。
暇をつぶす為辺りを散策する。有名な高校があるだけあって街も栄えている。大きな書店に入り立ち読みしていると諸伏からテレパシーが来た。
諸<渡来、USJ襲撃事件のことどのくらい知ってるか?>
ハッキングとかやろうと思えばいくらでもできる。でもやる必要も目的もないので今はほとんどしていない。ハッキングして得る情報より彼らが持ってくる情報の方がリアタイで正確だからだ。
(生徒1名は怪我したけどそれ以外の全員は無傷だったとか、オールマイトが応戦したとか、テレビで流れてたくらいの情報かなぁ)
諸<プロヒーローが怪我したことは?>
(オールマイトが軽傷を負ったってのは知ってるけど他は知らない)
諸<怪我した1人、イレイザーヘッドだ>
文字を追っていた目をとめた。マジか、そういえば雄英の教師だって言ってたな。そんで襲撃された生徒は1年生のヒーロー科で…マジか。
(生きてるんしょ?)
諸<ああ、重症だけどな。今目の前にいる>
「いやお前どこにいんだよ」
言葉に出してしまって慌てて周囲を見渡す。平日昼間、あまり人の気配はしない。独り言を聞かれた様子が無くホッとする。
諸<前イレイザーヘッドが幽体離脱した病院>
(なるほど、入院中か)
諸<どうする?見舞い品ないけど、意識あるし今なら周囲に誰もいないから見舞いの一言くらい言えるぞ?>
(ダメだろ、私が静岡にいるってバレんじゃん)
諸<…そうだな>
何でお前が残念そうなんだよ!あーもう!読んでいた本を棚に戻し早歩きでトイレに向かった。誰もいないのをいいことに車いす用の広いトイレに入って鍵を閉めた。精神統一して安室を実体化するときに使うあの技を諸伏に向かって行う。力の譲渡の上位互換。
「…オーバーソウル、諸伏景光…!」
諸<え、渡来?>
霊力が諸伏に一気に流れる。実体化に使う霊力はポルターガイストの比じゃない。少し疲労感を感じながらこの場にいない諸伏に心の中で睨んだ。
(伝言、お大事に)
諸<…さんきゅ>
学校サボって何やってんだって言われそう。私じゃないんです、こいつらなんです。
「思った以上に重傷だな、イレイザーヘッド」
誰もいないはずの病室に突然声が聞こえた。ハッと声のする方を見ると、ベッドの脇に見覚えのある男が立っていた。
「…諸伏?」
「お!覚えててくれて嬉しいぜ」
「待て、何でお前がここに」
「仲間の1人が事件って聞いて居てもたってもいられなくてな。あいつの身体乗っ取って勝手に来たのさ。まあよくあることだ、気にするな」
「気にするだろ、あいつは大丈夫なのか」
「大丈夫。憑依は俺たち守護霊は勝手にできるんだけどオーバーソウル、実体化は勝手にできないからな。まあそういうことだ」
つまり守護霊の1人が無理やり連れてきて、結局好きなようにさせているということか。あいつは後で説教だな。
「お大事に、ってあいつ言ってたぜ」
「怪我の容態を知ってるのか?メディアで流れて…ああ、お前らか」
「高校でイレイザーヘッドが怪我で入院したって情報掴んでさ。顔見知りで警戒されないのが俺だからってことで俺が来た。降谷と会ったんだろ?」
「降谷?」
俺があったのは目の前にいる諸伏とあのうさん臭い安室だけだ。降谷という名の守護霊とは会っていない。
「あー、安室って言えば分かるか?」
「あいつか…名前が違うんだな」
「安室は人間でいるときの偽名さ。偽名使う必要ないんだけどな、まあ生前の癖と言うかなんというか」
「生前の癖で偽名って何してたんだお前たちは…」
偽名を使うような生活をしていたと言うと悪い方向へ考えてしまう。だが渡来は彼らが生前警察だったと言った。ヴィランサイドではないことは確かだ。渡来のことはそれくらい信じている。というか
「雄英に行ったんだな?」
「まあな。安心してくれよ。いくら俺たちでも何でもかんでも渡来に言っているわけじゃないさ。というか渡来だってやろうと思えば雄英の情報簡単に盗めんだぜ?個性使わなくても」
「何?」
個性を使わなくても雄英の情報を簡単に盗める?どういうことだ、雄英に俺以外知り合いがいるということか?
「あっと、時間切れだ。お大事にな、イレイザーヘッド。あとあいつは白だから、カリキュラム盗んでないからな」
すっと諸伏は音もなく消えた。カリキュラムが盗まれたことを知っていた。先ほどまで学校にいたというし、彼らはテレパシーで情報共有できる。流石の雄英のセキュリティシステムでも幽霊を阻むことはできない。彼らにとって科学技術は恐れるべきものじゃない。ますますチートじゃないか。
(…個性を使わなくても情報を簡単に盗める、か…)
雄英に知り合いがいる、とは考えたもののそれは盗むとは言わないし、俺だって雄英のことは殆ど渡来に話していない。教師であったことをつい最近教えたくらいだ。盗む、という表現だから正攻法ではないんだろう。一応聞いておくべきか。疑っているわけじゃない。もし本当に渡来が盗んでいるなら諸伏がここに現れること自体デメリットでしかないからだ。ヴィラン側と関りがあるなら、諸伏が態々雄英の情報を見たという必要もここに来る必要もない。襲撃があった今、そして体育祭が迫ってる今飯を食いに行く時間はない。俺も怪我しているから益々だ。退院したら電話するか。
『学校サボって静岡で遊んだ感想は?』
「あいつらぶっとばす、ですかね。怪我大丈夫すか?」
静岡に行った翌々日の夜、イレイザーヘッドから電話がかかって来た。Limeではなく電話。嫌な予感しかしない。
『大丈夫だ。学校には復帰してる』
「いや休めよ馬鹿か」
包帯巻きながら出勤してきた前世の同期、丁度目の前でコーヒーを入れてくれた降谷を思い出しながら思わず突っ込んだ。降谷は実体化しているわけではなくポルターガイストの要領で器用にコーヒーを入れたのだ。
降<俺を見ながら罵るな>
「お前も十分馬鹿だからだよバーカ」
『誰に言ってんだお前は…』
「今のは降谷…安室って言えば分かるか、安室に対してです。ところで態々電話してきたのはこいつらの所業についてですか?」
どこで何してたか分からないけど大方想像は着く。想像と言う名の答えは分かってる。雄英行って事件現場見たり情報盗んだりして来たんだろ。流石の雄英のセキュリティシステムでも幽霊はひっかけられなかったようだ。それができるセキュリティは寧ろ教えて欲しい。対策考えとくから。…悪い意味じゃなくてな?
『今日はお前に聞きたいことがあってな』
「…襲撃事件のことはテレビで流れた以上のことは知らんすよ」
先手を打っておく。本当に知らないので聞かれ手も困るし。
『それは諸伏から聞いた。その諸伏から聞いたんだが、個性を使わなくても情報を盗れるらしいな?』
「ごるぁ諸伏ぃ!」
降<ヒロは今いないぞ。…そうか、これを読んでいなかったのか>
「あいつシバく」
『できるんだな』
知られて何が困るって、何かあった時に私が疑われるのが困る。そういえばあいつ…もしかして…みたいなのはごめんだ。とはいえ潜入捜査をしていた諸伏が、潜入捜査じゃないから口が軽くなってぽろっと漏らしたとは考えにくい。私よかよっぽど口が堅いやつだし。意図的だとしたら、諸伏はイレイザーヘッドを信じているというわけで。それならまあ言っても大丈夫、か?
「あー…ハッキングをですね、まあ、齧っているといいますか」
降<元サイバーエースが齧ってるなんて表現したら世の中のハッカーは触ってもいないぞ>
うるせえ降谷お前だまってろ。向こうに聞こえないけどさ。
『ハッキング、か。正直に言え、どのくらいできる?』
「……2年前愛知県で立てこもり事件あったの知ってます?」
『2年前…セキュリティアン株式会社の立てこもり事件か』
名前から察せる通り、セキュリティシステムを開発・運営している大企業セキュリティアン株式会社の愛知県の支社で立てこもり事件があった。セキュリティアンは国内でも有名なセキュリティ会社で、それを逆手に取った立てこもり事件だ。ヒーローたちも救出に来たがセキュリティシステムのせいで中に入るどころか中の情報すら分からず、手を拱いていたあの事件。ある意味セキュリティの強さを世に知らしめたともいえる事件だ。
「あれがどう解決したか覚えてます?」
『システムが突然解除されて…まさか』
「そのセキュリティシステム解除したのも、“誤作動”かのようにヴィラン捕獲装置を発動させ立てこもり犯を捕らえるよう仕組んだのも、私です」
テレビで生中継されているのを見て、何だか面倒な事件になっているなと最初に思った。ヒーローvsセキュリティとかある意味面白すぎる。松田と萩原の無言の圧力に負けてその結果を見るのを諦めた。
「もっと正直に言うならI・アイランドのシステム触れますね」
降<そこは正直すぎだろ>
「あのセキュリティは誰だって触りたくなるよ。流石世界トップレベルだなって思った。ただ内部のシステムは凄いのに外からのネット接続に弱いね。想定してないのかな」
I・アイランド内部からのネット接続なら酷く強固なものだった。それに対して外部からの接続は思ってたより簡単にできた。簡単つっても世界のレベルを知るくらいには難しかったけどさ。
『…お前がそれできるって知ってる奴は?』
「生きてる人間ならイレイザーヘッドだけですね。こんな疑われるような特技人に言うわけないじゃないすか。ただでさえ界隈で狙われてるらしいのに、余計に狙われる」
イレイザーヘッドは信じてますよーと暗に伝えてる。意地の悪い言い方をするなら、安室の言葉の通り「イレイザーヘッド以外漏れる場所が無い」ってことだけど。漏れたら漏れたでイレイザーヘッドが私をどう思ってるか分かるいい判断材料だ。…あれ、私ちょっと前までイレイザーヘッドのこと好意的に思ってる?とか考えてたんだよな?あれやっぱ勘違いか?
『もうやるな、それ』
意外にあっさりしている。根掘り葉掘り聞かれると思ったし疑われるとか色々構えたけど、結構信用されてる?
「プロヒーローに知られたのにやるわけ。…まあ必要に駆られたらやりますけど。例えばそうっすね、イレイザーヘッドが誘拐されたときとか?」
『それなら未来永劫ないな。…たく、お前にはつくづく驚かされるよ』
「どうもどうも」
『守護霊に言っておけ。あまり事件に首を突っ込みすぎるなと。お前はまだヒーローじゃないんだから』
「首突っ込みすぎんなだって」
降<日本の為だ、約束できない。と言っておいてくれ>
「善処しますだそうです」
『…信用できない答えを返してくるんじゃない。お前も気をつけなさい』
「はーい、気にかけてくれてありがとうございます」
『話はそれだけだ。じゃあな』
「おやすみなさい」
『…おやすみ』
通話を切ってちょっと考える。怪我治ってない上にクソ忙しいだろうに態々電話を掛けてきた。電話の方が要件が早く伝わるし聞きたいことも直ぐ聞けるから合理的ではあるけど、内容的と私に対する信頼を感じた上で言うなら電話するほどの内容ではない。しかも外部の生徒だ。関係を言うなら他人。イレイザーヘッドが幽体離脱した件は私しかいないから、表向きの接点は昔の立てこもり事件だけ。いやご飯食ってるわ。そのご飯の始まりだって幽体離脱で…。根本的にイレイザーヘッドが私に構う理由なくね?救けてもらったからってそこまで懇意に、しかも態々東京へ来て飯奢ってなんて時間と金のかかることをする理由が無い。この前初めて知ったけど教師もやってて2足の草鞋だろ?
「…イレイザーヘッドが分からん」
それだけ私を気にしてくれてるってことにはなると思う。ただ気にされる理由が…個性だとしても弱すぎる。私の個性が危険だの何だの考えるなら態々静岡にいる自分ではなく、東京にいるヒーローに伝えればいいだけの話だ。ヒーローになる素質があるとか言われたし、何かめちゃめちゃ気に入られてない?
「…雄英行かなくて正解かもしれん」
降<イレイザーヘッドに気に入られているからか?>
「よく分かったね」
降<教師のお気に入りになるのはリスクを伴う。…しかしあのイレイザーヘッドが…これは…早急にあいつらと会議しなければ>
「なんで?」
あいつらと会議って守護霊会議とかたまにやってる変なことか。内容はくだらないことが多い。一番お供え物として美しいものは何かとか。美しいってなんだよ。
降<渡来は知らなくていい>
「うわひでぇ、ハブられた」
電話していてぬるくなったコーヒーを飲む。降谷の淹れたコーヒーは冷めても美味いからムカつくような、流石というべきか。
降谷(合理的主義で決して生徒を贔屓目で見ないイレイザーヘッドが唯一目にかける存在。それはどういう意味なんだろうなぁ、イレイザーヘッド…相澤消太)