死んどるんかい!
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お前なら雄英目指せるんじゃないか?と先生にも言われた。学校初の雄英進学者に!と校長にまで言われた。だがしかしうちにはお金が無いのである。
「祖母ちゃんの次は母さんかぁ」
「苦労かけてばかりでごめんな理桜」
「ごめんねぇ理桜」
ベッドに横たわる母、パイプ椅子に座る父、窓際に立つ私。父の左足は義足で左腕は義手だ。昨年の事故で左足と左腕を失った。まだ慣れないのでリハビリに通いがてら、自宅でもできる仕事を探している。収入源だった母は病気になり手術が必要になった。少なくとも1年は仕事できない。来年も復帰できるかどうか怪しいと来た。
宮〈早期発見できたから良かったものの、遅ければ来年の今頃には亡くなっていたかもしれないわね〉
工〈だな。違和感覚えたらすぐ病院行く人で良かった〉
傷病休暇が割り当てられるそうで、収入は全くないわけではない。けど入院費用と私たちの生活費を賄うには今まで以上に厳しくなる。父も再就職できても収入はそこまで高くないだろう。
「理桜、先生から聞いたけど…理桜なら雄英行けるって…」
嬉しそうな、それでも苦しそうな複雑な表情で父が私を見上げる。親としては行かせてあげたいんだろうな、天下の雄英高校。
「行けるらしいけど別に雄英に拘ってないし。桜木高校のヒーロー科にしようかなって」
ぱっと最近目に付けた高校を言う。電車で15分、自転車で1時間の場所にある高校で私服校なのだ。制服代はかからない。偏差値は少し落ちるけど気にするほどでもない。コスチュームは実費だからこそ自分で用意すればいい。安さを求めるなら桜木が一番ベストだ。
「いいのか?先生が行けるって言ってるのに」
「いいよいいよ」
雄英はヒーローになるに一番最短で環境が整ってるだけだ。中に入ってどうなるかは己次第だし、その理論で行くならどこの高校を選んでも同じだと思う。経験値の差はどうしても出てしまうけれど、ヒーローと警察で悩んでる時点で、ヒーローを本気で目指す人たちが全国から集まる雄英に行くのは他の受験生に失礼だ。こういう言い方すると受かる前提な感じだけど、正直落ちるとは思ってない。
駄々こねるほど子供じゃないしそこまで雄英に固執しているわけではない。
お見舞いから帰宅すると、守護霊たちにバレないよう進路希望の紙に書かれた第一志望を早速雄英から桜木に書き直した。
「今更特待生制度を設ける、とかできないですよね」
職員室に入って来た根津校長に声をかけるとそう言ったイレイザーヘッド。質問というより確認だった。
「それは推薦制度とは別の、って意味だよね。授業料免除とかそういうのかい?」
「はい」
「今年の公募は発表しちゃったからね、今から追加ってのは難しいかな」
「ですよね、時間とらせました」
「珍しいなイレイザー。聞かなくても分かってること聞くって、なんだ気になる子でもいたのか?」
合理主義者のイレイザーヘッドが態々確認すること自体珍しい。内容的にそれだけの逸材を見つけたということか。
「まあな。雄英受けない理由が金銭的理由だから歯がゆくてな」
「君がそこまで言うなんて凄い子だね!」
「もしかして、イレイザーが度々東京に行ってんのってその子に会ってるからか?」
渡来はイレイザーヘッドが雄英の教師であることを知らない。静岡を拠点にしていると勘違いしている時点でそうだろうとは思っていた。仕事のついでに飯を奢っていると奴は考えているがそもそも東京へ仕事で行く機会もそう多くない。東京の収録現場へ赴く同期であり同僚のプレゼントマイクと新幹線で出くわすことも度々あった。
「どんな子なんだ?」
「この呼び名はあいつに失礼だが…ネクロマンサーだよ」
その名は未だにヴィランやヒーローの中で密かに知られている。死者の声を聞くだの蘇らせるだの。
「驚いた、知り合いだったんだね」
「知り合いどころか救けられましたよ。あいつがいなきゃ最悪今頃ここにいない」
「イレイザーヘッドを救けたってすげぇなその子!ヴィランって囁かれてたけど、聞いてる感じヒーロー目指してんだな」
「ヒーローか警察かで悩んでるらしいけどな」
「明確にヒーローを目指しているわけではないのに君が推すなんて、興味あるなぁ。でもそうだね。遠方から来て1人暮らしする生徒も多いし、学校側が全面負担の寮制度は考えているよ。他にも1人暮らしする生徒の為の補助金制度とかね。入学後であればいくらでもサポートできるよ」
公募はもう始まっている。新たに枠を設けるのは確かに無理だ。しかし入学してしまえばいくらでも支援できる。改めて勧めてみるか、イレイザーヘッドは次ご飯を誘う日程を早速脳内で組んだ。
「あー、金銭的理由以前に家の事情で雄英はいけないですね」
久々に誘った飯で注文して早々早速、雄英へ行く気はあるか聞いてみた。やけに推しますね、と渡来は苦笑した。今日は珍しく渡来の希望で喫茶店だ。
「何かあったのか?」
「母さん病気になって今入院中なんすよ、多分年単位での治療。父さんも去年の事故でちょっと身体が不自由で普通に暮らすには手を貸さないといけないし」
進学後の金銭的援助のプレゼンも準備…資料を持ってきているとかではないがある種口説くつもりでいたのに、家の事情を出されてはこちらも何も言えない。そこも含めてと言ってしまうと一受験生に対しての贔屓が過ぎる。
「祖母ちゃん手術して、去年父さんが事故って手術だの治療だのして、今もリハビリ中なんすけど。そんで次は母さんが病気になった。いやー当面は何とかなるんすけど進学した頃には本気で金ヤバいんすよね。なんで高校行きながらバイトするつもりです。…まあ今も親に内緒でしてるんですけど」
「家庭の事情に口は出せないな…。アルバイトって親や学校の同意ないと出来ないだろ?どうしてんだ」
「私が働いたら流石に子供って一発バレるんで、彼らにお願いしてます」
彼らで思い浮かぶのは渡来の守護霊。霊がバイト?
「おまたせしました。エビとトマトのクリームパスタと、サンドイッチ、アイスコーヒーとアイスカフェラテです」
注文した料理が届きテーブルに置かれる。運んできたウェイターに「ども」とお礼を言って渡来に話を聞こうとした。
「そのサンドイッチ作ったん?」
渡来は親し気にウェイターへ質問した。知り合いか?とウェイターをそこで初めてしっかり目にする。蜂蜜色の短髪に褐色の肌、自身と同じかそれより高い高身長で所謂イケメンだった。
「えぇ、僕が作りました」
にこっと屈託のない笑みで自分を見る。屈託はないが何となく裏を感じた。
「安室バージョンまじキメェ」
「はは、帰ったら覚えてろよ渡来」
笑顔で爽やかに言いながら何とも物騒な言葉を吐くウェイター。渡来はウェイターを指さしながら紹介してくれた。
「こいつは安室透、私の守護霊の1人です」
「貴女にとっては初めましてですね、安室透です。渡来がお世話になってます」
「お前保護者かよ」
「同じようなものでしょう」
「…霊を実体化できるのか」
死者を蘇らせる、その言葉を思い出した。本当にできるのか。
「いまんところは守護霊に限り、ですけどね。イレイザーヘッドにはお世話になってますから、もう一人紹介しておこうかと思って。…万が一のことがあった時の為に?」
安室はニコリとまた営業スマイルを向けると失礼しますと店の奥へ引っ込んでいった。霊だと紹介されて尚、霊とは思えないほど生きた人間だった。
「自分の能力のことは重々承知してますよ。もしも自分が身動きとれんくて、守護霊も救けに来られないような状態だったらって最悪のパターンを考えて紹介しました」
物理無効貫通可能な霊が救けに来られない状況はパッと思い浮かぶのは、渡来が個性を使用できない状態であるということ。一度試してみたが渡来が守護霊へ一度力を渡してしまえば、俺の抹消を使っても守護霊が消えたり守護霊に渡った力が無くなることはなかった。そもそも視えないうえに守護霊たちは個性を使っているわけじゃない。…守護霊最強過ぎないか?
「実体化はどのくらい長い間できるんだ?」
「極論言えば私が生きてる間永遠にっすかね。守護霊へは直接的な干渉なしに力を渡すことができるんすよ。今日安室は5時間のシフトなんで、6時間分の力は渡してあります。足りなきゃ向こうがテレパシーで連絡してくるんで、そしたらまた力流すって感じですかね。ずーっとながしっぱってのは流石に疲れるんで」
「…守護霊ではない、普通の霊だとどうなる?」
渡来はうーんと逡巡した。恐らくやったことが無いのだろう。やったことがあっても困る。生死を自在に操る個性など聞いたことが無い。人間が触れていい摂理ではないのだ。
「……やったことないんで憶測になるんすけど…私の意志でやったことならもって数分だと思います。心を通わせてない霊との交流は、己の身体を乗っ取られる危険を回避するために無意識に力をセーブする、と思う。何らかの外部からの干渉とか、まあ無いとは思いますけど霊が強引に奪ったとかなら…」
「……なら?」
「……まあ下手すりゃ植物状態、最悪死ぬんじゃないすかね?奪った霊はもらった分だけ実体化してると思いますよ」
他人事の様にパスタを口に入れた。守護霊か否かでデメリットの差が激しすぎる。
「そう考えると、イレイザーヘッドが私を知っていた理由何となくわかった気がします」
「は?」
「初めて会って個性の話したとき言ってたじゃないすか。「きみがあの」みたいな」
そういえばそうだった。ネクロマンサーと呼ばれている、ヴィランだと思っていた相手がまさかその真逆の子どもだったとは。驚きのまま言葉にした記憶はある。
「界隈で何て呼ばれてるか知りませんが変なことには使わないっすよ。幽霊の存在自体信じてもらえてないんで、個性届は念動力になってますし」
「そうなのか?」
「ポルターガイストなんてもの浮かせるの一言で片付いちゃうんすよ。私の場合彼らの力遣わず霊力使えばポルターガイスト紛いのこと出来ますけどね。そこはほら、イレイザーヘッドも知ってますよね」
過去対戦した時のことを思い出す。手から火花を散らしたり何もないところを発光させたりしていたが、確かに霊の力ではなく自身の力でやっていると言っていた。
「貴方が誰かに言わなければ、彼女が“そう”呼ばれている人物本人であることは誰も気づかない」
渡来から顔を左へ向ける。音もなく近づいたウェイター、安室はあの裏を感じさせる屈託のない笑みを浮かべながらそこに立っていた。
「サービスです。他のお客様には内緒ですよ?」
ことりと2人分のアイスが置かれた。白いバニラアイスの上にデザインの様にストロベリーソースがかかったデザートだ。2人とも頼んでない。渡来の様子からもテレパシーで注文したということは無さそうだ。
「お前まさか私が何て呼ばれてんのか知ってんの?」
「渡来が思ってる以上に僕らは渡来を考えてるんだ、勿論知ってるさ。君がどう呼ばれてるのかも、イレイザーヘッドがどうして雄英に詳しいかも、ね」
渡来は知らないがどうやら守護霊の安室透は知ってるようだ。俺が雄英で教師をしていることを。これまでの人生で疚しいことをしてきたことはないので自分に関して何を知られても特に問題はないが、意味深な言い方に何となく警戒をしてしまう。
「ストーカーかよキメェ」
そんな俺の心情を知ってか知らずかバッサリと渡来は叩き切った。守護霊には結構物言いがキツイな…この前諸伏と言う守護霊と3人で話した時はそういう雰囲気ではなかったが、相手によるのか?
「仕事をしていると言ってくださいよ。…ほんと後で覚えてろよ」
いや、仲が良いということにしておこう。守護霊のことを心を通わした霊だと渡来は表現した。先ほどの守護霊の発言から見ても、深いところで強い絆の様なものでつながっているんだろう。安室さーん!と他の店員に呼ばれ安室は再び奥へ引っ込んでいった。
「つか雄英詳しいのは母校だからじゃね…?」
「あー、渡来、俺はそこで教師している」
「…きょうし、だと…?ちょ、人のアイスを!」
目に見えて教師に見えないと表情で訴える渡来のアイスを大きく掬い口に入れた。ストロベリーだと思っていたソースはラズベリーで、バニラアイスのしつこくない甘さに酸味が加わり絶妙なハーモニーが口の中に広がった。なんて食レポだ。
「つか教師なら益々中学生と密会してんのヤバくないすか」
「教師としてお前と会ってるわけじゃないよ」
「さようでございますか」
アイス…と悔しそうに残りのアイスを大事に口に運ぶ渡来。こういうところは年相応に見える。何度も飯を一緒に食っているが、真面目な話をするとき渡来は同年代とでも思えるほど大人びた表情を見せることが多い。老けているとは言っていない、大人びた表情だ。まだ15になったばかりの筈なのに達観したものの捉え方と自身をも客観的に捉え分析する冷静さ。子どもとして見ていない自分がいる。あまり良い傾向ではないだろう。しかしこの子はどうも目が離せない。あとマイクとは違った意味で一緒にいると落ち着く。…いやマイクは一緒にいても落ち着かないな、同期のよしみで言ったがあれは煩い。
「にしても教師だったとは…イレイザーヘッド先生?」
「…なんかやめろ、犯罪臭がする」
先生呼びは慣れてるはずなのに渡来から先生と呼ばれると妙な感じがする。いつも呼ばれる場所と違う場所で呼ばれてるからだな。甘い口の中をかき消すようにコーヒーを口にした。