愛する我が祖国の為

交流

 授業が終わった後、態々緑谷の元へ猛ダッシュで向かったことから如何にお気に入りなのかが見て取れる。講評を伝えに、と口では言っていたが果たしてどうだろうか。
 放課後は帰ってオールマイトについて調べようと思ったが、授業の反省会をするという。緑谷も混ざるなら、彼の人間性をより知ることができるだろう。
 緑谷は教室に、片腕を包帯に包まれ戻って来た。一度に治癒できるほど簡単な怪我ではなかったらしい。
(あれだけの怪我だしなぁ。教師として反省すべきだぞオールマイト)
「あれ、かっちゃんは?」
「爆豪くんなら帰ったけど」
 緑谷はそれを聞く無いなや、彼に用があるらしく慌てて追いかけていった。
「緑谷戻ってきたらはじめっか!」
「じゃあちょっとトイレー」
「いってらっしゃい、錬ちゃん」
 緑谷を待つ間に仲良くなった蛙吹、梅雨ちゃんか、に声をかけ教室を出た。トイレ?んなわけ、緑谷に決まってるだろ。
 足音立てずに移動しててそれを見られたら面倒だ。光は電磁波の一つ、だから反射だの屈折だのを使えば見えないようにすることもできる。轍はそこまでの技術が無いことにしてるけど、下手に実体で幻術つかうよりこちらの方がいいわけができる。
 改めて音もたてず緑谷を追いかけた。「かっちゃん!」と叫び帰ろうとする爆豪を呼び止める。律儀に止まる爆豪も爆豪よな。姿を消したまま、爆豪の雄叫びを聞く。
(…すっげー青春…なんか聞いているのが申し訳なくなってきた)
 本気で、圧倒的な1位を、ヒーローを目指している人間にとって私のような存在は酷く邪魔だろう。彼に手を抜いていると思われたら色々と面倒そうだ。…ああ、要注意人物が1人増えた…。
 対する緑谷の発言、爆豪は冗談として受け取ったようだが…間違いない。
(やはり、元々持っていた個性じゃないんだな。もらったじゃなくて譲るってところがまた…)
 暫くして爆豪は帰っていく。いこうとしたのに、オールマイトがビュンと飛んでいき彼の肩に手を置いて何やら慰めている。あれか、今日の戦闘訓練のアフターケアのつもりか。たった今緑谷のおかげでそれ必要亡くなったぞ。…なんかドンマイだな。
 爆豪が帰り、オールマイトと緑谷が2人話をする。視覚的に見えないだけじゃない。完全に気配を消し2人の会話を盗み聞いた。そして愈々、推測は確信へと変わった。
(…オールマイトが緑谷へ個性を譲った、ってことだよな。そしてそれは極秘事項…与えたではなく譲った。オールマイトの個性はもうないのか?そんな様子は見受けられないが……)
 個性を譲る個性、初めて聞く。想像していた継承に近いものかもしれない。2人は話し終えると校舎へ戻っていった。私はそれを確認すると、降谷に一通のメールを送った。
[オール・フォー・ワンが過去に関わったと思われる事件全て洗い出し送ってくれ]


 オールマイトが雄英の教師になった、とメディアは漸く知った。正確にはオールマイトの事務所が公言した。ついては事務所は休業すると。オールマイトの教師活動は受験が始まる少し前に、こちらにも通達があったから分かっていることだ。今更特に驚くこともない。
「…うわぁ…う、わぁ…」
 潜入調査するんだ。雰囲気や話し方、印象まで橘とかけ離したし見た目も変えた。短かった黒髪はセミロングのモスグリーンで2つに結わえている。不潔じゃないが少しぼさっとしている。丸みを帯びた黒いフレームの伊達メガネ。口調も間延びしてやる気なさげ、割とすぐ口に出ちゃうタイプ。
 変装しているとはいえメディアになるべく出ない方がいいに決まっている。当然だ。だから校門に押し寄せているマスコミをうんざりと遠くから見た。
「…何してんだ?」
 背後から声をかけられ振り向くと、ツートンカラーの例の彼、轟がいた。
「はよー轟、あれヤバくね…朝っぱらから疲れるわぁ」
 指さした先のマスコミに轟は「オールマイトのあれか」と察した。理解が早くていいね。
「やだなぁ、あの中通りたくねぇなぁ…」
 本心を轍の言葉でするりと出す。通らねば入れない、入れないと遅刻…これを理由に遅刻が許されるほど甘くはない。
「…………轍」
「んー?何、い!?」
 轟は私の腕を掴むと歩き出した。マスコミに近づけば、制服を着ている私らは当然マイクを向けられる。カメラが向けられるより先に咄嗟に顔を下に向けた。
(流石にこれでメディアに映ってもノーカンっしょ。映ったところで今の立場を引きずり降ろされる子おはないんだけど、やっぱり立場がなぁ)
「オールマイトが教壇に立っているそうですが、授業はどうですか!?」
 轟は口を開かず、向けられたマイクを無視して門をくぐろうとする。
「ちょ、無視!?あ、貴女はどうですか感想を!」
 私に気付いたアナウンサーがマイクを向けるより先に轟が腕から私の頭に手をおき、上を向かないよう押さえながら前を進むよう促した。
「こいつ体調悪いんで、遠慮してください」
(イケメンかよ轟焦凍)
 密かに電磁波を発生させ私の顔を映してしまったカメラを2台ほど壊させてもらった。カメラが故障したと気付くのは、カメラの映像を見返した時だろう。
 轟のおかげで顔をカメラに映さず、更にマスコミを掻い潜って無事校舎内に入ることができた。
「轟マジありがとう、ほんとイケメンだね」
「いや…」
 特に照れているわけでもなくスッと視線を逸らされた。何だその反応。
「轟を盾にしちゃったみたいで申し訳ない」
「気にしてねぇ」
「お礼に私にできることならなんでもすっから言ってね!」
 何で轟が態々そういうことしてくれたのか不明だが、おかげで不用意に顔を映さずすんだ。一緒に歩く私より轟の方がイケメンだし親の顔が売れている。私にスポットライトが当たることはほぼないだろう。
 行く場所は同じなのでそのまま轟と並び教室を目指す。意外に轟は会話を続けてくれて、初日の「お前らに興味ない」といった空気はなかった。
「放課後までいたらヤだねー」
「そうだな」
「先生対処してくれないかなー」
「流石にずっといられたら何かするだろ」
「だよねー。そういえば今日古典だっけー。予習したけど古典苦手過ぎてほとんど分かんなかったんだよなー。数学ならできんのに」
「数学得意なのか?」
「個性を考えると物理覚えとかなきゃいけんくてさー。その流れで数学もできるようになったんだよ」
「数学が一番点数低いから、分からねぇことあったら轍に聞く」
「いやいや、私の入試の結果超ギリギリだったからね?得意だからって轟よりできるとは言って無いぞ?」
「そうか」
「推薦入試なんだっけ?ぜってー轟の方が頭いいじゃん、寧ろ教えてほしいわ」
「別に構わねえが、授業聞いてりゃ分かるだろ」
「昨日の時点で絶望を感じてますが?え?ふぁー!予習も復習も時間足んねー」
「それでよく受かったな」
「とっても奇跡、いやあの頃は頑張った、うん」
 36位最下位同点を出すために。通常業務との並行作業は本当に辛かった。というか今も結構大変だけど。
 オールマイトの経歴と過去、そして30年前に亡くなったヒーローについて調べて居たら夜が明けていた。言っておいてやった形跡が無ければ問題だから、片手間に今日の分の予習は当然した。ノート見られても大丈夫。
 教室に着きお互い席に着く。他のクラスメートもマスコミの被害というか、校門のアレに引っかかったようで「なんて答えたー?」なんて会話をしていた。
 入学初日の「最下位は除籍」「というのは合理的虚偽」な個性把握テスト、2日目のオールマイトによる濃厚な戦闘訓練、最初の2日が濃すぎたけどここはあくまで高校。
「お前らに今から学級委員長を決めてもらう」
「「「「くそ学校っぽいのきたああああ!!」」」」
(さすがにそういうのあるよな)
 流石ヒーロー科。我こそはと手を挙げ勝手にマニフェストだのなんだのと騒いでいる。手を挙げていないのは私と轟くらいか。…轟明らかにそういうタイプじゃないもんな。飯田の誰よりも聳え立った右手と発言により投票による多数決で学級委員長と副委員長を決めることになった。
 一番みんなをじっくり、性格も含め見れたのはやはり昨日の戦闘訓練。あの様子を見れば八百万か飯田がいいだろうな。今現在もこうして場を沈め方向を決めた飯田は学級委員長として相応しく見えるが…。冷静沈着に状況を理解し判断できる頭脳は八百万の方が上だ。私は八百万に票を入れた。
 結果、緑谷と八百万が3票同票となった。緑谷は「ぼぼぼぼぼ僕ー!?」と選ばれるとは夢にも思ってなかったらしい大層驚いていた。0票なのは飯田、麗日、轟、私。…緑谷も結局自分に入れたのか、まあそらやりたきゃ入れるか。決選投票するか、じゃあそれぞれプレゼンでも、何でデクなんだと騒ぎ立てるクラスメートに「うるせぇさっさと決めろ」の相澤先生の言葉でじゃんけんになった。緑谷が委員長、八百万が副委員長で決まる。じゃんけん負けとか流石に…どんまい。
(それにしても、確かに2日で信頼もくそもないけどさぁ…頭も見る目もないな)
 いやいや、たかが高校生にそこまで高度なもん求めても仕方ないか。あまりここに使っていると自分の感覚おかしくなりそうだ。…休日意地でも登庁しなければ…。


 お昼休み。他人の手料理…ぶっちゃけ店の総菜もNGなんだけど、それが食べられない私は弁当を持参している。見た目は考えず食べられればいい精神で大雑把に作っている。今日はオムライスだ。玉ねぎと人参だけが具材のケチャップライス、卵はスクランブルで上にぶっかけている。オムライス…ではないか。いや胃の中に入れば全部一緒だ。他人の料理が食えない分自分の料理スキルは必然的に上がったけど、だからって毎回本気で作るほど料理好きというわけでもない。
 教室でお弁当を食べるときは匂いがこもらないよう換気をする。蛙吹もお弁当らしく、八百万の椅子を借りて私の机で2人仲良く食べた。
「錬ちゃん、ちょっと適当過ぎじゃないかしら」
「だってめんどいもん」
「お茶子ちゃんが、学食が凄く美味しいって言っていたわ。明日一緒に行ってみない?」
「あー………」
 言い淀む。蛙吹が嫌なわけじゃなくて、いくらプロヒーローの作ったものとはいえ他人が作ったものを口にするのはかなり抵抗がある。家族や風見の作ったものなら、食べられないことは無いけど未だに後で吐き気がする。それ以外の人間は吐き気どころは絶対吐く、確実に。
「…ダメな理由があるのかしら。お茶子ちゃんも錬ちゃんと同じで1人暮らしだと聞いたけれど、1人暮らしのお財布にも優しい価格だって言っていたわ」
「えっとー…まあ、いつか分かることだから正直に話すけど…実は」
 遮ったのはけたたましく鳴り響くサイレン。
<セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください>
「え!?避難!?何々」
 セキュリティ突破されて先ず屋外へ避難を促すのは如何なものか。侵入者が不明の状態で外に出たら危険な場合もあるだろう。留まっている方が危険だとしても、せめて最低限どこから侵入されたかくらい放送しないと、外に出た後どうすればいいのか分からないだろ。と冷静に突っ込みながらも轍らしくテンパる。
「落ち着いて錬ちゃん。避難と言っているし、ヴィランが入って来たのかも」
「雄英だよ?しかも、それこそ、マスコミ詰め掛けてたけどオールマイトいるわけだし…って今日オールマイト見てないな」
「今日はヒーロー基礎学が無いから、オールマイトはお休みなのかもしれないわ。とにかく、放送に従って外に出ましょう」
 お弁当を開きっぱに私と蛙吹は教室を出た。ほとんどの生徒は学食食べに飯処に行っていて、教室には私と蛙吹しかいなかった。
「ねぇ、ヴィランが侵入してきたなら闇雲に外出るのは危険じゃない?」
「屋外への避難放送があったということは、中にいるのも危険ということだと思うわ」
 本当にヴィランが侵入してきた?教員は全員プロヒーローの雄英に?サイドキックではなく名を連ねるプロヒーローが蔓延るこの雄英に?
「あっ校門にマスコミいたよね!ヴィランが侵入したなら生中継してるんじゃないかな。外からの状況が分かればどこに逃げればいいとか分かると思うんだ」
「…確かにそうね。スマホで調べて見ましょ」
 私と蛙吹はスマホを出した。SNSやテレビが見れるアプリでザッピングしながら情報を探る。
「あったわ」
 蛙吹がSNSのあるページを見せてくれた。「散歩してたら雄英にマスコミ押し寄せててなんかすごいことになってる」という投稿。マスコミは明らかに校門をくぐっていた。門から見えるゲートは、生徒や教員以外が校門を抜けた時に出てくるバリケードだと聞いている。
「え、マスコミ?」
「ヴィランじゃなくてマスコミが押し寄せてきていたみたいね。誰かがバリケードを破って無理やり中に入ったんだわ」
「なんだー!良かったぁ」
 ヴィランじゃないにしても、マスコミが押し寄せて破られるほどやわなもんじゃないだろ。個性使った?その時点でマスコミもヴィランと同等だ。とにかく、人為的な何かがあるのは確かだ。
「梅雨ちゃん一緒にいてくれて良かったー。1人だったらめっちゃテンパってた」
「私こそ錬ちゃんがいてくれて良かったわ。不用意に騒がなくて済んだもの」
 落ち着いて教室に戻り再びお弁当を食べ始めた。事実確認は必要だが轍にその脳はない。
「学食人多そうだけど、向こうはもっとパニックになってそうだよねー」
「そうね。そういえばさっきの続きだけれど、錬ちゃんは何で学食食べられないの?…無理には聞かないわ、でも私気になってしまって」
 そういえばその話をしていたんだった。隠すことでもないし、んじゃあそれは何故?と聞かれても言わなければいいだけの話だ。
「私さー、潔癖症なわけじゃないんだけど、他の人が作った料理食べられないんだよね…」
「そうだったの…。作ってくれてるのはプロヒーローよ?それでもダメなの?」
「ぶっちゃけ親の作った料理すら未だに食べるのキツイ。食べれはするんだけど後ですっげー吐き気しちゃう。親ですらそれだから、身内以外が作った料理だともっとダメ」
「大変なのね。それじゃあご飯はいつも自分で作ってるの?」
 軽く言う私に対し蛙吹も重く捉えず聞いてくる。あんまり深刻に捉えられて気を遣われるのも嫌だったからありがたい。轍としても橘としても。
「冷食食べれればまだいいんだけどねー。作らざるを得ないよねー」
「私も弟たちの面倒を見るために良くご飯作ってるから、大変なのはよく分かるわ。…でも錬ちゃんはもっと食べるものに気を遣うべきよ。とっても偏っていそう」
「否定できない…気をつけまーす…。あ、学食行きたかったら全)(然、私に気ぃ遣わなくていいからね」
「学食も魅力的だけれど、私は友達と食べるご飯の方がずっと魅力的だわ」
 ケロ、と蛙吹は最後の一口を食べ終えた。そんな蛙吹を私は真顔で見つめる。
「惚れるわ、結婚しよ」
「ごめんなさい」
「ひゃーフラれたー」
 ケタケタ笑う、蛙吹もつられてケロケロ笑う。彼女はとても良い子だ。10年前に会いたかったかもなんてちょっと思った。
 学食組はサイレンで避難しようとパニック状態になった生徒の流れに巻き込まれたらしい。それを飯田が宥めたという。委員長として選ばれた緑谷たっての希望と推薦で、飯田が学級委員長になった。
「…そこは八百万じゃね…?」
 ぽそっと呟いた言葉を拾った轟は小さく頷いていた。八百万も「私の立場は…?」と悔しそうにしていた。