愛する我が祖国の為

事の始まり

 ヒーロー飽和社会、特に日本は個性による事件発生率が6%と諸外国に比べとびぬけて低い。平和の象徴オールマイトの存在と、触発された若きヒーローやヒーローを目指す存在の影響でそうなっている。つまり、ヒーローの数も諸外国に比べ多いのだ。ヒーロー飽和社会はある意味日本だけが言えることとも言えよう。お陰様で私たちの仕事が減ることはまずない。
「オールマイトが子供を贔屓?」
 全国から集まって来た進路希望調査の結果。その中でもヒーロー科及びヒーローに関わる科…サポート科とか経営科とか、そう言う場所を狙う学生のみのデータをチェックし終えた時だ。風見が報告してきたのは。
「はい。オールマイトが雄英で教師をやるという情報がありましたが…それが理由なのではないかと」
 風見は幼馴染だが公私混同はしない質だ。勿論私も。だから仕事中であれば上司部下の関係で接するし会話をする。風見の両親がうちの両親の部下だったのもあって、そこの区分けはっきりしていた。影響がなければ公私混同しても構わないと正直思っている。だから降谷が「赤井いぃぃ!タバコを吸いながら書類扱うな!匂いが映るだろ!!」とキレながら書類叩きつけたり、「ゼロー!この犬可愛くないか?」とどこかの犬の写真を業務中に諸伏がスマホを渡していたり、「あんたら俺の腕時計で遊ぶのやめてください!何回言えばいいんですか!!」と工藤が改造された腕時計片手に吠えたり、「頼むから仕事してくださいよ!!」と風見が発狂しかけたりしても気にしない。いや、これは影響出てるのか?この5人はどうやら私の分からない妙な繋がりというか、絆?いやそんな安っぽい言葉じゃなくて、もっと深く重く確固たる何かで結ばれているようだ。「何かよさげじゃね?」と引っ張て来たらそれだから、我ながら見る目がある。
「子供って、もっと詳しい情報ないんですか?」
 コーヒー片手に工藤が食いついてきた。オールマイトに憧れる子どもなんて、憧れない人間探す方が難しいってもんだ。ヒーローとしての自覚が強いオールマイトだから特定の誰かを贔屓なんてことはしないだろう。恋人がいないのがいい例だ。だからといって風見の情報が嘘だとも思わない。
「遠くから吹いてきた“風”だったみたいでな。オールマイトの存在感はそんな遠くからでも十分分かったんだが…トレーニングとか、受験って言葉が聞こえたから恐らく中学生だと」
「雄英ヒーロー科を受験するならこのままじゃいけない、オールマイトがトレーニングの面倒を見ている可能性は無くは無いな」
 オールマイトや、5年前オールマイトが追い詰めたヴィラン、オール・フォー・ワンについての調査は元々しなければならなかった内容だ。オールマイトが雄英で教師活動するなら、教師として潜入するのが一番楽だったが…。
(赤井、降谷、諸伏、風見は今の雄英に同期がいる。しかも同期は警察に行ったということも知っている、故に教師としての潜入は無理。工藤は潜入させるには不安がある。…演技びっみょーなんだよなぁ…)
 工藤は考え込むと潜入調査官として必要な演技を忘れる傾向にある。キャラを一貫できないのだ。このことを以前注意したら何故か赤井と降谷が酷く同意を示していた。2人はその時いなかったはずだが何か心当たりがあったらしい。
 雄英に顔が割れていない私が潜入するのが一番手っ取り早いと思い戸籍の準備を進めようとしていたが、これは路線を変更したほうがいいかもしれない。教師として潜入するなら校長の根津に協力を仰げればいいが、オールマイトが教師活動をする理由を知っているとしたら、教師で入るのは寧ろ不味いだろう。情報が入ってこない可能性がある。オールマイトの活動限界について我々が知ったら、何をするか分からないほど馬鹿ではあるまい。
(ヒーロー活動の限界が事実であれば、引退の意志もなければその免許を剥奪しなければならない。オールマイトだから、“平和の象徴”だからこそ余計にだ)
 多くの市民が彼を支柱としている。いつ崩れるか分からない支柱を支柱として存在させることは危険だ。寄り掛かっていたところが突然壊れたら…。それを防ぐ為に突然でなくてもヒーロー活動を抑制し徐々に引退の流れに持っていかせ、最後には免許剥奪と言う名の強制引退だ。
 話を戻して、元々の任務に1つ調べなければならないことが増えたようだ。
「……試験は2月だったな」
「……え、橘さん、まさか…」
 私はスマホを取り出し局長に電話を掛けた。
『どうした』
「局長、例の件私が潜入します。雄英ヒーロー科に入学した一生徒として」
『はぁ!?』
「やっぱり…」
「……はぁ……」
 局長の驚きの声が煩く一瞬スマホを耳から離す。工藤はうっそだろとでも言いたげな遠い目をしているし、風見は知ってたこういう奴だと頭を抱えた。
「準備しておきます。来年以降、平日昼間専ら私は使えないと思ってください」
『任務内容が内容だからな…優先順位は高い、手筈を整えておこう』
「よろしくお願いします」
 用件を伝え終えスマホを切る。さて、これから忙しくなるぞ。
「高校生にしては筋肉質な体つきは問題だな…。暫くトレーニング無し、筋肉より脂肪を増やすか」
「10も下に混ざるのか…橘さんヤバすぎ」
「工藤ならいけるだろ」
 工藤もなんだかんだ童顔だ。落ち着いた空気と大人びた表情を隠せれば学生に混ざるのも容易いだろう。会話ができるかどうかは降谷当たりの手ほどきを受ければいい。
「そうですね、工藤君なら余裕ですね」
「………」
 ふっ、とおかしそうに笑う風見と頬を引きつらせる工藤。これだ、また、これだよ。私の知り得ない何か。普段なら疎外感だの何だのは感じない。とはいえそれこそ私からすれば生まれた時から一緒だった幼馴染が、私の知り得ない私以上の強い繋がりをこう目の当たりにすると、思うところがあってだな。態度にも表情にも出さないけども。昔から周りと合わないのか孤立しがちだった裕也が、心打ち解けられる相手がいるならとても喜ばしいことだ。相手が私出なかったとしても。
「後8か月。時間は有限、ぱっぱと準備するぞ」
 ちょっと気の抜けた2人に喝を入れるようパンパンと手を叩く。2人も直ぐに切り替え「了解」と各々仕事に取りかかった。
 私も、来年春から成り済ます新しい自分と戸籍の準備に取り掛かった。


 受験勉強なんて正直必要ない。偏差値79の超難関校とはいえ、座学の1つできなきゃブレインここにはいない。とはいえ10年前と今じゃ教育方針も中学生が学んでいることも異なる。過去10年の雄英ヒーロー科の筆記試験を取り寄せ、出題傾向と問題の量、それを受けた学生の人数と最高点・最低点・平均点から筆記で合格圏内に入るラインを見極める。更に過去3年の中学生が学んだ内容をさらい、今の中3が何を学んできたかを改めて把握する。
「…それこそ使えるもの使って入学した方が早いんじゃ?」
 速読で問題文を読み回答を頭に浮かべ答え合わせをする、という単調な作業をしているところに諸伏が疑問の声を上げる。確かに、この時間仕事に回せると考えると非合理に見える。
「私が入学するってことは、1枠分本来入学できるはずだった有精卵が不合格になってしまう。校長に言えば汲んでもらえるかもだけど、そもそも潜入調査の内容を考えれば根津はオールマイトとグルの可能性が高い。つまり私はかなり警戒されてしまう」
「まぁ確かに…。でも結局受験すれば1人落ちてしまうだろう?」
「定員オーバーして合格者が出る場合ってどういう場合だと思う?」
「ヒーロー科であれば…そうだな、不合格ではあるが個性の希少性から保護目的で…いや、それだとヒーロー科でなくても普通科で問題はないか…」
「一般入試の定員36名、雄英ヒーロー科ほど偏差値が高い高校であれば定員オーバーしても定員を切る入学者には絶対にならない。簡単な話さ、入試最下位が2人いればいい」
「…………え、つまり…?橘さんは36位を狙っていると、しかも他の36位と同点になるように…?」
 昨年分を解き終える。呆気にとられる諸伏が不思議で首を傾げた。
「そんな驚くことか?」
「いやいやいやいや!無理だろ!それこそサー・ナイトメアみたいな未来予知とかで点数なり合格ギリギリラインが分かれば話は別だけど!誰が何点取るのか、そもそも学校側への協力申請なしで受けるなら事前に試験内容なんて分からない!36位同点?1位取る方がよっぽど簡単だろ!」
 ぎゃんぎゃん吠える諸伏に耳をふさぐ。そら1位取る方が簡単だ。
「過去の傾向より、雄英や士傑みたいな難関校を目指しているヒーロー志望者は4月と12月の時点で進路希望に変更は少ない。あったとしても希望者が増えることはまずない。この前第二回進路希望調査あったろ、雄英ヒーロー科を希望している生徒も個性も割れてんだ。プロファイリングすりゃ何点取れるかある程度読める。あとは実際に受けている時に、各問題の配点と予め予想した合格ラインに入っている人間が何点取れるか予想すりゃ、筆記試験ならそこまで難しいことじゃない。どちらかというと実技試験との調整が難しいか…」
 筆記はまだしも実技試験は何が出るか予想ができない。試験内容によっては得手不得手があるのは当然。そして実技試験は恐らく生徒に公開された点数配分とは別の配分がある。だから戦闘向けでない降谷・諸伏・風見が入学できた。ヒーローとして求められる裏の点数…人救けに関わるものだろう。問題はその点数の付け方。答えが1つでしかないから〇×で付けられない。評価点ってところか…。
「ま、なるようになるさ」
「その一言で片づけるあんたは人間じゃねえよ…」
 あー仕事しよ!と諸伏は自分のデスクに戻った。失礼な、れっきとした人間だぞ私は。


 仕事は待っちゃくれない。2月の試験や来年の準備をどれだけ進めていても、並行してやらなければならないことは沢山ある。
 サポート会社が開発したサポートアイテムの認可も特務公安省の仕事だ。ヒーローコスチュームはそのヒーロー特有のサポートアイテムの確認はキリがない。管理局調査課サポート部は別名「屍クラブ」と呼ばれている。開発中のアイテムが不慮の事故で周囲に影響を及ぼすような惨事にならないよう、把握することや開発環境に問題が無いか確認する仕事もある。チェックすれども減らない確認要項、むしろ増えていく。1つの確認に長くても3日で確認を終えサポート会社へGOサインを出さなければならないのは、ヒーローの活動やサポート会社の仕事に影響が出ないように配慮してのことだ。人員も調査課内で一番多いのに、全員が漏れなく屍となる。
「橘さん、お疲れ様です」
「お疲れー。今週分はこれか?」
 今週GOサインが出たサポートアイテムの概要書と、開発許可の出たサポートアイテムの計画書。副局長室はあるからそっちで仕事してもいいけど、書類運んだりかと言って電子媒体に一々写したりと面倒だ。だから各課各部に私と局長はデスクが用意されている。他の人の3倍の広さのデスクは他の人の○倍の書類であふれかえっていた。局長は防衛省との会合で今はいない。というか基本的に外回り系は局長の仕事だ。
 サポート部部長の玉光がプルプルと震えながら頷いた。これは相当寝てないな。
「玉光、今してる作業一旦ストップして部内の人間を10人前後に分けろ」
「え…あ、はい…」
 区切りがちょうどよかったのか、ポンとハンコを押した書類の束一つを書類の山に載せた。玉光はノロノロとタブレットを操作した。私も私で椅子…にも書類が…。椅子の後ろの壁に寄り掛かりながら書類の山に手を伸ばした。
 速読技術が役に立つのはこういう時だ。パラパラとコンビニで雑誌を立ち読みするかのように流し読んで、最後の最終チェック欄にサインを書く。ハンコではないのは第三者が勝手に押すのを防ぎ「確かに橘夕が見ましたよ」と証明するためだ。お陰様で局長と私は腱鞘炎。手首には腱鞘炎の症状を和らげたり腱鞘炎を防ぐ為のサポートアイテムがついている。見た目はただのリストバンドだ。
 ここに入って身に着けた技術だが、「人間目が2つあるんだからそれぞれ違うもの見れば効率よくなるんじゃないか?」と右目と左目で違う書類を同時に読むことで通常の2倍の速度で捌けるようになった。両目で違う動きはしていない、流石にそれは疲れる。文字の方向に沿って、左から右へ視線をずらしパラパラと速読。…こういう「如何にスピーディに捌くか」を極めたから益々私に書類が回ってくるんだろうな…局長もやれや。
 椅子の上と更にデスクに空きスペースが少しできるくらいには書類がさばけた頃、玉光が「分けました」とタブレットを渡してきた。見終えた書類にサインをしタブレットを受け取る。写されているグループにはアルファベットが降られていた。それぞれアルファベットの横に「11/1~7」と言った風に日付と期間を付け加えタブレットを返した。
「各グループ、それぞれ記載された期間は振り替え休日として絶対休ませるように」
「……はい?」
「「屍クラブ」とかアホみたいな別称をいい加減どうにかしねえと、本当に屍できるぞ。振休だから給料は発生する、その期間中のそれぞれの仕事については気にしないことも含めて通達するように」
 ポカンと口を開けアホ面の玉光だったが、意味を理解すると涙目で「ありがとうございます!!!ありがとうございます!!!」と忽ち元気を取り戻した。「適度に休まなきゃ効率下がるだけだ」と返し、書類の山に再び手を伸ばした。
 仕事を翌日に持ち越すことは会っても、週を跨ぐことはしたく無い。というわけで朝からサポート部に缶詰だったわけだが、日付が変わる前に漸くすべての書類を捌けた。基本サポート部には週一でしか来ないが、その部署の人間に1週間という期間の振休を強制的に、しかも各週最低10人はいないわけだ。当然仕事も滞る。その滞る仕事を滞らせない為、別の仕事を片手にサポート部の支援にこっそり入った。こっそりなのは彼らが気を遣うのを防ぐ為だ。サポートアイテムあっても腱鞘炎が悪化したのは言うまでもない。降谷にはねちっこく怒られた。


 生徒のプロファイリングも終わり、最終受験者も明確になった。それにあたり4月から変わらず載っているその名前を本格的に調査することになった。降谷に頼んだのだが…思わぬ結果となって帰って来た。
「…秋ごろに届け出があった…?」
「ああ、超パワーとして個性変更届が」
 個性届は4~5歳の間に出される。ただ発現しただけの個性、使っていくうちに、成長して理解度が深まると提出したものと異なる場合もある。その為にあるのが個性変更届。
「無個性からの超パワー…無いとは言い切れないが、とはいえ知らずに約15年過ごしてきたとなると不自然だ」
 降谷の言う通りだ。個性が4~5歳の間に発現するというのは一般常識での話。無個性だと思ったら大人になってようやく発現、もしくは大人でなければ分からない個性だったとかそういう話は聞いたことがある。酒やタバコ系等未成年じゃ触れられないものだとあり得る。ロシアでアルコール分解の個性が見つかっているが、当然酒など成人を超えなければ飲めない。しかも単に酒に強いワクだと思われていた為、それが個性だと発覚したのは当人が40歳の時だった。
 だからと言って無個性から超パワーというのは納得出来ない。筋肉増強系は無意識に使用してしまうことが殆どだ。本当にただの遅い発現?無個性で雄英ヒーロー科を目指している時点で随分不思議だと思っていた。記念受験だとしても私立に滑り止めを受けていない。雄英ヒーロー科一本、ああでも、第2志望が普通科だったから記念受験もなくはないか。いやでも無個性だぞ…。
「……もしや……」
「…俺も、その線は睨んでいる」
 オール・フォー・ワン…個性を奪い与えられる個性、彼から授かった?だとすればオール・フォー・ワンの手駒か…?降谷は無個性から超パワーと個性が変更された学生…緑谷出久のデータを厳しい目で眺めた。
「杞憂で終わればいいんだが、オールマイトが雄英で教師をすることを考えると」
「偶然として見過ごすには思うところが多すぎるね」
 座学の成績はかなり良い。超パワーがどれほどのものか分からないが、実技試験が殴ればOKな内容なら有利だろう。
「……要注意人物、警戒しておこう。この話は私と降谷だけに留めておいてくれ」
「上に報告しなくていいのか?」
「これで本当に緑谷出久に何もなければ、彼はマイナス地点からのスタートになってしまう。一先ず私以外に警戒している人物が1人でもいればいいだろう」
 降谷と大差なかった短髪は、今か他より少し長いロングヘアーで仕事中はポニーテールだ。キャラ作りのため手入れせず若干ぼさぼさなんだけど、降谷と風見はおざなりな私の髪を見る度整えたそうに櫛片手にこちらをよく見ていた。閑話休題。
「案外、オールマイトがそれを知っていて雄英に行くって可能性も0じゃないしな。想定している以上に、収穫は大きいかもしれない」
 緑谷出久、彼自身が入学することも、入学できても同じクラスになれるかは不明。だが接触の仕方はいくらでもある。入学後の警戒人物の1人として新たにその名を頭に刻んだ。


 筆記試験は言わずもがな。実技試験も構えていたより簡単なもの且つ裏評価が予想通りのものでやりやすかった。…やりやすかった故に、評価者であろう先生―プロヒーローの目を欺くのが非常に大変だ。向こうが見えていない以上、自身の行動に不備が無かったか確認しようがない。まさか狙って36位最下位同点を狙ったとは予想すらしないとは思うけど…。筆記試験も点数調整しつつ不自然ない間違い方をするのは、非常に頭を使った。サポートアイテムの書類捌く方がまだ簡単だ。
 そういうわけで受験が終わり家に着いた今、非常に疲れている。そらもう、寝転がったソファから起き上がれないくらいに。数日徹夜で仕事していたのも祟った。腹減ったけどそれより只管眠い…今日はもう寝て明日風呂入って……。


 身に覚えのない気配に対する俊敏さは自慢できる。しかも半分無意識ときた。
「……橘…」
「いっ……」
 いつの間にか寝落ちしていた。寝起きの意識が覚醒し侵入してきた不審者を改めてみる。トレードマークのニット帽を被った1人は鎖で縛り上げられ更に中途半端に宙に浮いている。ハニーフェイスなもう1人は同じように鎖で縛られ私の下で俯せに拘束されていた。
「…あー、ごめんごめん。赤井と降谷か、珍しい組み合わせだね」
 詫びを入れ2人を拘束から解く。赤井が宙に浮かんでいたのは無重力を付与したからだ。個性「実現」、本当に何でもできる。
「休んでるところに許可なく入ったのは俺たちだ。こうなっても文句は言えないさ」
「お疲れだな。試験はそこまで難しいものじゃないだろ?」
 降谷は赤井の隣に座りたくないらしい。ソファに座りなおすと床に転がっていた紙袋を机に乗せ赤井が正面のソファに座った。降谷は私の隣に座り顔色、文字通り疲労度的な意味で顔色を伺ってきた。
「プロヒーロー十数名の目を、どう見られてるか分からない状況で誤魔化すのは想像より骨が折れた」
「出来るふりより出来ないふりの方が難しいからな」
「んで、ご用件は?」
 時刻は22時。帰って来たのが19時だから4時間寝てたのか。結構寝てたな。
「受験お疲れと言うことで飲もうかと思ってな」
 紙袋の中から2本の酒瓶が出てくる。一本は赤ワイン、もう一本はライだった。
「降谷は何で?」
「轍錬に関わる書類を取りに行ったから渡しに」
 足りなかった必要書類…保険証だの銀行口座の諸々だの、そういったものの書類がまだ手元に届いてなかった。用意は出来ていたんだけど、クソ忙しくて取りに行けなかった。降谷が代わりに取りに行ってくれたらしい。
「ありがとう、助かる。後赤井、私は疲れてるから今日はナシ」
「今日を逃すと次いつになるか分からないから狙ってきたんだが…残念だ」
 ここ最近赤井が抱えていた案件が片付いた。それも相まって今がベストタイミングとみたんだろう。すまんな、休めるときは休みたい。
 帰るとき鍵かけて勝手に帰れと2人に告げると、来客2人を放置して今度こそ寝室に入りベッドにダイブした。あまり帰ってこないし掃除も碌に出来ないから少し埃っぽいが、気にすることもなく再び意識が沈んだ。