転生転生また転生

 私も雄英ヒーロー科を受けると出久が知ったのは入試当日だった。元々出久とはクラスが違うからまず会わない。以前はちょくちょく一緒に登下校してたけど、やはり変わらずトレーニングをしているらしい出久は登下校も会わない。勝己とは相も変わらず勉強やトレーニングを共にする仲だ。といってもお互い、「入試、一緒に行こ?」みたいなキャラじゃないから会場に着いて挨拶した程度だ。私が来たことに出久は大層驚いてた。
「しいちゃんも雄英目指してたんだね!」
「言うタイミング失ってそのまま言い忘れてた」
「態々クソナードに言う必要なんざねぇだろ」
「かっちゃんは知ってたんだね」
「んだこら知ってちゃ悪ぃか!!」
「ヒィ!いや、そういうわけじゃなくて」
(相変わらずだなぁ)
 実技試験の説明が始まる。出久はここでもひとり言の癖が出てしまい、プレゼント・マイクに質問した生徒に注意された。あいつもあいつですげぇな…。呆れたように出久を見ると視線に気づいた出久が恥ずかしそうに後ろ頭に手を当てていた。
 試験会場まではバスで行くらしい。説明を受けた会場からバス乗り場までの道のりを勝己、私、出久の並びで歩く。勝己が私の隣に並び、勝己の隣に並ぶわけもない出久が反対側に来るのは当然か。
「変身すんのか」
「そうだね、相手が人間ならまだしもロボット相手じゃ流石に痛そうだから」
「狼でも体当たりとかしたら、痛いんじゃないの?」
「てめぇと一緒にすんじゃねぇぞデェク!椎名がそんなやわなわけねぇだろうが!」
「ヒィ!ぼ、僕は心配して」
「私を挟んで喧嘩するなよ…。狼かなり丈夫だからね、体当たりしても痛くないよ」
 トレーニングしたし、と心の中で付け足す。何も勝己とトレーニングしたのは身体能力的なものだけじゃない。「死ねぇぇぇ!!」と叫びながら容赦なく私に個性ぶちかましてきた勝己相手に私も私で個性のトレーニングをしてきたのだ。割と何回かマジで危なかったから「ヒーロー目指す奴が人の急所にガチ爆破かますな!!」と説教した、当然「そんくらい躱せやボケェ!」「相手のヴィランが躱せるほどの技量がない格下だったらどうすんだって話だよ!」と喧嘩というか口論になった。最終的には説き伏せたけど。ただでさえ言動がヴィラン向けなんだからもうちょい考えろって話である。
「確か雄英には治療できる先生いるらしいから大丈夫だとは思うけど、出久の方が気をつけなよ。まあがんばれ」
「う、うん、頑張るよ!」
「ケッ、無個性に何ができんだよ」
 右で苛々する勝己あれば、左で緊張する出久があり、間に挟まれた私はそんな両サイドに何となくはぁとため息をはいた。


 回避をお勧めされた優先度の低い0Pヴィラン。そして会場が街を模倣している。となれば、これはただボコせばいいという試験じゃない。全国トップのヒーロー科試験だ。完全に裏がある。
(如何に街の被害を抑えるか、もし同じ受験生が危ない状態の時救けに行くか、どれだけヴィランに街を破壊させないか、警察が到着しやすいよう配慮して倒せるか、ロボットはいえ実際相手にするのは生きた人間だから致命傷を与えず伸せるか…まあこの辺りも見られてるのかな)
 こんだけ受験生がいるんだ。見られているのはその中でも極一部だろう。かつてヒーローとして過ごした日々を思い出す。あの時と個性がだいぶ違うけど、まあやれるだろう。
 ジャージが多い中1人分厚い丈のあるコートを着ている私はかなり浮いている。度々「こいつやる気あんのか?」「やった1人落ちたな」みたいな視線と会話が聞こえる。笑ってられんのも今の内だけ、と内心ほくそ笑む。コートの下はTシャツと短パンだ。どうせ破けるから実は下着は着けていない。羞恥心なんざとっくに捨ててきた。コートを脱いで袖を首元でしっかり縛る。首周りはゆとりがあるからこれで変身してもコートまで破けることは無いだろう。
 プレゼント・マイクのやる気のないスタート合図が聞こえた。こう言う感じで始まるんだ―と走り出した。「え?」「始まってんのかよ!」と後方から慌てて追いかけてくる大量の足音が聞こえた。お前らで遅れすぎ…。
「…フォルムチェンジ」
 走りながら狼に変身する。相手がでかそうだからこちらも高さにして2mくらいのビッグサイズ。イメージとしてはもののけ姫に出てくるモロ一族のお母さんだ。目に入ったヴィランの頭に体当たりすれば勢い有り過ぎて頭が吹っ飛んだ。
(やっべ!やりすぎた)
 仮想ヴィランがもろいのかこっちの力が強すぎたのか…。威力の研究したほうが良さそうだな。
 その後も仮想ヴィラン倒したり、疲労やら怪我やらで動けなくなった他の受験者を比較的安全な場所まで咥えて運んだり、点稼ぎになりそうなことはした。なんかヒーローとしての行動というよりは打算的過ぎるな…。
(…あれが0Pかぁ…流石に倒せねぇな…)
 仮想ヴィランは視界に入ったターゲットを追従する仕組み。なら被害が大きくならないようヴィランを誘導すればいいかな。ビルの屋上から道路に降り立ち、0Pから逃げる生徒を逆らってヴィランに向かっていく。特に逃げ遅れた生徒もいなそうだ。ヴィランが私をターゲットと認識してくれて、腕を私に向かって振り下ろした。それをひらりと躱し降ろされた腕から登っていき、ヴィランの頭と同じくらいの高さのビルの屋上に立つ。振り下ろした腕を戻しヴィランの身体が私を向くと、隣のビルに移り、更にヴィランの身体をこちらに向けさせる。案外こいつバカなプログラムで出来てんな…?完全にこっちを向いたら今度はヴィランの頭上に飛び乗り、反対のビルにのり遠吠えをする。何て感じでヴィランが攻撃も動きもせずただその場をぐるぐる回るように誘導していたら、時間切れになった。
(…今更だけどあの対応でよかったのか?)
 ビルから道路に降りて個性を解く。周辺に人がいないからいいけど今全裸ね。縛っていたコートの袖を解きコートを着てボタンを留める。
「…足考慮すんの忘れてた…」
 完全素足。まあ…仕方ないよな…。裸対策ばっか考えて足を忘れてた。靴も使えなくなってるじゃん。裸足のまま仕方なくヴィランの瓦礫を避けバス乗り場に向かった。
 ガラス破片やらロボットの残骸をどうしても踏んでしまい結局足の裏を怪我してしまった。歩く度に鋭い痛みは走るけどまあ耐えられない程じゃないなと放置したまま更衣室に向かっていた。運よく途中でリカバリーガールを見つけ、スリッパをお借りするとともに治療していただいた。対した怪我じゃないから、と遠慮してたけど「ガラスが足の中に入ったら取り除くときもっと痛いよ」と脅されありがたく治療していただいた。
 実技試験は実技試験で運動靴用意しといて良かった…これほどまでに思ったことは無い。更衣室で制服に着替えローファーを履く。帰りも裸足は流石にキツイ。


「いやぁ!まさか我が校から3名も雄英のヒーロー科に合格する生徒が出るとは!!」
 出久の合格に勝己は酷く不満そうだ。勝己の性格を考えれば理由は想像に容易い。出久の性格と試験の形式を考えて、やはり救助系が裏ポイントであったかと確信した。出久は大変喜んでる。
(大変なのはむしろこれから、だよなぁ…)
 合格は喜ばしいことだ。でも出久の合格がどうしても喜べなかった。出久はこれから無個性でありながら個性があって当然のヒーロー科でヒーローを目指すために頑張らないといけない。しかも雄英だ。現実を見るのも早いだろう。
 校舎裏で出久の胸ぐらをつかみ「どういうことだア”ァ”!?」と切れる勝己を背後から見る。いつもならおどおどと逃れようとする出久の姿はもうなかった。ぶちぎれた勝己にまさかの啖呵を切った。
(言うなぁ出久)
 勝己は手を離すと不機嫌と苛立ちを隠さず私の横を通り抜けた。通り抜けざまに小さく「行くぞ」と私に声をかけた。
「……あのさぁ、出久」
 勝己の足音が止まった。出久は態勢を立て直して少し泣きそうな顔で私を見ている。
「実技試験のポイント配分、忘れるなよ、それがどういうことなのか」
 無個性で倒せるほどあのヴィランは弱くない。なら出久のヴィランポイントはきっと0だ。でも彼は合格している。不合格でもおかしくないのに合格していて、それを彼が不思議に思っていないのはつまり、あの試験の裏側を合格通知の時に知らされているんだ。出久の返事を待たず振り返り、行こうと言わずとも勝己と同時に歩き出した。

「デクに言ってたあれ、どういうことだよ」
 学校を出たところで聞かれる。勝己はまだあの試験の裏側に気付いていないようだ。
「あの仮想ヴィラン、いくら出久が鍛えていたとしても殴る蹴るで倒せるほど脆いものじゃなかった。恐らく出久のヴィランポイントは0。あの入試には他にも採点基準があったのは間違いないね」
「それがあいつが合格した理由ってか。ハッ、無個性で倒せるわけねぇんだよ」
「会場が市街を模していたこと、態々0Pの大型ヴィランを用意して逃げを勧めていたこと。他に何か採点基準があるだろうと思ってたけど出久が合格したことで確信した。恐らく救助だ」
「救助ぉ?」
「あいつ困ってる人とか危ない目にあってる人見つけたら、言い方悪いけど何もできなくっても突っ込むじゃん。それで誰か助けたんじゃないかな。出久が合格を不思議に思ってないってことは裏事情の説明を受けてポイント配分も知ってるんだろうね。ヴィラン倒すだけがヒーローじゃないけど、無個性で出来ることが人助けなら態々ヒーローでなくてもいい」
「無個性のクソナードなんざヒーローになれるわけねぇ。んにしても、てっきりてめぇはデクんこと応援してっと思ったが、そうでもねぇんだな」
「本人にはちゃんと言ったんだけどねぇ。身体能力をどれだけ鍛えたところで、ヒーローは個性があってこそだって」
「バカだバカだと思っちゃいたが、椎名の言葉すらきかねぇほどバカになり下がったってわけだ」
「私の言葉は出久に届かなかっただけのことさ。出久も、自分の夢否定する奴の言葉なんて聞かないっしょ。あーあ、オールマイトが言ったなら変わったかもねぇ、いやそもそも会わないか」
「……………………」
 これからどうしたもんかと頭を悩ませる。出久と私の間に確実に溝が出来た。