転生転生また転生
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どこでも行けるようテストは抜かりなく大人げなくやっていた。おかげで毎回1位だ。テスト順位は個人個人は分かるけど公開されるタイプじゃないから、私が言わなければ誰が1位かなんて分からない。でもまあ勝己と出久には知られてる。
中学に入ってから「思春期だもんな、幼馴染とは言え名前呼びは嫌がるだろう」と苗字で呼ぼうとした。そしたら緑谷には「やっぱ嫌いになった!?僕のこと嫌い!?」と泣きつかれるわ、勝己には「周りなんて関係ねぇんだよ!!」と遠回りに名前呼びを強制されたので変わらず名前呼びだ。当人たちが気にしないなら別にいいけども。
出久は1人の方が勉強が集中できるタイプだ。考え込むとブツブツとひとり言を展開するとこはヒーロー関係でも勉強でも変わらない。ただ、誰かといるとその人に気を遣ってしまい1人の時より集中できないそうだ。そもそも一緒に勉強しようとお互い誘いあったことは無いし、その結果一度も一緒に勉強したことは無い。
意外にも勝己はよく勉強を誘ってくる。お互い無言の空間は苦じゃないし、集中してる人を邪魔するタイプでもない。そして根は真面目な彼は分からないことがあると素直に私に聞いてくる。テスト前には必ず「首洗ってまっとけや」と宣戦布告してくる。私殺されるんかと毎回思う。今のところ同点はあっても超えられたことは一度もない。こちとら転生してっから、そらそうなんだけど。
輪廻転生の個性、実は勝己には話してあった。出久は意外と口が滑りやすいし、話せばきっと「前世で仲良かった人と他人として接さなければならない」現実に悲しむと思ったからだ。相手の痛みを知ろうとするのは良いことだけど、それを無駄に気を遣うのは彼の悪いところだ。勝己は意外にも話を信じ、「だから昔っから頭よくて冷静だったんか」と納得していた。納得されるような立ち振る舞いだったことを反省すべきか呆れるべきか…。態度は勿論今までと変わらない。ただ歴史や公民…特に個性の存在が認められ始めたころやヒーローの確立周りに着いてはよく聞いてくるようになった。タイムリーに体験してたからね、現存する人間の中じゃそら最も詳しいわ。
ヒーローになったことはあるのかという問いは勿論Yesだし、なんなら設立間もない雄英で教師をしたこともある。でも今とはだいぶ違うからその辺りは参考にはならないだろう。ただヒーローを目指している勝己だ。現役時代のトレーニング教えろや!と彼のトレーニングに引っ張られるようになった。とはいえ変なところで律儀な…いや借りを作りたくなかったのか?…彼は1トレーニングにつきお菓子を1つくれるようになった。逆に言えばお菓子をもらったらその日はトレーニングに付き合うと言う感じ。私も気分屋なのでお菓子が当たりだったらいつも以上に張り切って付き合った。
そして中三の春。今から高校を考えるのはいっそ遅いくらいの時期だ。
「てめぇ高校どうすんだ」
「あー…そうだねー…何も考えてねー…」
遅いくらいの時期なのに何も考えてない。ちゅうとバナナオレの紙パックを吸う。一度勝己たちに八つ当たりしてからイチゴオレ飲もうとすると彼らが若干身構えるので、あれからずっとバナナオレだ。体調悪いときは変わらずイチゴオレだけど。
「雄英行かないんか」
「ゆーえーなぁ…」
グラントリノが八木をボコしていたのを思い出す。ぼっこぼこにされてたあの八木が、今じゃ平和の象徴だもんなぁ…。卒業後にアメリカ行ったって聞いたときは「あいつ英語大丈夫か?」と心配した記憶がある。そういえば私がヒーローとして独立して最初に入ったサイドキックは今じゃNo.2か。
「…あー毎度毎度人生プラン考えるのめんどい」
「行きてぇとこねぇなら雄英にしろよ。ヒーロー科な」
「偏差値高いじゃん」
「てめぇが言うか」
偏差値79でヒーロー目指す意識高い奴らがいるところにぼけっとした私が行っていいものか。変わっていなければあそこのカリキュラムはお遊びじゃなくガチで目指すためのカリキュラムの筈だ。いくら精神年齢が高く知識が豊富と言っても肉体は15歳。身体面で着いていけるか些か不安だ。
「まあ行きたいとこ無いし今んとこ夢もないから、別にいっか」
「…………」
「何だそのジト目は」
「んな適当でどうにかなるてめぇがムカつく」
「誉めて頂きありがとう」
「誉めてねぇわ!!」
学生として雄英に行くのはこれで2度目。落ちる心配はしていないし、まあ仮に落ちても何とかなるっしょ。楽観的に雄英高校ヒーロー科を目指すことにした。
出久も雄英ヒーロー科を目指していると風の噂で聞いた。中学生が出歩くには少々遅い時間帯。見て分かるほどへとへとに疲れ果てながら歩いている出久と遭遇した。「し、しいちゃん!?こんな遅い時間に出歩くなんて危ないよ!」と私を見るや否や慌てふためくくらいの体力は残っているらしい。
「雄英目指してるんだって?ヒーロー科」
「え!?…あ、うん」
ぎくりとたじろいでいる。噂になるくらいだ。クラスに弄られたかもしれない。というか勝己がいるのに弄られないわけがないか。
「…戦闘向けではない個性の持ち主がヒーローになるために必要なことってなんだと思う?」
ひたりひたりとこちらに近づく怪しい気配。出久は気付いていないようだ。
「え?うーん…ヴィランの行動を見定めその場を切り抜けるための分析力、そしてそれを瞬時に判断し行動する瞬発力と、環境に合わせられる臨機応変力?」
「確かにそれも重要だ。でももっと安直に考えて大事なのは、身体能力だと思うんだよね」
「確かに…身体能力が高ければ動ける範囲も救けられる人も増える」
「そう、そして何よりも…」
いつのまにか背を抜かした出久の腕を思い切り引き背後に押しやる。「えあ!?」と驚く出久を放置して出久を襲おうとしたそいつを足払いし地に伏せ右手を捻り上げる。
「自衛ができる」
「いでででででで!!!な、何で気付いたんだ!!!」
どういう個性か分からないけど確かに姿は見えなかったし足音も聞こえなかった。でも人間生きてるから、呼吸音も全裸でなければ布ずれの音も隠せない。三下は油断すると個性が切れるから雑魚なんだよ。
「こ、こいつ少し前に強盗殺人で指名手配されたヴィラン…!!」
「出久、警察に電話」
「あ、うん!」
個性を悪用する犯罪者がヴィランって言うならこいつはヴィランに当てはまるんだろうな。個性使って身を隠しながら襲い掛かって来たし。全体重を男の背中にかけ片手は右腕を捻り上げたまま、もう片手は身動きがしづらいよう首裏を強く掴む。
間もなく警察が到着し男は連行された。私と出久…特に女子である私は「こんな時間に出歩くんじゃない!!」とこっぴどく叱られた。別に賞賛されたかったわけじゃないけど、解せぬ。警察に連れられお互い家に帰った。
翌日、欠伸をしながら家を出たら「しいちゃん!おはよう!」と出久がいた。
「はよ」
「一緒に学校行かない?」
「いいよ」
まだ朝だというのに既に疲れた様子の出久は恐らくトレーニングを積んでるんだろう。無個性と言うハンデでヒーローを目指すなら相当の努力と覚悟が必要だ。正直「やっと行動に移したか」と思ってる。ヒーロー知識や分析力は素晴らしいけど、そもそも彼は身体ができていない。目指すなら出来るところからやろうよって話だし。出久の学力なら雄英は恐らく受かると思う。とはいえ仮に入試をパスしても、合格がゴールじゃないのだ。本当のスタートはヒーローの資格をとってから。高校3年間は準備運動にすぎない。その準備運動をついていけなければ彼はヒーローに慣れない。勝己は「あいつは現実が見えていない」といつぞやに言っていた、そこに関しては激しく同意した。
「昨日は救けてくれてありがとうしいちゃん。僕全然気付かなかった…というか何であんな時間に外で歩ていたの!?」
「お礼言ったり落ち込んだり焦ったり忙しいな出久は」
「救けてもらっておいて言う台詞じゃないし凄い説得力ないけど、ああいうことまたあったら危ないよ」
「恐ろしい程説得力無いね」
うぅと言葉を詰まらせる出久に「あはは!」と笑う。
「…しいちゃんは」
「うん?」
えっと…と言い淀む出久を急かすことなくのんびりと言葉の続きを待つ。3羽の雀が鳴き声を上げず電線に止まっている。今日も長閑だ。
「否定、しないんだね…僕が雄英ヒーロー科目指してるってこと」
「否定はしないし止めもしないよ。夕べ言った通り、戦闘向けじゃない個性のヒーローだって沢山いる。抹消ヒーローのイレイザーヘッド、ワイルド・ワイルド・プッシーキャットのマンダレイ、18禁ヒーローのミッドナイト、エトセトラ…。彼らは個性がなくとも圧倒できるほどの実力があるってわけだ」
「確かに、個性を消せても相手が強ければ倒せない、テレパスは完全に補佐向けでヴィランを倒すのには向いてない、眠り香も嗅がなければ効果が無い。個性に依存しないで相手を制圧できる戦闘能力や自分の個性を封じられたときに備えた対策をする必要が…そしてそれを実際にできるようにしないといけない…」
「まあそれだけじゃ勿論ダメだけどね。…あんまこういうこと言いたかないけど」
ヒーロー目指して頑張ってるのは認めるし、私もそれを否定しないと言ったばかりでこれを言うのはどうなんかなぁと思いつつ、幼馴染のよしみで、爆豪の言葉を借りるなら「現実が見えていない」出久の為にも言うべきか言い淀む。
「いいよしいちゃん、言っても」
「…厳しいこと言うようだけど」
「うん」
出久はおどおどせず言葉を待つ。ここまで真っすぐだと益々言い辛いな…。
「…ヒーローは個性ありきの職業だ。個性を使わず犯罪者を捕えたり災害から人を救うのは警察や消防、自衛隊の仕事。ポテンシャルだけでやれる職業じゃない。個性があるから、個性があって初めて確立する職業だ」
「……うん」
「合格はゴールじゃない、スタートでもない、その前の話だ。ヒーロー科で学ぶ3年間は準備運動に過ぎない。個性なしで入学できたとしても、3年間過ごせるのか、それができなければ当然ヒーローにはなれない」
暗に「無個性ではヒーローになれない」と伝える。彼の今の努力を真っ向から否定する言葉。
「…僕は、それでも僕は」
「真に現実を目の当たりにして君が自殺するんじゃないかと私は心配なんだよ」
オールマイトの様なヒーローになりたい、ずっとそう言っていた彼だ。その上今本気でヒーロー科への入学を目指している。だからこそ、高校生活の中で無個性で出来る現実を痛感して、その絶望から自殺してしまうのではないか。だったら入学せずヒーロー以外の道へ切り替えたほうがいい。努力が必ずとも実るとは限らない。だからこれだけ努力している彼が、努力じゃどうしようもない挫折を味わった時どんな行動をするのか心配だった。
「出久はなりふり構わず、自己犠牲上等で救けに行く。ヒーローとしては大事な精神論さ、でも出久は危なすぎる。だから私は出久に個性が無くて良かったって正直思うよ」
誰かに協力を仰ぐとかやりようはいくらでもあるのに、自分だけでは手におえない状況でも真っ先に救けに行くのが出久だ。
(無個性だって言うハンデのせいなんだろうか…)
「…偉そうなこと言った。忘れて」
「し、しいちゃんあのね!」
「出久、学校遅れちゃう、早く行こう」
ほら、と立ち止まっている出久に声をかける。出久は何か言いたそうな、思い悩んだ表情をしていた。さっきの言葉を撤回するつもりはない、だから私はその表情を見て見ぬふりをした。
(切り替えるなら、今がチャンスだぞ、出久)