転生転生また転生
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彼は“無個性”だ。だから教師にもクラスメートにも…特に幼馴染に虐められている。たとえ“無個性”だとしても人間性が良ければ虐められなかったのでは?と思わなくはない。虐められるのは“無個性”だけではなく本人の少しうじうじした性格も一因だろう。とはいえ…。
「うざい」
6度目の生を受け現在齢12、いじめっ子代表の様な男と虐められながらもヒーローになるための努力をオタクとして開花した彼らのやり取りや、それを取り巻く周囲の環境はその一言に尽きた。親同士の仲が良い為何だかんだ幼い頃からよく彼らを見ていた。彼らの誘いに自発的に行ったことは一度もなく、プライドの塊爆豪勝己に無理やり引っ張られ着いて行ったり見て居たりすることがほとんどだった。緑谷出久からも誘われても彼は強引に連れて行こうとしない。
胸ぐらを掴まれている涙目の出久、掴んでいる勝己、それをニヤニヤ見ている勝己の取り巻き。自分が言われたと思ったらしい出久はいよいよ涙を流し、出久に対して言ったと思ったらしい彼らはそのあくどい笑みを益々深めた。
「し、しいちゃん…」
「椎名もお前みたいな無個性とオトモダチなんてごめんなんだよぉ!!」
「いやお前ら全員うざい」
ビシィっと全員が固まった。さっき買った紙パックのイチゴオレをちゅぅうっと吸う。体調が悪いときは決まってこれを飲んでいた。生理2日目の上に今朝から身体が怠く微熱の症状があったから、コンビニに買いに行った帰りだった。公園で飽きもせず虐め虐められている彼らを見たのは。スルーしても良かったけど、体調が悪いのもあってとにかく今は不機嫌だった。虐められている出久を助け出したこともなければ勝己たちに加担したこともない。ただやりすぎそうになった時は「流石にやりすぎ」とその場を諫めるくらいはしていた。そんで彼らがいなくなって泣きべそかいている出久に「お前も飽きないね」とため息つきながら手を引っ張って家まで送っていた。
ただでさえ重い生理による下腹部の痛み、倦怠感、微熱、色々コンボを決めて苛々が隠せず只管に、たまたま今日は不機嫌だった。そんなことを知らない彼らは、我関せずと傍観し度が過ぎると静かに宥めその後出久を引っ張っていく、までのお決まりのパターンとは違うこの展開に衝撃を隠せていなかった。彼ら一人一人に目を合わせると、合わせられた彼らはビクリと肩を震わせ涙目になった。勝己でさえも、胸ぐらをつかんだ手を離していた。
(あー…イライラする…やっぱコンビニ行くんじゃなかったな…帰って寝よ…)
はぁ、と盛大にため息を吐き踵を返す。背後の静寂を気にする余裕すらなかった。
夜真椎名…しいちゃんはいつも冷静で、でも意外に笑いの沸点が低くてテレビのお笑いでよく笑っている、僕のもう一人の幼馴染だ。しいちゃんの個性は人狼だ。個性が発現し始めるころ、木に登って足を踏み外したかっちゃんが頭から落ちて意識を失った時に狼狽える僕を宥めて、着ていた服が破けるのも気にしないで狼に変身した。そしてかっちゃんと、わんわん泣いている僕を背に乗せて一番近かったかっちゃんの家まで運んだのだ。僕は目を覚まさないかっちゃんに必死で気に留めなかったけど、しいちゃんは人間に戻った時服を着ていなかった。かっちゃんのお母さんが慌ててバスタオルをしいちゃんにかけてかっちゃんの服を着せていた。かっちゃんはその後目が覚めたけど、念の為病院に行った。たん瘤だけで済んだのはかっちゃんが強いからだろうな。
かっちゃんは運ばれたときのことを何となく覚えていたみたいで、しいちゃんの個性が人狼だって知ってる。だからまたしいちゃんの背に乗りたくて、僕らの遊びに良く引っ張り出していた。肝心のしいちゃんは「服が割けるからヤダ」と狼にはならなかったけど、あまりにかっちゃんが見せろ見せろ煩いので何度か別の人間に化けていた。そこで個性が狼じゃなくて、人狼だって分かったんだ。しいちゃんはあまり個性を見せびらかしたくないようで、小学校に上がってから一度も見たことがない。
僕が無個性だと分かってから、かっちゃんはそれを理由に僕をよく虐めた。しいちゃんは常にどちらの味方もしていなかった。手を爆発させながら僕を罵るかっちゃんを止めようとしなかったし、かっちゃんと一緒に僕を虐めることもなかった。偶に「それ以上は流石にやりすぎ」とかっちゃんを止めたり、ボロボロに泣いている僕の手を引っ張って家まで送ってくれたりした。「出久も飽きないね」と頭を撫でてくれるしいちゃんの呆れの混じった笑みが実は好きだったりする。一回「何で見てるだけなの?」と聞いたことがある。そしたら、「勝己の考えに同意してないしその行動も肯定できないから同じことはしない、かといって虐め止めて出久を救けたら出久を“弱い者”として認めることになるし勝己の行動に拍車がかかるかなって」と当時小学校に上がったばかりの僕には難しい答えが返って来た。ううん?と唸る僕に「要するに、何やってもあいつはキレるし出久は泣くから様子見てるだけってことさ。ズルしてんの」と困ったように笑っていた。
かっちゃんはしいちゃんには怒らないし、手を爆発させもしない。でもしいちゃんの前だから僕を虐めないということもない。かっちゃんがしいちゃんを恋愛的に好きなのかは分からないけど、少なくともかっちゃんが唯一認めてる人だってのは呼び方からも分かる。
あと半年もすれば僕らは中学生というある日、きっと僕らが一生忘れることは無いだろう些細な事件が起きた。僕ら…僕とかっちゃんにとっては事件だけど、しいちゃんからしたら事件じゃないかもしれない。
かっちゃんが僕らと同じくらいの男の子を虐めているのが見えて、僕は間に立ってその男の子を庇った。いじめの矛先が僕に移ると、その子は走って逃げてしまった。走って逃げられたってことは怪我してないんだと安堵したけど、その後僕はいつものようにかっちゃんたちに虐められた。
胸ぐらを掴まれ、片手をボンボン爆発させているかっちゃんに「やめてよぉ」と涙目で懇願する。かっちゃんの友達が「あれ、椎名じゃん」と声を上げた。かっちゃんはその声に胸ぐらをつかんだまま公園の入り口を見た。僕も釣られるように公園の入り口を見ると、しいちゃんがイチゴオレの紙パックを吸いながらこちらを見ていた。距離にして多分2mくらいだったと思う。しいちゃんは僕らを見て、一言
「うざい」
と言った。僕のことか、きっとそうだ。やっぱりしいちゃんも無個性なんて嫌なんだ。僕は泣き虫だし、いじめてくるかっちゃん相手に何もできないし、そんな僕に嫌気がさしたんだ。
「し、しいちゃん…」
泣くまいと耐えていた涙があふれ出てくる。かっちゃんがにやりと笑った。
「椎名もお前みたいな無個性とオトモダチなんてごめんなんだよぉ!!」
「いやお前ら全員うざい」
酷く冷たい声だった。今まで聞いたこともない、しいちゃんの口から出たとは思えないほど、冷たい声だった。イチゴオレをちゅうと吸う姿は普通なのに、僕らに向ける目はナイフで心臓を突き刺すように鋭く、その雰囲気はこれまで怖いと思っていたものは全て怖くなかったんだと思えるほど恐ろしかった。胸ぐらをつかんでいたかっちゃんの手が緩んで尻餅をついたことすら気にならない。しいちゃんは重たくはぁとため息を吐いて、動けない僕らを放置して歩いて行った。嫌われた、見捨てられた、見限られた、もうしいちゃんと話せない、どうしよう、ぐるぐるとそんなことばかり頭を回る。気付けば僕は家に帰っていた。
謝らなきゃ、でもまたあの目を向けられたらどうしよう、重たい足取りで次の日学校に行く。しいちゃんとは幼稚園の時を含めて一回も同じクラスになったことは無い。だからしいちゃんの教室に行かないとしいちゃんに会えない。怖くて僕は結局しいちゃんに会いに行けなかった。そしたら、冷えピタを額に貼ってマスクをしているしいちゃんと帰り道に会った。
「あ、出久。昨日はごめんねー、体調悪くて苛々して、八つ当たりっていうかキレちゃった」
マスクをしてるから口元は見えないけど、目を細めてへらっと笑ったしいちゃんはいつものしいちゃんで。
「…ううぅうううしいちゃあぁああん!!」
ボロボロ大号泣した。怒ってない、嫌われてない、安堵のあまり涙は止まることなく零れ落ちる。しいちゃんは僕の頭を撫でた。
「ごめんて、いや大人げなさすぎた」
「き、嫌われたかと、もう話せないって」
「話せるし出久のことは嫌いじゃないよ」
「しぃいちゃあぁあんん!!」
目ん玉零れ落ちるよ、としいちゃんは僕が泣き止むまで頭を撫で続けていた。
喧嘩したわけじゃないけどしいちゃんと仲直りして、かっちゃんもしいちゃんと仲直りしたみたいだ。その場を見ていたわけじゃないけど、かっちゃんとしいちゃんの様子から見てそうだと思う。かっちゃんはしばらく僕を虐めてこなかったけど、暫くするとしいちゃんのいないところでまた虐めるようになった。その後偶然何度かしいちゃんに見られたけど、しいちゃんは僕らを眺めて、度が過ぎそうになると「やりすぎ」と宥め僕の手を引いて家まで送るという前と同じ流れが戻って来た。中学に入るころにはあの一件は幻だったんじゃないかと思えるほど元通りになった。
ただ、絶対相容れることないかっちゃんと僕の間は「しいちゃんをガチギレさせない」という暗黙の了解ができた。