今更ヒーローになれやしない
神野の悪夢
弔はマジで爆豪を拉致った。やめといた方がいいっていったのに。まあ、原作通りだ。
1つ原作と違うことがあるとすれば、脳無だ。先生に連れてこられた爆豪と弔達。先生は更に追い打ちをかけるように脳無を3体用意していた。
「の、脳無…!?」
「何で、ヒーローが全部捕らえたはずじゃ」
「緑谷、どうする、これじゃ」
塀に隠れ脳無の存在に焦る緑谷達。脳無はオールマイトや爆豪を攻撃し、彼らの立てた作戦が実行できない状態だ。切島の背後の塀の上にしゃがみ、僅かに透過を解き声をかけた。
「脳無がいなけりゃいいんだな?」
「「「「「!!??」」」」」
向こうは向こうで忙しいから私には気付かないだろう。彼らにだけ届くよう声をかければ5人が5人、私の方を向いた。
「…何で…ここに…」
「エンフォーサ…!」
「んで?お前の作戦、脳無がいなけりゃいいんだろ?」
膝に肘を立て頬杖を突きながら緑谷を見下ろす。ビクっと肩を揺らす。
「エンフォーサ、ヴィラン連合の仲間じゃねぇのか」
「仲間じゃねえから今声かけてんだろ。つっても、敵でもねぇけどな。ほら、時間ねぇぞ」
脳無がいなけりゃ、いいんだな?
3度目の同じ質問。緑谷は恐る恐る頷いた。
「脳無がいなければオールマイトはあのヴィランだけに集中できる、かっちゃんも他の奴らと距離を開きやすくなる!」
「バッカ緑谷!ヴィランになに作戦どうどうと伝えて」
「上手くやれよ、爆豪はヒーローのが似合ってる」
スッと姿を消す。脳無がいなければ彼の作戦は実行されるわけだ。ならば。
指輪で親指に傷をつける。3体の脳無に身体を通過させ、毒を奴らの体内に混ぜた。5人がいた方向にあるビルの屋上に立ち、オールマイトが先生を殴り爆豪が弔に向かって爆発させたタイミングで指を鳴らした。
パチン
小さく響いたその音と同時。脳無は動きをとめそのまま地に伏した。
「な!?脳無が!?」
「ちょ、なんで急に倒れたのよ!!」
ヴィラン側に動揺が走る。それを赦さないかのように破壊音と氷結が立ち上った。彼らの作戦が実行された。
「爆豪!!来い!!」
爆豪は両手を勢い良く爆発させ空へ飛ぶ。切島のその手を掴んだ。連合側も追いかけようと必死だが、Mt.レディの機転によりそれは叶わない。
その後、先生により弔達はワープゲートに吸い込まれる。
「おい!冥!!いるんだろ!!先生を!!先生を手伝え!!!」
弔はそう叫ぶと今度こそワープゲートに吸い込まれていった。
「…救ける理由がねえんだよ。弔」
「やはりいたか、冥…」
消えた弔達が先ほど前で爆豪を捕まえんと立ち回っていた場所に、透過を解いて立つ。オールマイトが目を見開いた。
「エンフォーサ!!オール・フォー・ワンと繋がっていたか!!」
「冥、いまこそ君の力で僕と共にオールマイトを殺そうじゃないか」
差し伸べる手。それは10年前を髣髴とさせた。私はそれを鼻で笑う。
「悪趣味だぜ“先生”。あんたの茶番に付き合う義理はねぇ」
「そうか、それは残念だ。君は僕の思う通りには動かないが邪魔はしてこないからね、弔を頼むよ」
「命令すんじゃねぇ」
話は終わりだとばかりに私は透過し再び近くのビルの屋上に立った。先生は敢えて弔達を遠ざけた。恐らく、身を挺してオールマイトを完全弱体化させるのが目的。殺せればラッキーといったところか。
その後の展開は知っている通りだった。この悪夢の被害は大きいだろう。
瀕死状態のベストジーニストに、周囲にバレないよう自らの血を流し怪我を治療する。これで一命は取り留めただろう。そしてその後、連れていかれる先生をこっそり眺めた。先生がニヤリと口角を上げ、口を動かした。
――君は、ヒーローになれやしない――
音もなく紡がれた言葉は確かに私に向けたもので。嗚呼、眼もねぇくせに、透明化しているのに私に気付いたのか。
(…分かってんだよ、んなことくらい…)
今更ヒーローになりたいだなんて思っちゃいない。思うことすら罪深い。2桁を超える殺人を犯した人間が何を言うかって話だ。
(……心の弱さが招いた結果、か…)
あの時、ヴィランの仕打ちに耐えられたら、ヒーローから与えられた絶望に打ちのめされなければ、愚直にヒーローが救けに来ると馬鹿の一つ覚えみたいに信じて待っていたら。
(…たらればなんて考えたって仕方ない。私は今、ヴィランだ)
殺してきた人間に対して罪悪感が無いのが何よりの証だ。人を殺したことによる悪夢も精神崩壊もない。
心操は自身の個性をヴィラン向けだと自嘲した。ならば私は精神がヴィラン向けだったということだ。