今更ヒーローになれやしない

ステインと脳無

 残念ながら火を消す能力を私は持っていない。暴れる脳無はヒーローの手により…エンデヴァーの業炎で制圧されていく。
 ステインのいる位置は分からないのでエンデヴァーの後を、ビルの屋上を跳躍し追いかける。辿り着いた先は原作通り、ステインは捕らえられていた。
「正さねば…誰かが血に染まらねば…英雄を、取り戻さねば…!来い、来てみろ贋物ども!俺を殺していいのは、『本物の英雄』、オールマイトだけだァ!…全ては正しき社会の為…なぁ、エンフォーサ…」
「…気を失っている…」
 気圧されペタリと尻餅をつくヒーローと生徒たち。ステインのその圧、不思議な感じがした。
(…そうか、初対面でステインが感じた圧は、これだったんだろう)
 というか最後の最後で私を呼びやがったなステイン。これじゃステインが私の信者みたくなるぞ。方向性違うけど。
「ウォオオアアァォオオォ」
 突如聞こえてきた雄叫び。緊張の糸が緩んだ彼らもハッと立ち上がり振り向いた。
(…脳無、3体じゃなかったっけか)
 4体いたのか。4足歩行の脳無は彼らに向かって突進している。ステインの方を向くようにカメラは設置されてるがヒーロー側を映す監視カメラはない。透明化を解きビルから一歩足を出し、重力に従って脳無の頭に向かって落ちた。
 グシャア
 足が頭に着いた瞬間、足の裏から流していた血を脳無につけ溶かす。脳無の頭はいとも簡単に潰れた。
(…きったね…後でよく洗っとこ)
「な、…お前は…」
「エン、フォーサ…!!」
 身構えるヒーローたち、と生徒。特にエンデヴァーはこれが2度目の対面だ。まあ私がここにいる理由は殺しでもない。事前に用意しておいた、自身の個性で作った赤黒い液体の入った徳利程のサイズの瓶を出しエンデヴァーに向かって投げた。燃やされたらどうしようと思ったけど彼はそんなことをせずしっかりキャッチした。
「方向性は違えどステインは同士。そのよしみだ、それを使えば回復も早いだろう…使うかどうかはお前らの自由だ」
「ステインは、貴様の信者か」
 ステインが私の信者?鼻で笑う。そんなわけがない。
「だったら今頃死んでるわ」
 視線をエンデヴァーから彼に移す。こちらは仮面をしているから視線なんて分かりはしないんだろう。その上彼の前にはエンデヴァーのサイドキックが数名いる。
「…復讐心に飲まれた結果を理解できて、そしてそれを止めてくれる友人がいて良かったな、飯田天哉」
「!!?」
 幼い友人は当然、ヒーローも救けに来なかった。復讐心から始まった私の行動、飯田は「殺してやる」とまで思ったかは分からないけど、私は思ったしそうした。だから、ヴィランになった。
「堕ちんなよ、お前はヒーローになれる」
 私の個性を使えばインゲニウムが復帰することは無論可能だ。だがインゲニウムはそれを望まないだろう。
 個性で姿を消し跳躍する。飯田はきっと被害者の気持ちが分かる良いヒーローになれるだろう。心優しいヒーローに。


「エンフォーサ…あんなに小さいんだな」
 轟の言葉に飯田と緑谷も小さく頷く。6年ほど前から名を馳せてきたヴィラン。政治家が狙われたときは、身を挺して庇ったらしい。その際エンデヴァーはエンフォーサを捕らえるどころか手も足も出なかったとか。
「屈強な男を想像してたけど…真逆だったね」
「……………」
――復讐心に飲まれた結果を理解できて、そしてそれを止めてくれる友人がいて良かったな、飯田天哉――
――堕ちんなよ、お前はヒーローになれる――
 ステインは飯田をヒーローに相応しくないと言った。エンフォーサはヒーローになれると言った。あの短い時間の中で、格上のヴィランから正反対のことを言われ飯田の心境は複雑だ。
「ステインがヴィラン連合と繋がってるとしたら、エンフォーサも連合と繋がってる可能性あるよな」
「もしかして、学校のカリキュラムを盗んだのはエンフォーサ?いや、それならオールマイトがUSJに来ないことを知っていてもおかしくなさそうなものだけど…繋がりはあるけど仲間じゃない?繋がり自体ない?エンフォーサの個性は透明化の説が一番濃厚だ。葉隠さんと違って自分が触れてるものも透明化できているから、誰にもバレず入ることも…待てよ、透明化だけだとあの身体能力は?脳無を一撃で仕留めるあの能力…そうだ、ステインも個性自体強くはない、それでも圧倒的な強さを見せつけられた。ひとえに身体能力が」
「緑谷、戻ってこい」
 1人ブツブツモードに入った緑谷を轟が呼び戻す。ハッと緑谷が我に返り「ごめん、つい」と詫びる。
「…エンフォーサは俺にヒーローになれると言った」
 あの場でまさか自分を名指しで呼ばれると思わなかった。雄英体育祭もあった、名前を知られていること自体はそこまで驚きはない。復讐心を言い当てられたのは、ステインがインゲニウムを再起不能にしたこととインゲニウムの弟が自分であることを知っていたからだろう。どこで知り得たのか、なんてエンフォーサ相手に考えても仕方がない。
「俺は、ヒーローに“なる”。もう二度と、同じ過ちは繰り返さない」
「飯田君…」
「そうだな、俺たちはなれるんじゃない、ヒーローに“なる”んだ」
 想像以上に小柄だったエンフォーサ。飯田にかけた言葉の端から寂しさを感じた。
 あいつは復讐心に飲まれて、それを止めてくれる人が周りにいなかったのだろうか。
 自身も復讐心に一度身を染め、緑谷のおかげで考えを改めることができた。轟は体育祭を思い出す。エンフォーサの殺害行動は復讐心から来るものなのだろうか。だとしたらステインが最後に言い捨てた「全ては正しき社会の為」は?
 分からない。分からないから思考を止めた。