In My Way
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推薦入試も一般入試も受けず無条件で入学できる裏口入学。入学の枠は「学校指定入学者」。実際は国家権力の指示で入学なんだけども、兄貴たちの士傑高校もそうだけど「国家指定入学者」という名称じゃないのはなんでなんだろう。それすら指示されてるのかな。
まあいい顔されないだろうなってのは分かってる。教員だって嫌だろ。万を超える受験生は入学の為に勉強だのトレーニングだのしてきているのに、紙一枚、たった一言で入学決定。私なりに入学試験は受けるべきだと思ってるけど、家に言ったところで受けさせてもらえるわけがない。
(受かってるのに受けるってのも嫌味になんのかな…あーあ、受けられないって分かってんのになー)
一般入試当日、学校が開いてから受験を終えた生徒が出てくるまでの間、ずっとその門の向こうに聳え立つ雄英高校を見ていた。森に囲まれている雄英高校は門から大きな道を挟んで木々が生い茂っている。その木の下にずっと座っていた。雪が降らない静岡でも2月の寒さは堪える。
(…全員出てきたのかな…自信満々の顔もいれば、意気消沈した顔もいたなぁ…)
この日の為にみんな努力してんだろうな。私は?努力…してると思うけど、それが実ってるのか意味のあるものなのか全く分からない。頭はいいと思う、でもその成績すら実力なのかじつは操作されてるものなのか、毎回満点だから操作されてるんじゃないかってずっと思ってる。
「っくしゅん」
マフラーも手袋も耳当ても持ってない。コートは高いやつしかないから来る途中で適当に買った。帰る前にこれ処分しないとな。お金が無いんじゃなくて、そういう状況にまず陥らないこと前提だからだ。それが必要ってことは寒い中外に出るってこと。海神家はこの程度の寒さも耐えなければならないってか。まあお嬢守るにさみぃだのなんだの言ってられねえもんな。
門から出てきた全身黒衣服の人、こっちに向かってくるな―と眺めてたら私の前で立ち止まった。めんどくさそうな顔を隠さず私を見降ろしている。
「おい、そんなとこでいつまでも何やってんだ」
何やってるのか、そうだよな、本当何やってるんだろう。口ぶりからして、私がずっとここにいることを知っているみたいだ。
「受験票忘れたのか何なのか知らんが、いい加減帰れ」
受験票を忘れて途方に暮れた生徒が情けなくもずっとここにいた、と思ってるようだ。忘れたどころか持ってないんだけどさ。私には持つ資格すらないらしい。まあ帰れって言われたから、帰るか。
学校から出てきたから学校関係者だろうな。男性は寒そうに首をすくめている。私の買ったコートはサイズ適当な真っ黒だから、この男性位なら違和感ないんじゃなかろうか。捨てるくらいならあげてしまおう。そう思ってコートを脱いだ。
(あれ、でも何て言って渡せばいいんだ?一回りの年下のガキから渡されても受け取らなくね?)
「ほんと何やってんだお前は」
「……………」
昔お嬢と見たアニメを思い出す。雨宿りしている姉妹に少年が傘を差しだしていた。流石にコートを地面には置けないよな。
(戸惑っている相手は突然の行動に一瞬でも止まってしまいがちだ。その隙にいなくなれば相手は受け取らざるを得ないってことだな。あの少年凄いな)
「な!?お前!」
私はコートを男性の頭から掛けるように投げた。その後すぐに走り出した。あの男性、コートを顔に受けず直ぐに片手でつかんだ。両手ポケットに入れてたのに、すぐ反応してた。後ろから「おい!」と声が聞こえたけど無視して走り続けた。
コートを突然投げつけ去っていった少女。鼻を赤くして、学校が開いてから受験生どころか教員が帰り始めるまでずっと木の下から雄英高校を見ていた。
「…あいつなんだったんだ……あ?」
コートのポケットからひらりと何か落ちた。新幹線の切符だった。東京―静岡間、購入時刻はかなり早い、今日の朝4時…始発より早い時間。
(…あいつまさか始発で来てからずっといたのか?)
始発で来たならここにきて受験票を忘れたとしても、誰かに持ってきてもらうくらいできるだろう。それもできなかったとしても、ギリギリ取りに帰れなくはないはずだ。
受験票を忘れた生徒だと思っていた、どうやら違ったらしい。あの子供は何をしたかったんだろう。
(まあ、会うことはもうねえな)
翌月、例の“学校指定推薦者”についての書類の中に、あの少女の写真を見るとはこの時思っているわけが無かった。
海神の苗字だけならまあ、一般的に知られていない。身内は基本ヒーローだから、そのヒーローの身内と知って「ああ、あの」と嫌厭されることが多い。昔から何かとあったが直近で一番大きな出来事は6年前だろう。お嬢が私たちの厳戒な警備の目を掻い潜り、家から抜け出したことがあった。本人としては、森があったから行ってみたみたいな、そんな感覚の冒険心で抜け出しただけだった。だが、最悪なことにそのタイミングでAFOと出くわしてしまった。個性を奪われそうになった間一髪のところでお嬢を救ったのは、当時10歳の私と13歳の空護兄だった。流石にAFO相手だから勝とうとか戦おうとは思わなかった。人生初対面のヴィランが当時最高位の悪玉だなんて、おかげでそれ以降何も怖いものが無くなった。救けが来るのを待ちつつ死なないよう攻撃を食らわないよう回避し続けていた。父や祖父たちが漸く駆け付けたころには、住宅街にクレーターができていた。結局AFOには逃げられ父たちは世間から大バッシングを受けたのだ。住宅街でヴィランが暴れて被害は甚大、であるにも関わらずヴィランどころか事件の情報は一切明かされず、更に救けに来ようとした他のヒーローを父たちが行かせなかったのだ。もっと早く駆け付けられるヒーローがいたのに、駆け付けようとしたヒーローをなぜ止めたのか。あいつらこそヴィランじゃないか。エトセトラ。お嬢は私と空護兄貴の必死の防衛でかすり傷だけで済み、代わりに私と空護兄貴は半月目を覚まさなかった。リカバリーガールに初めて世話になったのは多分その時。日本にいる治癒できる個性で最も強いのはやっぱりリカバリーガールだ。目が覚めあとは、私の個性で私と空護兄を治癒した。魔術の中で一番難しく連発できないのが治癒術。時間はかかったけど、事件から1か月後には登校できるほど回復していた。ただでさえ嫌厭されてたのに、その事件を境に益々疎まれたのは言うまでもない。
一番に教室にいると特に話しかけられやすいんだろうな。苗字だけで分かる人もいるかもしれない。というか天下の雄英高校だし、私の様にヒーローを家族に持つ人間であれば知っている可能性の方が高い。それなりの不安を抱えながらとぼとぼと登校した。裏口入学したし、家族の件もあるし、クラスの空気悪くしたらどうしよう。
(…なんか黄色い芋虫いる…)
教室の前には黄色い何かがいた。教室の中の様子は見えないけど、扉からちらりちらりとスカートが見え隠れする。入口に女子生徒がいるようだ。
「お友達ごっこなら余所でやれ」
(え、なにそのごっこ)
お友達ごっこなんてあるのか…“ごっこ”ってくらいだから友達じゃないってことだよな…なんか凄い気疲れしそうな遊びだな。
「…お前もいつまで突っ立ってんだ、HR始めるぞ」
もぞもぞと黄色い芋虫は私をじろりと見下ろした。…寝ているのに見下ろされるのは初めてだ。というかこの人、受験の時にコート投げつけた人だ。言われた通り教室に入り黒板に貼られた座席表を一瞥して自席に向かった。ポツンと飛び出ている、これまでやこれからの人生を表しているかのようにはみ出た座席が私だった。
「はい、みんなが静かになるまで8秒かかりました。君たち合理性に欠くね」
(合理主義者、あ、この人私みたいなのが嫌いなタイプだ)
担任だと自己紹介した相澤先生。ここの学校はみんなプロヒーローだって言うからこの人もプロヒーローだろう。そういえば長男と次男が何か言っていた気がする。雄英高校の中でも特に気が合わない先生がいたって。兄貴たちの“気が合わない”って贔屓されてたかどうかなんだろうな。だとしたら、私にとってこの人は当たりだ。…当たりだといいなぁ。
入学式も出ず、個性把握テストをするらしい。今まで個性禁止で行っていた体力測定を、個性を使って測定する。最下位は除籍処分だって。入学初日に除籍処分って凄いな。
「因みに、俺は贔屓は嫌いだ。以前家だ何だの権力で偉そうにしている奴がいたが…」
あ、それうちの兄ですね。担任じゃなかったらしいけど、一応、お世話になりました…?
「家柄は関係ない、1人の人間として、ヒーローを目指す人間として見る。…つーわけでまずは50m走だ」
先生は話しながら確かに私へ視線を投げていた。それとなく、他の生徒に分からないよう一瞬だったけど言っている言葉は間違いなく私に向けたもので。
(すごい、海神を知ってるのに私を名指ししなかった。…あーでもあれか、ヒーローだし、今後クラス内の雰囲気が悪くならないようにってのを考慮してかな。でもここまで堂々と言う人初めて見た)
これはいよいよ当たりかもしれない。気持ちが少し楽になった気がした。
採点方式は通常と同じだから最高点は同じ。8種目あるから最高80点か。個性なしでも満点だけど、個性ありなら順位とか点数より各種目の記録を重視したほうが良さそう。初めてやるから前回分が無い、比較できないのが悔しいな。
スタートしてから個性を発動させなければならない、というわけではないらしい。事前に個性を発動させておくのもアリなのか。個性発動速度は考慮されていないならありがたい。50m走は風魔法で飛んだ。握力は重力魔法を応用した。立ち幅跳びも風魔法で。反復横跳びも重力魔法を応用、これは身体への負荷が大きくてちょっと疲れた。ハンドボール投げで、緑色の髪の男子生徒が先生に止められていた。
「あのゴーグル…抹消ヒーローイレイザーヘッドか!!」
(…誰…?)
実を言うとヒーローはあまり詳しくない。テレビでよく見かけるヒーローなら分かる。オールマイトとかエンデヴァーとかベストジーニストとか、所謂トップヒーローと呼ばれるヒーロー。寧ろその人たちしか知らない。ヒーロー知らないのってちょっとまずいよな…。ヒーロー情報学って授業があるくらいだし、勉強しておこう…。
彼は緑谷というらしい。緑谷は2投目で700mを超える記録を叩きだした。いい記録のわりに顔色があまり良くない。周囲の会話から指を怪我したのは分かった。個性発動で怪我…ハイリスクハイリターンな個性かな。強いけど一発逆転な賭け個性だ。ハンドボール投げも風魔法で投げ飛ばした。いや投げてはないな。
持久走も風…なんか風ばっか使ってるな。応用力高いからつい使っちゃう…一番得意なのは水なんだけども。上体起こしは使う術ないからそのまま、他の人もみんな素の能力でやっていた。長座体前屈も同様だ。
個人的にはまあ悪くない記録だったと思う。結果も1位、八百万という生徒と同点で並んでいた。「こういう個性の使い方もあるのか」と考えながらやってたから1位を目指してはいなかった。ハンドボール投げで∞だした女子もいたし、反復横跳びで凄い速さでぼよんぼよん飛んでいた男子もいた。あれちょっと楽しそうだった。
「因みに、除籍は嘘な」
(………あ、そうなんだ)
本気の目だったけど相澤先生なりの冗談?だったらしい?「君たちの個性を最大限発揮させる合理的虚偽」だと。まあ確かに、除籍かかってれば本気でやるよな。
目で見て結果が分かるテスト。贔屓だ何だ言ってたけど、これ贔屓しようがないんじゃ…。
(そもそも贔屓されなきゃならないような成績するほど海神は甘くない、よな…)
贔屓されるほどの成績を残してきたつもりはない。でもこれまでの成績が自分の実力なのか贔屓された結果なのか分からない。その点こういう見てすぐ分かる、誤魔化しようのないテストは好きだ。記録が分かれば自分で勝手に採点できる。
一風変わった入学テストを無事終え、除籍者0で学校生活は幕を開けた。狙ったわけでもないけどこの日は一日も口を開いていなかった。