つかここどこだよ!

 爆豪、切島、上鳴は街を歩いていた。上鳴が偶然ネットで見つけた「自称宇宙一辛いラーメン店」に爆豪が連れて行けと言い、仲のいい切島が引っ付いてきた。外出許可を取り、ラーメン店を目指す。HPを見た上鳴はお腹を擦った。それは空腹からではない。
「普通の辛さあるかなー、俺ぜってー食えねえよ」
「だっせぇな」
「いやあれもはや凶器だろ!赤を通り越して黒かったぞ!」
「俺も食える自信ねえなぁ」
「んじゃ何でクソ髪は着いてきたんだよ」
「興味がわいたから?」
 その理由で行くなら爆豪1人で行けよ…。と上鳴は言いたかったが黙った。よく考えたら、爆豪もこの辛さなら無理だろうと興味本位で紹介したのは上鳴だった。その姿を見てみたかった、というのが連れて行こうと思ったしょうもない理由。行くことになりHPに並ぶラーメンの数々を見て早速後悔した。爆豪は飯処で食べるときに一味を一瓶使い切るのかと思えるほどぶっかけるが、あれが甘く見えるほどえげつない色をしていた。
 1年も一緒にいれば爆豪が何を考えているのか大体わかるようになる。緑谷にはきっと及ばないだろうけど幼馴染と上鳴たちとじゃ過ごしている歴史が違う。それでもどことなくテンションが上がっているのは手に取るように分かった。
 店に向かって歩いている途中、どこからか笑い声と共に「くっそつえぇなあのガキ」と聞こえた。その声に足を止めたのは意外にも上鳴だった。
「どうしたんだ?上鳴」
「いや今強いガキがどうのこうのって聞こえたから…もしかして俺たちのことか!」
 昨年の反省を生かした上鳴は体育祭でそこそこいい成績を残していた。アホ面晒して終わらなかったのは大きな進歩だ。体育祭からすでに数カ月経っている。1年次のごたごたのせいか、やはり2年次の注目度も高かった。
 足を止め路地裏の方に耳をすますと、会話の続きが聞こえた。爆豪は興味なさげだったが、上鳴が止まり切島も立ち止まった流れで仕方なく待つ。
「よくあれでヒーローに目ぇつけられなかったなあのガキ、それともヒーロー志望か?」
「さーな。初めん頃は逃げまどってたらしいぜ?俺ぁ戦ってねぇし見てねぇけどな」
「おいおい、BBRバーチャルバトルロワイヤル主催者のくせに知らねえのかよ!」
 ゲラゲラ笑い声が聞こえる。それより、今BBR主催者と言ったか…?爆豪の目つきが変わった。上鳴と切島も、BBRの言葉に笑みを消した。
「マジかよ…ヴィランじゃん、例の」
「上鳴、せんせーに電話しとけ」
「ばくご、お前、ちょ!」
 上鳴は言われた通りスマホを取り出し、電話帳の一番上をタップした。ずんずん路地裏に進む爆豪を止めようと切島が後に続く。その様子においてかれないよう上鳴も続いた。
「爆豪、ヤバいってヒーロー呼んだ方が」
「さっきの会話聞こえんかったんか」
 会話の流れから切島だって何となく察してる。子どもが巻き込まれている。ヴィランで流行ってるはずのそれに、市民への被害が出ている。仮免許を持っているとはいえそれは緊急時のみ使用できるもので、こういう場面での使用が認められるかは5分だ。
「あっもしもし先生!実は」
「…んだ?誰だてめぇら」
「こんのアホ面!」
 路地裏の奥ではなく、1つ曲がったところにいたそいつら。存外近くにいたせいで上鳴が先生に電話をする声が聞こえてしまった。丸坊主で左目に傷跡のある如何にもチンピラなヴィラン。もう1人は、黒いハット帽子に黒いコートを纏った長身のヴィラン。障子より大きいかもしれない。丸坊主のヴィランが爆豪を指さし思い出したように言った。
「あ、こいつ雄英のあれじゃね?1位の」
「ああ、爆発のあいつか」
 目元は見えないが口元は見える。帽子の男はニッタリと口を三日月の形にした。
「ヒーローを呼ばれては面倒だ。そうだな、天下の雄英生なら、“アレ”に勝てるかな?」
「誰が相手だろうと関係ねぇ!ぶっ殺す!」
「さっきの会話、子どもを巻き込んだのか!」
 切島が腕を硬化させ構える。爆豪も手から小さな爆発を出し臨戦態勢だ。上鳴は状況より先に座標を言うのが先だと判断し、直ぐに言う。
「三ツ矢通にあるドラッグストアを」
「バーチャルバトルロワイヤル特別ゲスト!雄英高校ヒーロー科3名ご招待だ!」
 男が両腕を広げた。その瞬間、文字通り世界が歪んだ。


 歪んだ世界がようやく落ち着く。ヴィランはいなかった。
「くっそ、逃げられた」
 爆豪は舌打ちをする。上鳴は切れた電話に慌ててもう一度かけるも、何故か通話中の音が流れて通じない。向こうもかけているのかもと一度電話を切り少し待つも、改めてもう一度かけるもやっぱりつながらない。
「電話繋がらねぇ」
「でも居場所は伝えたんだろ?」
「伝えたけど、どこまで伝わってるか…」
「ここにいても仕方ねぇ、道に出るぞ」
 ヴィランがいないならいつまで路地裏にいても仕方ない。そう遠くに行っていないなら探すべきだし、近くにいるヒーローに報告しなければ。3人は路地裏を出て言葉を失った。
「…誰もいねぇ…」
「うっそだろ、なんで、車もねぇ」
「チッ…個性にかかっちまったか…」
「そういえばバーチャルバトルロワイヤル特別ゲストとか言ってたよな…対戦相手どっかにいるんじゃね?」
「そいつ倒せば出れるのか?」
「上等じゃねぇか、さっさとぶっ殺してこんなとこ出るぞ」
 爆豪はずかずか歩き出す。上鳴と切島も周囲を警戒しながら爆豪の隣を歩いていた。少し歩いた先、大型スポーツ店の入口に目が言った切島は「え?」と声を漏らした。
「どうし…なんだあれ…」
「…血の跡か」
 ぽつぽつと一定間隔で丸い赤黒い染みが店の奥へ続いている。爆豪はその血の跡からまだ新しいことに気付いた。
「こういう時耳郎とか障子いたらなー」
「いねえやつ頼っても仕方ねぇだろ。行くぞ」
 自動ドアは自動で開かず手動ドアになっている。静かにドアを開け音を立てないよう歩き血を辿る。店の中央の階段の段差に、こすったような血の跡がついていた。転んで腕をついたような、そんな跡。手すりにも血がついている。
「結構重症そうだな…」
「対戦相手って全快状態じゃないんだな」
「さっき丸坊主のヴィランいたし、あいつと戦った後なんじゃねえか」
「お前らくっちゃべってんじゃねえよ、相手に居場所バレんだろうが」
 爆豪に睨まれ切島と上鳴は大人しく口をつぐんだ。周囲を警戒しつつ更に店の奥へ進む。スタッフルームのような部屋の奥へ、その血痕は続いていた。この先にいる。
 上鳴はコスチュームじゃない。だからサポートアイテムを持っていない。放電をコントロールできない上鳴は人間スタンガン以外対処法が無く、爆豪の下がってろと言う指示に大人しく従った。切島は全身硬化しいつでも突入できるよう構える。爆豪のアイコンタクトに頷き、爆豪が扉を爆破した瞬間切島は突入した。爆豪も直ぐに続き、上鳴も続いた。
「…誰もいねえな」
 荒々しく入ったわりに室内には誰もいなかった。ロッカーが4つ壁の端に並び、窓際には黒いベンチが2つ並んでいる。中央のテーブルにはリュックやノート、何故か小学生が使うような国語のドリルがあった。血痕はベンチまで続き、そこで途絶えている。ベンチの近くにある袋からは血の匂いがした。赤黒いタオルがちらりと顔を出している。
「なんでドリル?」
 上鳴はドリルを手に取りパラパラめくった。新品じゃなく使用済みだ。馴染みあるひらがなの隣に見覚えのない記号の様な文字の様なものがルビの様に振ってあった。
「これ、対戦相手の私物か?…うわ、何だこの文字」
 切島が開いたノートには記号の様な文字の様なものがずらりと並んでいた。全部同じ形をしている。数ページめくっても猟奇的ともいえるほど、規則正しく並び書かれている。
「なんかこえぇな」
 覗き見た上鳴はうへぇと顔を歪ませた。爆豪は興味ないように見えてしっかりノートを見た後「キメェ」と感想を言いリュックを漁った。
「…んだこれ……!?」
「ちょ!?ばくごそれ!」
 中からは切り刻まれたようなカーディガンとシャツ、ズボンが出てきた。それだけでも驚きなのに女性ものの下着が出てきたのだから、切島も上鳴も思わず顔を赤らめる。爆豪はフリーズした後「クソが!!!」と悪態をつき刻まれた服に包むように隠した。
 先ほどのものは一旦見なかったことにしリュックの中に目を向ける。上鳴はリュックの横ポケットに入っているものを引っこ抜いた。スマホだ。
「スマホあんじゃん。これで相手の情報分かるんじゃね?」
 電源は入ったままだ。パスワードもかかっていない。スワイプでロックを解除し何か情報を撮れないかと電話帳を開き首を傾げた。
「あれ?日本語じゃねえ」
「…なんだこれ」
「見せろ」
 覗き見た切島も微妙そうな顔をする。上鳴は爆豪に画面を見せた。電話帳であることは確かなのに、名前が書かれていると思われる場所には見覚えのない文字のようなものが示されていた。爆豪がどれか1つをタップしても、電話マークに書かれているのは番号なのだろうがそれは数字ではなく、やはり見覚えのない文字だった。
「なんかこえぇな…対戦相手って人間じゃない?宇宙人?」
「馬鹿か」
 リュックからは鍵や50枚近くあるカードが入っていた。カードは全部同じ模様、同じ記号が書かれており名刺にも見える。ポーチの中身が生理用品と知った爆豪は何も言わずチャックを閉めた。現実に持って帰ったらBBRに繋がる手がかりになるかもしれない。爆豪はカードを1枚と鍵をポケットに入れた。
「持ってくのか?」
「ヴィランの手がかりになるかもしれねぇだろ。上鳴もそれ持ってけ」
「……ヴィランじゃない、かも」
 スマホをじっと見ていた上鳴は神妙そうな顔で呟いた。指はスマホをなぞっている。
「あぁ?」
「だって、ほらこれ」
 見せられたのはアルバムだった。撮られている写真は風景だったり笑い合う人物だったり、料理だったりと様々だ。
「このスマホの持ち主ってさ、この人じゃない?」
 その中で見せられたのはワンピースタイプのスッキリした水色のドレスを身にまとい、ピースサインを向けながら笑顔でいる女性の姿だ。隣には白いフリフリしたドレスを纏った女性がいる。いくつかスワイプしてドレスを来た女性の写った写真を見せてくれた。その次に先程ドレスを着ていた女性と同じ顔立ちをした女性が振袖を着てピースをしたり決めポーズの様なものをしたりして笑っている写真。一緒に写っている人物は違うが、女性はカメラ目線で満面の笑みを浮かべている。
「こんな笑ってる人がヴィランになるって思えねぇんだけど…」
「……確かに、ヴィランじゃないかもな、ほらこれ…」
 スマホを見ながらノートを捲っていた切島が最後のページを見せ来た。酷く拙いひらがなでノートに書かれてある内容は、確かにとてもヴィランとは思えなかった。
 「かえる かえりたい かえられない かえる どこに わからない」
 『東堂桜 23歳 今は多分27歳 ? いっそ死にてぇ』
 拙いひらがなの下に書かれた文字は読めない。それでもひらがなから伝わるのは切実な懇願。切島がきゅっと眉をひそめた。爆豪はそれを見て、先程のヴィランの会話を思い出しある可能性へ辿り着いた。
「対戦相手…ヴィランに誘拐されたガキなんじゃねえか?あのヴィラン共もんなようなこと言ってたろ」
「そ、うだとしたら救けねえと!ってあ!やっべ!」
 切島は力むあまりそのページを破ってしまった。何やってんだと呆れたように爆豪が切島を見る。
「探すぞ、血の跡は新しいんだ。その辺にまだいるだろ」
「お、おう!」
 上鳴はスマホをポケットに入れた。切島も何となく破ってしまったページを丁寧に畳みポケットに入れる。戦うのではなく、救けるために、3人はスポーツ店を急いで出た。そして、探すまでもなく見つかった。何故ならスポーツ店から出て右側に人が…頭や両腕に包帯を巻き、腰に木刀を差した黒髪の子どもがいたのだから。


 あの丸坊主の人くっそめんどかった…。この前ボスキャラっぽいの倒したし進展すると思ったのに、あれ以降も変わらなかった。今日丸坊主の人間が来て治りかけの捻挫が悪化した。
『…湿布ねぇやん』
 包帯とガーゼと包帯に使うテープに気がいき、湿布を持ってくるのを忘れた。盛大にため息を吐き重たい身体に鞭を打って再び拠点を出た。スタッフルームに続く血の跡にげんなりした。掃除、まあ後でいいか。
 態々掃除しているのは拠点がバレるのを防ぐ為だ。あそこには私の世界を、私の記憶と思い出を唯一ものとして証明するスマホとかウォークマンがある。他のは最悪いい。あの2つ無くなったら愈々絶望する。
 そんなに遠くに行く気力は無かった。一番近いドラッグストア、店頭のはもうない。倉庫を漁れば湿布の代わりに冷えピタが見つかった。一旦これで補って、少し休んだ後で病院まで頑張るか…。
 ビニール袋に冷えピタの箱を3箱入れ足を引き摺りながら拠点に戻る。
『いてーなーいてーよー、いやいたくない、いたくないぞー』
 暑いというから暑いんだ。その理論で痛く無い痛くないと自己暗示する。まあいてえんだけど。スポーツ店が見えてきたところで足を止めた。拠点から、足音が聞こえてくる。
『…さいあくかよ…』
 丸坊主か?いや目の前で消えてた。なら新しいやつか。くっそやっぱり血ぃ片付けてから行けばよかった。持ってたビニール袋を道路の端に投げ捨て、木刀を構えた。
 慌ただしくスポーツ店から出てきたのは3人、今まで見てきた奴らの中で一番顔立ちが幼い。高校生くらいか?
「わ!いた!!」
(どうくる…くっそ、この怪我で3人とかきついぞ…)
 あの能力使うしかない。あれは使うとき意識が持ってかれるからその隙を突かれることが多い。相手の出方を伺い武器はないか全身を見て、あることに気付き身体が固まった。
 金髪の青年、ポケットからはみ出てるそれ、私がスマホにつけてるキーホルダーと同じ…。
 奪われた
『返せ!!!!』
「うわ!ちょまって!」
 目の前がカッと赤くなり金髪の青年を襲った。身のこなしの良い3人はあっさり躱して、戸惑った表情を隠さない。いや1人は厳しい目で私を見ている。その様子に敵意を感じず私も私で戸惑った。…襲ってこない、何でだ…?
「落ち着いて!俺たち救けに来たんだ!」
 焦るように赤い髪の青年が何か訴えてる、なんだ、何を言ってるんだ?いつもと違う奴らに警戒する。とはいえ子どもが相手であれば自分から行くのは遠慮したい。左足の痛みを我慢し出方を伺う。伺いながらも金髪の青年のポケットに何度も目が行く。私の、スマホ。
「…アホ面、スマホ寄越せ、さっきの」
「え?わ、わかった」
 金髪というより蜂蜜色の髪色をしたツンツンヘアーの青年が、何か言った。それを聞いた金髪青年が私のスマホをその青年に渡した。何する気だ、返せ、壊すなよ。ぎゅっと木刀を握りしめ、もし壊そうとしたらその瞬間動きを止めてやろうと一挙一動を監視する。
「おら」
『………は?』
 ツンツンヘアーは私にスマホを差し出してきた。なんだ、どういうつもりだ?
「てめぇのなんだろ、勝手に奪って悪かった」
「爆豪が謝った!!」
「去年の仮免許から成長したな!!」
「うっせぇんだよてめぇらは!!死ね!」
 2人が驚き何かを言った、多分それに対してツンツンヘアーは目を吊り上げた。敵意は感じない、スマホ、返してくれるのか…?恐る恐る近寄り、左手でスマホの端を掴んだ。ツンツンヘアーは手を離し、スマホの重さが完全に私に移った。…は?え?
「おい、てめぇヴィランの個性にかかったんだろ」
「俺たち雄英の生徒なんだ、一緒に帰ろうぜ!」
 何か言ってる、敵意も殺意も感じない。寧ろ友好的な表情で笑顔を向けてくるのが2名、真面目な目で見つめてくるのが1名。
 これは、期待していいのだろうか、この3人はまともに会話してくれるのかもしれない。期待して、良いよな、良いんだよな。
 スマホをポケットに入れた。そして木刀を腰にさしメモ帳とペンを取り出した。期待と緊張と不安で震える手で、何とかあの文字を思い出しながら綴る。前にも書いたあの文字。メモを破りツンツンヘアーに差し出した。ツンツンヘアーは訝しげな表情でそれを受け取ってくれた。
「ここ ばしょ わからない おしゃべり わからない もじ すこし わかる」
「日本語通じねえのかな」
「だから国語のドリルがあったのか!」
 何か納得したような様子の金髪青年。笑われない、笑ってない。震える手でメモとペンを差し出した。ツンツンヘアーは再びそれを受け取ってくれた。
「少しってことは漢字読めねえよな」
「爆豪、ひらがなで書けよ」
「わぁってるわ」
「…爆豪かっけーな!」
「うっわー!俺も早く言いてぇ!」
「今言えばいいじゃねえか。おら」
 ツンツンヘアーがメモ帳とペンを返してくれた。期待で胸がはちきれそうだ。
「おれたちはヒーローだ」
 …「ヒーロー」?なんて書いてあるんだこれ…前後は分かる。これだけ分からない。
「あれ、わかんねえのかな」
「カタカナももしかして分からないのか…?」
「だー!くっそめんどくせえな!」
 ツンツンヘアーは突然叫ぶとメモ帳とペンを奪った。敵意も嘲笑もないから、多分大丈夫だよな…?ツンツンヘアーは不機嫌そうな顔で何かを書くとずいっと見せてきた。
「おまえを たすけにきた」
『……たすけ…?』
 救けに、来てくれた…?終わるの?もう戦わなくていい?帰れる?え?
 震える手でメモ帳を掴んだ。何度読んでも文字は変わらない、たすけにきた、たすけに、私、助かる…?もう終わるのか?この生活、自殺しなくていい?喧嘩しなくていい?怪我しなくていい?誰かがいる、音のする世界に帰れる?
 視界が歪んだ、たすけにきた、その文字がどんどん滲んでぼたぼた目から涙が零れ落ちた。人前とか、子どもの前とか、そんなの関係なく嬉しくて、声を押し殺して涙を拭わずただ泣いた。
「…やっぱり、巻き込まれた子だったんだな…」
「あのヴィラン探せば帰る方法分かるかな」
 いつまでも泣いてるわけには行かない。ぐずぐず泣いてるだけなんて御免だ。帰れるならさっさと帰った方がいい。そう思い腕の包帯で目元を強く拭った。
『…え…』
 ぽろり、拭った後に出た涙が零れた。それは一瞬だった。そうだ、いつも一瞬だ。ザキだって直ぐに敵を消し去るじゃないか。…消すのはニフラムだったか、どっちでもいいや。
 この後の相談でもしていたんだろう3人が一瞬で消えた。足元からスッと、何の未練もないとでもいうかのように。ああ、消えてしまった。あれは夢だったのだろうか。
『…おまえをたすけにきた…』
 メモに書かれてる文字、読めた、ちゃんと読めた。ちゃんと、文字覚えてるじゃん。これは夢じゃない。
『……望みはある』
 救けに来てくれる人がいるってことは、ずっとこのままここで生きるというわけじゃないんだ。終わりのない永遠コンティニューのスマブラじゃない。
『…また直ぐに来るとは限らないよな、うん、それは都合良すぎる…頑張って生きよう』
 ここにきて初めて立てた根本的な目標だった。希望を捨てず、生を維持し続けよう。