表と裏

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 偶然だった。掃除屋の噂が無かったから酷く驚いたのをよく覚えている。仕事帰りで駅に向かう途中で見つけた人物が知り合いだったから声をかけようとした。
(柏木さん今日仕事なかったんかな、珍しいなこの辺結構事件多いって聞くのに)
 人が死ぬ事件が多く起きる場所は屍人が生まれやすい。更に被害者遺族が私らを知る人間と関係があった場合、経由して依頼が来やすいのだ。鈴木財閥からよく依頼が来るって聞いて居たけど。
「何?スコッチがNOC?それは本当か?」
 誰かと電話しているようだったので1mくらい距離を取って隣に並んだ。柏木さんは電話に夢中で私に気付いた様子はない。
「始末すりゃ俺もネームドになれるかもしれねぇ」
(…始末…?)
「ああ、ライとバーボンが追ってるんだろ?あそこスリーマン組んでるからな、自分も目ぇつけられないよう手柄立てたがるだろ。当然俺が先に見つけて晴れてネームドになってやる。あ?勝機あるから言ってんだろ…言うわけねえだろ、じゃあな」
 何とも不穏な内容の会話だ。声はかけず様子を見たほうがいいかもしれない。ウェストポーチから取り出したマスクをつけ、フードを目深に被ってどこかへいく柏木さんを尾行した。


 人気のない道を走る2人の男がいた。蒼い顔をした男が必死で、背後から追ってくる長髪の男から逃げているようだ。柏木さんがそれを廃ビルの上から眺めニヤリと笑ったのが分かった。
(状況がよく分からないけど、柏木さんが殺しをしようとしているなら止めないと)
 逃げる男が犯罪者なのか?どっちかというと長髪の男の方が犯罪者臭い。柏木さんが逃げる男の前に飛び降りた。
「スコッチ、NOCだってな?」
「お前は…掃除屋の田辺!?何でここに」
 田辺?柏木さんじゃない?…あ、偽名。
(これは完璧黒だな)
 様子を上から見ながら西條さん、北条さん、南條さんに「柏木、田辺と名乗り掃除屋している様子。確保します」とメールを送った。
「お前殺せば…いや、お前の古巣の情報手に入れりゃあネームドも夢じゃねえよなぁ?」
(はいダウト―!!!)
「田辺、そいつは俺が先に見つけたんだ、てめぇはどっか行けよ」
「おうおう必至だなライ、まさかお前もNOCだとか?」
「寝言は寝て言え」
 逃げてる男がスコッチ、追っかけてきた男がライ、か。ノックが何のことか分からないけど3人は知り合い、ってことはスコッチも犯罪者?だけど殺されそうになってるってことは裏切ったてきな?裏切ったから殺す、ってところかな。
 ライは胸元から何か取り出し構えた。…え、銃!?うっわマジかよ、ガチの裏社会系じゃね。対するスコッチは応戦する様子が見られない。武器が無いのか、柏木さんは懐からナイフを取り出した。僅かに感じた霊力、あれは武器化したナイフだ。
(ただの人間ならあれだけど、滅却師相手なら容赦するなってじいちゃんが言ってたな)
 前方にナイフ、後方に銃でスコッチは身動きが取れていない。飛び道具の銃は厄介だ。先にあっちの男の手から銃を手放させよう。竹刀を握りしめ5階建てのビルの屋上からライの頭上に向かって飛び降りた。
「!?」
 これでも気配は消していたけどたなびく服の音のせいかライは私を見上げ目を見開いた。銃口がこちらに向けられ発砲される。竹刀でそれを叩き落とし銃を持つライの腕を思い切り叩いた。手の甲にしっかり当たり銃は遠くへ飛ばされる。瞬時に距離を取り今度はスコッチと柏木さんの間に立った。
「な、んで!?お前がここに!!」
「掃除屋とかふざけたことしてんじゃねえよ、柏木さん」
「チッ、だが…4家の人間とはいえてめぇみてえなガキにやられるわきゃねえよ、な!」
 ナイフを振りかざした柏木さん…もう柏木でいいや、柏木が動くより先に踏み込んだ。両手で持っていた竹刀を左でのみ持ち柏木の顔面に向け下から振り上げる。竹刀に気を取られている柏木は左手で竹刀を掴み右手に持ったナイフを振り下ろそうとした。それより先に左手から竹刀を離し右手で柏木の腹に掌底を叩きこむ。
「ガッ!?」
 力が緩んだ隙を見逃さず柏木の左脇から背後へ回り足払いをして地に伏せさせた。右手を捻り上げナイフが手から離れると、注いでいる霊力も途切れてしまったようでバキバキに折れた定規に戻った。
 気付くとスコッチとライはいなくなっていた。隙を見てスコッチが逃げてそれをライが追ったのかもしれない。私からすれば好都合。
「クッソ、東條がなんで」
「仕事帰りに見かけたから声かけようとしたら、まあ何とも不穏な電話してるじゃないすか。あんたが掃除屋とかだぁれも気付いてませんよ、あーあ、まったく」
 背中越しに心臓の上に右手を宛がう。それだけで私がしようとしていることを柏木はちゃんと理解した。
「ガキ、のくせに!」
「霊力の放棄術くらいできなきゃ東條名乗ってませんから」
 霊力の放棄術…滅却師を途絶えさせない為一時期は禁忌となったらしいその術は、魂から霊力を完全に取り除く呪術の一つ。ただ霊力を消すだけじゃない、霊力を自身で作ることすらできなくなる。つまりもう二度と滅却師として、どころか霊能力を使うことができなくなるのだ。
 右手から出た青い陣が柏木の中に沈む。やがてパキンと割れる音が聞こえた。
「うぐぅあ!!!うぅ!!」
 生まれた時から霊力を持ちそれが当たり前の私らがそれを失うとき、猛烈な痛みが身を支配するらしい。死にはしないけど痛みのあまり気絶するとか。柏木は唸った後パタリと動きを止めた。
(…ってやべえ、警察の知り合いいない、どうしよう)
 困った時の、西條さーん!
「もしもし」
『おー理桜ちゃん!柏木捕まえたんやな?』
「はい、んで“放棄”しました。警察の知り合いいないんすけど…どうすればいいですかね?」
『まだ理桜ちゃんおらへんやったっけ、ほな俺の方でやっとくから、理桜ちゃん帰ってええで』
 日本の警察は優秀だから、本名も職業もバレてる人間を探すのなんてあっという間だろう。霊力が無いから一般人と変わらず脅威が無い。このまま放置でいいか。
「助かりますー、それじゃあ、後お願いします」
 警察の知り合い早く作らないとなぁ…まず出会いがない。解決の難しい問題に頭を悩ませながら柏木を放置して帰路に着いた。