そうきたかぁぁ!!

GW合宿

 そういえばあの件があるのはGW中じゃないか。TVで生中継されている避難の様子から目を逸らし、誰にも気づかれないよう…どうせ高尾には気付かれるだろうけど、食堂から出た。
 砂浜に腰を落ち着けスマホを睨む。メールするのは簡単だし電話をかけるのも簡単だ。今避難状態ってことは絶対手が離せない状態だ。まず出ない。あーどうしよ、メールだけ入れておこうかな、だけどできるなら声が聞きたい。大丈夫だって分かってるけどさぁ、めっちゃ怪我してたよね…ちゃんと治療してもらうよな、そもそもあの場からちゃんと帰れる?映画見る感じだと結構な出血量だよねあれ、貧血にならない?熱出ない?後日談みりゃそれも大丈夫って分かるけどさぁ。
「あーあーああー」
「何こんなとこで奇声発してんだ、部屋戻れ轢くぞ」
 聞こえてきた不穏な声に振り返ると宮地先輩がいた。高尾あたり来そうな気はしてたけどまさか宮地先輩が来るとは。いや高尾が来ようが宮地先輩が来ようがどっちでも一緒なんだけどさ。
「あー、はい、はい…はーい」
「適当に返事すんな」
 月夜で見える海は青と言うより黒。兄貴の瞳の色は海と言うより空の様な蒼さだけど、海を見ると兄貴を思い出す。立ち上がり砂を払って大人しく宿に戻ることにした。
「…珍しく元気ねえな」
「え、顔に出てます?」
「落ち込んでるときは良く空見上げてるって高尾が言ってた」
「高尾ほんとよく見てんな…」
 言われてみると気が滅入ってるときは空を見上げていた気がする。癖になってるのか、すぐ分かるようじゃだめだな、治さないとなぁ。
「んでどうしたんだよ」
 大した距離のない宿までの道中、物騒な台詞は愛情の裏返しなツンデレ先輩がド直球に聞いてきた。
「あー、うーん、なんというか…」
「ハッキリしねぇな、グダグダ悩んで部活に支障出されちゃ困るんだよ。おら、さっさと吐け先輩命令だ」
「最近好きっすねそれ」
 主に高尾に対して発動される先輩命令は流れ弾に当たるかのように私にも発動されることがある。この前のみゆみゆ事件は何とも貴重な撃沈する宮地先輩を拝めて結構喜んでた。なんせ宮地さんは推しキャラなもんで。
「あー、親しい人が警察官なんですよ、だから心配で」
「テレビの避難誘導のアレか…」
 兄貴の存在はともかく、警察官名簿から消されている兄貴が警察官であることはきっと他言しちゃいけない。兄貴と親しいことは事実だから嘘は言っていない。ただ心配するには第三者的視点だとちょっと弱い。宮地先輩は高校生だしこういう話をする相手もきっと同じ高校生、高校生なら親しい人を心配していることはなんら節意義じゃないから言っても問題ないだろう。相手によってはそこまで心配するのは何故かなんて疑問が浮上してしまう。
「メールしてみたらどうだ?電話は忙しくて出なくても、メールなら気付いたら返事くれるだろ」
「…やっぱメールっすよねぇ…」
 声を聞くのは早くても明日になるかな、そうだよなぁ。宿舎について中履きに履き替える。
「メール入れてみます、夜中に外出てすんませんでした」
 何も言わない宮地さんをそのままに割り当てられた自分の部屋に戻った。マネージャーが1人だから8畳間に1人ぼっちだ。
〈テレビ見た、時間できたら、何時でもいいから声聞きたい〉
 兄貴のことだ、たとえ時間ができても相手が寝てるって考慮して朝になる。朝食の準備が始まると正直スマホを確認する時間はないから、どうか朝食の準備が始まる前に来て欲しい。
 無事だと分かってても当然心配はする。明日も忙しいのに寝付けないまま、そして返信も着信も来ないまま朝を迎えた。


 昨年はマネージャーが3人いた。3人いても1年の手を借りて飯の準備や掃除をしていたのに、降谷はそれを全てたった一人でやってみせた。その上普段の部活と変わらないマネージャー業務をしているし、真偽は確認していないが同じ宿舎にいる誠凛も手伝っているらしい。誠凛の1年が「秀徳のマネージャーさん、凄くありがたいんだけど大丈夫かな」と感謝と同時に心配しているのが聞こえたから多分手伝ってる。何をどう手伝ってるかは分からない。分からない程巧妙にこっそり手伝っている、そしてその余裕がある。うちのマネージャーは多分人間じゃないんだと思う。
 そんな完璧を通り越して人間やめたマネージャーが顔に出るほど元気が無かった。挙句勝手に宿舎から出て、砂浜で奇声をあげている始末だ。注意してついでに事情を聞けば、知り合いに警察官がいるらしくテレビでやっていた都心の避難誘導に関わっているという。何の避難誘導か報道されていないから分からないけど、前日あたりに都内の家電製品が壊れたり爆発したりする事件があったからそれに関係あるんじゃないかって、テレビで専門家が言っていた。大規模な避難誘導にその前にあった事件を思えば心配なのはわかる。メールを提案すれば「やっぱメールっすよねぇ」とため息を吐きながら笑った。多分本人は無意識だけど「声ききてぇなぁ」と言っていたからよほど心配なんだろう。早く知り合いと連絡が取れればいい。
 何となく気になってしまい、いつもより寝付くのが遅かった。翌朝の朝食の時間。やっぱり誰の手も借りず完璧に、しかもレベルの高い朝食を作った降谷はいつも通りだった。
「連絡、取れたのか?」
 これだけいつも通りだからきっと無事を確認できたんだろう。だったら俺に一言あってもいいんじゃないか、なんて思いながら食器洗いに取り掛かろうとする降谷に声をかけた。降谷はなんてことない様に「忙しいんじゃないすかね」と答えになってない答えを寄越した。要するに、連絡取れてないってことか。昨日のあの様子を思い返せば気にしてない風を装っているけど内心心配でいっぱいだろ。それを表に出さないところは、こういうとき良くないと思う。こいつ何かあっても周りに気付かせないタイプだな。何となくわかっちゃいたけど。高尾もそのタイプだけど高尾の方がまだ分かりやすい。ふとした時に気落ちしているのが丸わかりだ。でも降谷はそれすらない。なんというか…本当にはっきり分別がついている、つきすぎている。
 もやもやしたまま体育館へ行く準備をした。バッシュと降谷が洗ったタオルを持って木村と一緒に大部屋から出た。その途中監督とすれ違った。
「あ、監督」
「どうした宮地」
 部活中携帯は当然触っちゃいけない。というか体育館へ持ち込み禁止だ。練習中より休憩時間の方が比較的忙しいマネージャーだから隙を見てみるなんてことできやしない。アホ程真面目な降谷のことだから、例え人目のない裏業務中でも携帯を見ないと思う。
「その…今日は降谷が携帯触ってても目を瞑ってもらえませんか?」
「理由は?」
「あー…俺が口出すことじゃないんすけど…その、あいつの知り合いに警察官がいるらしくて、昨日のテレビの、凄い気にしてたんですけど…連絡取れてないみたいなんで…」
「なるほどね。気持ちは分かるけど、家族じゃなくて知り合いなんだろう?降谷には悪いけどそこは割り切ってもらいたいな」
「…出過ぎたこと言いました、すんません」
 知り合い、もしかして昨日は気にしてたけど今日は気にしてない風なのは知り合いだからか。そう思うと今朝の態度も納得できる気がする。
 監督と別れ木村と体育館に改めて向かう。そんなに気にするなんて珍しいな?と言う木村に気にしすぎたと返す。親しい人が警察官、というか警察官の知り合いってのも珍しいな。あいつ自身が気にしてないのに俺が気にしても仕方ないか、と気持ちを切り替え忘れることにした。