あの降谷零爆誕の経緯
2
目下の私らの目標は、いつ帰れるか分からないけどクラウスさん無しに最低限の日常生活会話を習得することだった。あっちの世界と似て非なる世界であることは伝えてあるし、降谷に至っては「現地で学べるなんてこれ以上にない勉強だ」と意気揚々と取り組んでいる。その勤勉さを学びたい。事務所にいるザップさんを除く誰かが相手してくれた。一番はクラウスさん、ギルベルトさん、レオさん。クラウスさんとギルベルトさんは日本語が分かるからで、レオさんは善意100%だ。ザップさんが相手しないのは英語のやり取りが分からないから分からないけど、レオさんを陰毛頭と呼ぶような人だし何となくお察しである。要するに碌な英語を教えなさそうだというわけだ。そういえば住む場所は事務所を提供してくださった。ツェッドさんも事務所に住んでるから夜とかはよく相手してくれる。というか降谷が「この声ヒロに似てる…」と勝手に懐いている。メタいけど中の人一緒だからね、似てるどころか一致なんだわ。ツェッドさんもツェッドさんで周りに花飛ばすほど喜んでるからいいんじゃないでしょうか。ギルベルトさんとその光景を度々「なごむわぁ」と見てる。
ヒアリングは聞かないことには勉強にならないということで、日中は基本事務所で生活していた。面白がったK・Kさんが私らの服を用意してくださったので着る服には困ってない。降谷を女だと勘違いしてたらしく降谷にスカート渡した時は、流石の降谷も『俺は男だ!』とキレていた。わがまま言うなよと言ったらガチ目に殴られて痛かった。脱線したが、とにかくそういうわけで何を言ってるか分からなくても彼らの日常会話や作戦会議的なものを左から耳へ流し聞いているわけである。
降谷がツェッドさんに懐く半面私は特に誰かに懐くということはなかった。っていうとツンケンしてるように聞こえるけど、単に花チラつかせながら「ツェッドさん!」って呼ぶ降谷みたいに誰かを呼んでないだけである。それに対し、初めて会った時から高頻度でレオさんから視線を向けられている。熱い視線…というより不思議そうなというか、そんな視線。君のその目で私はどう映っているというんだい神々の義眼の保有者さん。聞きたいのは山々だが義眼の存在を知っている筈もなければ当然その保有者であると知るはずのない私が聞けるわけもない。今日もふとした拍子にじーっと私を見つめるレオさんにとりあえず首をかしげながら英文法と戦うのだ。
『よーよージーッと見つめていっちょ前に春が来たかよーいんもー頭』
『ザップさん!違いますよ!』
『しかしやたら彼女のこと見つめるじゃないかレオ』
『スティーブンさんまで!だから違いますって!彼女のオーラが今まで見たことない程不思議なのでなんでかなーって思ってただけですよ!』
『不思議って?』
『なんつーか、オーラってどんな人間でも一色だけなんですよね、今まで見てきた人たちは。だけど彼女は何か二色あるんすよ。レイは綺麗な青色だけなんすけど、リオはオレンジと藍色なんすよ』
『吸血鬼ですら赤色一色なのに、それは珍しいな…異世界の人間だから、にしてはレイが一色だし。まあ向こうは向こうの事情があるんじゃないか?』
おっと何言ってるか分からんけど名前を呼ばれたのは分かる。降谷を見ると割と聞き取れたらしく「俺とお前でオーラ?が違うらしいぞ」と教えてくれた。へー、違う人間だしそう言うもんじゃないの?と言いながらギルベルトさんが淹れてくれたミルクティーを飲んだ。マジで美味しい。
さて、観光レベルには英語を話せるようになった降谷と共に服を買いに来た。ようやく脱スカートだ。動きづらいし風吹いたら面倒だし利点は夏に涼しいことと着脱が楽なことくらいだ。制服以外でスカートなんざ履いたことなかったのに、私服スカートデビューが異世界でだなんてウケる。
ファッションセンスのかけらもない私は機能重視で服を選んでいた。そしたら「おま…その配色はないだろ…」降谷にガチ目に引かれたのでもう降谷に全部任せた。これは?これは?と聞いてくる降谷に、フリルいらんノースリーブ嫌だとある程度注文付けて互いの服を買い終える。それにしても分かっちゃいたが降谷が着ると古着もブランド物に見えるから不思議である。これだからイケメンは…。
流石に二人っきりは心配だということでツェッドさんが着いてきてくれている。どういう流れか想像できるがレオさんとザップさんも一緒だ。会計時にどこから持ってきたのかRが付きそうな服を持ってきたザップさんには「チョメチョメすんぞコラ」と日本語が通じないことをいいことに笑顔で言った。降谷に「なんだよチョメチョメって」と言われたがチョメチョメはチョメチョメだ。
無事買い物を終え事務所へ向かっている途中、突然誰かに腕をつかまれた。ズタボロの布を被った…多分人じゃないやつ。
『おぉ、見事なまでの転生者!その身体、ぜひ解体させてくれぇ』
「あんだって?って、ちょ!」
グイッと力強く引っ張られたたらを踏んだ。ヘルプ!と前に視線を向けたが話に夢中な彼らは私が着いてきてないことに気付いていない。降谷!と叫ぼうとするより先に口をふさがれた。
『魂と意志のみ受け継ぎ肉体は赤子から…素晴らしい、素晴らしいぞぉ』
魂と赤ちゃんは聞き取れた。あと素晴らしいって言ってるのは分かる。もがこうとしたがふわっと良いにおいするなと思ったが最後、あっけなく意識を失った。あれだ、即効性の睡眠薬ってやつだ。
『あ?おいリオはどうした』
ぐりぐりとレオナルドの頭に拳を強くこすりつけるザップは、一人足りないことに気付く。降谷はハッと辺りを見渡したが、柊の姿が見つからないことに血の気が引いた。背後から呼ぶ声を無視して元来た道を走って戻ると、路地裏の前に服屋のビニル袋が落ちていた。さっき出てきたばかりの服屋の袋からちらりと顔をのぞかせているのは、降谷が柊に選んだ服だった。
柊の不自然な消失にライブラの行動は早かった。丁度2人用に用意したスマホが事務所に届いた矢先の出来事だった。もう少し早ければGPSで居場所を探れたかもしれないのに…と悔しそうなのはライブラが番頭スティーブン。レオナルド・ウォッチ有する神々の義眼で、1人が持つには珍しい2色のオーラを辿り彼らが辿り着いたのは地下室だった。
『います!なんか管とかに繋がれてます!』
小声でレオナルドはザップたちに、そしてスマホの向こう側で聞いて居るスティーブン達に透視した情報を伝える。事務所に戻った方が安全だと言うレオナルドの言葉に『気付けなかった俺の責任だ』と責任を感じた降谷も同行している。スマホはまだ存在しない世界から来た降谷はレオナルドが持つ黒い小さな箱が携帯電話の役割を担う端末だということだけは分かった。
『小汚いヤツが1人近くにいますけど、他には誰もいないっすね』
『そんじゃさっさと返してもらうか』
血法を発動しようとしたザップとツェッド、邪魔しないよう下がるレオナルドと降谷。静寂を切り裂いたのは斗流血法を扱う戦闘員2人でも、スマホの向こうにいる血法者でもなかった。
身体の中を素手で探られるような、頭ん中をかき回されるような気持ち悪い感覚に目が覚めた。目を覚ましたはずなのに視界は暗かった。頭に目まで覆うようなヘルメットのような何かを被っているらしい感触、手足が椅子に縛られている感触、腕に何か刺さっているらしい感触は分かった。
「ああああああああああ気持ちわりぃいいいいいいいい!!!!」
『おおぉ、目が覚めたか。まずはお主の前世の死因を…ぽちっと』
意識が強制的にどこかへ奪われるような感覚に陥った。そしてギュルギュルと引き出しを片っ端から開け漁るような、空き巣被害にあっている間の様な、そんな感じでありとあらゆる“前世の記憶”が蘇った。
転生したってのは分かるよ、ただ前世の記憶は朧気だった。しかしそれが鮮明に、まるでさっき経験したことばかりのようにボロボロとあふれ出てきた。自分の死因を確認するより先に、視界が明るくなった。
「柊!しっかりしろ!おい死ぬな!」
「……安室透?」
「降谷だよ!おい記憶飛んだか…?誰だよそれ…」
「おっとちょっと待ってくれ今記憶整理するから」
ええっと、安室は降谷でバーボンで探偵で公安で、じゃなくて何であむぴが目の前に?あーそうそう、覚えてないけど死んで生き返って?高校入ったら新入生代表で降谷零って聞こえて聞いたことあんな―って思ってたら、そうだコナンのキャラクターでここコナンの世界かーいって突っ込んで、そんで?バスケで青春謳歌してたら降谷が爆弾で幼虫がザップで?違うな、私バスケ部じゃねえわ。
「降谷が幼虫から羽化した…?」
「勝手に虫にするな!」
『意識ははっきりしてそーだな』
降谷に抱え込まれてると気付き存外しっかり立ち上がる。心配そうな表情の降谷に思わず「イケメンはどんな表情でもイケメンなんだな」と言ったら、それまでの表情を一変して「あ、大丈夫だなよし」と言われた。
そうだ、コナンの世界に転生してバスケ漫画読んでたら血界戦線の世界に飛んじまったんだ。おk把握。
『はなせぇ、世にも貴重な転生者をぉ…解体ぃ…』
『転生者ぁ?何言ってんだ』
私を拉致ったズタボロ布を被った目が4つくらいある気味悪い(っていっちゃ異界人に失礼か)生物が恨めしそうにこちらを見ている。仲間にしますか?誰がするかバーカ。
「何かよく分からんけど助けてくれてありがたき幸せに候」
「目を離した俺も悪かった。とりあえず無事みたいで良かった」
「私は子どもかな?子どもだけど子どもじゃねえぞ?」
『レイ、リオ、怪我もないみたいだからひとまず事務所に戻ろう』
レオさんに名前を呼ばれ、事務所に戻ろうと言われる。私を拉致った奴はザップさん達の方でなんかしらしてくれるらしい。言葉に従い私らは改めて事務所に戻った。
私たちが英語を習得せんと勉強しているように、スティーブンさんも日本語を勉強していたらしい。らしいってか、実は元々喋れたんじゃないかってくらい流暢に日本語が出てきたからマジで驚いた。
「君らの世界では生き返りだの転生だのはよくあることなのかい?」
「はい?」
スティーブンさんの言葉に怪訝な顔をしたのは降谷。おっとこれはもしやとちょっと焦る私。知られて困ることじゃないけど私らの世界じゃ「己愈々頭沸いたか」と精神科を紹介されてもおかしくない内容だ。
「リオを攫った奴が言うにはね、リオは死んで生まれ変わった転生者だというんだ」
「俺たちの世界ではそんな漫画みたいな話は…なぁ?」
「ねー。いやまあ事実だけど」
「……は?え?」
「いやーそういうの分かるんですねー、すげえなこの世界」
いやちょっとまて、え?じょうだ…マジなのか…?降谷の七変化する豊かな表情におもしれーと見ていると「そうなのか…君は一度死んでしまったのだな…」と偉く悲痛そうな声色でクラウスさんに身を案じられた。
『なるほど、レオの言う2色のオーラってのはそういうわけもありそうだな』
『え!?マジで転生者なんですか!?』
『つーことはリオは見た目ガキでも中身はババア…?』
『貴方そう言うことしか言えないんですか。ほんとデリカシーないですね』
「何言ってるか分からんけどザップさんに貶されたのは何となくわかった」
「柊は一度死んだのか…?」
「生き返ったってよりは転生したってのが正しいかな。私らがいた世界と私の、所謂前世の世界は違うみたいだよ。降谷に話した“例の話”は前世で知った話だしね」
「この世界が漫画の世界だって話かい?」
「そうs…what?」
え、スティーブンさんえらくいい笑顔ですね。というか聞かれていた…?スティーブンさんはスマホの画面をこちらに見せてきた。そこには私と降谷がこの世界に来た当日ふっつーに「ここ漫画の世界でさー」と話している映像だった!!隠し撮りしている様子はない、堂々と撮っている。
「チェインさんか!」
「彼女のことを知らないはずなのにそこで断言できるってことは知ってる…いや、“識ってる”と見て正しそうだね」
「盗撮されてたのか…気付かなかった…」
「そういう問題じゃないいぃ!」
結局洗いざらい話さざるを得なくなった。スティーブンさんの黒い微笑みに敵うわけなかったんや…。内容が内容なだけに、クラウスさんとスティーブンさんは日本語の分からない彼らには通訳しなかった。識っているのは私なので、私が知り得る情報をごっそりと。と言っても今この世界がどの時間軸か、そしてアニメ版を含むのか分からないから、あくまでライブラの根本、牙狩りの存在と吸血鬼の存在、そしてレオナルド・ウォッチの神々の義眼や人狼局の存在と能力、彼らの扱う血法など一般人なら知り得ない重要な情報から、ザップがどういう人間なのかと言ったぶっちゃけ必要ない、スティーブンさん曰くくだらない情報まで洗いざらい話した。私のHPはもうゼーローよ…。
ゲロった後にげっそりとしている私に、とてつもなく痛いところを着いたのはクラウスさんだった。ザップさんは因みにこちらに話す気がないと分かるや否や退室、レオさんとツェッドさんはギルベルトさんとゲームを楽しんでる。
「転生した世界は前世とは違う世界だと言っていたな。どうして分かったんだ?」
…しまった、余計なこと言った。コナンの世界と前世の世界は、大人が小さくなるという点を除けば現実的にあり得る世界だった。これまでとは一変口ごもった私に更に追い打ちをかけるクラウスさん。
「もしかして、転生した世界も君の前世では物語の世界だったのか?」
…流石なんでもありな世界の最前線で生きるボスだ、発想がユニークで鋭い…
「俺のいた世界も漫画だったのか?柊」
「ノーコメントで」
「そんなのYesと言っているようなもなじゃないか」
「肯定したら8年後辺りに降谷から死ぬほど怨まれる未来しか見えねえわ」
原作3年前に彼の幼馴染がNOCバレして死んだ。というのは二次創作で知り得た知識。「赤井秀一ほどの男なら彼を逃がすことだってできたはずだ」とめちゃくちゃ赤井を怨んでた赤い殺すマンだぜ?「事前に知っていたのなら何で止めてくれなかったんだ」ってぜってー怨まれるわ。
「それ、どういうことだよ」
「他人の命を背負う責任能力を私は持ってないってことだよ降谷」
「つまりレイの身近な人物が8年後辺りに死ぬってことなんだね」
うわー、そこまで予想できるんですか番頭さん。さっと降谷からもスティーブンさんからも目を逸らす。
「俺の身近な人物…」
フランスでは沈黙が落ちることを「天使が通る」と言うらしい。だとすれば今私と降谷の間には京都への修学旅行生や中国の観光客並みに天使が大横断しているに違いない。後ろのソファから『めっちゃ空気重くないですか…?』『何やら深刻そうな話をしていますね』とレオさんとツェッドさんの呟く声が聞こえた。
「それは変えられない未来なのか?」
「私じゃ多分無理」
「じゃあ俺なら?」
「変えられると思うけどバタフライエフェクトがどうなるか分からん」
「バタフライエフェクト…?」
え、通じないのか。
「あー、風吹けば桶屋が儲かる、じゃないけど、一つ未来を変えてその先の未来がどうなるか保証は出来ないよってこと」
「そうか、でも変えられる可能性はあるんだな。じゃあいい」
どうでもいいみたいな空気で言われギョッと降谷を見る。いやいやじゃあいいって。
「柊がその未来を教えてくれれば俺の方でどうにかする。どうにもできなかったとしても、やらないよりマシだろ」
「若いなぁ高校生」
「柊だって今は高校生だろ」
「話の結論がついたところで、君たちにこれを渡そう」
また同じようなことがあっても困るからね、とスティーブンさんから渡されたのは黒いスマホだった。
「おー懐かしい、スマホだ」
「スマホ?」
「スマートフォンつって、まあ私らの世界からすれば未来の携帯電話さ」
「君らの世界はまだ技術が進んでいないようだね」
「その口ぶりからするに、柊の前世は僕らぐらいまで進んでるのかな?」
「血法だのサイキックだのある世界っすからねぇ…一概にそうだとは言えないですけど、1人で2台持ってても驚かれないくらいにはスマホ普及してましたね」
なるほど、と頷くスティーブン。渡されたスマホの使い方をクラウスさんに教わっている降谷。私も片手でスマホを操作しアプリをチェックする。バックグラウンドで常駐しているアプリがいくつかあった。GPS機能は随時オンにしていると電池を食う。なるほど、ホストのアプリからオンオフできるようになっているのか。
「リオ、前世の職業は?」
「まあほら、前世は前世、今世は今世ってことで」
「前 世 の 職 業 は?」
「…警視庁サイバー犯罪捜査官デス」
前世の職業を言った瞬間、スティーブンが「いいカモ見つけた」とばかりにとてつもなく良い笑顔をしていたのを、降谷が「警視庁!?警察官だったのか!」と驚き「前世は前世、今世は今世だよ」と宥めていたせいで全く気付かなかった。