あの降谷零爆誕の経緯
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降谷零がチートになった理由。それは高校時代私と降谷の身に起きた摩訶不思議な出来事に由来する。そしてただの会社員の私が本来知るはずのない「降谷零は警察官」という情報を知っている理由。それは私が前世の記憶を持っていることだけでなく、その摩訶不思議な出来事も起因する。私自身が前提知識として知っていただけでなく、本人が自己申告してきたのだ。「お前の言う通りになったぞ」と。そう、降谷零は私が前世持ちだってことも知ってるし、なんならこの世界が私の前世では創作物だったってことも知っている。ショックを受けることも素直に受け止めるわけでもなく、「でも俺はこうして生きてるわけだし、お前も生きてるわけだし、紙面上のインクの存在だったって言われてもピンとこないな」と実感のわかない答えをいただいた。当時私は18年間生きてきていたから「輪廻転生」の事実はじっくりと受け入れたし、高校に入って朧げな記憶の中にいたキャラクター(というと本人には悪いけど)と同一人物が存在する事実に衝撃を受けつつも割とすんなり「支部で見たやつや」と受け止めた。同じクラスどころか私は1組で2年次から文系選択、相手は10組で2年次から理系選択というかすりもしない生活を送っていた。高校トップで入学、テストの点数が壁に張り出されるような学校じゃなかったけど学年一位は勝手に噂になるものだ。その上であの美貌。「入学以来トップ維持」「文化祭のミスターに学年1位で選出された」となれば一学年400人いるうちの高校でもそら有名になる。学年跨いで有名だぞ。ここで意外だったのは降谷零も私を知っていたことだ。副生徒会長をしてたとはいえ生徒会に興味のある生徒はどれだけいることやら。自己紹介しなくて済んだのは良かったが、ぽろっと「裏番」と呼んできた点については今でも言及したい内容だ。ちょっと待てどういうことだ裏番ってなんだ。とりあえず分かったことは、よく分からないけど何故か見ず知らずの後輩に恐れられているらしい。同学年でも、特に文化祭の時は「柊さんに聞いてみる」「柊がいいって言ったら」とことあるごとに私の名前が出てきたらしい。そこから派生しあだ名が裏番、ということか?そういえば文化祭準備期間何かと係長や副係長が私のところに来たな…。警備係という係員のいない超特殊な係にいた私に何故…と思ってた。確かに警備係は仕事内容から文化祭スケジュール、各係や部活のある程度の事情を把握してたけどさ。それで言うなら放送係の方がもっと詳しかったからな?うん、まあその話は置いておこう。
これは、人類の領域を遥かに魔術や能力を持つ存在「13王」が1人、「堕落王フェムト」のお遊びに巻き込まれ、人類と人ならざる異界の生物が蔓延る異世界の紐育…いや、ヘルサレムズ・ロットに飛ばされた2人の高校生の物語である。
私は漫画を読んでいたはずである。バスケ部の文化祭委員長が持ってきた超王道バスケ漫画。高校最後の年だってのに、春に足を怪我したせいで夏のインハイ予選に出場できなくなったって嘆いてた。でも内申落とさないよう部活辞めず筋トレばっかしてる坊主頭の委員長。随分軽く言ってたけど当人は結構悔しいんじゃないだろうか?いやそもそもスタメンどころかレギュラーかどうかも知らないし、そこまで気にしてはいない。
「どこここ」
雲一つない青空。…いや向こう側に灰色の雲あったわ。どこかの屋上っぽいところに今いる。周りはビルっぽい建物がポンポン生えてて、空には飛行船みたいなものが浮かんでて、とりあえず屋外なのはわかった。
「…柊さん?」
よっこいせと立ち上がると後ろから声が聞こえた。振り返ると何かに縛り付けられている降谷がいた。
「…いや、いやいやいや、いやいやいやいやいや」
「落ち着いてくれ」
降谷は機械チックな柱に縛り付けられてた。2mくらいあるんじゃないだろうか?ロープでぐるぐる巻きにされ柱に縛り付けられている降谷、その丁度頭の上には赤いデジタル数字が「3:30」「3:29」と謎のカウントダウンを始めていた。
「降谷零であってる?」
「え?あぁ、うん。俺降谷零。柊さんだよな?」
「よく知ってるね、そうだよ」
「うらb…副会長だったし、警備係長だっただろ」
何言いかけたか分からんけど知られている理由は確かに納得できる。正直納得してないけどできなくはない。
「簡潔に述べるとさっきまで私は生徒会室にいたはずなのに気づけばここにいた」
「俺も学校の廊下にいたはずなんだけど…気付いたらここにいてこんなになってる。縄ほどけないか?」
音もなくピッピッとカウントダウンをしている数字は3分を切った。状況的に3分でよさそう。
柱をぐるっと回ってロープがほどけないか見てみるけど、面白いことに結び目が見つからない。制服のポケットを探ったけど当然ハサミなんて持ってない。ハンカチとティッシュしか持ってないよ。
前世ではスマホまで進化した技術でも生まれ変わった世界は漫画の世界だし、技術もまだまだ進んでなかった。携帯電話もパソコンも高価で子供が持つほど普及していない。つまり、私も恐らく降谷も携帯電話すら持っていないのだ。前世では「高校生携帯持って当たりまえ」みたいな風潮だったけど、こっちでは「大学進学祝いに携帯買う」みたいな子供が多い。私の進路は今のところ専門学校だけど一人暮らし必須だから、私も卒業を期に携帯電話を買ってもらう約束になってる。
話がそれた。
「結び目ねぇぞ」
「は!?あるだろどっかに」
「ねぇんだわこれが…」
触ってみてもそれっぽい切れ目の感触はない。ちょっと引っ張ろうとしたが引っ張る隙もない程ぴったりと縛られている。
「苦しくない?きつくない?」
「苦しくはないけどきつい。全く動けない」
ピッピッとカウントダウンは2分を切った。落ち着いてるように見えるって?人間焦り過ぎると冷静になるんだよ。
「このカウントダウン0になったらどうなるんだろう」
「は?カウントダウン?」
「降谷の頭の上でなんかカウントダウンしてる。2分切ってるよ」
「…………」
「爆弾かなぁ、ヤバいねこれ、うんどうしよう」
「………落ち着いてる場合じゃないだろ!!縄!くそ!」
慌てふためく降谷に「まあ落ち着け、死なば諸共さ!」とサムズアップしたら「落ち着けるか!」とキレられた。もがく降谷に私もう一度ロープを解けないかごそごそロープを触る。めっちゃかったいんだってこれ。
せめて柊だけでもと喚く降谷に「えーどこに逃げろってんだよーここ屋上だぜ?」と下へ降りる階段のない意味分からん現実を突きつける。死ぬのが怖い怖くないってよりマジでどうしよという心境である。沈黙が落ちたその時。スパァン!と突然ロープが切れた。ほぁっ!?と驚く私と降谷の身体に赤い紐のようなものが巻き付いた。
『逃げるぞガキども!』
「ぐえっ」
身体が宙を舞った
身体が、宙を、舞った
「わーバンジー」
「な!?え!?」
『しゃべってっと舌噛むぞ!』
身体を巻く赤い紐の先には白いジャケットに白いスラックスで白い髪をした降谷より濃い褐色の肌の男。おっと謎の近視感。状況にではなく男に。降谷を初めて知った時のような。つまりこういう場合は大抵前世で見知った何かとの近視感だ。
私と降谷を器用に抱えた男は何階建てだよと突っ込みたくなるほど高いビルから飛び降り三角飛びしながらきれいに着地した。そして直後、先ほどまでいただろうビルの屋上から盛大な爆発音とともに何かが飛び散って落ちてくる。あの柱のどこにそんなに入ってたんだと突っ込みたくなるほどの量とサイズで落ちてくるのは何かの幼虫だった。
それに驚くとともに私と降谷は周辺の状況というか人間、いや人間じゃない生物に目を白黒させた。もう明らかに人間じゃない、あれだ、モンスターが服着て動いているみたいな光景。
『ギャー!爆発した!!』
『ザップさん!』
めちゃくちゃ発音の良いザップって音は聞こえた。その後の『いんもー頭!』は分からなかったけど、とりあえず英語だってことだけは分かる。やって来たのは白と黒の服を着たテンパ気味の男、の子?子供って年齢じゃなさそうだけど。ザップと呼ばれた男、何とかヘッドと呼ばれた男、二人を見やり周囲の景色を見て、漸くデジャブの正体に気付いた。
「血界戦線んんん~~~~!!」
なんやかんやあってなんやかんやあった。いやもうそれしか言いようがない。幼虫をザックザックと切っていくザップ・レンフロとギャーギャーわめきながら私たちの腕を引っ張り逃げ走るレオナルド・ウォッチ、状況整理に努めているのかわけわかってないだけなのか愈々口を開かなくなった降谷、通り過ぎた半魚人ツェッドを見て「なるほど、そこまで行ってるのか。漫画とアニメどっちの流れだこれ」とひとり言を呟くことで冷静になろうとする私。ことが落ち着いて私らは遅れてやってきたクラウス・V・ラインヘルツ、スティーブン・A・スターフェイス、K・K、チェイン皇や先に来ていた3人に囲まれていた。
『このガキが、あの堕落王が異世界から呼んだっつー?』
『東洋人の見た目をしてるな』
『言葉は通じるだろうか…』
『何度か話しかけてんすけど今一反応が悪いんで通じてないんじゃないですかね』
『にしても可愛い子だわぁ!いくつかしら、ティーン?』
降谷は戸惑ったように私に目を向けてきた。とりあえずしっかり頷いて「これ英語だねー」と返す。
『喋りましたね』
『日本語だな』
『スターフェイスさん日本語分かるんです?』
『俺は分からないけどクラウスが分かるはずだ』
Japaneseってのは聞き取れたぞ。「いえすいえす、うぃーあージャパニーズ」と頭の悪い発音で返事をすると降谷に「酷いな」と呆れられた。
「私は秘密結社ライブラのクラウス・V・ラインヘルツだ。君たちの名前を教えてくれないだろうか?」
「秘密結社って秘密にしないといけないんじゃないのか…」
「とりあえず助けてくれた人たちだし、状況読めるまで従ってみようぜ。私柊理桜ですー。マイネームイズリオ・ヒイラギ」
「……My name is Rei Furuya」
降谷めっちゃ発音ええやんと驚いてると「リオとレイだな」と何故か握手を交わす。日本語通じるって言ってもどこまで通じるか分からん。ミスタークラウスならどこまでも通じそうな感じするけど。
「私と降谷は“この世界”の誰かによって“この世界”に飛ばされてきちゃった感じですかね?」
「は?ここが異世界だって…いやまあそうだよな、あんな生き物見たことないし…」
「お、降谷殿、理解力が早いですね」
「ちょっとまだ混乱してるけどな」
「君の言う通りだ。君たちは堕落王フェムトのお遊びで連れてこられてしまった、我々から見たら異世界の人間。どうだろう、君たちが元の世界に帰る手助けをさせてもらえないだろうか」
堕落王フェムト…?うわぁ納得うぅ!!と頭を抱える私。降谷はもう流れに逆らうつもりはないのか「よろしくお願いします」と頭を下げた。
ライブラの拠点に着くまでにクラウスさんから粗方の話を聞いた。粗方というのはライブラが何をしているかっていう多分機密情報。なるほど、自警団みたいな感じですねと納得する降谷に「理解するんだ…」とその頭脳に慄く。流石未来のトリプルフェイス。
事務所に着くや否や私はクラウスさんに「状況整理したいので降谷と話させてください」とお願い申した。了承したクラウスさんは「見られながらは話しづらいだろう」と別室を用意してくだすった。ありがたや。
別室で私はクラウスさんが話さなかったこの世界のことを降谷へ伝えた。当然、アニメ化した原作は漫画の世界だということもしっかりと。元の世界に戻っても存在しない漫画だけど、「異世界に飛ばされたはずなのに変なところで詳しい」と思われるのを防ぐためだ。念には念を、今この世界で心から信用しあえるのは降谷だけなわけだし、降谷も同じだろうし、多分。
漫画みたいな話だな、と言う降谷にだって漫画の世界だしと返す。
「でたらめで何でもありな世界か、漫画の世界だけある」
「まああんま漫画の世界漫画の世界って言うのもね。クラウスさんたちは死にかけた私らを助けてくれた、生ける存在なわけだし」
「そうだな…」
「自己紹介されてないのに名前知ってるのも流石にどうかと思うから、名前は教えないけど」
「色々細かいことは聞かないでおく。何で知ってるのかって言われたら面倒だしな。柊は…まぁガンバレ」
「ある程度知り過ぎて寧ろノーリアクションでヤバくなりそうな気はするけど多分大丈夫ろ。私ら異世界から来た事除けばガチの一般人だし」
「この世界で生き抜く自信ないけどな…」
「なんとかなるっしょー」
気楽にいこうぜ!お前は楽観的過ぎだ。
まさかこの会話が全部スティーブンというライブラ…いや、クラウス至上主義の彼によりチェイン皇が録画・録音していた上にしっかり翻訳されるとは思わないじゃんか。