存在の肯定
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「うおらああああ!!!着いたぞヘルサアアアレムウウウ!ロッド!」
そこかしこに痣を着けながら漸く大地に足をつける。飛行機に私の席なんて勿論ないわけで、離陸と着陸は確実に人が来ないトイレで過ごした。それ以外はなるべく降谷さんと赤井さんの近く、の通路にいたから飛行機が揺れる度にそこかしこにぶつかった。しがみ付いてどうにかなるレベルじゃなかったよ。恐らくHLの上空に入ったタイミング。めちゃくちゃゆれた。元々乗り物に弱いから何度かトイレで吐きましたね。碌に食べてないから胃液しか出てこなかったけど。なんかもう今は点滴飲みたいわ。
「なんというか、凄いな」
飛行場で人外を見た降谷さんの感想。そうだな、と同意を示す赤井さん。中にいる警察には話を通してあるそうで、HL内でも治安が良いと言われる区画に部屋を借りれたそうだ。赤井さんは同じ区画内でも違うマンションの部屋。ここで事件が発生。2人はまず当面の住処であるマンションを目指すことになったんだけど…タクシーで行ったんですよ。つまり、
「おいてかれた…!!!」
空港を出てポツンと佇む私。この地にいる人は誰も私に気付かない。というかまず英語、読めない書けないヒアリングできない喋れない。ほんとすんません!と聞こえない謝罪の声を大にして空港内でパクったHLの地図を広げた。そしてポケットから降谷さんと赤井さんが借りる部屋の住所が書かれた紙きれを出した。念の為書き写して良かった。
「空港って確かここだけだよな。ってことはー?今いるのここか」
まあ住所の紙があったところでマップを見て場所が分かるわけではない。しかもこのマップも観光向けなだけであって詳細情報は当然書いてない。
「くっそー…これは先にレオナルド探したほうが早いか?…あれ、レオナルドの行動範囲ってどこなんだ?」
アニメや漫画は見てた。だから恐らく見れば「このあたりだ!」って分かる自信はある。問題は地図上じゃ分からない。待てよ?レオナルドはピザ屋でバイトしてたよな。あとよく行くバーガー屋があったはず。そんで恐らくそのバーガー屋の近くには公園がある。噴水のある公園と緑の芝生?が広がる公園。両方同じ場所か?クラウスやスティーブンみたいな仕事の関係で、という人間は兎も角、戦闘要員のザップ、ツェッド、そして一般人でありライブラにとって重要人となったレオナルドの活動範囲がそう広いとは思えない。基本的に同じ区画内の筈だ。つかもうあれだ、ピザ屋。ピザ屋の宅配バイク見つけたらつければいいんだ!
降谷さんと赤井さんの住居をHL内の警察が用意したとなれば、HLの警察署に行けば分かるかもしれないとも考えた。だから当面は警察署探しとレオナルド探しだ。
「よし。とりあえず空港は離れよう」
見上げた空は夜をお知らせし始めている。空港で一夜過ごす時間も惜しい。降谷さんは3ヶ月しかいない。3ヶ月、この期間内に解決したい。だってまだ、姉ちゃんの子ども見てないんだから。
「やっぱり死ぬなら日本の、できれば桜の木の下でとかがいいな」
HLに残るのは勿論視野に入れている。頭を振り払い嫌な結果を振り払った。前向きに、ポジティブに、大丈夫。心はまだ死んでない。
「へ、へあ、へっくしょい!!ちくしょー!」
ピザ屋が1つしかないなんて誰も言って無かったわ。ピザ屋のバイクを見つけて尾行中にバイクが爆発…正確には近くで何かが爆発して巻き込まれて辿り着かなかったり、快適な交通状況で追いかけることすら叶わなかったり、というか自分が死なないよう逃げるのに必死だったりで漸く辿り着いたピザ屋はPIZZA☆CAPという店名だった。これピザハットのあれか?つかレオナルドの働いてるピザ屋ってドミノピザみたいな名前じゃなかったっけ?2週間かけてようやく見つけたピザ屋…ハズレかよ…。
「あー、降谷さんみたいな推理力とか英語力とか、つか降谷さんなら数日で見つけ出すんだろうなー」
そもそもこちらの世界軸の情報が無い時点で見つけ出すも何もないけど…。そういえば降谷さん、ライブラや神々の義眼の情報知らなかったな?存在の肯定とやらの能力、性能悪いな?やっぱり劣化版だな?
「150年かけて義眼もどき作ったとかいう奴いたよな…。それと同じ系統ならいいなぁ…っくしょい!」
安室’sコートは勿論暖かい。でもコートの下は秋口の服だし、ガウチョパンツにスニーカーは普通に寒い。ここが日本ならポケットティッシュの配布とか宣伝かねてしてるのに、ねえんだよなぁ。もはや万引きに申し訳なさも犯罪している感覚もなくなるくらいにはパクりまくってる。でなけりゃ死ぬ。風呂入りたいとか我儘は言わないけどシャワーくらいは浴びたい。毎日は無理でも最低3日に1度はやっすいホテルだの生活感はあるけど家主はいない鍵の開いたアパートの一室だののシャワーを勝手に借りている。
寝る場所は適当に屋根の下借りてるからまだいい。つかもうどこでも寝れるようになったわ。でなきゃ5カ月もやってらんえねよ。問題は食事だった。何分HLは「え?それ食えるの?」みたいな食い物もある。安心して食べられるもの、の選別が何とも難しかった。人間が作ってれば大丈夫なんて考えはダメだ。アニメでもあったじゃん。ツェッドとお昼食べに梯子しまくった彼らの様子が。店内に人間しかいない、店内の衛生面が良い、調理工程を0から全部見たもの、でなければ食べられなかった。基本はスーパーみたいな店で万引きしたペットボトルの水で凌いでいる。良さげな店を見つけたら食べられるものを多めに貰って、一日一食で数日間持たせる戦法。足の早い食べ物に使えないからヤバくなる前に食べきってエネルギーには替えてる。
「あーぜつぼー…」
レオナルドもザップもジャンクフードを好んでいたように見える。バーガー屋やピザ屋を見つける度に淡い希望を抱きながら店内を覗いてため息。どこもかしこも英語英語英語!何言ってるかさっぱり分からん。行き交う人々を眺めながらこの後の行動を考える。そして視界に入った人物にすぐさま希望を抱いた。
「天は私を見放して等いなかったのだ!!!」
何と!視線の先には!美しき女性の腰に手を添え安室スマイルを炸裂する降谷さんの姿がっ!!!横断歩道が青信号になった瞬間ダッシュし降谷さんの隣に並ぶ。2人の会話を聞いても、そうだよここアメリカだよ。英語だわ。分かんねえよ。
「降谷さーん…英語分かんないッス……何喋ってるんすか…?」
いつもその口から出る言葉は日本語しか知らない。同じ人間なのに、話す言語が違うだけで何でこんなに不安になるんだ。降谷さんが日本大好きなのが悪い。これが赤井さんならまだこうも不安にならなかったはずだ。
「でもこれで降谷さんの家分かるよな。よし」
その後は降谷さんを只管尾行した。隠れながら?いやいや堂々と隣で。何言ってるか分かんないけど甘い言葉を囁いているってのは分かった。女性の頬がぽっと赤くなったし。車に乗った時は上に乗ったよ。しがみ付くのが大変だった。風になりたいなんて歌あったけど、確かにこの時私は風になった。こんな形でなりたくはなかった。
夜になり降谷さんは女性を送って帰路に着く。家バレ防止の為ってのは分かるけどそこまで蛇行されるとマジで困る。つか降谷さんこの2週間で地理把握したの?え?おかしくない?流石っすね?巻かれて最後まで辿り着けなかった。でも収穫はあった。看板に書かれたこの区画の名称が降谷さんと赤井さんの住所と一致したのだ。このあたりに2人は住んでる。
「マンション、だろうし、このあたりのマンション虱潰し探すか…堂々と探せるのは利点と捉えていいのか…どうか…」
比較的治安の良い区画なだけあってか高級マンションが多い。頭の中に頑張って地図を描きながらマンション名を照らし合わせる。
地道な作業を続けること4日。漸く降谷さんの住むマンションを発見できた。赤井さんのマンションは思ったより近くにあった。セキュリティばっちりのおかげで中に入れない。でもここで待っていれば必ず降谷さんは来る。だからと言って降谷さんを待っていては話が進まない。でも私がここにいることは伝えたい。でもそれによって降谷さんの不安を煽るんじゃないか?だって降谷さんがここにいることは2人しか知らない。
「…あー!でもでもうるせえな!降谷さんが態々HLに来たんだ!ライブラの情報がただでさえないのに、こんなところでうだうだしてる暇ないだろ!」
ばしっと両頬を叩いた。くっそ体調悪いけど死んじゃいない。私が死んだことにより私の存在が証明されてしまえば、降谷さんを苦しませてしまうかもしれない。姉ちゃんも、景光さんも…明美さんだって志保ちゃんだって赤井さんだって…。忘れていた事実を覚えているか分からないけど、根本的に私がここにいること自体知っている人はいない。そしてこの地で死んだところで身元を判明させることなく処理される可能性が高い。ここまで来たら腹くくれ自分!
周辺をうろうろし紙とペンを何とか調達する。ライブラについて分かる範囲で紙に書き殴った。あと、ここに来てくれたことに対するお礼も添えて、降谷さんの住む部屋のポストに投函した。
ポストに入っていた、四つ折りにされた3枚の紙。開く前に目に入ったのは「ありがとう」の5文字。ここで見ることは無いと思っていた日本語に、あの幽霊だと直観で分かった。
部屋に入りソファに座ると直ぐに紙を開いた。ライブラの情報も神々の義眼の情報も一切手に入っていない。3週間経って何も得られていない現状に歯がゆさがあった。そして紙に書かれた情報に目を見張った。
ライブラ構成員情報抜粋
クラウス・なんとか・ラインヘルツ
ライブラのリーダー。お人好しの紳士。確か20代後半?30前?男。ブレングリード流血闘術の使い手。貴族の三男坊。誠実すぎるあまり嘘がつけないのでライブラの情報を得やすい。背の高い大男。眼鏡。赤みがかった髪色。事情を話せば快く協力してくれそうだが、スティーブンの耳に入ったらその後の行動が難しくなる気がする。
スティーブン・なんとか・スターフェイズ
ライブラのNo.2。腹黒。スーツ。目元に傷跡がある。エスメラルダ式血凍道の使い手。バーボンにえげつなさと容赦のなさを加えたような人間。接触するなら要注意人物。ライブラとライブラのメンバーの為なら殺しも厭わない。20代後半か30前後。
ザップ・レンフロ
度し難いクズのロイヤルストレートフラッシュとか言われてる。24歳?髪の長さはバーボンと同じくらい、色は白。褐色の長身。上下ともに白い服でインナーが黒。タバコをよく吸ってる。女遊びが激しいが女に対して暴力を振るったことは無い根は多分いい人。あと一夜の関係はないみたいで、相手と連絡先を交換してたり修羅場っても逃げなかったりと、多分根は良い人。多分。斗流血法の使い手で師匠らじゅうじゅうげいしずよしの一番弟子。ジャンクフードをよく食べてる。
ツェッド
半魚人。声はスコッチによく似ている。ヘッドホンをエラにつけてる。噴水の近くでささやかなショーをやってお金を稼いでいる可能性がある。斗流血法の使い手でザップの弟弟子にあたる。
レオナルド・ウォッチ
神々の義眼保有者。ライブラの中では珍しい一般人。入って1年経ったかどうかだと思われる。Dから始まる店名のピザ屋で宅配バイトをしている。身長は160前後。20歳前後。クラウス同様赤みがかった髪色の短髪で、ゴーグルを首にかけてる。バイト中はつけてる。紺のズボンに袖は紺で胴は白い服を着てる。狐目。義眼の関係で陣が書かれた蒼い眼をしてる。疑う、という行為は基本しないので素直に話せば協力してくれるはず。
頼みの綱 希望
懇意にしている喫茶店?ファミレス?がある。ザップと行動を共にする機会が多い。
大規模な事件が起きると彼らが活動しやすい。でもそれは同時に自らに危険が及ぶことも示す。
いのち、だいじに
びっしりと書かれた情報。抜粋、ということは他にも何か情報を掴んでいるのだろうか。2枚目と3枚目には記載されていた人物のイラストが描かれていた。幽霊は絵が上手いらしい。似顔絵というよりイラストに近いが、特徴は掴めた。スマホから登録上一番上に来ている名前にかける。
「…幽霊から情報を手に入れた」
その一言で赤井は「家にいるな?そちらに向かう」と通話を切った。幽霊は自分の居場所を突き止めた。ずっと一緒にいた?それともどこからか情報が漏れた?…あまり信用は出来ないが、レオナルドという人物の情報欄に書かれた「頼みの綱 希望」の文字からするに、幽霊も現状をどうにかしたいと考えているに違いない。幽霊も彼を探している可能性が高いだろう。そうだ、幽霊は認識されていないのだ。存在しているのに誰にも認めてもらえない。
「今更それに気付くなんてな…」
そんなの、あまりにも、辛すぎる。